離別後3
ぼくたちは公園内にある、以前は管理事務所として使われていたらしい平屋の建物へと向かった。
書類棚とロッカー、あとは小さな冷蔵庫と、小さなデスクの上にパソコンが一台あるだけのこじんまりした空間だった。
「狭くてすまんが我慢してくれ」
井須さんは頭をポリポリ掻きながら、
「泊まっていくといい、なんて偉そうなこといったがおれたちも昨日来たばかりでな」
「えっと、住んでいるわけではないんですか」
「そうしたいのは山々なんだが」
「食べ物のせいですか?」
「まあそれが一番の理由だな。移動し続けないと食い詰める」
井須さんは続ける。
「だからここから先は物資は少ないと思うぞ。おれたちみたいに暮らしてるグループはいくつかあるんだ」
「だ、だけど、まだ少しは蓄えがありますから」
ぼくは別につかなくてもいい嘘をついた。
「そうだとしても、やめておくべきだ。さっきも言ったがこの先は伊達のグループの勢力圏なんだよ」
「その伊達のグループっていうのについて、教えていただけませんか」
「……」
井須さんは少しためらったようだったが、ふーと息を吐いてから口を開いた。
「まあ古池くんが探してる、人さらいの集団っていうのは十中八九伊達のグループのことだろう」
「やっぱり」
「けどな、さらわれた仲間を助けるっていうのは現実的じゃないぞ。心意気は立派だと思うが……」
井須さんは言いづらそうに顔を伏せた。
「相手は五〇人以上のグループだからな。感染者の兵隊も合わせたら倍はいる。言いたかないが、死ににいくようなもんだ」
「それは……」
なんとなくわかってはいたが、。
「それはわかってますが、それでも行きたいんです」
「だけどなあ――」
ぐぅーっと音が鳴った。
つい音の方へ目をやると、井須さんの息子さんの圭史くんが恥ずかしそうにもじもじしていた。
「ご飯にしよっか」
と井須さんの奥さんの千恵瑠さんが圭史くんに笑いかけた。
「悪いけどこの話はあとにしよう。古池くんも腹減っただろ」
井須さんはニツと笑った。
「こんなものしかないけど、どうぞ」
千恵瑠さんがぼくとさけちゃに缶詰を渡してくれる。
「い、いえ、大丈夫ですよ。自前のがありますので」
ぼくは慌ててそれをつき返す。
「子どもが遠慮なんてしなくていいよ。こっちから誘ったんだから」
「だけど、食料は貰えませんよ」
「うちだってすぐに食い詰めるほど余裕がないわけじゃない。それに、お詫びもあるしな」
「え、お詫びですか?」
なんのことかわからずにきょとんとしていると、
「いや、さっき表で犬をけしかけちゃっただろ。あれ周囲を見回ってるときに圭史が以蔵のリード離したせいなんだ」
「あの、お兄さんごめんなさい……」
圭史くんが消え入りそうな声で謝る。
彼は小学校の低学年くらいだろうか。そんな小さな子の泣きそうな表情を見ていると、逆にこちらの方が申し訳なく思えてくる。
「いやいや、気にしなくていいよ。別になんともないんだから、ホラ」
ぼくはさけちゃの肩を叩く。さけちゃは迷惑そうに唸った。
さけちゃが犬の尻尾をちぎった話も蒸し返したが、結局押し切られ、ぼくたちは食事をいただくことになった。
ありがたいが、それだけに心苦しい。
これほど食料が貴重な社会で、見ず知らずの人間にここまでしてくれる人がいる。
それとは逆に、他人を何人も殺して平気でいられるやつらもいる。
本当にいろんな人がいるものだなあ、と感心してしまった。
食事が済み、携帯ランプの灯りを消すと、室内は真っ暗になった。
床はカーペットになっており、壁にもたれて一息つく。
とりとめのない話を交わし、緊張も取れてきて和やかなムードだったが、大事なことを訊かなければならない。
「あの、さっきの話ですが……」
「ああ、わかってるよ。知ってることは教えるが、やっぱり行くべきじゃないとおれは思う」
「それは……」
「おれたちはな、元々あのグループにいたんだよ。だからどういうことをしていたのかも知ってる」
井須さんは苦々しげに言った。
「え、あの人さらいのグループにですか?」
「ああ、だがあのグループも最初からあんなことをしていたわけじゃなかった。元々は避難所で一緒になった人間の集まりだったんだ」
「そんな……」
あんな無法者たちが元々は普通の避難者たちだったなんて。ぼくは絶句してしまう。
「いまグループを仕切ってる伊達は自衛隊で陸曹をやってた人間なんだが、避難所で指揮をとってたのもやつだった」
井須さんは続ける。
「最初はよかったんだ。指示も正確で避難所の人間が大勢生き残れたのも、やつの手腕あってのものだった。
だが自衛隊の指揮系統が壊れて、全権がやつのものに集まったときからタガが外れだした。
高圧的になり、一般の避難者に命令を下すようになった。
次にあいつに近い人間がそれに倣い始めて……。
ほとんどの人間は集団の外で生きていく術がなかったからな、従うしかなかった。
うちの一家はそれに耐えきれなくなって、夜逃げに近い形でグループを抜けたんだ」
話を聞きながら、弦緑村での生活を思い出していた。
集団が形作られていく過程で、それぞれの性格も役割に応じて変化していった。
あまり思い出したくもないが、剛堂リーダーもそうだった。
こういった状況ですらなければ、頼りがいのあるお巡りさんと善良な一般市民の間柄でいられたはずなのに。……まあ職質のひとつくらいはされたかもしれないが。
つまりその伊達とかいう男も、環境によって独裁者としての資質を目覚めさせられ一人ということだろう。
目覚めるのは勝手だが、従わされる方はたまったものではない。
「そのグループの拠点はどこに?」
「教えたら行くだろ?」
「教えてもらえなくても行きます」
「……」
数秒の逡巡ののち、井須さんは答えた。
「ここからもっと東の貯油施設だよ」
「貯油施設?」
「要はガソリンとか貯めてる施設のことだ。それほど大規模なじゃないがそれでも車の燃料を補給するにはいい場所だからな」
「そこにいるんですか」
「正確にはその付近一帯だな。少なくともまだ秋口の頃はそうだったが、まあいまでもその辺りだろう」
「ありがとうございます。あともう一つ質問いいですか?」
「なんだ」
「薪井って女の子知ってますか? ぼくが探してる子なんですけど」
「多分、薪井先生の娘さんのことかな。ああ、知ってるよ」
「薪井先生?」
「ああ、避難所に町医者の先生がいたんだよ。圭史が熱出したときにお世話になった」
「男の人ですか」
「そうだ」
「薪井のお父さん……」
声に出して呟いて、ぼくははたと気づいた。
ぼくは立ち上がる。
「おいおい、いまから行くとか言い出すんじゃないよな」
「ち、違うんです。それよりちょっと待ってください」
ぼくはリュックからペンライトを取り出して、さけちゃの方を照らす。
さけちゃはすごく嫌そうに唸った。
うとうとしていたところだったらしい。
「彼に見覚えありませんか?」
「感染者か? ん、待てよ……」
しばしの沈黙。そして、
「あの頃からずいぶん人相が変わってて気づかなかったが」
井須さんは声を震わせながら言った。
「この人が、薪井先生だ!」




