銀馬車の紙商人とマーティン帝国の功罪~優れた商人とは何か?を学ぶ日々~
連載小説『銀馬車の紙商人とマーティン帝国の功罪』の短編サイドストーリー。
宜しければ、本編も是非読んでください。
「小林君、ちょっとミーティング室まで良いかな?」
大変お世話になった米山係長が俺をミーティング室まで連れて行く。
いったい何の用事だろうか?まさかまた俺は何か仕事のミスをやらかしたのだろうか……?うぅ……気が重くなる……。
気が重いからなのかトボドボと歩きながら米山係長に着いて行き、一緒にミーティング室に入る。
「小林君、そんな暗い顔や雰囲気を漂わせて、どうしたんだい?僕たちは海外から魅力的な商品を取り寄せるバイヤーだよ?昔の言葉で言えば『商人』だ。商人なら笑顔を見せなきゃ駄目でしょ?」
「米山係長、その……自分はまた仕事で何かミスをしたのでしょうか……?」
「違う違う。仕事のミスがあって小林君を呼んだ訳じゃないんだ」
ん?そうなのか?心配して損した。それなら何の用事なんだろ?
「小林君を呼んだのはね、君は『商人としての見所』があると僕は思ったから呼んだんだ。社長とも話し合って、君を僕の直属の部下として育てる。つまり優れたバイヤーになる為の教育係が僕さ」
ん?米山係長の直属の部下になるの?あんだけ大きな仕事のミスをしたのに?
「自分の不始末を米山係長が毎日残業してフォローして下さったことは大変感謝しております。米山係長は自分の恩人です。ですが、あれだけ大きな仕事のミスをした自分が社内のエリート街道を走る米山係長の直属の部下で大丈夫なのでしょうか……?」
「小林君、別に構わないさ。僕が社長に頼み込んで直属の部下にしてもらったから。そこは小林君が気にする必要も無いよ」
ふむ。米山係長がそう判断したのなら、俺は大人しく従っとこう。別に反対してる訳じゃ無いし。
「かしこまりました。米山係長に従います」
「ありがとう。それじゃさっそく教育をしていく。僕たちはバイヤーだ。優れたバイヤーとは何かを一緒に考えて行くよ。まず、僕たちは海外から魅力的な商品を買い付ける。そして取引先は僕たちに魅力的な商品を売ってくれる」
ふむ。当たり前の売買の話から始まった。
「そして僕たちバイヤーは魅力的な商品を『出来るだけ安く』買いたい。でも取引先は自分たちの商品を『出来るだけ高く』売りたい。バイヤーと取引先は考え方が全く違う。このままだと売買の成約が成り立たない。小林君、ではどうすれば良い?」
えーと、俺たちは安く買いたくて、向こうは高く売りたい。このままだと売買が成立しないから、どうすれば良いのか?って話だよな?
そりゃ話し合いで決めるしか無いでしょ。
「えっと……取引先と話し合って、お互いに納得するしか無いと思いますが……」
「小林君、その通りだ。僕たちバイヤーと取引先は必ず『交渉』をする。この『交渉』がくせ者なんだ。僕たちバイヤーは『できるだけ安く』買いたい様に交渉する。取引先は『できるだけ高く』売れる様に交渉する。考え方が全く違うからこそ、お互い簡単には『納得しない』んだ。じゃあ、小林君に聞くよ。どうすれば僕たちバイヤーは『できるだけ安く』買うことが出来る?どんな交渉をすれば良い?」
えっと……、安く買いたい人間と高く売りたい人間が交渉しても簡単には売買が成立しない。
んで、安く買える売買を成立する為には、どういう交渉をすれば良いのか?って話だよな。
入社して間もない俺に分かる訳ねーじゃん。どうすれば良いのよ……。
「……米山係長、すみません。全く分かりません……」
「了解。小林君、簡単さ。取引先を『欺く』しか無いんだ。取引先を『欺いて』安く商品を仕入れる。取引先を『出来るだけ高く売れたな』と思わせる様に『欺く』。それがバイヤーの手腕さ。それが『商人としての手腕』さ。もちろん取引先も僕たちバイヤーを『欺いて』くる。お互いにお互いを『欺く』のが、この世界の真実なんだ」
え?相手を欺くの?それで良いの?
「小林君、少し例を見せようか」
そう言って米山係長が何か気怠そうな雰囲気でチャラチャラしてる仕草を始める。
「チッース。小林、おひさー。お前んとこの商品がさ、たぶん売れると思うし、安く売ってくれよ」
は?
「小林君、どうだい。君なら『こんなチャラけた人間』に安く商品を売るかい?」
「いや、さすがに舐めてるのかと思いますので断りますし、なんなら出来るだけ高く売ります」
「おそらく大半の人がそう思うだろうね。じゃ、次ね」
そう言って今度は真面目で自信満々な『出来る男』の雰囲気を出す。
「小林様、お久しぶりでございます。小林様が取り揃えた商品が大変素晴らしいと私たちの国で評判になっております。それはもうみな嬉しそうに小林様の商品を購入されております。ですが……少しばかりお値段が高く消費者からもう少し安くならないのかと問い合わせが来ております。小林様、魅力的な商品を心待ちにしている消費者の為に、もう少しばかりお安くできないでしょうか?」
な、なるほど……。さっきのチャラケタ雰囲気と比べたら、こっちに安く商品を卸したくなる……。
「小林君、どうだい。僕の言いたいことが分かったかい?」
「はい、米山係長。『欺く』とは何かが分かりました」
「小林君は賢いから直ぐに理解できるよね。挨拶や言葉遣いで相手からの『印象』をコントロールできるんだ。もちろんそれだけじゃない。相手を『欺く』為の様々な手法がある。それを小林君に教えて行くから優れたバイヤー、つまり『優れた商人』になってね。悲しいことに、人を欺くことが出来るのが優れた商人の資質なんだ」
それから俺は、毎日米山係長から厳しい指導を受けて『人を欺く能力』を磨いて行く。
米山係長の為にも、人を欺く立派な商人になるぞ!
連載小説『銀馬車の紙商人とマーティン帝国の功罪』の短編サイドストーリーは如何でしたでしょうか?
本編のサイドストーリーとして、短編小説を執筆して行きますので、これからもご愛顧宜しくお願い致します。