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崩壊後8

 「チームのエースが抜けて大変だったよ」

 剛堂リーダーはぼくを見ると、開口一番そう言った。

 悪夢に出てきた方はあれでもいくらか美化されていたらしい。

 

 「ご迷惑をおかけしました」

 「お前がいない間に、色々あったんだぜ。とくに千路なんて」

 剛堂リーダーの後ろに立っているほかのメンバーを見ると、みんな目に見えて元気がなかった。

 ぼくの負担がみんなに行って、それで疲れているのだろうか。千路くんなど心ここにあらずという感じだ。

 

 気まずさでぼくが押し黙っていると。

 「お前、聞いてないんだな」

 剛堂リーダーが言った。

 「え?」

 「まあいい。あとで教えてやるよ」

 剛堂リーダーはきびすを返して、ついてこいという風に手振りで示した。

 「仕事に行くぞ!」

 一同は元気なくリーダーに追従した。

 

 いまはなんの仕事をしているのだろう、と歩きながら考えた。

 前回は山での作業を中断して、木材の加工をやっていた。

 付近の竹林の手入れも兼ねて夏前に切って乾燥させていた竹を、一斗缶に入れて炭焼きをやった。竹炭は燃料としては使えないけれど、浄水や消臭に役立つそうだ。

 

 都会っ子というほど都会に住んでいた覚えはないが、ぼくたちは山野の素材の利用法についてなにも知らなかったので、村の外に出ない日は、元々の村の住人から知識の伝達として色々な加工技術を習っていた。

 

 思えば真野さんをつけて、ぼくたちのチームに近隣の山を担当させていたのは、若い衆への教育という意味合いもあったのかもしれなかった。

 しかしこの日の仕事は、そういった穏やかなものではなかった。

 

 まずグラウンドの端にある倉庫に赴いて各自望遠鏡と、金属バッドなどの武器を渡される。いったいなにをするつもりなのか、様子をうかがっていると、剛堂リーダーが言った。

 「二チームに分かれてこれから村の周囲を見張る」

 

 見張る? と頭の中で疑問符を浮かべた。ここしばらくは見張りなんて村の高齢者の散歩ついでの仕事になっていたのに、急に二チームで朝から見張りだなんておだやかでない。村の近くで感染者でも見つかったのだろうか。

 

 そんなことを考えていたらふいにあくびが出た。療養で生活リズムが崩れてしまったから、夜遅くまで眠れなかったせいだ。見張りのために歩いていたら眠気も覚めるだろう。

 しかしあくびを見咎められてか、

 「古池は放っておくとサボるからおれと来い」

 剛堂リーダーが指名してきた。

 

 チームは剛堂リーダーとぼく、真野さんと千路くんと須浦さんという風に分けられた。

 復帰して早々、剛堂リーダーと二人きりだなんて幸先が悪い。そしてその予感は正しかった。

 

 見張るということは感染者が村の付近に現れたのだろうか、などと考えながら、ぼくのことを半ば無視して早足で歩く剛堂リーダーのあとを追いかけた。

 拠点となっている廃校跡を出て、緩やかな坂道を下っていく。ここからでも広々とした村の畑を遠望できた。

 

 毎日見てきた光景だが、心の余裕がなかったせいか、そもそも見ようとしていなかったのかそれまでは意識に上ることはなかった。だがこうして改めて眺めるとなかなか風情のある景色ではあった。

 

 冬前のこの時期には、平地の畑には一メートル強ほどの高さの円筒状の塊がたくさん積まれててあった。

 これはぼっちと呼ばれるもので、地干しした落花生を積んで、その上に雨よけ用の稲わらを被せたものだ。

 実を乾燥させるために必要な工程らしい。

 落花生が千葉県の特産であることは知っていたが、実際の畑を見たのはこの村に来てからだった。

 落花生は栄養価が高く、炒る前は比較的保存がきくのでこれにはずいぶん助けられた。

 

 「ここまで来てることはないだろうが……」

 坂を下りきり、北風がぴゅうっと吹いたあと、剛堂リーダーがひとりごとのように呟いた。

 「感染者がですか?」

 「それもあるが、村の外のやつらだよ」

 

 「村の外のやつら?」

 「村に帰ってくる途中の道で、市街地チームが襲われたんだよ。それで一チーム帰ってきてない」

 「え?」

 最初は言っている意味が理解できなかった。

 襲われた?

