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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

絶望の先にあったもの

作者: 小槙
掲載日:2021/11/29

宜しければ最後までお付き合い下さい。

 初めはあの男が嫌いな筈だった……。


 将来の約束をしていた幼馴染の彼と、生まれ育った村を飛び出し冒険者になった。

 彼は剣術がそこそこ使え、私には治癒魔法の才能があったので、2人でペアを組んでやっていけていた、そんなある日彼が新しいメンバーとしてあの男を連れて来た。

 最初の印象は、見た目は良いが嫌な感じがする、だった。

 彼の気付かない所で、あの男が彼を見る目は、何処か見下しているようなそんな感じ、私を初めて見た時に向けて来た視線が、新しい玩具を見つけた子供の様なもので……それが何だか凄く気持ち悪かったのだ。


 それからは3人でパーティを組んで行動する事になった。

 最初の印象は悪かったが、その男は魔法と剣を同時に操るという高度な戦闘技術を持ち、確かな腕を持っていた。

 時折、気持ちの悪い視線を向けられる事はあったが、直接何かを言われたり、されたりするという事も無かったので特にそれ以上気にする事も無く、何だかんだで私達は3人でうまくやれていた……そう、あの日までは。


 あの日、自身の些細なミスから私は危機に陥ってしまった、そこをあの男が庇い傷を負ってしまったのだ。

 その日は早目に依頼を切り上げ宿へと戻り、暫くは依頼を控える事になってしまった。

 罪悪感から、私はあの男の手当てと看病を買って出る事にしたのだが、思えばこれが過ちの始まりだった。


 私があの男を看病している間、せめてと幼馴染の彼は空いた時間に、1人採取系の依頼を請負ってくれたのだが、その結果私は、大半の時間をあの男と2人きりで過ごす事になってしまった。

 最初は特に何も起きなかったが、ある時を境に彼の目を見ていると私の頭の中にモヤがかかった様に曖昧になり、あの男……いえあの人に対する嫌悪感が薄れていったのだ、それが少し怖い……幼馴染の彼に助けを求めたいのにそばに居らずそれも出来ない、そんな時にあの人は私を抱き寄せ優しく語りかけ『大丈夫だよ、少し君には素直になって欲しいだけなんだ、今の気持ちを受け入れるだけで良いんだ、受け入れてくれさえすれば後は全部僕に任せてくれれば良い、すぐに気持ち良くなれるからね』と言ってくれた、その言葉に私は何故か心が安らぐのを感じ、彼の目を見つめてしまった、頭の中のモヤが一層濃くなり私の意思が遠のくのを感じた、私を見つめるあの人の瞳は紫色に妖しく光っていた……。

 










 あぁ……!!何故、私はあんなにもあの人の事を嫌っていたのだろう!幼馴染の男とは違い、甘い素敵なお顔と、細くともしっかりと鍛えられた肉体、そして剣と魔法の才能に溢れ……私に情熱のこもった視線を向けてくれていたのに、それを嫌悪し嫌っていたなんて!私は何と愚かな女だったのだろう!

 あの日、私はあの人に求められるままに身体を捧げ、女としての幸せをこれでもかと言う程に与えられた。

 そういう行為は初めてとは思えない程に、私の身体はあの人の与えてくれる熱に乱れ、悦んだ。

 幼馴染の男への罪悪感などない、それ所か全てを終えた後には、何故あんな男と将来を誓ったのかと馬鹿らしくなっていた程だ。

 

 一度受け入れてしまえば、あの人に堕ちるのは直ぐだった、あの人の怪我が治った後も幼馴染の(クソ)の目を盗んではあの人と2人きりで逢瀬を重ね、私の身体はあの人の望むまま開かれ、開発されていった。

 ある朝の事、クソが酷く憔悴した様子で私達の前に現れた、肩を寄せ合っていた私達を昏い瞳で一瞥した後、1人で依頼を受けに行ってしまった、あれは……昨夜の私達の愛し合う様を聞かれたようだ、正直もうどうでも良い存在になっていたクソにどう思われた所で構わない、あちらから2人きりにさせてくれると言うのなら好都合である、その日はそのまま宿屋の部屋に篭り、日が暮れて翌日になるまであの人に可愛がって貰った。


