第八話「その血しぶきは桜吹雪のよう」
結論を言えば蹂躙だった。
屋敷の窓から流れる涼しげな風は埃を含むことなく綺麗に透き通る。
それはまるで、その身に何かを乗せたがっているような旋風だ。
「お、おい……冗談だよな……?お前までおかしくなったのか!?」
後ずさるアークを前に、桃色の髪を靡かせる少女が迫っていた。
辺り一面には死体の山。そしてその紅い絨毯と一体化するように液体が散らばる。
「……ごめんなさい」
少女はただ呟く。誰に告げるわけでも無く、きっと本心から漏れた声だ。
「や、やめろ……やめてくれぇ!誰か、誰かっ!」
アークの周りにいた兵士はその身を赤く染め上げ、無慈悲にも散っていった。
その惨状を起こしたのはまさしく今、アークに死の宣告を下そうとしている桃色髪の少女──東雲桜だ。
「実は私、ヴァンクール帝国の騎士をやりたくてやっているわけじゃないんです」
無作為に放り投げられた言葉は、場にいるただ一人の同じヴァンクール帝国騎士に向けられていた。
「ヴァンクール帝国は表では正義を翳しながらも戦争では10にも満たない子供たちを戦場に送り出して、挙句には当たり前のように肉壁にしています。まるで子供ですら国の為に死ぬのが当然のように」
「そ、それは戦場に置いて仕方のない事なんだ!戦争に手段は選べない、自分の命は自分で……」
その通りだ、その通りだが──。
欠伸が出る程教科書通りの返しに、アークの遠目で紅茶を飲んでいた私は退屈な眼差しを向けていた。
そしてそれは桜もまた同じだった。
期して予想された回答は誘導か偶然か、小さく頷く桜は刀を持つ手を振り上げる。
「そうですよね、戦争に手段は選べないですよね。命がかかってますから。──だから私だって自分の命がかかっているなら、例え国だろうと味方だろうと敵に回します。おかしなことではないですよね」
「ま、まてっ!」
人間は人生と言う名の壮大な物語を築き上げる。だがそれは常に死と隣り合わせの戦場に置いては微かなものでしかない。自身の思いや理念も、その鋭利な刃一つですべてを奪われることを忘れてはならない。
桜の一振りは綺麗な弧を描き、逃げ惑うアークの首元をしっかりと捉えた。
「やめっ──」
そして、骨の砕ける音と共にアークの首が宙を舞った。口がパクパクと動き、目が虚ろになるその瞬間までアークは命乞いを行っていた。
少し遅れて吹き飛ぶ血は、殺戮者の誕生を祝福するかのように風に乗せられる。
そして、エントランスを駆け巡る血しぶきはまるで桜のように舞い上がっていた。
「はぁ、はぁ……」
桜は息を乱していた。それは疲労から来るものではなく、緊張の糸が途切れたからだろう。
彼女自身、人を殺めるのにはまだ慣れていないように見える。その鍛え上げられた力を使わないなんて非常に勿体ないところだ。
逆にアーク達がいくら武器を失っていたからといって、女の子一人が小隊を相手に勝てるほど甘い訳じゃない。
けれど桜は強かった、体を動かす基礎がしっかりと出来ていたのだ。基礎からの派生はまだ不完全なものの、一番重要な部分が完成されていた。
だからこそ彼女はアークを含む小隊相手に蹂躙する事が出来たのだろう。
そして人を殺めるのは苦手なのか、顔を引きつらせながら剣を振っていた。
全く、こんな酷い脅し命令を出したのは一体どこの誰なのだろか。
「よくできたわね、約束通りあんたを殺すのはやめるわ。あとは好きにしていいわよ」
私は膝をついている桜を一瞥するとその場を後にした。
「ふむ、なかなか面白いものが見れたぞ。桜とかいう女は放っておくのか?」
「ええ、気が変わって殺すのをやめただけで助けるわけじゃないしね」
廊下を歩く私と廊下の天井を歩くバケモノ男。
……いつも思うけどこの男逆さまなのが好きなのかしら。
「そういえば死んでいった雑種共は愛夏の知り合いのようだったが、良かったのか?」
「あんた高貴だと思うと口が悪いわね。別に名前を知っているだけで慣れ合った仲でもないし、死のうが生きようが知ったことじゃないわ」
ヴァンクール帝国には長い間滞在していたせいで知人が必然的に多くなっていた。
実際私から見て信頼に当たる友人は数えるほどしかいないけれど。軍や国の戦争に傭兵として雇われた期間もあり、今回のように私を知っている者は割と多いのだ。
まぁ、それも当然利用するために使っていたのは言うまでもない。
「ふむ、そうか。しかし愛夏の元居た世界の連中は大して強くなかったな」
「自分で言うのもなんだけど、私は元居た世界じゃ敵無しだったわ。……でも」
私は上を見上げてバケモノ男を見ると口角をあげて虚勢を張る。