 

 村に暮らすようになってからは曲がりなりにも安定し、生活が成り立っていた。

 だから新しい生活が、よもや再び脅かされることになるとはいつのまにか想像できなくなっていたのかもしれない。

 

 「感染者と外部で生き残ってたやつら両方に襲われたらしい。この付近まで危険が迫ってるってことだ。軽トラも一台奪われてる」

 ぼくの動揺を無視して、剛堂リーダーは一方的に事実を騙り続ける。

 「千路の父親もそのとき犠牲になった」

 「……千路くんのお父さんが!」

 それで直前の千路くんの様子に合点がいった。千路くんはそんな状態で仕事に出されていたのか。

 

 「気の毒だが、まあこんな状況だ。仕方がないな」

 剛堂リーダーはこともなげに言った。ぼくはそれに腹が立った。なにが仕方ないだ。

 過去の言い争い以来、千路くんを邪見にしているのはわかっていたがここまでとは。

 肉親の生き死にを仕方ないで済まされては千路くんがあまりにもかわいそうだ。

 

 「千路くん、大丈夫なんですか。こんなときにまで働かせなくても」

 「こんなときだからな、猫の手でも借りなきゃならん。それに本人が大丈夫って言ってるんだ」

 「でもそれは……」

 「お前が口挟むことじゃないんだよ。いいからちゃんと見張れ!」

 かんしゃく玉が破裂した。

 

 ぼくは押し黙る。

 ぼくの寝込んでいる間にこんなことが起こっていたなんて。市街チームが襲われて、千路くんのお父さんが亡くなった。

 ん、ということは?

 

 「何人いたんですか?」

 「――ああ?」

 うるさそうに剛堂リーダーがすごむ。

 「帰ってこなかった市街地チームは何人いたんですか?」

 「うるせえな」

 剛堂リーダーは鋭い眼光で射すくめようとするが、そのときはそれさえ気にならなかった。

 

 「お願いします。教えてください!」

 「ちっ、三人だよ」

 「三人……」

 「荷台にいた内の一人は逃げて、別チームと合流したから助かったが、あとはみんな殺されたんだとよ」

 直接的な「殺された」という言葉を聞かされて、ぼくはひるんだ。その先を訊ねるのが怖かった。

 

 「……その三人の中に米田のおじさんはいたんですか」

 米田のおじさんは千路くんのお父さんと同じチームを組むことが多かった。だから……。

 「米田? ああ、お前同じ地域から逃げてきたって言ってたな」

 剛堂リーダーは本当に忘れていたようで、米田のおじさんとぼくとの関係を思い出して、一人何度も頷いていた。

 

 「――いたよ。気の毒だがな」

 それを耳にした瞬間、喉の奥がきゅっと締まり、なにやら苦い味がした。

 ――嘘だ。

 米田のおじさんが。嘘だ!

 ――いたよ。気の毒だがな。

 剛堂リーダーが発した言葉が何度も耳の奥で反響した。

 

 「嘘だ……」

 動悸が、胸を突き破りそうなほど激しくなる。

 だんだん呼吸が苦しくなって、目の前の剛堂リーダーのことさえ見えなくなった。

 「うぐっ――」

 

 「――お、おい!」

 目を瞑って、その場に座り込んだ。目の奥で暗闇がぐるぐると渦巻いて天地がわからなくなる。息を止めて発作を抑えようともがいた。

 だが、内側から込み上げてくる吐き気をとうとうこらえることはできなかった。

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