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終幕後4

 たっぷり一分くらいは薪井を眺めていたと思う。

 口をパクパク金魚みたいに開いて、なにか言おうとするのだが言葉にならないまま。

 呼吸が浅くなり、コントロールできなくて、それを薪井には悟られたくないと思った。

 

 そのときさけちゃがタイミングよく近づいてきて、なにやら唸った。

 ぼくと薪井を交互に見て、なにか訴えている。

 機転を利かせてぼくを救ってくれたのかもしれない。

 真意は測りかねるが、さけちゃのおかげで少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

 

 「いま大切な話してるからあとでね」

 薪井が言うが、さけちゃは引き下がらない。

 「さけちゃ、これ」

 ぼくはなけなしの食料をさけちゃに与える。

 さけちゃは食べるのに夢中になって静かになる。

 

 「それで、えっと……」

 「古池くん、ごめんね」

 「……」

 別に謝ることじゃない。

 なんだか振られたみたいになってるじゃないか。

 そんな軽口を一つ叩こうとしたが、実際にぼくの口から出たのは、

 「――これから薪井はどうするの?」

 というマジレスだった。

 

 「この子と一緒にどこかに行こうと思ってる」

 薪井はさけちゃの方へ視線をやった。

 「じゃあぼくも行くよ」

 「だめ」

 「どうして」

 「そんなの無理だから。二人もお荷物抱えて生きてはいけないよ」

 「そんなこと……」

 「それに……」

 薪井は言い淀む。

 「なに?」

 「見られたくない」

 「……」

 

 発症した姿を見られたくない。そういうことだろうか。

 「薪井はそう思うかもしれないけど、ぼくは一緒に行きたい」

 「どうして?」

 「さけちゃとも仲良くなったし、ぼくだって一人にはなりたくないから」

 「それなら、わたしよりも、ここを先に発ったっていう友達を追った方がいいよ」

 「薪井たちと一緒に追えばいい」

 そんなつもりはないのに、ヒートアップして口論のようになってしまう。

 

 「とにかく古池くんはここに残って」

 「嫌だ。薪井たちと行く」

 「だめだって」

 「行く!」

 

 「そんなに行きたいって言ってるんだから、一緒に来てもらえばいいじゃないか」

 頭上から路地屋が茶々を入れる。

 「あんたは黙ってて。というか盗み聞きしないで!」

 「そんだけでかい声で言い合ってて盗み聞きもなにもないだろうよ」

 路地屋は鼻で笑った。

 

 それがきっかけになったみたいに、

 「とにかくわたしは行くから。付いてこないでね!」

 薪井はさけちゃを連れて早足で歩く。

 だがぼくは無視して付いていく。

 「付いてこないで!」

 

 短い間にずいぶん嫌われてしまった。

 しつこい男は嫌われると母がよく言っていた。主にぼくが「~がほしい」と駄々をこねたときに。

 しかしながらそんな言葉で性根が治るなら苦労はしていない。

 なにより、大人しく引き下がるのはもうやめたのだ。

 

 敷地を出て、広い道路を薪井とさけちゃはずいずい進んでいく。

 だいぶペースが早い。

 さけちゃは付いていくのがちょっと大変そうだった。

 

 「待ってってば!」

 ぼくは走って追いつこうとする。荷物が重くてなかなか距離が縮まらない。

 しばらくそうしていると薪井が振り返って、

 「どうして付いてくるの!」

 

 「付いていきたいからだよ」

 正当な理由は思い浮かばない。

 心配だから? もちろんそれもあるけどやっぱり単純に付いていきたい。

 だからそう答えるしかなかった。

 「――あのさ」

 薪井が言葉を切って言った。

 「わたし、古池くんがわたしのこと好いてくれてるのわかってるよ」

 

 「え、なに、突然」

 虚を突かれてぼくは狼狽える。

 「違った?」

 薪井が訊いた。

 「まあ、あってるけど……」

 ぼくは正直に答える。

 

 「気持ちは嬉しいよ。だけど――」

 「――わかってる!」

 薪井にその先を言ってほしくなくて遮った。

 気持ちは嬉しい。だけど、と来たら次に来る言葉は決まってる。

 こんなときに。いや、こんなときだからこそ、その言葉は聞きたくなかった。

 

 「わかってないよ」

 「え?」

 「どうせ、ごめんなさい。気持ちには応えられないですって言われると思ってるんでしょ」

 「う、うん」

 それ以外なにがある?

