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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私は戦争の悲惨さを知った。

作者: 空社長

魔法をテーマにした、魔法使いとして戦場に出た少女の戦いを描いた物語となります。

 私が生まれた時には戦争が始まっていた。

 世界に名だたる強国の1つ、ガルタニア帝国は世界覇権を目指し、私たちの国フランデ共和国へと戦争を仕掛けた。

 ガルタニア帝国は生成魔法により生み出した魔法生物、使役された魔獣、そして魔法により強化され捨て石とされた改造人間を主戦力として動員した。

 一方で生成魔法や改造を禁忌とするフランデ共和国は、飛行魔法艦隊や魔法使いを動員して防衛に当たった。

 だけど、動員された多くの正規軍魔法使いはかつての騎士団由来の能力でしかなく、戦力は容赦無くすり潰されていった。

 本来、この世界で魔法使い向きなのは女性、それも私のような子供が1番適性があった。

 だけど、共和国上層部は心理的感情と倫理観を考慮して、私たちを行かせなかった。

 でも、主戦力が潰された結果、そう言っていられなくなったのが、私たちの国の現状だった。


 私たちの学園では、13歳から魔法使いの兵隊になる選別が行われていて、私もその一人に選ばれた。

 その後、卒業までの2年間は訓練課程として兵隊となる基礎知識や訓練を叩きこまれた。

 そして、学園卒業と同時に、私、アリナ・クロヴェルやクラスメイト等の15歳の少女達は前線に派遣された。

 

 私たちが配置されたのはガルタニア帝国との長大な戦線の1角、通称第3戦線と呼ばれているところだった。


 戦場に着くと、血の匂いが色濃く残っており、一部の少女はその匂いを嗅いだだけで吐き気を催していた。

 私は吐き気は耐えたけど、気持ち悪さはぬぐえなかった。


 戦場の光景は私たちが想像していたよりも違っていた。

 地形は私たちフランデ共和国軍は何段も段差のある周りを見晴らせる台地に陣取っていて、帝国は低地を進軍してきた。

 一見、有利なのかもしれないと思ったけど、陣地の幾所にも血の跡がびっしり残っていて、私たちは自然と気を引き締めずにはいられなかった。

 

