王女に洗礼を受けさせます
ニーニルの端、とある集団が満身創痍で話し合っていた。
「くそっ、潜入するにはどうしたらいいんだ……」
「なんでこんな町の1つの店に、あんなに厳重な警備が敷かれているんだ?」
「……一体何があるってんだ、フラウリージェとは民間の店だろう」
敵対国家の密偵達である。フラウリージェの調査をし、あわよくば奪うという命を受けて、ニーニルに潜り込んだのだ。
最初こそは「たかが店の1つ、どうにでもなる」と高を括っていたのだが、フラウリージェの前にエルトフェリアの敷地に入る事すら難しいという現実にぶつかっていたのだ。
「明日はどうする?」
「……直接潜り込むのは難しい。誰にも見られぬように接近しても、いつの間にか囲まれて締め出されてしまう」
実はその『誰にも見られないように接近』する事が、エルトフェリア周囲に沢山いる他国の密偵達に不審者として見つかりやすい原因だった。
「たかが服屋だと思って侮ったのが間違いだったのだろう。周囲の聞き込みから調査を始めるぞ」
『了解』
この密偵達が、フラウリージェの異常な魅力によって大混乱するまで、あと数日。
ところ変わってこちらはエルトフェリアを守る他国の密偵達。今や5カ国の集まりとなった各国家の精鋭。
その中の1つであるユオーラ国の密偵達は、今日も朝早くに集まり、『夜に見つけた数人の不審者についての共有』を終えた後、フラウリージェのブロマイドを崇め奉っていた。
「ノエラ様ぁ! お美しい!」
『お美しい!』
「ルイルイちゃん! 好きだー!」
『好きだー!』
これは毎朝恒例にしようとしている信仰行事である。毎日交代制で当番となった者が、思いのたけを額に入れられ壁に飾られたブロマイドに向かって叫び、他の全員が追随して叫ぶ。追随する側が名前を叫ばないのは、推し以外へのアピールが強くなると良くないと考えたからである。なお、当番は推しを含め最低5人のブロマイドに対して誉め言葉を叫ばなければいけないというルールも出来ている。
「エリーティオちゃ──」
「うるさい何やってんの気持ち悪い!」
どごっどごががすっ
『うぎゃああああ!』
叫ぶ集団に椅子が投げ込まれ、さらに飛び込んできた人物によってテーブルが振り回された。当然巻き込まれる密偵達。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「お、王女様!?」
密偵達を蹴散らしたのは、以前にエルトフェリアに来た事があるユオーラ国の第2王女だった。
『何故ここに!?』
どうやら誰も自国の王女の来訪を知らなかったらしい。
「昨晩到着して、夜遅いから宿を取ってから来たのよ。そしたら……何してるのかしら?」
「はっ。ルイルイちゃん達を崇めていました」
「なんでそんなに満たされた顔でおかしな報告が出来るの!?」
今来たばかりの王女には、密偵達の『崇高な』行動の意味が全く理解出来ない。いや一生出来ないかもしれない。
なんだか詳しく話を聞くのが怖くなった王女は、今の問題を一旦後回しにして、ここに来た目的を話す事にした。
「まぁいいわ。わたしがこのニーニルに再度やってきた理由ですが、主に貴方達の管理と、エルトフェリアで仕事をする為です」
『えぇ……』
「なんでそんなに不満そうにするんですか!」
「どうせお尻叩かれたくないから王族から逃げたのでは?」
「……そ、そんな事ないわよ!」
「いや、もしかしたらお尻叩く側になりたいからでは?」
「ちちちちゃがいまっすから!」
「落ち着いてください」
もちろん密偵達のちょっとした冗談である。王族いじりに関してはすっかりネフテリア達の影響を受けてしまったという事だろう。
「他国の密偵の方々にも挨拶しておくべきでしょうね。どうせ一緒に過ごす事になりそうですし」
第2王女という事もあり、王位を継承する気が全く無い様子。町で好き勝手やっているニーニルの王女ネフテリアと元王女リリの話は各国家の上層部ではそれなりに有名な話なので、それならば自分もと動きだしたのだ。
「本音は?」
「わたしもフラウリージェで働いて、あわよくば最新の服を着たい!」
とても素直である。
密偵達は少々呆れたが、特に拒否する理由がない。しかし、気になる事があった。
「あの……ところで、他のフラウリージェ店員の候補は……」
「そうそうそっちが本題でした! 入ってくださいな!」
王女の合図で、見目麗しい女性が2人、ビクビクしながら入室してきた。フラウリージェ内が全員タイプの違う美女ばかりなせいで、その中に入っても見劣りしない裁縫が出来る人物が選ばれたのだ。
「ちなみに候補はもう1人いたんだけど、わたしの権限で蹴落として割り込みました」
『横暴だ!!』
「ふふん。これでも裁縫は得意なのよ。継承権の無い王女なんて結構暇なもんで、こっそりドレスだって作れるようになったんだから」
「なんか変な才能芽生えてる……」