 そして、ついにその日が来た、その日もクソが1人で依頼に出て行くのを確認した後、あの人と部屋で愛し合っていた時だ、突然扉が開きその向こうにはクソが立っていた……焦燥した顔で以前よりも昏い瞳をこちらに向けて『信じたくは無かったけど、この現場を見せられてはもう僕達は終わりだ、僕への気持ちが無くなったのなら、キチンと言って欲しかった……婚約は解消だね』とクソが何か言っていたが、あの人と繋がったままの私には心底どうでもよかった事だったので自分にとってはクソとの日々は過去の汚点だと罵ってやった。

 絶望した顔でクソは別れの言葉を告げて去って行った、これで誰の目も憚る事無く愛し合える!愛する人と結ばれて幸せな筈なのに……何故だろうか私の目からは涙がこぼれ落ちた。

 

 それからは愛する人と淫蕩の日々が数年続いたが、その頃には私は愛しい人から与えられるモノ全てを受け入れらようになっていた、『この女もいい加減飽きて来たし、そろそろ魅了を解除して自分のしでかした事を自覚してぶっ壊れる様を楽しむとするかなぁ、後は娼館にでも売り飛ばしてはいサヨナラって奴だ』と言って貰って、私は言葉の意味をまるで理解せず悦んでいたのだった。

 そんなある日、私達の前にクソが戻って来た……以前とは違い自信に溢れた顔と、肉体は逞しく成長していた、そんな立派な姿になった彼を見て私は嬉しくなると同時に、彼の両隣に立つ美しい少女達の姿に何故か胸がズキリと痛んだ。

 愛しい人は彼の連れの少女達に熱い視線を向けた後、彼と何か話していたが突然お互い剣を抜き勝負を始めた。

 結果は、一瞬だった……幼馴染の彼は別れた時からは考えられない程に強くなっていた、一瞬で男の目を切り裂き、剣を持つ腕を切り飛ばしてしまったのだ。『これでもう魅了の力は使えない筈だ、その腕ではもう冒険者として剣も握れないだろう……今後はこれ迄の行いを悔いて大人しくしている事だな』そう彼が言った後……私の頭の中にずっと立ち込めていたモヤが晴れた、しかしそれは私の絶望の始まりだった。











 ナンデ?ナゼ?ドうシテ?ワタシノ、カレのコトがスきだッタハズナノニ、アんナオトこのコトダイきライダっタノにナンデ!?ハジめてハカレとッてキメてタノニ!!

 

 頭のモヤが完全に晴れた私の頭の中に流れ込んで来たものは、これまで私がして来た事、それらを一気に自覚させられた、愛していた筈の幼馴染の彼に捧げる筈だったモノを嫌悪していた男に捧げ、口にするのも悍ましい行為を嬉々として受け入れ悦ぶ自分、あまつさえそれらを愛する彼に見せつけて、大切な想い出を過去の汚点だと罵った事、それらはもう取り消す事の出来ない事実として存在してしまっていた。


『あ……あぁ、私は何という事を』


 絶望に打ちひしがれ、崩れ落ちた私はのろのろと顔を上げ、想いが戻った大切な人を恐る恐る見る。


『君はあの男に魅了の魔法を掛けられていた、呪いの大元でもあった瞳を切ったからその呪いも失われた筈だ、正気に戻った今、全てを理解していると思う……自分のして来た事を』


『ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!わたし、こんな筈じゃ……貴方だけを愛していた筈なのに、あんな、こと……言うつもりじゃ、貴方との想い出はどれも大切なもの……許してください……、今でも愛しているのは貴方だけで……す!』