「でも1人だけ、ヴァンクール帝国に私を越える人物がいる。そして私が唯一慣れ合った仲でもある人」
そう。1人だけ、私の知る人間の中でとてつもなく恐ろしいのが存在していた。
いや、人間なのかも怪しい存在。
「ほう、それは興味深いな」
常に上から見ている絶対強者であるバケモノ男。私はその常に高姿勢な男を崩す絶好の機会を見つけてしまった。
「ええ、とても興味深い存在よ、彼女は。──あんたにも勝てるくらいにはね」
私の口から出たのは例え天と地をひっくり返しても言えない幻想の言葉。
どう考えても嘘にしか聞こえない、冗談の言葉。
散々バケモノ男の力を拝見し、喰らった。そんな奴を相手に挑発まがいの言葉は通じないだろう。
でも通じるのだ。だって──。
「……愛夏よ、それは本当なのか?」
「本当よ」
──私は嘘などついていないのだから。
「それは確かに興味深い存在ですね、私も是非お会いして信者に……」
突如目の前から湧き出たお遣い帰りの女性メイド。神話生物の創造神ミットだ。彼女もまた、頭の痛くなるほどのあほらしい強さを誇っている。
でも私にはわかる、──神を作った者でさえ敵わない存在がいることを。
「ミットじゃ勝てないと思うわよ。真正面からならわからないけど、勝負を始めた時にはもう負けているわ」
神でさえ勝てない人間とは一体何者か、そもそもそれは人間なのだろうか?
人間とは鋭利な刃一つで散るほどの矮小な存在ではなかったのだろうか?
そうこの場にいる誰もが考えた。私だって自分の言っている事が事実でありたくはない。だが今放った言葉のどこをとっても訂正する箇所が見当たらないのだ。
「それは……レナ・シャルロット中佐ですか?」
思考をしていた三人の中に割って入ったのは、先ほどまでエントランスに置いて行ったはずの桜だ。逃げなかったのだろうか。いや、玄関がまず開けられないんだった。
「ええ、そうね。あの子はバケモノよ」
「……確かに愛夏さんと並んでヴァンクール帝国の切り札とされていましたし天災軍師なんて呼ばれていますが、私から見たら愛夏さんの方がずっと強いように思えますけど……」
その言葉を聞いて私は目をきょとんとさせる。
「私?冗談でしょ? 私は戦闘訓練で本気の彼女を相手にした時、攻撃を当てるのはおろか目を見る事すらできずに気絶させられたわよ」
決して話を盛っているわけではない。本当に何もできず"何もされず"勝敗が付く、そんなレベルなのだ。
彼女が一歩を踏み出した途端、心臓が潰されるような感覚が迫りくる。
到底人の身では理解できない存在だ。
「興味が沸いたな、いつか戦ってみたいものだ。人間なのだから知能戦か盤上戦か、いずれにしても愛夏がそこまで言うほどの存在など今まで知らなかったからな。これはまた楽しみが増えた」
バケモノ男が珍しく笑って高揚している。
「随分と楽しそうだけどあんたを殺すのは私よ。抜け駆けして殺されたなんてあっけない幕切れしたらたまったもんじゃないわ」
「わかっているさ。それよりそこのゴミはどうするんだ?」
そして相変わらずの口の悪さ。ゴミとは桜の事だろうか、私と大して立場が違わないのに酷い言われようだ。
そして桜も賢いのか無駄に反応はしない。敵の力量を見極めるのは生存を高める最適な方法だ。
「私に聞かないでよ、桜はどうしたいの? 屋敷を出たいなら玄関から頑張って出る事ね、まぁ外は魔物がはびこっていてすぐ死ぬだろうけど。屋敷にこのまま居続けてもこの男が邪魔だと判断したらすぐ消されるわよ。まぁどっちにしろ死ぬんだけど、死に方くらい好きに選んだら?」
追い打ちをかけるように言葉を発する私にミットがクスクスと笑っている。
正直私はバケモノ男を殺すという復讐以外に興味なんてないし、この子がどうなろうと知ったことじゃない。
「……じゃあ、私、愛夏さんについていきます」
──は?
「愛夏さんが嫌なら身の回りのお世話だけでも構いません。どうあがいても死ぬというのなら、死なない選択肢を自分で作るしかないですし……」
「ちょ、ちょっと」
私はバケモノ男を一瞥するがバケモノ男は知らない顔をしたままだ。
こいつ、私の反応を見て楽しんでる。ほんっとむかつく。
「……はぁ。私は何もしないし、死にそうになっても助けないわよ。勝手についてきて勝手に後悔することね」
「はい!」
嬉しそうに返事をして私の後ろについてくる桜。
なんなのこれ、なんか私が一番不憫なんだけど。
……何はともあれ、桜が今日から屋敷に住まう事になった。桜の寝床?そんなの床に決まってるじゃない。私はそんなに優しくないからね。
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