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Belong  作者: 雪宮鉄馬
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最終話 ただいま

 次の日になって、お姉ちゃんは無事退院することになった。まだ、お姉ちゃんの足取りはフラフラとしていたけど、ぼくがしっかりと、お姉ちゃんの手を引いてデコトラまで、連れて行くことにした。

 中嶋先生はデコトラまでわざわざ見送りに来てくれた。

「クロさんには、後で私の方から伝えておきます。拓海くん、春香さん、元気で」

 微笑む中嶋先生に「ありがとうございました」と頭を下げて、ぼくは助手席の扉を閉めた。

「それじゃ出発するぞ」

 千鳥さんはそう言うと、アクセルを踏んだ。

 良く晴れた日で、青空が一面に広がっていた。デコトラは、住宅街を抜けて、オフィス街へ入った。あの公園の周りには沢山の重機が止まっていて、公園を取り壊している最中だった。公園を横目に、繁華街へ入るカホちゃんのコンビニの前を通りすぎる。まだ午前中だから、カホちゃんの姿はなかった。

 デコトラは、ぼくたちを乗せて、真っ直ぐ住み慣れたあの街へと進路を取った。旅に出て、もうすぐ二ヶ月が過ぎようとしていた。デコトラは、あれほど時間がかかったぼくたちの旅路をあっという間に通り過ぎていく。

 やがて、お日様が夕陽に変わり始めたころ、辺りの風景は見慣れたものに変わってきた。ぼくたちは、街に帰って来たんだ。

 ぼくは、千鳥さんにお願いして、駅前で降ろしてもらうことにした。そこから叔母さんの家まではそれほど距離はない。今頃は、叔母さんたちも旅行から帰ってきていることだろう。それに、ぼくは寄り道したいところがあった。

「本当にここでいいのか?」

 駅前にデコトラを止めて、千鳥さんが言った。お姉ちゃんを先に降ろしてから、ぼくはデコトラから降りると、千鳥さんに頭を下げた。

「はい。色々ありがとうございました。千鳥さんとか、クロさんとか、カホちゃんとか、沢山の人たちに助けてもらって、ありがとうだけじゃいけない気もするけど」

「拓海……」

 千鳥さんが急にニヤニヤと笑う。ぼくがきょとんとしていると。

「変わったな、拓海。なんか、強くなった。ちょっと前まで、春香の後ろにくっついて、おどおどしてたのに、急に男らしくなりやがって」

 と、言った。それから、千鳥さんはダッシュボードの中を探って、小さな紙切れと、ボールペンを取り出した。ハンドルを下敷きに千鳥さんは何事か書いて、その紙をぼくにくれた。

「それ、あたしの家の住所。それと、電話番号。いつでも電話しな。困ったことがあったら、力になるよ」

 そう言うと、千鳥さんはグーで親指を立てると「グッドラック」と言って、助手席の扉を閉めた。そして、再びロータリーでクラクションを二階鳴らすと、千鳥さんは去って行った。

「お姉ちゃん、歩ける?」

 ぼくがお姉ちゃんに聞くと、「うん。大丈夫だよ」という返事が返ってきた。ぼくはお姉ちゃんの手を引いて、歩き始めた。見慣れた街の道順は良く分かっている。駅を後にぼくは、住宅街へ入り、叔母さんの家とは反対の方にむかった。

 そこは、かつて、ぼくたちとお父さん、お母さんが暮らしていた家の場所だ。レンガ色の空のした、家はあの日と変わりがなかった。ただじっとそこに佇んでいる。

「ただいま」

 ぼくはそっと家に向かって告げた。ここがぼくたちの旅の出発点だった。お母さんに会えたら、皆でここへ帰ってこようと、お姉ちゃんは言っていた。でも、お母さんは見つからなくて、ぼくたちだけが帰ってきた。それでも、家は相変わらずぼくたちを見守るように、そこに建っていた。