社交の勉強はしっかりしていたが、身の回りの世話を他人に任せなければいけない城の生活は、どうしても暇になる時間が多いらしい。夜は特に。
この王女はそんな暇を持て余すあまり、裁縫を隠れた趣味にしていたのだった。
密偵達がザワザワ小声で話し始めたところで、店員候補の女性が王女に恐る恐る話しかけた。
「あのう、この方達は?」
「ああ、王家直属の密偵よ。フラウリージェというか、エルトフェリアを護る仕事をしているの」
「? 調べるのではなく、護るですか?」
「それって、密偵というより、騎士とか衛兵では?」
女性の言っている事は最もである。そもそも密偵は調査を主な任務とする役割で、他国の民間のお店を護るというのは、どう考えてもおかしい。
「あ~、最初の目的はそうだったんだけどね。お父様もお母様もお姉様も、フラウリージェは極秘に守った方が世の為だと言い出して、密偵をそのまま護衛任務に着かせたってわけ」
「はぁ……」
「それなら私達と一緒に騎士を派遣してもよかったのでは?」
「密偵のままにしている理由はちゃんとあるの。フラウリージェに護衛の拒否をされない為と、給料の負担をかけさせない為よ」
実際、騎士や兵士を派遣した場合、エルトフェリアの門番などに配置されるか、人目に付く場所から真面目な顔で睨みをきかせるという、重苦しい雰囲気になるのは目に見えている。城ではそうやって威圧する事で、城の護りと権威を見せつけているのだ。
その点、隠れて活動する密偵であれば、気配を消して店の雰囲気を壊す事はしない。なんなら周囲に溶け込んで住人になりきったりもしている。
役職を『密偵』から変えないのは、他国が自発的に護っているというポーズの為である。友好国は、フラウリージェのあるエインデルと仲良くしたいのだ。
ネフテリアの考えていた『世界中に護ってもらう』という構想は、実は既に実現し始めていたのだった。
「よく分かりませんが、分かりました」
「気にしないでおきます」
「うんうん」
ユオーラ国の王女をはじめとする新人3人は、しばらくゆっくり過ごした後、エルトフェリアに向かう事になる。
「それじゃ、挨拶に向かわなきゃね」
(……ムリムリムリムリ! なんですかこのバケモノの巣窟は!)
ユオーラ国から来た新人2名は、フラウリージェに1歩踏み入れた瞬間に挫折を味わっていた。というのも、最初に見たのが憧れのフラウリージェ作品で完全武装した店員達なのだ。しかも中心には女性として理想以上のボディの持ち主であるノエラと、一目見ただけで将来絶対勝てないと確信してしまう美幼女ニオが立っている。
「えっと、お出迎えありがとうございます?」
「いえそのっ、まさか王女様が直々にいらっしゃるとは思わず、今ネフテリア様をお呼び致しますので、お待ちくださいましっ」
ノエラの方も、少し前に会った王族が来るとは思わなかったので、心底対応に困っている。
実は完全武装で出迎えるのは、とりあえず驚かせたいという、ネフテリアの悪ふざけだった。しかし、ユオーラから王女が不意打ちでやってきたせいで、引き分けとなった。
「ふっ、中々やりますね」
「えっと、何がでしょうか?」
そんな遊びをしていたのはエルトフェリア側だけなので、ユオーラ側は何の事かさっぱり分からない。
ユオーラ王女は前回の事があって、なんとか話が出来ている。しかし、後ろの2人はそうもいかない。憧れの店の中で、オシャレな美女達に囲まれながら、王族2人の会話に巻き込まれているのだ。まともに呼吸も出来ていない。
ここでネフテリアが意を決したように、フラウリージェ店員達に指令を出す。
「こうなったら最後の手段よ」
「まだ何も始まってませんよ!?」
「洗礼よ! 貴女達の力を見せつけてあげなさい!」
『はいっ!』
「えっ、何?」
『いやっ、いやあああたすけてえええええ!』
この後、滅茶苦茶着せ替えした。
アリエッタがドアの向こうから怯えながら覗いていた。
休憩室のセットも使って、優雅な体験もさせた。
さらにニオを抱っこさせた。
「……もう国に帰れない」
「幸せすぎて死にそう……」
「なんでこんな目に……いや悪い気はしませんでしたけれども」
こうしてユオーラからやってきた3人の新人を、全力で沼に沈めきったフラウリージェ。自国の王女や国に選ばれたエリート級の人材がやってきて緊張していたシャンテも、洗礼によってすっかり打ち解けていた。
「ミネアル・ユオーラ・フィオレイクと言います。フラウリージェではただの新人なので、ミネアルとお呼びくださいませ」
「よろしくね、ミーちゃん」
「ミーちゃん!?」
最初からやりたい放題のネフテリアだけは、引き続き相手を困惑させる事に集中しているが、無事に支店の為に育成する忠実な人材を確保したのだった。
ぽこあポケモン、やるしかねぇ! そのせいでZ-Aも欲しくなった。
TGSで何か情報あると嬉しいですね、アトリエの。
時間は既に足りていない。