『もう、全て過去の事だよ……許す許さないの時期はもう過ぎてしまったんだ、それに君の身体は……もう』


『そんな!お願いします!貴方を喪ったら私、どう生きていけばいいのか!』


 そう必死に懇願して彼の目を見た時に気が付いてしまった、私を見下ろす彼の目には、私に何の感情も宿っていない事を。

 彼の両隣に立つ美しい少女達が彼の腕を取りグッと身を寄せて何も言わずに私を睨み付けてきた、その様に私の身体はビクリと強張り、言葉は無くとも彼女達が何を言いたいのかは理解でき、もう何も言えなくなってしまった。

 

 そのままフラフラと宿泊中の部屋へと戻り、ベッドの上でシーツを被り、膝を抱えて蹲って居た……また明日もう一度彼と話そう……少し時間を置けばきっと分かってくれる、気付くと夜も更けており、隣の部屋から声が薄らと届いて来ていた……。

 それは1人の男と複数の女の睦会う声、男の声の方はどこか聞き覚えのあるもので、私の頭はそこから考えられる可能性を受け入れる事が出来ず、必死に耳を塞いで隣の部屋から届く嬌声を拒絶した……しかし耳をいくら塞いでも頭の中の声が途絶える事は無かった。


 その後、一睡も出来ないまま夜が明け、寝不足で頭がガンガンと痛むまま部屋を出ると、丁度、昨夜声の元となっていた隣の部屋の人達も出て来た所だった。

 やはりそれは彼と、そして一緒に居た美しい少女達だった。

 3人で昨夜の盛り上がりを喋りながらだったが私の顔を見た途端に、3人の表情は無になった……ジッと6つの瞳が何の感情も持たず私を見つめて来る……あぁ、もう遅いのだ、手遅れだったのだ……私は、もう覆す事の出来ないこの現状に耐えきれず、その日の内に荷物を纏めて町を出た――。



  ◆◆◆



 俺の名前はレイ・ダスティン、14の頃に生まれ育った農村を1人飛び出して剣と魔法の腕でこの15年、幸いそれらの才能にも恵まれて、死にたくなる事も死にそうになる事もあったが、何とか冒険者としてこの歳まで5体満足でやって来る事が出来た、最初の頃は臨時のパーティに加わったりもしたが、剣と魔法の両方を使いこなせる事から気が付くとソロで手堅い依頼をこなし、それなりに稼げる様になっていた。


 その日は、最近新しく拠点としていた町で受けた依頼に、少し手間取る事になってしまい、何時もより遅い時間に報告に行く事になってしまった。


 ふと空腹を感じ、そう言えばと朝に食べたきりだった事を思い出した俺は、冒険者ギルドに併設された酒場で食って行く事にした……のだがタイミングが悪かったのか殆どの席が埋まっており、のんびりと食事というのは出来なさそうな雰囲気だった。

 仕方ない、宿に戻って保存食で済ますかと考え始めていた時、店内の隅も隅……店の灯りが僅かに届く席に1人の女が座っているのに気が付いた。

 女の座る卓には、まだ空いている席があるのに誰も相席しようともしない、女の見た目は少しやつれて、見窄らしい格好をしてはいるものの、顔は整っていた……これなら多少汚れていようが粗野な冒険者の男どもだ、そんな事頓着しない、筈なのだが……彼女の纏うジメジメとした雰囲気がそうさせているのか、誰も彼女に話しかける様子は無かった。

 そんな女に興味を惹かれた俺は女の座る卓へと近付いて行った。


 この町で顔見知りになった他の冒険者達からの誘いをやんわりと躱しつつ、女の座る卓の席にそのままドカリと座る。


「相席失礼するぜ」


 とだけ伝えると女は一瞬こちらを見た後何も言う事無く俯きまた食事に戻った。

 全てに絶望し、澱んだ目をしていたな……見目は悪く無いのに、勿体無い。

 

(この店の一番安いメニューか……)


