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終幕後3

 ぼくは捕まった。

 とはいえ、それなりに首尾よく立ち回っていたということは断っておきたい。

 

 小柄で目立たない存在だからぼくは隠密に向いているのだと思う。

 林間学校で脱走したときもそうだった。だれにも気付かれずに脱走して、だれにも気付かれず戻ってきた。

 だれにも――薪井を除いては。

 

 それは今回も同じ。

 ぼくを見つけたのは薪井だった。

 

 「古池くん、いるなら出てきて!」

 拡声器で増幅された薪井の声が聞こえてきたときは肝を冷やした。

 どうしてぼくがここに潜伏していることがわかったのだろう。

 そしてなぜぼくを呼んでいるのだろう。

 

 敵に脅されているのか。これは罠ではないか。そもそもなぜぼくの存在がバレているんだ。

 色んな考えが脳裏をよぎった。

 でもぼくは街灯に吸い寄せられるあの日の羽虫のように、その声の方へ近づいていったのだ。

 

 薪井は敷地に入ってすぐの事務棟の車寄せに座っていた。

 近くにはほかにだれもいない。

 

 「薪井!」

 ぼくは走った。

 物陰から現れた男たちに取り押さえられるなんてこともなく、無事薪井の眼前まで辿り着く。

 

 「よかった。古池くん無事だったんだね」

 「こっちのセリフだよ! いったいどうして……」

 「あの子がいたから」

 そう言って薪井は建物の裏のちょうど死角になっている部分を指す。

 見るとそこではさけちゃが所在なく同じ場所を行ったり来たりしていた。

 

 「さけちゃ!」

 そうか、先にさけちゃが見つかったんだ。

 多分起きたあと、一人でうろうろして見つかってしまったのだろう。

 さけちゃがここまで一人で来るとは考えづらいから、ぼくが一緒だとわかったということか

 

 「さけちゃ?」

 薪井が不思議そうに小首を傾げる。

 「うん、名前がないと呼びづらいから勝手に名前つけたんだ」

 「あはは、いい名前だね」

 

 当のさけちゃは呼ばれたと思ったのか、こちらに近づいてくる。

 一応は覚えててくれたということか。

 それはうれしいが、それよりもだ。

 

 「それよりどういうことなの。薪井はここのやつらに捕まってたんじゃないの」

 ぼくは一息にそう言った。

 すると薪井はふっと真顔になり、

 「そうなんだけどね。もうこのグループのボスは死んじゃったんだ」

 そう言ってからこう付け加えた。

 「わたしが殺したんだけどね」

 

 ぼくは驚いてものが言えなかった。

 意味が分からない。薪井がここのボス。井須さんは「伊達」とか呼んでたが、そいつを殺したということか。

 でもどうやって……。

 

 「それって伊達とかっていう人?」

 ぼくが言うと薪井は驚いて、

 「なんで知ってるの」

 「実は――」

 ぼくは道中で出会った井須さんのことを話す。

 

 「ああ、井須さん。覚えてるよ。優しい人だったけどすぐいなくなっちゃったんだよね。奥さんと男の子がいたと思うけど元気だった?」

 「うん、みんな元気そうだったよ――って」

 共通の知り合いの話で盛り上がってる場合じゃない。

 「そうじゃなくて、薪井が殺したってどういうこと。それに他の人たちは?」

 

 ボスを殺したなら薪井だって無事ではいられないはずだ。

 周りの人間にどんな目に合わされるか……!

 

 薪井はすぐには答えずに、立ち上がってさけちゃの頭を撫でる。

 さけちゃは嫌がらずされるがままになっている。

 

 「わたしがここのやつらに追われてたのはね、伊達に惚れられてからなんだ」

 薪井は吐き捨てるように言った。

 「馬鹿みたいな理由でしょ。そんなことでグループの人間を何人も使ってわたしを追ってたなんて」

 薪井は続ける。

 「だからなにかされる前に殺したの。そのあとわたしも殺されるかもしれないけど、それでもあんなやつの手にかかるよりずっとマシだから」

 

 「殺したってどうやって……」

 ぼくの言葉に薪井はにっと笑って、

 「嚙み殺した」

 と言った。

 