 お姉ちゃんはスカートのポケットから、小さな乳白色の小瓶を取り出した。お父さんの骨壷だ。鞄が盗まれたあの日、たった一つだけ手元に残ったのは、この骨壷だけだった。

「お父さんも、お母さんも、私たちを置いて、何処かへ行ってしまったけど、私にはまだ拓海がいる」

 お姉ちゃんは骨壷に向かって言った。

「ただいま」

 そう言ったお姉ちゃんは、ぽろぽろと涙を流し始めた。いつの間にか、涙もろくなってしまったんじゃなくて、お姉ちゃんはずっと泣くのを我慢していたのかもしれない。

「ぼくにも、お姉ちゃんがいるよ。帰ろう、叔母さんの家へ」

「うん」

 ぼくは、お姉ちゃんの手を引っ張った。お姉ちゃんは、手で涙を拭うと、ゆっくり歩き始めた。

 こうして、ぼくたちの旅は終わった……。


 叔母さんの家へ帰ると、叔母さんと叔父さんはぼくたちを叱った。留守番電話のメッセージから、ぼくは、叔母さんたちが旅行に行っていた、と思っていたのだけど、本当はぼくたちを探すため、矢和にある、志郎叔父さんの家に行っていたのだ。結局、志郎叔父さんの家でぼくたちを見つけられなかった叔母さんたちは、落胆して家へ戻った。すると、玄関先で叔母さんたちの帰りを待つぼくたちに出くわしたのだ。

 叔母さんと叔父さんは、ひとしきりぼくたちを叱り飛ばしてから、少し声のトーンを落として、ぼくとお姉ちゃんに謝った。お父さんの遺産が目当てだったこと、ぼくたちを邪魔者に思っていたこと、そういうことを謝ってくれた。そして、これからはきちんと、俊哉君、実夏ちゃんと同じ家族として、育ててくれることを約束してくれた。

 ぼくたちは、正式に叔父さんと叔母さんの子どもになることになった。叔父さんたちの稼ぎとお父さんの遺産を合わせれば、ぼくたち二人を養うことは十分に可能だった。

 それから、俊哉君にいじめられることは少なくなかった。でも、ぼくはお姉ちゃん直伝の顔面パンチで、俊哉君を何度となく退けた。泣き叫ぶ俊哉君が、叔父さんに嘘を吹き込んでも、叔父さんはきちんとぼくと俊哉君の両方を叱ってくれた。そんな俊哉君とも、中学生になる頃には、いつの間にか兄弟みたいになって、笑いあうことが出来るようになった。

 お姉ちゃんは、叔母さんの家に戻ってから少しずつ元気になった。昔みたいに、気の強いことは言わなくなったし、良く泣くことが多くなった。そんなお姉ちゃんをいつも慰めるのは、叔母さんと、実夏ちゃんだった。ぼくは、一度もお姉ちゃんを慰められなかったのに、二人はいとも簡単にそれをやってのけたのだ。すごいと思う。はじめて、実夏ちゃんがお姉ちゃんのことを、「ハルちゃん」ではなく「お姉ちゃん」と呼んでいたのを見て、ぼくはやっとぼくたちが家族の一員になれたことを心から喜んだ。

 千鳥さんのところへは、夏休みと冬休みには必ず顔を見せた。千鳥さんは嫌がるどころか、喜んでくれて、ぼくたちをデコトラに乗せてくれた。健太くんは、話に聞いていたよりずっと明るくて、ぼくと健太くんはすぐに友達になれた。千鳥さんとの交流は今でも続いている。

 中学に上がってから、一度だけクロさんから手紙が来た。警察を釈放されたクロさんは、どこか遠い国の荒海で、マグロを片手に笑っているらしい。今も、ぼくたちと過ごした日々を思い出す、と書き添えられた手紙は、大事にしまってある。

 それから、カホちゃんにも再会した。コンビニは、不況の煽りで閉店してしまったため、ずっとカホちゃんには会えないままでいた。そのカホちゃんにばったりと出逢ったのは、つい最近のことだった。高校を出て就職したカホちゃんは、そこで素敵な旦那様を見つけて、結婚した。カホちゃんの腕には、小さな赤ちゃんが抱っこされていた。

 お父さんのお墓は、お母さんのお墓の隣に作った。志郎叔父さんは猛反対したのだけど、ぼくと若葉叔母さんの二人で、叔父さんを説得した。海が見える小高い丘の、一番見晴らしがいい場所。今でも、お父さんとお母さんはそこで寄り添っている。

 ぼくは、中学生になり、やがて高校生になった。お姉ちゃんと俊哉君は、それぞれ大学へ進み、今年卒業する。流石に大人になったお姉ちゃんは、ちっとも泣かなくなった。それでも時々気弱なことを言うことがある。ぼくが、旅のことを覚えているか、と尋ねると、お姉ちゃんは歳を取るごとにあまり多く語らなくなっていった。すこしずつ、あの旅の日々は、ただの思い出に変わっていく。それはぼくも同じだった。

だけど、雨が降るたびに、ぼくは思い出す。あの日初めてお姉ちゃんが見せた涙を。

 でも、それはそっと胸にしまっておこう。いつかぼくが忘れてしまうまで……。


〈終わり〉


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