 女は硬いパンと薄味のスープ、あまり新鮮とは言えないサラダだけの質素なメニューをただモソモソと食べていた。

 席に着いた俺も注文をして届いた料理を食べていると、食事を終えた女はそのまま店を去って行った。


 横目でチラリとそれを見送った後、再び食事を再開していると、顔見知りの冒険者の男が話しかけて来た。


「おいレイ、お前勇気あんなぁ。あの辛気クセェ女と良く一緒の卓に座れるな……確かに良い女だと思うがあそこまで昏くちゃ男は寄り付かねぇぜ、不幸に見舞われそうだ」


「あぁ、少し興味を惹かれたんでな……どんな奴なんだ?」


「お前がこの町に来る数ヶ月前くらいにやって来た治癒魔法の使い手でな、あの器量の良さと治癒魔法が使えるってんで、初めの内はパーティに誘われたりで注目されてたんだが、それ全部断っちまって、ついでにあの陰鬱とした空気だろ?あっという間に誰も声かけなくなっちまったって訳だ」


「へぇ、じゃあ今のところはソロって事か」


「あぁ、今は臨時で治療院の日雇いしてるか、ソロで出来る簡単な採取依頼をこなしてるみたいだぜ、何お前彼女をパーティに誘うつもりなのか?止めとけ止めとけ、お前も断られるのがオチだ、それにああいった手前は他人も不幸にする女だぜきっと」


「それは俺が決める事だよ、情報ありがとうな」


 そう言って食事を終えていた俺は、酒一杯分の金を置いて宿へと戻った。


 次の日俺は、予定通りに依頼を終える事が出来たが、あえて時間をズラし昨夜と同じ時間帯に酒場へと足を運んだ。

 やはり昨夜と同じ卓で同じメニューを同じ雰囲気のままで取る女が居た。

 それを確認した俺もまた、昨夜と同じように一言だけ告げて席に着いた。

 女は一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、直ぐに興味を失った様に顔を伏せて食事を再開し、それも終えると去って行った。

 こちらからはただ一言、相席する事だけ伝え後は何も言わない、彼女も何も言わない、食事だけ済ませて黙って去っていく、そんな日を続けていたが……その夜は違った。


 何時ものように一言だけ告げて席に着くまでは同じだったが、その日は遂に彼女が話し掛けてきたのだ。


「あ、あの……どうして何時も……相席するだけして、な、何も聞いてこないんですか?」


 少し怯えるような、気弱さを感じる話方だったが……初めて聞くその声は綺麗だなと思った。


「ん?別にただ他に席が空いてないからな、座らせて貰ってるだけだ、別に何か話したいから座った訳じゃ無いぜ」


 勿論、嘘である。


「それともお前さんには、見ず知らず……って程ではもう無いか、顔見知り程度の人間に打ち明けたい事でもあるのかい?」


「……い、いえ……そう……ですよね、何かごめんなさい」


 そのまま昏い顔をして俯いてしまった。


「ま、こうして毎回相席させて貰ってるのも何かの縁だ、何か相談や打ち明けたい事でもあったら、その時は聞いてやるよ」


「は、はいお願い……します……て、あれ?何かその内話す事になっちゃってます……これ?」


「いや、どうだろ?それはお前さん次第かな、別に無理して話す必要は無いんだからな、話すのは辛いって事もある。ただいつでも打ち明けられる相手が居るっていうだけでも、多少は気が楽になるんじゃないか?お前の周りは空気が重い」


 もう少し気を抜いた方が良いと付け加えておく。


「そう……ですよね、ありがとう……ございます。わ、私ノノアって言います、ノノア・シュタット」


「俺はレイ、レイ・ダスティンだ。今更だが宜しくな」


 そう言って右手を差し出すと、ノノアは少しビク付いた後恐る恐る手を出して握手に応じてくれた、彼女の手は……震えていた、それは男に怯えているといったものだったように思えた。

 しかし、これで俺とノノアとの関係が始まった。

 その後は何時もの様に先に食事を終えた彼女が席を立ったが、別れの挨拶があった。


「お、おやすみなさい……レイさん」


 か細い声だったが確かに聞こえた声に俺もお休み、と返した。






 それから特に俺達の関係が大きく変わる事は無かった、何時もの様に酒場で相席し軽く挨拶と世間話をする、そして挨拶を交わして別れる……そうした日々が続いた。


 その日は珍しくノノアは、食事を済ませても席を立つ事は無かった、俺の食事が終わるのを緊張した様子で待っているようだった。


(そろそろ……話してくれる気になったって事か?)