 

 「あのね、わたし死ぬんだよ」

 薪井の口から出たのは、もっと聞きたくない言葉だった。

 「そんなこと……」

 「古池くんが好いてくれる気持ちは本物だと思う。ここまで助けに来てくれたんだもんね」

 薪井は泣き出した。

 「でもそれだっていつまでもは続かない。気の迷いだよ。そんなことで死んでほしくない」

 

 「ご、ごめん」

 薪井を泣かせてしまったことに驚いてぼくは謝る。

 「歩きながら話していい?」

 薪井は答えないが、ぼくは勝手に横に並ぶ。

 

 「薪井は気の迷いだっていうけど、そんなことないよ」

 ぼくは真面目な口調で言う。

 「でもみんなそう思って結婚して、結局別れたりするんだよ」

 「そ、それはそうだけど」

 なんだか難しい話になってきた。

 あまり細かい部分を突かれると困る。


 「わたしの両親もそうだったから」

 「え?」

 「両親離婚したんだ。わたしが中学入ってすぐに」

 「そ、そうだったの?」

 あれだけ薪井を眺めていたのに、全然気が付くことができなかった……。

 

 「昔はすごく仲良かったんだよ。でもだんだん変わっていった」

 薪井は続ける。

 「同じ人間のはずなのに、別人になったみたいだった」

 「うん……」

 相槌を打つことしかできない。両親の離婚という微妙な問題に口を挟む料簡はぼくにはまったくなかった。

 

 「ゾンビだってそうだよね。全然別人みたいになっちゃってさ」

 薪井はさけちゃを指差した。

 「この子、わたしのお父さんだったんだよ。だけど感染して……」

 井須さんに聞いていた知ってはいたが、本人の口から聞くとショックだった。

 

 「わたしもこうなるよ。全然別人になる。そしたら多分古池くんは離れていくと思う」

 薪井の声にまた涙が混ざっていく。

 「そのときのわたしはわたしじゃないけど、それでもそのことを想像すると悲しいよ。……だからいまのうちに離れてほしい」

 

 「離れないよ」

 「いまはなんとでも言えるよ」

 「離れないって!」

 ぼくは薪井の目を見て言った。

 「あの日、林間学校で脱走したぼくを薪井が見つけてくれたときから、ずっとぼくは薪井のストーカーみたいなもんだよ」

 ぼくは自白する。

 「薪井がさらわれてからも、ぼくはここまで来たよ。ストーカーだから」

 気持ちの悪い言葉がとめどなく出てくる。

 「だって、本当はさらわれたみんなを救うのあきらめようとしてたんだよ。だけど薪井がさらわれた途端くるっと方向転換した。ぼくはそういう人間なんだよ。ストーカーなんだ!」

 

 「……」

 薪井は黙りこくる。

 まずい、引かれただろうか。

 つい熱弁してしまったが、どう考えても引かれる要素しかない。

 ストーカーはやっぱまずかったか。

 

 「死んでもいいの?」

 薪井は言った。

 「わたしと来ると多分古池くん死んじゃうよ」

 「いいよ。どうせいつかは死ぬんだから」

 ぼくは無考えに勇猛果敢なセリフを吐く。

 薪井は少し考えてから言う。

 「一緒に来てほしい気持ちはあるよ。自分勝手だとは思うけど」

 「全然いいよ。ぼくだって自分勝手にやってる」

 カーブに差し掛かって、それからぼくたちは国道一二八号線を歩き始めた。

 

 「もし薪井が変わっちゃったとしても、ぼくはずっと話しかけるから」

 「そんなの……意味ないよ」

 「そんなことないと思う。薪井が薪井である部分は残る」

 「……」

 「気休めじゃなくて、本当にそう思うんだ。さけちゃを見てたら」

 「オオ……!」

 さけちゃは得意の相槌を打つ。

 「薪井を迎えに来たのはぼくだけじゃないんだから」

 綺麗ごとのようで綺麗ごとではないと思う。

 「さけちゃは薪井のことを大切に思ってるよ」

  

 「……じゃあ、お願いね」

 「うん」

 「ずっと話しかけてね」

 「任せておいて。約束するから」

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