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離別後4

 「やっぱり……!」

 前から妙には感じていた。

 さけちゃに対する献身的でありながらも精神的に距離を保った態度。

 兵隊として必要としているわけでもない。追手から逃げるだけならむしろ足手まといですらあるはずなのに、それでもずっと世話をしていた理由。

 そして夜中にさけちゃがいなくなったときのあの狼狽だ。

 薪井の心情を慮ると、胸がいっぱいになりそうになった。

 

 「薪井先生まで感染しちまったのか」

 井須さんはさけちゃをまじまじと見つめる。

 さけちゃは不思議そうに井須さんを見つめ返す。

 

 その後突然、さけちゃがぼくに向かって唸った。理由はわからない。

 「ご、ごめんって」

 だがとにかく謝った。

 そういうことはよくあることだったからだ。

 

 「それじゃ捕まった女の子ってのは、先生の娘さんってことか」

 「そうなりますね。樹里って子です」

 「なんだか妙だな」

 「え?」

 

 「たしかにあのグループは脱走者に対しては厳しいが、そこまでして追いかけるってのは不自然だと思ってな。何日も、それも大人数でだろ」

 「そうなんですか?」

 「わたしたちのときは割とすんなりと逃げられたのよ。多分追われてもなかったと思う」

 千恵瑠さんが言った。

 「脱走者を探す組に入れられたこともあったが、せいぜい半日くらいだったぜ。いつまでも脱走者追ってるほど余裕があるわけでもないしな」

 井須さんがその言葉を継ぐ。

 「なにがあったんだろう……」

 井須さんたちの話を聞いて、胸が騒いだ。一体薪井はなにをしたんだろうか……。

 

 「まあ、今日はもう寝ろ。明日も忙しくなるだろうからな」

 井須さんは半ば強引に話を終わらせた。眠る前に話す内容ではないということかもしれない。

 ぼくもそれ以上食い下がる気力はなかった。

 

 さけちゃと犬たちを隣室に連れていって寝かせることにした。

 喧嘩するかとも思ったが、互いに少し離れた所に陣取り大人しくしている。感染者同士だからだろうか。

 「おやすみ、以蔵、茶々」

 井須さんが言うと、

 二匹の犬は理解しているかのように鳴いた。

 ぼくもおやすみを言おうか迷ったが、さっき唸られたばかりだったので気おくれしてやめた。

 

 元の部屋に戻ったぼくも、大人しくカーペットに横になる。

 静かになった途端、脳内で思考が暴れだした。

 なぜ、薪井は……。

 みんな無事なんだろうか……。

 結論のでない問い。

 それは存在しない羊の数を数えるのと同じくらいには実のある行いだった。睡眠導入剤のように作用し、やがて睡魔が訪れたからだ。

 

 〇


 一昨日からあまり眠れていなかった。

 だから目が覚めたとき、よく眠ったなという感覚があった。

 周りに大人がいてくれる安心感はやはり大きい。

 

 「おはよう。よく眠れた?」

 千恵瑠さんが水の入ったコップを渡してくれた。

 「ありがとうございます。久々にぐっすり眠れました」

 「よかった」

 

 ストーブの前から離れられない朝のように、ただその心地よさに浸っていたくなる。

 だが急がなくてはならない。

 もたもたしていると、取り返しがつかなくなる。

 

 朝食を済ませたあと、ぼくは井須さんにもう一度訊ねた。

 人さらいグループの詳細な情報を。

 井須さんは最後まで渋ったが、ぼくも譲らなかった。

 もう時間がないとわかっていたから。

 

 「本当は一緒に行ってやりたいが、家族がいるからすまない……」

 最後には、昨日出会ったばかりのぼくに、井須さんはそこまで言ってくれた。

 「気が変わったら戻ってきていいんだからな。おれたちは西に向かってるがそう遠くまでは移動してないはずだ」

 「ありがとうございます。そのお言葉だけで十分です」

 

 ぼくは身支度を終え、井須さん一家に別れの挨拶を告げる。

 してもらっただけの不義理を詫びたが、返ってきたのは固い握手だった。

 泣きそうになりながらぼくは自転車を押していく。

 

 目指すべきは貯油施設。

 ここから丸一日歩いたくらいの距離だという。

 一瞬、さけちゃと二人乗りして急ごうかとも考えたが、思いとどまった。

 さすがに危険な気がしたし、なにより忍び込むなら夜の方がいいと井須さんも言っていた。

 歩いていけば、現地に着くころには夜になっているはずだ。


 そう思っていたのだが、昼を回ったくらいから、ぼくもさけちゃもだんだんペースが落ちてきた。

 机上の空論とはこういうことか。

 救出作戦は早くも失敗の兆しを見せていた。

 

 だがそんなのは初めからわかっていたことだ。

 頭から尻尾の先まで机上の空論。いや論ですらなく意気込みだけの無計画。

 計画なんてしてたら足がすくんでしまう。


 ここまで来たらもう諦める気なんてなかった。

 その証拠に、さけちゃだって舌を出しながら付いてきているではないか。

 「さけちゃ、まだ行けるよね」

 「オオ……!」

 

 ――夕方、ぼくとさけちゃは地べたに座り込んでいた。

 残り少ない飲用水を分かち合いながら、ぜえぜえと息を切らす。

 「さけちゃ、まだ歩ける?」

 「オオ……」

 唸り声にも元気がない。

 

 ぼくはなけなしの食料をリュックから出して、地面に広げる。

 「さあ補給だよ」

 「オオオ……!」

 少し声に張りが戻った。

 

 ぼくたちは二人して保存食をむしゃむしゃと貪る。

 エネルギーを補給して、行軍を続けるのだ。

 だが補給が終わったあともさけちゃが動こうとしなかったので、いつものように近くの民家に忍び込び、数時間だけ仮眠を取った。

 

 数時間後、さけちゃを無理やり叩き起こして自転車の後部荷台に座らせる。

 「しがみついててよ!」

 ぼくは勢いよくペダルを漕ぐ。

 

 さけちゃに嚙まれたら噛まれたときのことだ。

 どちらにせよ、今日中にたどり着けなければすべてが終わってしまう。

 

 ぼくたちは闇夜を切り裂いていく。

 冬の夜風が肌に突き刺さる。

 「オオオオ」

 悲しい叫びがすぐ後ろから聞こえる。

 

 そして数時間後、ぼくたちはたどり着いたのだ。

 人さらいのグループの根城へと……!

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