再会後4
「――古池くん!」
真夜中、ぼくを深い眠りから現実へと引き戻す大声がした。
カーテンを閉めているせいもあって、室内は真っ暗で、最初その姿も見えなかったが、寝ぼけた頭でも薪井の声を聞き違えるはずがない。
「どうしよう。眠っている間にいなくなった!」
薪井はひどく狼狽した様子でぼくの体を揺さぶった。
「どうしたの?」
理解が追いつかずにぼくはそう訊ねた。
「あの子がいなくなったの!」
それでピンときた。「あの子」に該当する人物は一人しかいない。
「彼がいなくなったの?」
「うん」
「何時頃?」
「わからない。わたしが眠ってる間にいなくなってたから」
「とにかく家の中を探してみよう!」
血相を変えた薪井の顔を見ているうちに眠気はどこかへ消えていた。
ぼくはリュックから懐中電灯を取り出し右手に持つ。もう片方の手で薪井の手を引こうとしたがやめて、行こうというジェスチャーをした。
とはいえ勇ましいのは最初だけで、家探しは実に慎重に行われた。
いくら訓練されているとはいえ、暗闇で間違えて襲ってくるかもしれない。そうじゃなくてもぼくは襲ってもいい方に入っている気がしたから。
まだ調べていない部屋を確認しながら、薪井から話を訊く。
薪井は彼を隣の部屋に待たせていた。なれているゾンビでも同じ部屋で寝るのは避けた方がいいと知っていたからだ。そして数時間して目が覚めたときに、様子を見に訪ねたらもう彼はいなくなっていた。
「本当は首輪をしてどこかに繋いでないとだめなんだけど……」
薪井が言った。
家の中にはいないとわかったから、ぼくたちは家の外に出ていた。
文句なしの危険行為だが、薪井を見ていると「朝まで待とう」とはどうしても言い出せなかった。
だが躊躇いが伝わったのか、
「わたし一人で探してくるから、古池くんはここで待ってて」
薪井はそう言ったが、一人で放っておけるわけがない。
ぼくたちは暗い夜道をペンライト片手に頼りなく進んでいく。このペンライトは形見分けのような形でもう一方のグループから譲り受けた品だ。二度と充電はできないが、まだ十分に明るい。これがぼくの形見にならないように、ぼくは細心の注意を払いながら辺りを警戒する。
そうして闇夜を一〇分ほど歩いた。道筋を記憶しようと努めてはいたが、ぼくの空間把握能力は日中でさえ怪しい。それがこの暗さでは……。胸中に不安が充満していく。
ときおり薪井が「おーい」と呼びかけるが、その声は闇の中に消えていく。
「どうしよう……」
薪井は憔悴しきっている。
こんなときどうしたらいいのかぼくには見当がつかなかった。
しかし薪井はどうしてこれほどまでに彼にこだわるのだろうか。手懐けているうちに情が湧いた?
「方向が間違ってたのかもしれない。引き返してみよう」
ぼくがそう提案すると、薪井は頷いて唯々諾々とぼくの後に続いた。
目を見ただけでわかった。薪井はすっかり冷静な判断力を失っている。ぼくがどうにかしなければ。
元々持ち合わせていない分、失ってはいないわけだから。
――そして一〇分後にはぼくたちはすっかり迷っていた。
彼が見つかる気配もない。
よくないイメージが夜をスクリーンにして映し出されてぼくたちを取り囲む。
このままだとまずい。とにかくどこか屋内に入るべきだ。彼や置いてきた荷物はは明日探せばいい。
「薪井、一度――」
そう言おうとした矢先だった。
強い光がぼくたちを照らした。眩しさに目がくらむ。
「いたぞ!」
「捕まえろ!」
男たちのそんなやり取りが聞こえたと思ったら、状況もわからないまま、ぼくは後ろから羽交い絞めにされていた。逃げようと暴れるが、絶対に敵わないのが肩にかかる圧力からもわかった。
「離せ!」
後ろの方で薪井が叫んでいる。薪井も同じように確保されてしまったらしい。薪井がこんな目に合わされたと思うと、頭に血が上って恐怖を忘れた。
「おい、暴れんな!」
ぼくを捕らえている男が怒鳴る。ぼくは限界以上の力でじたばたもがいた。肩にかかる負荷が大きくなって骨が痛んだが関係なかった。
「薪井から離れろ!」
「黙れ!」
――衝撃を感じた。頬を張られたのだと数刻遅れて気がついた。頬っぺたの内側が切れて鉄の味がじわりと広がった。
その男はものすごい眼光でぼくを貫き、その一瞥がとどめとなってぼくは完全に射すくめられてしまった。
剛堂リーダーよりも一回りガタイのよいその男は、カーライトを鈍く跳ね返すスキンヘッドと相まってカタギの人間には出せない迫力を醸し出していた。
「――で、だれですこいつ?」
ぼくを羽交い絞めにしている方の男は、そのスキンヘッド男にそう訊ねた。
「だれでもいいさ。薪井の娘さえ連れていけば」
「こいつも連れていきますか?」
その問いを受けて、スキンヘッド男は品定めするようにぼくを眺めた。
「いいんじゃないか。そんな命令は受けてないしな」
「でもエサくらいにはなるんじゃ」
「もう牢がいっぱいなんだよ。必要になったらそのときでいい」
言いながら、スキンヘッド男はぼくの両足にロープを手際よく括り付けた。
「それに、こっちはただでさえ無駄な仕事をしてるんだ。これ以上サービスしてやる必要もない」
「まあ、そうですね」
どうやらそれで決着がついたようで、男たちは車に乗り込んでいく。
去り際にスキンヘッドの男がぽつりとぼくにこう言い残した。
「一応言っておくけどな。追って来るなよ」
それを最後に、ぼくは暗闇に取り残される。
ひどく寒い。だが頭はオーバーヒートしていて、こめかみから汗さえ滴り落ちる。
薪井ごめん。
千路くんごめん。
母さんごめん。
なんの役にも立たない自責の念が堰を切ったように溢れる。
「アア……」
近くで独特の唸り声が聞こえた。
もう見なくてもわかる。感染者だ。
「アアア……」
体を動かそうとも思えない。
もうこのままいっそ……。
そんな気持ちになって、強く目を閉じるが、いつまでたっても体を食いちぎられる痛みは襲ってこない。
そっと目を開ける。そして声の主を探す。
さきほどとっさに隠しておいたペンライトをポケットから取り出しその方向を照らし出した。
「きみは……」
「アアア……」
声の主は薪井の連れの感染者だった。
彼もおいて行かれたのだろう。
彼はぼくを見ようともせず、うめきながら同じ場所を行ったり来たりさまよい続ける。
その響きには仲間を失った悲しみが込められているように、ぼくには感じられた。