 帝国の主戦力は先ほども言ったけど、魔法生物や魔獣、改造人間で編成されていて、その肌は禁忌魔法の多重使用によって黒く変色しているのが特徴だった。

 戦術は無く、彼らは本能のまま、帝国本国から与えられた指令の元、フランデ共和国へと侵攻を続けていた。


 そして、それは私たちの前にも現れた。

 偶然この時は霧が立ち込めていて、敵が出現した時にそれは一気に晴れた。

 その黒ずんだ容姿は、高所の有利を押さえている私たちでも恐怖感を感じざるを負えなかった。


 でも戦わないわけには行かない。


「炎属性火炎術式装填……!」


 魔法使いの魔法武器は主に三つに分かれてて、私は弓を使ってる。

 矢が無いまま弦を引くと、赤い炎が矢の形となって現れ、その先端に五芒星が二重円で囲われた魔法陣が浮かび上がる。


「フェニックスアロー、発射……!」


 弓を放つ。

 解き放たれた炎の矢はやがて鳥のような形となり、敵前列の3体とその後方の複数体を焼き焦がす。

 横1列に並んで同じ魔法を発射したほか、2つ目の魔法武器である杖をもっている少女たちが杖の先端に魔法陣を出現させ、大柄な氷塊を充填させる。


「アイスキャノン、放って!」


 鋭利な氷塊を一直線に敵へと向かい、胴体を貫き、首を切り裂き、氷漬けにしていく。

 さらに氷塊は複数の塊に分離して、敵の前進を止めていく。


 だけど、敵が反撃しないということは無かった。

 人の体に竜の頭が取り付けられたような個体は口を大きく開き、火球を私たちに向かって放つ。

 咄嗟に杖を持つ魔法使いが「アイスウォール」と言い放つと、氷の壁が出来上がり火球を防ぐ。


 爆炎が生じ、煙が視界一杯に広がる。

 この時、私たちでも戦える、そう思った。この時ばかりは。

 だけど、戦場は、戦争はそんなに甘くなかった。


 煙が晴れた瞬間、ウォルフの頭とゴリラの体を持った敵、通称近接量産型と呼ばれる個体が跳躍し、アイスウォールを超えて長く鋭利なかぎ爪で私に斬りかかってきた。

 私は全く足が動かなかった。

 だけど、私は殺されなかった。

 突然私の隣にいた子が眼前に出て、私を後ろへ押し退けた。


「私の分まで、生き抜いて」


 その子は恐怖心を押し殺した表情で、私に対して小さな声で言葉を送る。


 そして、次の瞬間、その子の首筋にかぎ爪が突き刺さる。

 切れ味の悪いかぎ爪で強引に首が引き裂かれ、

最後には敵が右手でその子の髪を引っ張るように掴み、引きちぎった。

 大量の赤い血が噴き出され、一番近くにいた私は顔や服に大量の血を浴びた。

 あっという間の出来事、私は悲鳴を上げるわけでもなく、呆然とするしかなかった。

 ただの液体じゃない少し粘性のある血、私はそれを拭く事も無く、ただその子の首が無くなった無残な姿となった体がゆっくりと倒れていく様子を、

敵が首を投げ捨てて、こちらを見る様子を眺めていた。

 私の番かなと思った、だけどその機会が訪れることは無かった。


「ボーっとしないで!!はやく!!!」


 その声と共に肩を叩かれて私は半ば正気に戻り、弓を構える。


「フェアリーショット!」


 敵が向かってくるも、充填作業を省略した矢の方が速く、黄緑色に先端が輝く矢が頭部に突き刺さり、動きを麻痺させる。

 その隙にアイスキャノンやファイアボール等が放たれてあっさりと絶命した。


 その後、私は第2列の人たちと交代し、後方に下がっていた。

 その際に布を受け取って、顔についた血を拭き取っていく。

 だけど……


「うぅぅぅっ……う、うぁぁぁぁ!」


 ここに来て私は初めて涙を流した。

 その涙は拭き残っていた血と混ざり、赤く変色していく。

 感情の防波堤が決壊し、周りには目もくれずに泣き続ける。

 収まった時には拭く時にこすりすぎたのか、目が赤く充血していた。


「……大丈夫?」

「うん、多分……でも気にしないで」


 心配そうに話しかけてくる友達。

 でも、彼女だって恐怖や悲しみなどのぐちゃぐちゃになった感情を必死に押さえつけてるのがすぐにわかった。

 それに私たちに泣く暇も与えられなかった。


「フェニックスアローっ、発射!!!」


 悲しみを紛らわすため、より一層力強く弦を握り、矢を放った。


 それから5か月間、私たちは戦い続けた。

 ガルタニア帝国は一度侵攻を始めたら、生産している個体が一定数減るまで侵攻を続けるという国であり、

 私たちはそれを目の当たりにした、いや身に染みて知った。


 侵攻の激しさによって、負傷者の後送も追いつかなかった、だからみんな傷を負いながらも戦い続けた。

 私の国にも回復魔法というのはある。だけど、その使い手は非常に希少で、回復魔法を技術として使う手段も確立されていなかった。

 だから、こんな戦線に派遣されてくることなんて一切無く、私たちは傷の舐め合いばかりしていた。

 