 これは長い話になるかもしれないと思い、食事を終えた俺は酒を頼み、チビチビと呑み始めながらこちらから切り出す事にした。


「こうして食べ終わるのを待ってたって事は、今日は何か話たい事があるって事で良いのか?」


 幸い、店内に客はもう殆ど残って居ない、打ち明け話にはもってこいだろう。

 俯いたままだったノノアは意を決した様に俺と目を合わせた後、ぽつぽつと話し始めた……。


「聞いて、下さい……愚かな、1人の女の後悔に塗れた話です……」


 それは少女の絶望の始まり、将来を約束していた幼馴染と2人で冒険者になり、うまくやって居た……きっと苦労もするだろうが、幸せになる筈だった恋人同士の所に入り込んだ異物、悍ましい力で正気を狂わされた少女が汚される、袂を別った幼馴染が失意の中で新たな力を得て戻り、彼女を呪いから解放した……しかしその間に幼馴染は別の女性達と想いを交わしており、身体を汚された己の居場所は彼の隣からは無くなっていた、その夜彼らの交わる声を聞き、心折れた少女は1人逃げ出しこの町へと流れ着いた……それ以来、男の人が少し怖くなった事、勿論世の男達全員があの男の様な奴ばかりでは無いと、少しずつ恐怖も薄れて来ている事も。

 ノノアは涙を何度も流しながら、時に言葉に詰まりながらも、その全てを打ち明けた。


「これが……今、私がこうしてここに独りで居る理由、です、彼を裏切って汚された私に与えられた罰なんです」


 何とも胸糞の悪い話だ……幼馴染君は被害者だがもう少し、この子を何とかしてやれなかったのか……ノノアは確かに加害者でもあるが同時に被害者だ、異性では対策無しで抗えない魅了を使われたんだ……、いくら対策はあると言っても、使える奴は少ない魅了魔法だ……乱暴な言い方だが軒先に繋がれた犬がいきなり噛み付いて来ると、ガチガチの警戒なんて誰もがしないだろ、だから魅了魔法の被害に遭う人間っていうのは居なくならないんだ。

 どうしようも無い事ではあるのだが、解放された後自責と後悔の念に塗れる彼女をただ突き放すだけで無く、別の女との情事を聞かせてしまうとは……そのつもりは無かったとしても、やられた事やり返した形になっちまってる、流石にやり過ぎだろ。


「はぁ……そりゃ、そんな事があれば今のノノアみたいになっちまうのも解るわ」


「ひっぐ……っぐ……」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたノノアに布巾を差し出してやる。


「とは言え、俺にとっちゃこの町で出逢ったノノアしか知らないからな、過去の事は気になんねぇよ」


「え……?」


「あー、その何だやっぱまだ男の事は怖いか?」


「は……い、まだ少し怖い……です……また魅了を掛けられて、狂わされるんじゃないかって思う時があります」


 顔を拭きながら答える彼女は続けてこう言った。


「あ、で……でもレイさんは、マシな方です……この間、握手、出来ましたし不思議と、大丈夫、です」


「そ、そうか……別に俺だってそんな褒められた人間じゃないけどな……でも、そうか……やっぱ放っておけないな」


「ふぇ……?」


「なぁ、ノノア……俺とパーティを組んでくれないか?お前さんがソロでやりたいっていうのもあるだろうが、無理を承知でだ、お前は自分を罰し過ぎだ……痛々しくてこれ以上俺が見てられねぇ、それと黙ったままなのも嫌だから白状するが、この提案には下心もあるからな!」


