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崩壊前5

 「どうしたの?」

 ぼくは眠気眼を擦りながらそう訊いた。

 「ほら、テレビ観て」

 

 「――現在十以上の地域でCDHDの感染拡大を防止するため、自衛隊による交通の規制が行われている模様です。

 内閣府の緊急感染症対策本部の発表によりますと、これは感染には潜伏期間が存在するためで、該当する地域では医師による検診や避難誘導など迅速な対応を行っていくとのことです」

 

 該当地域というテロップと共に流れてきた市町村の中にはもちろん、千葉県田露市、つまりぼくのいる地域があり、中継映像の中には田露市の主要道路の封鎖されたものもあった。

 

 「該当する地域にお住まいの方は、大変危険ですので各自で避難はせず、避難誘導に備えて避難する準備をしてください。繰り返します――」

 「さっきから広報車でも言われてるのにあんたが部屋から出てこないから! 早く準備しなさいよ」

 「着替え?」

 「そうよ。とりあえず着替えだけでいいわ」

 

 うちには防災バッグが備えてあったから、それ以外に必要なものをかき集め、大きなリュックサックにそれらを詰め込んだ。大荷物になってしまったが、大抵のものは揃ったはずだ。

 それらを玄関先に置いてから、ぼくと母は二人して待ち続けた。

 しかしいつまで経っても、

 「来ないね。自衛隊」

 「いつ来るかぐらい放送してくれてもいいのに」

 母も苛立ち気味だ。夜勤明けで眠っている父と連絡が取れないせいで余計にナーバスになっていた。

 

 昼前に父から電話があって、合流したあとのことやいまの状況を子細に相談しているようだった。

 家の外からはヘリコプターの音が何度も聞こえた。

 しかし待てど暮らせど避難の誘導はなく、玄関ベルが鳴ったのはようやく午後になってからのことだった。

 

 「お待たせして申し訳ありません。自衛隊のものです」

 ぼくたちは遅い昼食にレトルトカレーを食べているところだった。

 母は散々文句を言っていたことも忘れて、

 「はい、いま開けます」

 と玄関へ飛んで行った。

 

 ぼくはスプーンを口へ運びながら耳をそばだてる。

 「古池さん、すみません。遅くなって」

 「とんでもないです。それでもう避難ですか?」

 「いえ、その前に簡易検診を受けていただきたいんですよ」

 「検診……? CDHDのですか」

 「そうです。みなさん避難していただいて、だれか一人でも罹患していた場合ほかの全員に危険が及びますよね。ですから出発する前に簡単な問診や体温チェック、それに採血をお願いしているんです」

 

 「もし感染していたらどうなるんですか」

 「お心当たりがありますか?」

 「いえ、ないですが……」

 「それなら大丈夫ですよ。形だけのものですから。お子さんも一緒にお願いします」

 母がぼくの名前を呼んだ。

 しぶしぶ出て行く。採血は嫌だったがとても断れそうにない。

 

 「外に検診車を用意してありますので、そちらへお願いします」

 外へ出ると近くに小さなバスが停まっていて、隣近所の人たちがその前に並んでいた。

 

 みんなマスクで口元を隠している。テレビだと空気感染はしないと言っていたが、それでもなにか防衛策を取ってしまうのが人情なのだろう。

 ぼくと母はその列の後ろに並んだ。

 

 「とんでもないことになりましたね」

 列のすぐ前に並んでいた、隣に住む米田のおじさんがぼくたちに話しかけてきた。

 

 中学校に上がってからは近況報告などの短い会話をする程度だったが、小さい頃はよく遊んでもらったのを覚えている。

 おじさんは奥さんを早くに亡くして、成人した息子と二人暮らしをしていた。息子さんの方は名前を歩といって、ぼくとはずいぶん歳が離れていたが、兄弟のように可愛がってくれた。

 その歩さんも市街に就職して、没交渉になってしまってはいたが。

 

 「ええ。うちは主人が帰ってきていなくて心細くて……」

 「うちの息子もですよ。まあ市外にいる方が安全でしょうし朝から何度もぼくに、まだ市外へは出られないのかって連絡してきてますよ」

 「うちもです。早く合流したいわ」

 「でも道夫くんがいるのは心強いですね」

 米田のおじさんがぼくに微笑みかける。

 

 「そうですね」

 とぼくが微笑み返すと、

 「そんな、頼りにならないから却って不安なくらいで」

 母が横からそれを打ち消した。

 

 「それで、旦那さんと合流されたあとはどちらへ避難されるんですか?」

 「多分主人の実家の方になると思います」

 「なるほど。うちは――」

 顔を合わせるなり、あちこちで話声が上がる。

 

 みんな不安な夜を過ごしたのだろう。ぼくにすら見知った顔を見てホッとする気持ちがあった。

 それから一〇分もしないうちに名前を呼ばれ、年かさの医者に体の調子を尋ねられた。下痢や吐き気がないか、頭痛はないか、発熱はないか、など。

 

 その後採血をされ、一旦家に帰された。

 CDHDは血液検査で感染の有無がわかるそうで、結果が出るまで自宅で待機しておいてくださいとのことだった。

 

 「あれだけ待たせておいてから、まだ待たせるなんて」

 家に戻るなり母がぶつぶつ言い始めた。

 緊張が続いてイライラしているようだ。

 

 健診の際、避難の荷造りについてのリーフレットを手渡されたので、ぼくたちはそれに従って荷物を整理し始めた。

 水、非常食。

 財布、現金。

 印鑑、保険証、銀行通帳、身分証。

 携帯電話と充電器。

 常飲している薬。

 マスク、ポケットティッシュ、タオル。

 毛布、着替え。

 懐中電灯、マッチ、ライター。

 眼鏡、コンタクト。

 家族の写真。

 

 ずいぶん多いが、三つに分けてリュックサックに詰め込んでいく。それが終わると再び手持無沙汰になり、ぼくは自分の部屋に向かった。

 

 母には悪いがどうせやることもないのだから構わないだろう。

 ぼくはテレビゲームを始めた。FPS。ガンシューティングのゲームだ。

 

 疲れたとき、頭をからっぽにして安っぽい血糊が飛び散る様を観ていると、日常生活で自分が悩んでいることがどうでもよく思えてくる。こんな馬鹿馬鹿しい世界があるのに、ぼくはなぜ成績が悪化の一途を辿っているとか他人と上手につき合えないとかそんなことで悩んでいるのだろう。

 

 そんな風に現実逃避ができるのである。馬鹿馬鹿しさは、ネガティブなフィーリングのせいで狭まった視野からぼくを解放してくれる。

 

 なんの解決にならないとしても、日常のストレスから一時でも離れられるならそれで十分ではないだろうか?

 このときもぼくは非常事態を忘れ、無心で敵を撃ち殺していると、いきなりテレビの電源が落ちた。

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