 改めて敵の強大さも知った。

 私のような少女が魔法使いとして戦線に立つようになったのは、私が生まれて1、2年した頃だと聞いていた。

 だけど、それなのになぜここまで追い込まれたのか。

 それは学園で聞く以上に敵が強大だったから。

 私が見た中では、改造されたボア型の魔獣の突進で2人の魔法使いが壁に高速で叩きつけられ、押しつぶされ無残な姿となった光景があった。

 また、たった1発の魔法では倒せない強力な個体も現れ、氷魔法によって足を凍らせられ、一方的に動けないまま多くの個体に嬲り殺された光景も見たことがある。

 私たちは多くの犠牲の元で生き残ってきた、みんなの服に付いている大量の返り血が何よりの証拠だった。


 私たちの学園からの一緒にいた仲間の内、もうすでに5分の2ぐらいが亡くなっていた。

 これは全てが敵に殺された数じゃない、この環境に耐えきれず、友達の死に耐えきれず自分の命を絶った子も含まれている。


 私は死ねなかった。あの時、「私の分まで、生き抜いて」と託されたから。

 でも、自分で死ぬのが怖くなかったら、もしかしたらこの言葉に囚われ、一種の呪いとして私を縛り続けていたかもしれない。


 そんな状況で転進命令が下された。

 詳細としては、1週間程の休息を本国で行い、その後共和国飛行基地に集結せよとの命令だった。

 飛行基地、私たちはそれだけで何を表すのか思い浮かべた。

 飛行魔法艦隊。

 共和国が地上以外で帝国を上回る分野であり、切り札ということもあって強大な戦力を有していた。


 でも、命令書にそれしか書かれてない事に私は疑問が浮かんだ事もあって、休息も気軽に喜べなかった。

 けど、休息は休息。疲れ切った心と体を休めることにした。


 その後、私たちは空の上にいた。

 後部に幾つものプロペラが付いている木造の飛行魔法船が隊列を作り、進む光景は壮観だった。

 だけど、不安はあった。

 艦隊を率いる軍人さん達はみんな、悲壮感漂う表情を浮かべていた。

 それに、首都防衛艦隊以外の前線の飛行艦隊唯一の生き残り、と言っていた。

 どうして?飛行魔法艦隊は強いんじゃなかったの?と疑問が浮かんだ。

 でも、いくら自問自答しようが、その疑問が解消される事はなく、私はその不安を頭の奥に押し込んだ。

 艦隊が進む光景の中で、その疑問が暗い影を落しながら。


「やはり、こんな作戦認められません!」


 その飛行魔法艦隊の旗艦では提督に苦言を上げつつ、悔しさの溢れる表情を浮かべていた士官がいた。


「無理だ、急進講和派と戦争推進派が手を組んで決定されからな。既に覆すことはできん」

「提督は、悔しく……ないのですか」


 その言葉を聞き、提督の男は眉をひそめつつ答える。


「そんなことはない。ただ呆れているだけだ。こんな作戦、成功しようと失敗しようと、この国の未来はまともな物にはならないだろう。多くの将兵と少女を犠牲にしてまで勝ち取る勝利に意味などない」

「敵飛竜及び火龍接近!!」


 その報告を聞いた提督は一瞬顔をしかめるも、すぐに指示を出す。


「迎撃用意!魔法陣への魔力注入開始!魔法使い隊にも迎撃を頼め!」


 私たちの目の前にワイバーンの大群と巨大なドラゴン1()()が現れた。

 私たちの国にも野生のワイバーンとドラゴンはいる、だけどそう呼ばないのは同じ種だと認めたくない醜い姿だったから。

 帝国の魔法生物の例に漏れず、飛竜と火龍は全体的に焼け焦げたような黒色に染められ、本来爪がある部位には銀色の円錐状に伸びた槍が仕込まれていた。

 飛行魔法艦隊の魔法陣への魔力注入が完了したのか、五芒星が二重円で囲われた水色の魔法陣が各船の頭上に現れる。

 そこから雨のように氷弾が放たれると共に、時折空中を電撃が走る。


 だけど、飛竜はそれ以上に速くて当てられず、火龍は命中はするものの装甲の分厚さで効果が無いように思えた。

 小型船からの蒼白い光線によって幾つもの飛竜を落とすも、私たちの力じゃそれが精一杯だった。


 火龍が激しい咆哮をした後、口の前に私たちの五芒星と二重円で描かれた魔法陣よりも複雑に線が書き込まれた赤色の魔法陣を展開し、巨大な火球を私が乗る船に向かって放った。