「え……下心って、え?え?」


 俺の突然の提案に彼女は戸惑っている。


「これは俺の都合だよ、このままノノアが独り不幸になったまま終わるのを見たくないんだよ、男達に酷い目に合わされて、弱った女に同情してそこに付け込むクズだと思ってくれても構わねぇ、ノノアはもう散々傷付いた、お前が立ち直るのに俺を利用してくれ」


 だから、と


「その最初の一歩だ、俺とパーティを組んでくれ」


「あ……その、私みたいな女で良いんですか?」


「ノノアが良い、というか言ったろ?下心もあるって」


「そう……でしたね、私も少しだけ、前を向いても良いのでしょうか?こんな私で良ければ……お願い、します」


「あぁ、これからパーティとして宜しくな!ノノア」


 そのまま解散となり宿へ帰る事となったが、意外な事にノノアとは同じ宿、それも部屋が隣だった……まぁ飯時にしかまともに会って話もしない仲だったのだから、こういう偶然もあるのだろう。

 妙な気恥ずかしさのまま部屋の前で別れ、翌朝改めてギルドでパーティ申請を出した。

 その日から俺達はパーティを組んで行動する様になった。

 





 元々ノノアは冒険者としてはペアで行動して居た事もあり、2人での立ち回り方にも問題が無かった、最低限自分の身は自分で守る事が出来るし、前衛として立つ俺の事も良く見てくれた。

 俺もそんなノノアに気を配り、直接戦えない彼女をフォローする事が苦では無く、ソロでは少し厳しかった依頼もこなせる様になっていった。


 以前はバラバラに席に着いていたが、今では一緒に依頼をこなしたついでとそのまま食事を取る様になった。

 ノノアは最初の内はいつものメニューを食べようとしていたが、それを止めさせ大皿のメニューを頼み一緒の物を食べさせるようになった。

 最近の彼女は少しずつだが肉付きも良くなって来て、身形も整え明るくなり笑うようになって来た。

 これが生来持つ彼女の本質の様な物なんだと思う。

 ふとした時に見せるフワリとした微笑みに心を奪われる。

 まだ俺以外には少し怯えながらではあるが、話せる冒険者も増えて来た。

 この間なんかは2人で臨時パーティに加わり大規模な討伐依頼に参加した事もある。

 ちょっとだけヒヤリとするような場面もあったが、ノノアの治癒や支援魔法に助けられ、誰も欠ける事なく生還する事も出来た。

 今の彼女に初めて会った頃の様な昏さはもう無かった。

 それが何だか俺も嬉しくて、眩しい気持ちで彼女を見ていたら目が合い、笑われてしまった。

 微笑む彼女の目尻が少し、光っていた。


 ノノアとパーティを組むようになり、彼女が生来の明るさを取り戻して、彼女とは心も身体の距離も近付いて来たと感じるようになったある日、俺は兼ねてから考えていた事を彼女に伝える事にした。

 そもそも最初に彼女に興味を持ち、関わると決めたのもこれが最終目標だったと言える。

 その日は酒場では食事を取るだけに済ませて、俺の部屋で呑まないか?そこで大切な話をしたいと伝えた。

 少し緊張した様子だったが、何かを考えた後真剣な顔で頷いてくれた。

 正直その夜の食事は緊張し過ぎて食べた心地がしなかった、お互い会話も無くただサッサと食べ終え宿へと戻った。

 道中も会話は無く緊張感は増すばかりだ、けれど会話がない事自体に気まずさは無かった、ノノアと居る時間に心地良さを感じる様になる程の時間と信頼は結べたと、思っている。

 

 荷物を置いて来たノノアを部屋に招き、グラスに酒を注いで乾杯をする、お互いちびちびと呑みはじめた……。

 俺は勢いを付ける為にグラスに残った酒を一気に煽る、アルコールが喉を焼き、胸から顔が一気に熱くなる、その勢いのまま俺は告げた。


「俺さ、そろそろ冒険者を引退しようって考えてる」


 アルコールにあまり強く無いノノアは、ちびちびと舐める様に酒を飲んでいたが、俺の突然の告白に唖然とした。


「この歳まで、何とか大きな怪我も無くやって来れたが何時までもって訳にはいかない、明日いきなり命を落とす事も、体の一部を失って戦えなくなる事もあるかもしれないって……もう何年か前からずっと考えてたんだ」


