再会後1
些細な物音がしても、その都度歩みを止めながら慎重に進んで行った。
けれども拍子抜けするくらいに感染者とは出くわさなかった。
数が減っているという噂は本当なのかもしれない。
だから歩きながら考える時間は十分にあった。
ぼくはずっと考えていた。このまま薪井と行ってもいいのかということを。
易きに流れ、すでに一時間以上も薪井たちと行動を共にしていた。
決めるなら早い方がいい。
流湖市街地に向かうべきか、このまま薪井と行くべきか。
自分の心がどちらに傾いているか本当はわかっていた。
聞きたくもない自らの声が頭の奥底でこんな風に囁いた。
――元々孤独感を埋めるために奔走していたのだから、昔からの知り合いと会えたのならそれでいいじゃないか。
どうせみんなは助けられないし、父だって見つかりはしない。知り合いと再会できるなんて幸運はもう二度と訪れないんだぞ。
「くそっ」
ぼくはその場に立ち止まった。
薪井は振り返って、怪訝そうにこちらをうかがう。
「どうしたの?」
「ごめん、薪井。市街地に向かうのってどうしてもだめかな?」
思い切ってそう口に出した。自分に発破をかける意味も多分にあった。
「え?」
「ぼく、市街地に向かいたいんだ。父さんと会えるかもしれないし、千路くんたちだって助けられるなら助けたい」
「それは無理だよ」
「だけど」
「古池くんが住んでた場所がどうなったか覚えてるでしょ。あいつらはああいうことを平気でやるんだよ」
「だけど、村の人たちは殺されずに連れていかれたわけだし……」
「さっきのやつら、みんなゾンビ連れてたのわかる?」
だしぬけに話が変わって困惑したが、ぼくは頷いた。
直接は見ていないがうめき声が聞こえたし、千路くんたちを連れて行った男も感染者たちを連れていたからだ。
「あれはゾンビを飼いならしてるの。ちゃんと訓練すればいうことを聞くから」
「どうしてそんなことを?」
少し前に聞きそびれたその質問を投げかけた。薪井の連れている感染者もそうだ。なぜ一歩間違えれば襲われて自分まで感染してしまうかもしれないのに、そんなことをしているのか。
「ゾンビといると、ほかのゾンビが寄って来にくくなるから」
「えっ」
「あまりゾンビ同士では争わないでしょ? 理由はわからないけど」
だからさっきの感染者も襲ってこなかったのか。小一時間、往来を堂々と歩いてほかに出くわさずに済んだのもそのせいかもしれない。
「もう一つは兵隊として。ほかのグループを襲うときに必要だから」
「兵隊?」
「うん。動きは遅いけど、それでも人間にとっては十分脅威でしょ。なによりいくらでも替えがきくから」
「そんな……。それじゃあんまりだ。感染者だって――」
「――人間なのに?」
そう先回りされて、ぼくは二の句が継げなくなった。
感染者はまだ人間なのか。避難者たちの間で何度も議論になった内容だ。
避難生活をしていると身内が感染することも少なくなかった。そうなってくると彼らをどう扱うかというのは切実な問題となってくる。
その人が「その人」と呼べる境目はどこにあるのか。
答えのない問いが繰り返されたが、一人また一人と襲われて感染していく中で、ぼくたちは現実的な結論を下す必要に駆られた。
その結論とは、感染者が人間かどうかはともかく、自分たちの手には負えない存在だということだ。
「わたしは感染者のことをゾンビって呼んでる。人間だと思うとやっていけないよ」
気がつくとぼくは薪井の連れの感染者を眺めていた。
視線に気がついた彼は不思議そうにぼくの顔を見返してくる。薪井と会話しているぼくは敵ではないとみなされたのか、威嚇されることはなかった。
「話が逸れたけど、やつらはみんな兵隊としてゾンビを連れてる。だから――」
その瞬間、ぼくは薪井が言おうとしていることを察した。
「ときどきはゾンビを補充する必要があるってこと?」
「半分正解だけど、それだけじゃない」
薪井は続けた。
「飼いならしたゾンビたちにもエサをやる必要があるでしょ」
「まさか……」
「あいつらは襲ったグループの人間を、捕まえてエサにしてるの」
人間をゾンビのエサにする。それはぼくの理解の埒外にあって、はじめ頭の中で言葉が言葉として素通りしていった。
だって、いくらなんでも、そんなことをする人間がいるのだろうか。
ぼくが目を白黒させているのを見て、薪井は言った。
「だから行かないでほしい。古池くん一人でどうにかできるようなことじゃないんだから」
「ごめん、ちょっと座らせて」
言いながら、ぼくはすぐそばの道路の縁石にへなへなと腰を下ろした。
漠然とした脅威が形を持ってしまった。それは頭で考えていたよりもずっとおぞましい形をしていた。。
「それじゃあみんなはもう……?」
「ごめん、それはわからない。わたしが逃げたのは、古池くんの村を襲うために人が少なくなったときだから、入れ違いになったんだと思う」
薪井は申し訳なさそうに言った。
「一度に全員ってことはないはずだけど」
「そっか……」
ほんの少し知っただけで、ぼくのちっぽけな正義感と義務感はすっかり萎えてしまっていた。
……結局ぼくはこの程度の人間なのだ。
ぼくは言った。
「やっぱりぼく、行くのやめようかな」
罪悪感を隠そうとして、おどけた口調になったが多分そうは聞こえなかっただろう。
現実に立ち向かう意志なんて端からぼくにはなかったのだ。
だって、あわよくばみんなを助けようなんて、結局は体の良い現実逃避でしかなかったのだから。
実際に市街地に近づいたとき、ぼくはどうするつもりだったのだろう。どうやって助けるつもりだったのだろう。
市街地へ向かうなんて、直視できない現実から目を逸らすために、急場しのぎでこしらえた逃避先でしかなかったのだ。
だからその目標がわずかでも現実味を帯びてしまえば、またそこから逃げ出すしかなくなった。
猛烈な自己嫌悪に襲われたが、同時にほっとしている自分がいたことも事実だった。