 船が装備する防御魔法『ウォーターウォール』に加えて、杖を持つ魔法使いの少女達が作るアイスウォールによる氷の壁も展開して防ごうとする。

 でも、その巨大な火球は水の壁に接触した直後、激しい爆発を生み出し、氷の壁やその後ろにいる魔法使いたち諸共を吹き飛ばした。

 この時、船を守る手段の一切を失った。

 それを良いことに複数の飛竜が接近し、幾つもの迎撃手段で墜としたけど、最後の1匹が銀色に輝く槍を携えて迫った。

 私は咄嗟に弓を構えた。だけど、術式の展開が間に合いそうもなかった。


 刺されると思ったその直後、わずかに左から押され、私の立っていた場所には別の、同級生の少女が魔法陣が浮かぶ弓を構えていた。


「アリナ、一緒にお願い!」

「う、うん、ファイアーショット!!」


 二人同時に弓から小さな火球が放たれ、それが飛竜の頭に直撃すると激しい爆炎を上げ、その1匹は衝撃波によって船外へと押し出された。

 撃退できたと安心したのも束の間、彼女に振り向いた瞬間、彼女は口から大量の血を吐き出した。

 加えて彼女の腹の部分に穴が開いていて、そこから大量の血が噴き出していた。

 私が彼女の右手を掴みながら、彼女は床に仰向けになった。

 服が真っ赤な血で染まっていく中、彼女は力を振り絞り、私に一言声をかけた。


「お願い、生きて。私の事、忘れてもいい。その代わり、幸せになって」


 その一言だけで、彼女は意識を失い、動かなくなった。

 多分、精一杯それだけを伝えようとしてたんだ。

 そう思うと、私は涙を堪え切れなくなり、静かに大粒の涙を彼女の遺体に降らせた。


 でも、泣いてばかりいられなかった。

 戦闘はとどまる所を知らず、激しさを増していった。

 艦隊各船の魔法陣は水色に光り輝く臨界状態まで魔力を注入され、蒼白い光線や光弾の雨が飛竜の大群に降り注ぐ。

 高速で飛行する飛竜もその雨をくぐり抜ける事はできず、体液をまき散らしながら墜ちていく。

 だけど、火龍は無敵とばかりにいくら被弾しようが、堪える事はなかった。

 お返しとばかりに、火龍は私の乗る船と隣り合って並走する大型船に火球を放って墜とした。


 私たちは迎撃能力を高める為、船内各地に分散配置され、私は船の右端に配置された。

 だけど、それが仇となった。

 火龍は再び咆哮を上げる。

 そして、幾つもの赤色の魔法陣を出現させ、そこから現れた赤く燃え上がる岩塊が雨のように艦隊へと降り注ぐ。

 多くの船に大穴を穿ち、一部の船は船体を維持できず、崩壊する憂き目にあった。

 私の船にも幾つかの岩塊が着弾し、その内1発は右端の船体構造を維持する軸柱に直撃し、これを破壊する。

 激しく船が揺れると共に、私は木が折れるような不吉な音を感じ取った。

 軸が破壊されたことによって、右端の船体がその重量に耐えきれず、ゆっくりと崩壊しつつあった。

 中央と右端を結ぶ最後の支柱が折れそうになってる中、私は必死に中央へと駆け寄る。


「アリナ、握って!」


 振動によって顔が誰なのか分からないぐらい揺れていたが、私は必死に差し伸べられた手を取ろうとした。

 だけど、もうすぐ手が届くと思った瞬間、最後の1本が折れ、船体は右端は急速に落下を始めた。

 手が届くことは無く、どんどん遠くなる手に私は再び手を伸ばした。

 だけど、それはもう届くことは無かった。

 それを諦めた私は、助かる為に出来る限りのことをした。

 このまま落下に身を任せれば、私は無残な死体となるだけ、そんな死に方するよりは生きた方がましだった。

 