 ノノアは俺の言葉に身体を強張らせたまま聞いていた。


「金を貯めててな、もう予定額も貯まってたんだ……場所も決めてある、となりの町で小さいけど食堂を経営したいって考えてたんだ……これでも料理は得意なんだぜ」


「そ……う、だったんですね……おめでとうございますって、事で良いんですかね?それじゃあ、私達のパーティもそれにあわせて解散って事……ですか?」


 彼女の両目にはみるみる内に涙が溜まっていく。


「ま、待ってくれ!そういう意味じゃない!まだ話の途中だ!……あぁっクソッ、柄にも無い事するから調子が崩れる」


 頭をガシガシと掻きながらまだ打ち明ける事の出来ない本題に入る決意をする。


「それでさ、いくら小さい店つっても1人じゃ切り盛りするのは大変だし、これからの引退後の人生を1人送るのも寂しいってな……だからさ……ノノア、お前にも手伝って欲しいんだ、笑顔の可愛いお前が看板娘になってくれたら、きっと店は繁盛する」


「……え?それって」


 彼女の目に溜まった涙は一先ずそれ以上溢れる事は無くなった。


「あー、つまりだ!ノノア、お前の事が好きだ!愛してるッ!俺と!結婚してくれノノア!俺は!お前と夫婦に、家族になりたいッ、ノノア・ダスティンになって欲しい!!……どうだ言ってやったぞ!コンチクショウ!!」


 そう言って用意していた指輪も差し出す。


「ウソ……ウソよ、だって私の身体はあの男に汚されきってるんだもの、婚約者だって居たのに裏切って……とても貴方には言えない事だって沢山されたし、してしまったのよ……そんな私が誰かと幸せになんて……」


「前にも言ったけど、お前は自分を罰し過ぎだ!それにこうも言ったろ?ここで出会ったノノアしか俺は知らない、過去の事は気にしちゃ居ねぇって!確かに純潔ってのは大事な物かもしれねぇが、俺はそういうのを特に気にするお貴族様じゃねぇ!今日日、恋愛に興味津々な町娘なんかだったら結婚前に付き合ってた別の男と前に関係持ってた、なんて事くらいあんだろ……いやノノアをそういう軽いのと一緒に考えるつもりは勿論無ぇけどよ!」


「ウソ……ウソ、私が誰かと幸せになんて」


 ノノアは俯き、泣きながら自分が幸せになる可能性を否定してしまう、だからって俺もここで諦めるつもりは無い、同情も下心もあった、けれど放ってはおけなかった……独りで孤独のまま消えてしまいそうだったこの子を、自分の手で幸せにしてやりたいと、初めて見た時に思ったのだ。


「なぁ、聞いてくれノノア……ノノアが頷いてくれなきゃ、幸せになれない男が1人、此処に居るんだよ……ノノアは良いのか?自分の所為で不幸になっちまう奴が居るのが」


「ズルい!そんな言い方……ズルい、よ。私もレイの事が、何時の頃か好きに、なってたんだよ!でもこんな私じゃ貴方を幸せにしてあげられないって、だからこの気持ちを諦めるつもりだったのに!このままじゃ貴方が幸せになれないなんて、そんな言い方、ズルい……よぉ……」


 堰を切った様に、流れる涙を抑える事が出来ない彼女を抱きしめて、改めて彼女に請う。


「ノノア、愛してる……だから俺と結婚してくれ」


「私、貴方に何も上げられないのよ?それでも私で良いの?」


「何も無くなんかない……ノノアが持ってる物で俺が欲しい物があるんだ、それはな……お前のこれからの残りの人生全部だ!勿論俺だって貰いっぱなしじゃねぇぞ、俺の残りの人生はノノア、お前の物だ!ずっと、俺の側にいて欲しい……お前が、お前だから欲しいんだ!」


