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崩壊前6

 「ブレーカー切ったわよ。ご近所にもう迎えが来てるみたい」

 階下から母が言った。

 「わかった。すぐ下りる」

 こんなときにゲームをしていた負い目もあって、ぼくはすっと腰を上げた。

 

 部屋を出ると同時に玄関のベルが鳴った。

 ぼくたちは玄関まで出た。

 立っていたのは先ほどと同じ二人組の隊員でだった。

 

 「お二人とも検査は陰性でした。これからバスで市外の避難所までお送りしますので最低限の必要な荷物だけ持ってきてください」

 「当分帰ってこられないですよね?」

 母が訊いた。

 

 「そうですね。ガスの元栓やブレーカーは大丈夫ですか?」

 「はい、すぐにでも出られます」

 「わかりました。こちらです」

 

 自衛隊員に案内されて、広い路地に停まっている、先ほどの検診を受けたバスとは別の大型バスへ乗り込んだ。バスに載っているのはほとんど面識のある近所の住人だったので町内会のバスツアーみたいだな、と呑気なことを考えた。

 

 「みなさん。これから流湖市の公民館に向かいます」

 車内の前方で自衛隊員が言った。今朝うちを訪ねてきた強面の人だ。

 

 田露市もさほど大きな街ではないが、流湖は田露市に隣接するさらに規模が小さい。いつも車や電車の車窓から通過点として眺める程度だが、山や畑ばかりのひなびた土地だ。

 

 「流湖は安全なんですか?」

 前方の席に座っていたおじさんが訊いた。

 「はい、まだ感染は確認されていないようです。田露市ではすでに二〇件以上報告されていますから」

 「そんなにですか!」

 

 ニュースでもやっていなかったのか、場がどよめいた。一日待機している間にどんどん数も増えていったのだろうか。

 窓から外を確認するが格別普段と変わった様子はない。

 

 「とにかく発車します。質問は道中お願いします」

 バスがゆっくりと動き始めた。夕日を背にぼくの家を置き去りにしていく。

 「その、流湖についたら各自別々に避難してもいいんですよね。市外に家族がいたり行き先がある場合は」

 

 「それがですね……」

 自衛隊員は口ごもった。

 「田露市から避難された方に関しては数日間は避難所での待機をお願いしているんですよ」

 

 一瞬の沈黙の後、怒号が上がった。

 「そんなの聞いてないぞ!」

 「申し訳ありません。ですがCDHDの情報がまだ不十分なもので、感染拡大を防ぐためにもみなさんのご協力が不可欠なんです」

 「避難なんて大嘘じゃないか。これじゃ隔離みたいだ」

 「質問なんですが、バスじゃなくて自家用車で避難してはだめでしょうか? うちは年寄りがいるから避難所生活は厳しいはずです。行くあてはありますので」

 

 「テレビニュースでご覧になった方もおられると思いますが、先日閣議でCDHDが指定感染症に指定されたんですよ。

 感染症患者に入院が必要だと医師が判断したら、隔離措置を取ることができるようになります。ですので――」

 

 「――患者じゃないだろ!」

 「いえ、CDHDの隔離対象には感染の疑いがある方も含まれているんです。

 患者と同一の市に滞在中の方全員がその範囲です。みなさんには大変なご不便をお掛けするとは思いますが」

 「そんなのめちゃくちゃじゃないか!」

 次々と野次が飛び交う。

 

 「――みなさん!」

 一際大きな声がして、水を打ったように場が静まり返った。

 「いまは非常事態です。ああだこうだ言っている場合じゃないでしょう。これから先のことは専門家に任せた方がいい」

 そう言ったのは町内会長だった。

 

 特別な権限があるわけではないが日頃から地域一帯のために働いている人だから、周りから一目置かれている。

 一年前の台風で一帯が被害を受けた際、後始末に汲々としている世帯の代わりに被害者支援の手続きを進めてくれたのも町内会長だった。

 

 バスに乗っているのは同じ町内の人間ばかりなので、彼の一言はよく響いた。

 「そうは言っても……」

 一部はなおも食い下がるが、明らかに勢いは削がれていた。

 怒鳴っていた人たちも最終的には落ち着きを取り戻して、自衛隊の言うことを受け入れた。

 そこからは離れた席で母と米田のおじさんはひそひそと話し合う。

 

 「まさかこんなことになるなんて。長い間避難所で暮らす準備なんてできてないのに……」

 「棚橋さんのところは、自衛隊に待たされている間に自家用車で避難したそうです。他にも自分で避難したお宅は何軒かあるようですね」

 近所の住人と情報交換したのだろう。米田のおじさんが説明する。

 「わたしたちもそうするべきだったのかしら。考えてみれば全部の道路で交通規制がされているはずもないし……」

 「そうかもしれません。国の対応なんて杓子定規なものでしょうし」

 

 表立って文句を言うものはいなくなったが、不平不満がなくなったわけではないようだ。

 ぼくは誰かと会話するでもなく、ただ窓ガラスに頭をもたれていた。

 山際に夕日が落ちかかっていて、人っ子一人ない住宅街が赤く染まっている様子はなんとなく物悲しかった。

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