「『ウインドストーム』」


 それは風属性強風術式によって発動できる風で攻撃する魔法であった。

他属性に比べて最低威力の魔法だったが、それを()()()()に使った。


 弓を下に向け、激しい強風を繰り出した。

 その結果、重力に逆らうように風が噴射されたため、落下速度は徐々に低下していき、地面に到達する頃には背中を手で強く殴打される程の衝撃で済んでいる。


「ここは……?」


 私が降り立ったのは、罪の地と呼ばれるほとんど何も無い枯れた木や草しか無い場所だった。

 ガルタニア帝国が犯した罰、魔力共々土地の栄養や水を奪いさり、死の地へと変えた場所だった。

 学園では教科書で少し習った程度で、場所とかは教えられなかった。

 ここが行ってはならない土地だったから。

 私は装備や所持品を一通り確認した後、信号弾を放った。

 この地に食べられる食料も無ければ、敵もいないから、ただ待った方がいいと思い、枯れた地面に座り込んだ。


 だけど、来たのは味方じゃなかった。


「よう、俺の餌になってくれるのか?」


 その悪意しか感じない言葉に私はゾッとし、後ろを振り向いた。


「言葉を…!?どうして……エリート個体!?」


 帝国の魔法生物や改造人間にはエリート個体と呼ばれる数多の軍勢を指揮する為に強化された個体が存在した。

 私は最悪な事に、それに遭遇してしまった。


「珍しい信号弾が見えたからよぉ、来てみたらやっぱり獲物がいたのさ」


 自慢気に巨躯の人間にウォルフの頭部を付けた敵はその長い舌で舌なめずりする。


 私はそんな言葉に答えず、ひたすら焦り急ぎながら炎属性魔法を充填する。

 一切無言で詠唱も言葉も発しない発動方法は魔力消費が激しいけど、そんなこと言ってる場合じゃなかった。

 咄嗟に弓を構え、フェニックスアローを2回放つ。

 敵が一切動いてなかったから、その2発は無事に着弾し、敵の両腕を燃やす。

 だけど、敵はそれに動じていなかった。


「挨拶も許さないとは礼儀がなっていないな。さて、ほらよ!」


 敵はウォルフ型の頭部の口から火球を生み出し、吐き出した。

 咄嗟に回避するも、着弾時の爆煙で視界が一時的に遮られ、煙の中を敵は進んできた。

 晴れた瞬間にフェアリーショットを1発、2発と叩き込み、行動不能にしようとした。

 だけど。


「どうして…!?」


 敵は2本の矢を頭部に刺したまま、突っ込んでくる。


「俺は指揮個体だ、妨害用の魔法などとっくに対策してるわ!!」


 そう言いつつ、私の胸倉を強引に掴み、掴んだまま枯れ木に私の背中を叩きつけた。


「かはっ…!」


 叩きつけられた私は胸倉を抑えられ、一切身動きが取れなくなっていた。

 持っていた弓は叩きつけられた衝撃で落としてしまい、眼下に散らばっていた。


「さて、これで俺を殺す手段が無くなったな?あとはどう調理するかな、俺の爪で引き裂くか、そのまま頭ごと喰うか。考えるだけで笑いが込み上げてくるなぁ?」


 動けない私を敵は顔を近づけて、言葉で嬲り続けた。

 だけど、私は諦めなかった。

 顔を近づけた時に隙が生まれると確信した私はだらんと垂らした手に魔力を注入し始めた。

 こんな魔法、本当は近距離じゃ使ってはいけないけど、本当に死の危険が差し迫っている時に躊躇してる暇なんてなかった。


「ほう?…うん?」

「スーパーノヴァ」


 敵が顔を近づけた瞬間、私がその敵の胸に手を伸ばしたことに敵が呆然としている間にその魔法を発動させた。

 個人が使える物の中では最大威力の魔法で、本来は軍団規模の敵に対して使用するものだった。

 だけど、残された魔力が少なく弓も無いまま効果のある魔法はこれしか無かった。

 手から膨大なエネルギーが解放され、爆炎が私を、敵を包み込んだ。


 そして、私は生きていた。

 魔法使いはある程度自分の魔法から身を守るバリアが自動発動させるようになっており、私は最大限これに頼った、頼らざるを得なかった。

 結果的に衣服は燃えた跡のように各所が黒ずんでいてボロボロだったけど、体だけは無事だった。


 時間が経つにつれて、私の魔力は回復していったけど、その体には異変が現れた。


「…あ、え?」