「レイ!……良いのね?この気持ちを諦めなくても……私の残りの人生を全部貴方に上げるわ、だから貴方の残りの人生も私に……下さい!私も……貴方を愛しています」


「ありがとう……ありがとうノノア、俺独りじゃ無理なんだ、ノノアが一緒に居てくれなきゃ、だから……一緒に幸せになろう」


 そう言って俺は、彼女の左手の薬指に指輪を填めてもう一度強く抱きしめた、そして腕の中でこちらを見上げ目を閉じた彼女に、そっと口付けをした。


 そのまま俺と彼女は身体を重ねた、月と星の明かりに照らし出された彼女の身体は汚くなんか無い、とても美しいものだった。


 朝、少しの気だるさと共に目を覚ますと、直ぐ隣には上体を起こして薬指に填まった指輪を愛おしそうに見つめて微笑む裸のノノアの姿があった。

 そんな彼女の横顔がとても大切で愛おしく感じ、彼女の頬にそっと手を添えると、それに気付いた彼女も頬に添えた俺の手にその手を重ねた。


「おはよう、ノノア」


「おはよう、レイ」


 そうして再び俺達は唇を重ねた。

 昨夜の熱を思い出した俺達は、そのままどちらとも無く身を寄せてまた身体を重ね合った……。


 昼過ぎ、流石にこのままでは良くない、と身体に付いた汗とその他の汚れを落として着替えた後、2人でギルドへと向かった……冒険者の引退をする為だ。


 2人、気付かない内に手を恋人繋ぎで訪れてしまった

為に、顔見知りの冒険者や職員達には散々揶揄われたが、俺達の結婚を皆が祝福してくれた。

 引退の話は残念がられ引き止められはしたが、最後は笑って受け入れてくれた。

 これからの事を伝え、暫く町に滞在してから隣の町へとノノアと2人で移った。


 そうして移った隣の町で俺達はひっそりと小さな食堂を始めた、最初の内はなかなか客が増えなくて苦労もしたが、時折あの町から依頼のついでに顔見知りの冒険者達が来てくれたし、俺の確かな料理の味とノノアの明るい笑顔に、次第に常連客も付き始め生活も安定していった。

 冒険者の頃のような派手な日常では無いが、不意を突いて訪れる命の危険は無い、愛する者との少し騒がしくも平凡な日々に、安らぎと幸せを感じる。


「ノノア、あまり無理をするな……もうお前1人の身体じゃ無いんだ」


「これくらいは大丈夫よ、レイ」


 少しずつ大きくなり始めたノノアのお腹、宿っているのは俺達の子供だ。


「ねぇ、レイ……私今とっても幸せなの……あの時、たった独りで消えてしまいそうだった私を、貴方が見つけてくれたからなんだよ」


「ノノア、お前が幸せを感じてくれている事が、俺は嬉しい……そしてだからこそ、俺も今が幸せなんだ」


「レイ、愛してる……」


「俺も愛してる、ノノア」


 あの夜、独りであの卓に居た彼女は、何時しか愛する人を再び得て2人に、そして愛する人との子供を得て3人の家族になる、こうして一度は幸せを諦めた彼女であったが……平凡でも穏やかな幸せを得た。

ありがとうございました、少しでも心動かされていたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
ざまぁに慣れた身としてはもうひとつどんでん返しがあるかと身構えたが……これはこれでいいものだ
[良い点] 避けられない魅了の被害者を加害者として断罪する作品を見かけるたびにもやっとしてたので、この作品に出会えてとても良かったです。 心の隙を足がかりに魅了をかけられたことを責める展開とかあります…
[良い点] 主人公が最終的に幸せになれてよかったです。 魅了系の話は裏切られた側も魅了をかけられ側も被害者ではあるけど、やっぱり裏切られた側は精神がすり減るくらいダメージを負うわけだし、頭では相手も…
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