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崩壊後10

 「どうした!」

 防犯ベルの音を聞いて背後のテントから数人の村人たちが飛び出てきた。

 

 迫りくる車両を見て彼らは血相を変えた。

 「なんだあいつらは。ちょっと話をしにいってくる」

 市街地班のリーダ―格の伊手場さん――智利くんのお父さん――が前に出た。

 「きみは学校へ行って、全員を起こして来てくれ。それでこのことを――大人はグラウンドに来るように、子どもたちは山のお堂に避難するようにと伝えてくれ!」

 

 ぼくはかくかくと何度も頷いてから、走り出した。

 学校に入ったが、中は静かでだれも外の騒動に気がついている風ではなかった。戸を閉めているせいで防犯ベルの音がここまで十分な音量では届いていなかったのだ。

 

 ぼくは各部屋を回って外の事情と、伊手場さんからの指示を伝えた。

 ぼくは千路くんと須浦さん、それと小さな子どもたちを引き連れて裏山へ走った。

 走っている間、背後からは叫び声や怒号がひっきりなしに聞こえた。

 

 暗い夜道で足元が不確かなため転んだり体をぶつけたりしたが、どうにか山を少し上ったところにある荒れた神社の、その境内に佇む小さなお堂に辿り着く。

 「ひとまずこの中に隠れよう」

 千路くんの指示でぼくたちはお堂の中で身を寄せ合った。

 

 「寒いよ」

 「お父さんは?」

 などと子どもたちは矢継ぎ早に質問や不満を繰り返す。三歳の子にいたっては喉も張り裂けんばかりの大声で泣き叫ぶものだから、ぼくたちは必死になって彼をあやした。

 

 普段関わってこなかったこともあって、ぼくは全然子どもたちに懐かれておらず、この場でも全然役に立たなかった。

 とはいえ、ツケが回ってくるという経験だけは相当に積んでいたために、それでうろたえることはなかった。

 

 身にまとっていた毛布とアルミブランケットを年少の子たちに掛けてやる。それがぼくにできたすべてだった。

 しばらく、じっと息をひそめていたが、ここまでは騒動の音が聞こえてこないため辺りは静かなものだった。

 

 「もう戻っても大丈夫かな?」

 「いや、事態が収まったら向こうから探しに来るはずだ。まだじっとしておこう」

 社の中は隙間風が入ってきて外と変わらないくらい寒かった。朽ちた木の軋む音がよけいにぼくたちの体感気温を下げた。

 

 だんだんとお腹が痛くなってきた。間違いなく、足先の冷えと極度の緊張感が悪さをしていた。食うものも食っていなかったが、しばらく食物繊維の不足のせいか便秘気味だったので、腸はこれ幸いとばかりに主張を始めたのだろう。

 

 「ごめん、ちょっと外に出てくる」

 ぼくは絞り出すように言って、ちょっと立ち上がった。

 「どうしたんだよ。ここにいろって!」

 だが、千路くんが引き留める。

 「いや、ちょっと体調悪い……」

 「大丈夫?」

 暗闇の中でも、須浦さんが心配そうにこちらを見ているのがわかった。だがあまり注目しないでほしかった。

 

 三歳の子どもがまたぐずりだす。須浦さんの注目がぼくに奪われたことが不満なのだ。

 「ちょっとの間だから、我慢しろよ」

 千路くんが語気を強めた。

 「いや、違うんだよ」

 ぼくは観念した。正直に言うしかない。でないと大変なことになる。

 「……お腹痛い」

 その場がしんと静まる。理解の音が聞こえるようだった。

 

 「わかった。すぐ戻ってこいよ」

 千路くんがそう言い終るよりも早く、ぼくは逃げるようにお堂を抜け出した。

 近くの茂み――念のため一〇メートルくらい離れた場所――まで走って、勢いよくズボンを下した。

 用を足しているときは、どんな差し迫った脅威であろうと介入できない、たしかな場所まで到達できる。

 

 しかし恍惚の時は長くは続かない。

 茂みの葉っぱを紙代わりにして、お堂に戻ろうとしたとき、鳥居の外の参道から落ち葉の砕ける小刻みな音と、大きな話し声が聞こえてきた。

 

 「こっちへ逃げたんだな?」

 「は、はい。こっちしかないはずです。多分……」

 「多分じゃねえよ、殺すぞ!」

 「うぐっ」

 怒鳴り声のあと、呻き声。おそらく怒鳴り声の主に殴られたのだろう。

 

 「お前、役に立たねえんならほかのやつらみたいに殺すからな」

 「すみません、すみません!」

 剣呑なやり取りはどんどんとぼくたちの方へ迫っていた。

 ぼくは木立に隠れて様子を窺う。懐中電灯の光が一本、地面を這っていた。複数の人影と足音が光を追ってやってくる。

 先頭に立っているのは真野さんだった。

 

 背中を丸め、男に背後からせっつかれて怯えている。

 月明かりが腫れた顔面の凹凸を照らし出していた。

 それだけでもぎょっとしたが、真野さんのあとをついてきている男たちの様子はさらに異様だった。

 

 懐中電灯を持っている男は人相の悪さを別にすれば、目立ったところはなかったが、そのあとをついて歩く男たちは肌の色が青みを帯びており、どことなく目の焦点もあっていなかったのだ。

 弦緑村に来るまでの道中で散々見てきたからすぐにわかった。そいつらはみんな感染者だった。

 

 しかし感染者たちは懐中電灯を持ってる男を襲わず、ただその背中を追うようにふらふらと歩き続ける。

 その数は三人。荒れた神社への参拝客たちはお堂へと近づいて行った。

 「ここか?」

 「……はい」

 「お前が扉を開けろ」

 真野さんは一瞬ためらったが、そのまま扉に手を掛ける。

 「ごめん、こうするしか……」

 ぎいぃという音がしてお堂が開放された。

 お堂の中からいくつもの悲鳴が上がった。

 

 狭いお堂の中には小さな窓すらなく、千路くんたちに逃げ道はなかった。お堂の中からは壁を叩くような音が聞こえてきた。

 「連れてこい」

 男に命令されて、真野さんは千路くんたちをお堂から連れ出そうとする。

 「大丈夫。おとなしくしてれば、みんななにもされないから」

 だがそんな言葉に説得力なんてあるはずもない。子どもたちの泣き声が壁を貫通して辺りに響いていた。

 

 「さっきの話聞いてましたよ、だれか殺されたんでしょう?」

 お堂の中から千路くんが声を震わせながらそう叫ぶ。

 「それは――」

 真野さんが口ごもる。

 煮え切らないやり取りに業を煮やした男は叫んだ。

 「いいから出てこいよ! 全員ぶっ殺すぞ!」

 そう脅迫されて諦めたのだろう。中からぞろぞろとみんなが出てくる。子どもたちは千路くんと須浦さんの体にしがみついて目を瞑っている。

 

 「全員か?」

 「はい」

 真野さんの代わりに千路くんが答えた。ぼくのことを庇ってくれているのだとわかった。

 「子どもたちは殺さないでください」

 千路くんは男にそう懇願する。

 

 「はあ? お前も子どもだろうが。おれはただ連れてこいって言われてるだけだ」

 男は唸る感染者たちに手で合図して進路を切り返すように促す。

 「とにかくついてこい。逃げたら殺すからな!」

 一同は参道を下っていく。

 あとには森閑とした夜の闇が残る。

 木立に隠れたぼくはしばらくしてようやく動くことができるようになった。

 頭の中では考えが渦巻いていた。

 ぼくはどうすればいい?

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