 私は口から少量の血を吐き出した。

 どこも怪我していない、どこからも刺されていないのに、という恐怖が押し寄せた。

 後に知ったけど、私はこの地に蔓延する魔力に混じった麻痺性の毒に蝕まれていた。

 死ぬことは絶対無く、1時間、1日程度じゃ効果は少なく、だけど長期間蝕まれば、体が弛緩したように全く動かなくなる毒。


 この時の私は知らなかったけど、危険を感じたのか、2つ目の信号弾を咄嗟に放った。

 だけど、現れたのはまたしても味方じゃなかった。


 声高い咆哮が響く。

 それは先の空で嫌という程聞き慣れた飛竜の咆哮だった。


「うそ…」


 絶望が心を支配した。

 あんな速いのに私一人で勝てるわけない、と。

 だけど、2人に託された命をこんなところで無駄にしてはいけないという思いが強くなり、私は戦いを決意した。


 あらゆる魔法を放ち、飛竜の進行方向や速度を阻害していく。

 だけど、速いことには変わらず、撃ち墜す事は出来ていなかった。

 やがて飛竜は低空に進入し、猛禽類にも共通する足で私の右腕を掴み、鋭い爪から換装された銀色の鋭利な槍で右腕を串刺しにする。

 骨すら突き破る強引な刺し方に私は激しい痛みを覚え、絶叫とも言うべき叫び声を上げる。

 耐え難い痛みだけど、このままじゃ何にもならないと思ってた私は、腕を焼き切ることに決めた。

 幸い、弓は左手に持っており、私はその弓の照準を右腕に向けた。

 激しい痛みが続く中で、弓を間違って取り落とさないように慎重な操作が続いて、私の疲労は溜まって行った。


「……ファイア!!!」


 変換効率の高い弓から魔力を最大限注入した魔法陣より発動した炎属性魔法は即座に飛竜の足ごと私の右腕を焼いた。

 先の激痛すら超える激しい痛みに視界が朧げる。

 肉の焦げる匂いがしながらも、右腕は切り落とされ、それによってできた傷口も焼くことにより止血される。

 切断したことでいつの間にか飛竜から振り下ろされていたが、あまりにも低空だった為、背中を打撲するのみで済んだ。


 それから2週間、私は僅かな水と食料で耐えていた。

 だけど、もう限界なのは私自身が一番わかっていた。


 水も食料も無い。もう……眠っちゃおうかな。

 本当は死にたくない、だけど……

 もう、戦いたくないっ。

 あんな戦場であんな死に方なんてしたくない……

 そんな事なら、ここで死んだ方が……


 でも……やっぱり……


「生きたい……」


「生きたい……!」


「生きたい……生きたい……生きたい!!」


「生き……たい……!」


 涙を流し、私は声を枯らしながら叫ぶ。

 そうして左手で取り出したのは残り1発しかない信号弾。

 これに光魔法が充電されており、トリガーを引けば発動する仕組みになっている。

 2発とも敵を誘き寄せたことで、恐怖により使うことに臆病になっていたが、遂に使うことを決意した。


「お願い……届いて」


 私はそう口にしてトリガーを力いっぱい引く。

 発射された光魔法は上空にて炸裂。

 暗闇に夥しいばかりの光量を放つと共に、微弱な救援用の魔力電波を周囲に放つ。


 誰か……助けて……


 私はそう祈りながら、激しい体力の消耗によって意識を失う。


 それから数時間、体に与えられる衝撃で意識が朧げながら覚醒する。


「おい!生きているのか!」

「大丈夫だ、脈はある」

「こんなところでくたばるなよ!お前は生きるんだ!」


 そんな声が聞こえ、私は助かったと半分安心したような気持ちとなり、再び眠りにつく。


 それから再び私が目を覚ました時、私は病院らしき施設のベッドにいた。

 目が覚めたことを聞いた看護師さんが一通りの説明を聞いた後、私は一安心した。


「あの…戦争はどうなったんですか?」


 あまりにも抽象的な質問だったけど、看護師さんは衝撃的な答えを私にもたらした。


「戦争は終わりました」

「……え?」


 私はそれを詳しく聞いた。


 私が乗っていた飛行魔法艦隊は囮として壊滅し、その囮に釣られて集結した帝国軍戦力に対して、高高度魔法船『フランデ』から放たれた艦隊型極大殲滅級『スーパーノヴァ』によって大地に大穴を穿つ程の一撃を放ち、帝国軍戦力の8割が消滅。