 冗談なのか本当なのかわからず、当惑していると、

 「そのあとね。やつらで仲間割れが起こって、結局わたしは殺されなかったの。伊達のことをよく思ってないやつらもいたからね」

 「そ、それで、薪井は解放されたの?」

 「うん、路地屋っていうのが新しいボスになったんだけどそいつが逃げていいって。一応言っておくけど路地屋もロクなやつじゃないよ。伊達よりはマシってだけで。さっきからずっとこっち見張ってるし」

 

 視線を感じて目をやると、事務棟の二階からスキンヘッドの男がこちらを睨んでいた。

 たしかあいつは薪井をさらっていった……。あいつが路地屋か。

 

 「お前、来るなって言ったのに来たんだな。見た目よりは骨があるようだ」

 路地屋は低い声でそう言った。

 「あいつ、ああやって大物ぶってるけど、こっちをずっと見張ってる小物だよ。伊達にもいいように使われたわけだし」

 薪井が小声で囁く。

 

 ぼくは思い切って頭上に向かって叫んだ。

 「弦緑村からさらってきたみんなを返してください! 薪井とみんなを助けにここまで来たんです」

 「それはできない」

 だが路地屋は首を振った。

 「どうして!」

 「生き残ってた捕虜はもう解放したからだ」

 

 「え?」

 意外な返答に思考が止まる。

 「ゾンビを飼うのは割に合わないんだよ。そのために捕虜を捕まえて管理するのにどれだけコストがかかると思う」

 路地屋は訊いてもないことまで説明し始める。

 「あれは前のボスが馬鹿だからやってただけだ。ゾンビなんてせいぜい一人か二人いればいい。そもそも大して脅威じゃないだろう」

 ぼくはさけちゃに目をやる。

 たしかにさけちゃに脅威を感じることはできない。

 

 「そんで、お前と同い年ぐらいのガキも昨日出て行ったよ。食料は分けてないから途中で野垂れ死んでるかもしれんがな」

 千路くんだ! ぼくは勝手にそう解釈した。

 「みんなはどっちに?」

 「南東の方に向ってたから、大方海でも目指してるんじゃないのか」

 「ありがとうございます」

 敵にお礼を言うのも変な気がしたが、この男のおかげで状況が改善したのは間違いない。

 たとえ路地屋の打算の副産物としてでも、薪井や千路くんたちが生き残れたならそれでいい。

 

 「いいさ。別にお前のためにしたわけじゃないからな。それよりお前ここ残ってもいいぞ」

 路地屋が言う。

 「今回の件でだいぶ人が減っちまったからな。一人で旅するよりかは生き残れると思うぜ」

 「すみませんがぼくはみんなを――」

 「――わたしも、古池くんはここに残った方がいいと思うよ」

 薪井がぼくの言葉に被せてそう言った。

 

 「どうして?」

 ぼくは訊く。薪井までなにを言っているんだ。

 「やっぱりこの先は古池くんだけじゃ生き残れないよ」

 「でも、薪井はここから出ていくんでしょ」

 「うん」

 「じゃあなんで」

 「わたしは古池くんと一緒に行くことはできない」

 

 心臓がきゅっとなった。

 薪井に拒否された。そりゃあ薪井からすればぼくといっしょに行動する理由なんてないかもしれないけど……。

 「なにか嫌だった?」

 ぼくは弱弱しい声で訊く。自分で聞いても恥ずかしくなるようなか細い声だった。

 「ううん、今回のことは言葉では言い表せないくらい感謝してる。さけちゃを世話してくれたことも嬉しかった」

 「それならなんで……」

 やはり、伊達に惚れられたせいでこんなことになって、男に好意を寄せられることに嫌気がさしているのだろうか。それもぼくみたいな冴えない男からではなおさらだ。

 

 「実はね、わたし感染してるの」

 

 薪井のその言葉を聞いたときのぼくの表情はどんなだっただろう。

 過呼吸というのはこんな感じなのだろうか。息が浅く激しくなってどうにもならない。

 

 「う、うそでしょ」

 「伊達の前に連れて行かれる前にね、わたしゾンビの血を舐めたんだ」

 薪井は淡々と語る。

 「捕まったらそうしようって決めてた。ずっとさけちゃの血を小瓶に詰めて持ってた。それでそれを舐めたあと、伊達に噛みついた。そのことを教えてやったらあいつパニくって部下を呼んだわけ」

 「それがおれだったんだよ。感染したことを伝えてどうにかなるわけでもないのにな」

 路地屋は鼻で笑った。

 

 「――だからね、古池くん」

 薪井はぼくの目を見て言った。

 「わたしは古池くんとは行けない」

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