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崩壊後7

 その次の日、米田のおじさんが誕生日プレゼントをくれた。


 「たしかこの時期だったよね」

 そう言って渡してくれたのは折り畳み式のナイフだった。ステンレス製の刃にはオイルが薄く塗られて光っており、柄の部分には十字架のレリーフが掘ってあった。

 折りたたむと一〇センチ程度になってこれならポケットに入れられそうだ、

 

 「みんなには内緒にね。もし見つかっても護身用に使ってたって言うんだよ」

 物資の私物化は禁止されてたが(ぼくの発電機は没収されたのもこの理由からだ)、野外作業時の護身用の道具は大体同じ人が同じものを使うから実質私物のようになっていた。

 

 ぼくは言葉に詰まった。なにかを言おうとしたのだが言葉にならなかった。

 数秒遅れて、やっと思考がもどった。

 「……ありがとうございます。ぼくなんかのために」

 先日の夢の件で弱っていたこともあって、声が震えてしまった。他人に涙は見せまいとしていたが、目の前が滲んでおじさんの顔がぼやけた。

 

 「大したものじゃないんだけど、いざってときに役に立てばって思って」

 ぼくは大したものじゃないという部分を打ち消す意味で首をぶんぶん振った。

 心の底から嬉しかった。だけどここに来てからずっと、いや来る前からずっと気が咎めていることがあった。

 

 ここまでよくしてもらって、どうお返しをすればいいかわからなかったのだ。

 そもそも小さいころよく遊んでもらったとはいえ、しばらくは没交渉で、結局はよその家の子のぼくになぜここまでしてくれるのかもわからない。

 

 はっきり言ってぼくは不愛想で可愛げのないタイプだ。自分でもわかっている。

 おじさんに対してなにかしてあげられたわけでもないぼくが、ここまで気を使ってもらっていては到底釣り合わないのではないかとずっと思っていた。

 

 母の代わりになってずっと世話を焼いてくれているが、おじさんには実の息子がいて、本当は息子と合流したいに違いないのだ。

 それなのにぼくと一緒にこの避難所に留まって毎日危険な前線に出ている。おじさんにとっては現状はなにも利するところがないはずなのだ。

 

 「おじさん、どうしてここまでしてくれるんですか?」

 「いや、だから大したことはしてないよ。そんな気を使わないでいいからね」

 「そうじゃなくて、最近思うんです。おじさんは歩さんを探しに行った方がいいんじゃないかって」

 歩というのはおじさんの息子の名前だ。ぼくの父と同じように、働きに出ていて避難の際に家にいなかったから、そのままずっと会いそびれている。

 

 おじさんは驚いたような顔をしたあと、数拍おいてから口を開いた。

 「いまは生き延びることだよ。無理に外を探しても先が続かないはずだからね」

 一語一語、噛んで含めるような口調で丁寧に語った。

 

 「だけど社会に余裕ができれば少しずつ活動範囲は広がっていく。生きてさえいれば必ず会えるはずさ」

 ぼくはどう答えていいかわからず、ただ頷いた。

 「だから、それまで希望を捨てずにいようよ」

 「……そうですね」

 

 たしかにその通りかもしれない。この村の外が、ほかの地域が、日本が、いまどうなっているのかはわからないけれど、生きていればなにか変化は訪れるかもしれない。

 父だって、ぼくと同じようにどこかで生きているかもしれないのだ。

 

 そう考えると気持ちが少しだけ楽になった。

 ぼくは貰ったナイフの柄を握りしめる。そうすると生きていく活力が流れ込んでくるような、そんな気がした。

 

 〇

 

 

 世の中が変わってから初めての冬は厳しかった。

 電化製品がいかに寒気から身を守ってくれていたか、ということだ。

 屋内では火を炊くことがかなわないから、校舎の中はいつも歯の根が合わないほどに寒い。

 

 マッチを使って点火するタイプの古い石油ストーブもあるにはあったが、灯油が貴重なため使われず仕舞いで、結局、ダンボールやテントなどを使って熱を逃がさないよう工夫する必要があった。

 

 ぼくの寝床は、床にダンボールを三重に敷き、その上に毛布を広げて、四方には繋ぎ合わせたダンボールで壁を作ったもので、元々ぼくのものだったが、一度取り上げられ、また支給されたアルミブランケットを被ることでどうにか眠ることができた。

 

 昔、冬はイベントごとが多くて華やかなイメージがあったが、あんなのは寒さをごまかすためのまやかしだった。自然に囲まれた場所だから、毎日見る風景の色があせていく様子がよくわかる。

 唇もカサカサだった。このカサカサが冬なのだと唇の上と下が触れるたびに感じた。

 

 そして寒さと乾燥はCDHD以外の感染症をも呼び込んだ。

 医者がいないから正確にはわからないが、おそらくインフルエンザが村の中で流行した。

 インフルエンザ、いったいどこからやってきたのか。

 もしかすると街のCDHD患者がインフルエンザにかかっていたのかもしれない。わかりづらいだけで。

 

 常に流行においてけぼりにされてきたぼくも、このときばかりは流行りに乗ることとなる。栄養不足のせいで抵抗力が弱っていたのだろう。起き上がれないくらい節々が痛んで、体の芯からくる寒気と激しい発熱に一週間近く苦しんだ。

 

 周囲から隔離され、世話をしてくれるのは一度り患して治った元患者だけ。おかげでしばらく剛堂リーダーの顔を拝まずにすんだが、悪夢の中にはしつこく何度も出てきた。存在そのものが悪夢に近いからなのかもしれない。

 

 病人が集められた村はずれの家屋ではありがたいことにストーブも焚かれていた。だがそれでも環境が劣悪であることに変わりはない。このまま死ぬかもしれないと何度思っただろう。だが結局はまた生き延びた。

 

 熱が下がってからは、やることもなくただ天井や窓の外を眺めて過ごした。インフルエンザだとしたら隔離期間を設けないと周りに広める可能性があるからだ。

 なにもしないですむ時間は、気持ちを落ち着けるのに大いに役に立ったが、窓の外では相変わらずの厳しい生活が続いていると思うと、憂鬱になった。

 

 三日に一人のペースで部屋に新しい患者が増えていたが、その中に親しい人はいなかった。小さな村だからほとんどが顔見知りになってはいたが、話をすることはほとんどなかったから。

 隔離期間も終わるころには完全に回復していて、寝込む前より体調がいいくらいだった。

 ところがぼくのいない間に村では大変なことが起こっていたのだ。

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