 この後、ガルタニア帝国がフランデ共和国に和平条約を打診し、戦争は終結した。


 この話を聞いて、私は涙が零れなかった。

 ただ喪失感や孤独感が私を蝕んでいく。

 だけど、私は一人じゃなかった……。

 病院で歩いていた時、私を呼ぶ声が聞こえた。


「アリナっーー!!」


 その声の主は私が反応する暇もなく、病院の廊下を走り、私に抱きついた。


「え、リーズ……どうして?」


 死んだと思っていた友達と会えたことは嬉しかった、だけどこの時は困惑の方が大きかった。


「もー、私が生きていて嬉しくないのー?」

「そんなことは……」


 リーズは頬を膨らませ、不満そうな顔をする。

 だけど、私の言葉を聞くと、一転して下を向き神妙な表情を浮かべる。


「まあ、艦隊は壊滅したし、友達はみんな死んだかもしれない。私だって地面に落ちた時は酷く傷だらけで、奇跡だったのかも」


 でも、と言いかけると、リーズは涙を浮かべながら笑顔で私の方に振り向いた。


「あの時、アリナを救えなかった事を後悔してたから、本当に生きててよかったし、会えて嬉しかったよっ」


 リーズは泣き出し、私もそれに誘われるように、涙を頬に垂らす。

 傍目から見れば感動の再会と取れる光景を眺める一人の老人が拍手をする。


「やはり喜ばしいことだ、生き別れた友が再び出会うというのは」

「……あなたは?」


 私が尋ねると、老人はハッとしたような表情を浮かべ、頭を下げる。


「失礼、ブレーツ・グロール上院議員です。もう老いぼれの身で中心からは遠い位置にはいるが」


 そう言いながら、グロール議員は目を細め、私の右腕とリーズの包帯を巻いた左腕を見る。


「痛々しいな……女の子が戦場に立つべきではなかった、そしてあの作戦も行うべきではなかった、やはり共和国は改革して行かなければ……」


 グロール議員がそこまで言ったところで、私は彼の言葉を遮った。


「あなたの主張はわかりました……だけど、私たちを理由に政治の道具として使うのはやめてください……!私はそんなことは望んでないです、ただ仲間から託された平和な日常と、出来ることなら生死もわからない友達と再び会いたいだけです……!」

「私も……嫌かな」


 私は涙を流しながら声を上げて、リーズも私の言葉に同意するように頷く。


「……そうか、済まない。これは君たちを巻き込む話ではなかったな。ならば、これはお詫びにならないかもしれないが、私の財産で財団を立て、仲間たちが再び会えるように手伝わせてくれ」

「え……?」


 グロール議員の頭を下げながら言った内容に私とリーズは困惑するしかなかった。


「私はもう老いた身。息子達は既に家を出て、今の財産の使いどころも無かった。ならば、この時使うべきと思ったのだ。家に遺された金も埃を被るよりは有意義な使われた方をした方が嬉しいだろう」

「ありがとうございます……!」

「礼を言われるのは後だ、財団を設立し、多くの仲間の安否を明らかにするまではな」


 それから数か月後、議員さんは言葉通り、自らの私財を投げうって『めぐり逢い会』という財団を設立、戦争終結により仕事を失った者達を雇い入れ、戦争に従事した者たちを死んでいても生きていても互いにめぐり会わせる活動を開始した。


 その後、戦争終結からわずか2年、財団はガルタニア帝国とも協定を結び、帝国領内で戦死したもの、もしくは落ち延びた者の捜索を開始していた。

 そして私は、同じ学園から一緒に戦ってきた仲間全員とめぐり会えた。

 やっと全員の安否が分かり、生きていても死んでいても、確かにめぐり会えた。

 

 飛行魔法艦隊に一緒に乗り、戦ってきた仲間の内、生きて会えたのは3分の1しかいなかった。

 これは5か月間の長きに渡る陸戦も含めると、私たちの学園から従事してきた仲間で生き残ったのはわずか5分の1ということを示していた。

 学園で平和に生活してきた女の子達の中で選抜された子の5分の4が、戦場で、陸で、それともどこかの地で亡くなっていた。

 もちろん、私の友達の一部もそのリストの中にいた。

 友達と再会できた喜びでしばらく嬉し涙しか流さなかった目から久しぶりに、悲しみに溢れた涙、守れなかったという悔しさの涙が頬を垂れる。

 だけど、私たちは悲しみを乗り越える。みんなから託されたから。幸せな平和の日常を過ごすって、生きてって託されたから。


 これは悲惨な戦場に従事した少女の物語。

このような作品を読んでいただきありがとうございます。

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