第四十五話「天才軍師の旋律」
驚いたのはそこだけじゃなかった。
一番最初に目に入った『少佐』と書かれた勲章だったが、問題はその上のもう一つの勲章だった。
六角形で光り輝くそれはヴァンクール帝国の帝王より直々に叙勲された賜物。軍ではその存在すら幻なのではないかとすら噂され、付けている者はこの世界にたった一人しかいない。
帝国軍の切り札、人の手によって起こされる天災。Artificial/disaster/trumpの頭文字を取ってつけられた特殊隊の総称。
少女の胸には金色の文字で『Adt』と彫られた勲章が掛けられていた。
「都市伝説じゃ、無かったんだ……」
それが偽造された紛い物でないことは一目で分かった。帝国の特殊光沢材を使用したその勲章はたとえ火を浴びようと土を被ろうと光り続ける。
そんな偉大な物を身につけた鬼才がどんな人物かと思えば、まさか私と対して年の変わらない女の子だったなんて……。
「状況は?」
『陥没寸前、危機的状況! ……"敵側が"とだけ伝えておくぜ。既に大半は占領済み、あとは例の120桁の施錠が掛けられた資料室のパスワードさえ解れば資料室も占拠できる。奴らが証拠隠滅を図るまであと5分といったところだ』
少女は何やら無線機で作戦の指示を行っているようだった。
この辺り一帯で現在進行形で行われている作戦といえば神国アルトの崩落作戦、捕虜を無視した国の壊滅。だけど少女は何やら別の作戦も担っているようだった。
「素晴らしい答えね。アン、君の方はどう?」
『ごめんなさい、流石に多すぎて絞り切れないわ。一応目星はつけてあるけれど解読にはまだ時間がかかるかも』
「分かった。私が代わりに解くから教えて」
『助かるわ隊長。2月23日12時18分にフィクトル大使館が公共放送演説で発言した言葉よ。"過去の貴方の罰は貴方を殺して償ってもらう"。この一文を発言した前後に6秒の間があったわ。なおその前の文法への脈絡は無いわね、明らかに意図して発言してると思う』
何やら難しい単語をやり取りしている。暗号解読か何かだろうか……それは本来なら情報部隊がやるような繊細な作業だ。戦闘部隊に小難しい碩学は求められていない。
しかし彼らはadt部隊……あらゆる分野におけるエキスパート。戦闘から隠密、情報、政治までこなす無類の天才集団と言われている。
──って、驚いてる場合じゃない。
さっきの通話では残り5分しかいないと言っていた、もしそれが本当なら考える時間はほとんど残されていない。そこまで学に自信があるわけじゃないけど、圧倒的に身分の低い自分が上官を差し置いてこのまま眺めているわけにはいかない。
何か手伝えることはないかと声を掛けるべく近づく。
しかし少女は無言で私に静止の合図を送り、そして静かに目を瞑った。
「ありがとう、1分ちょうだい」
その姿は自然と目を疑いそうになる周りとの亀裂、対極だった。
外から聞こえる爆音もまるで耳に入っていない、己自身を世界から完全に隔離したような瞑想。
姿かたちが変わったわけでもない少女の姿は、まるで今まで辺りと同化していたかのような違和感と異質さを放っていた。
「──公共で述べるには不特定多数じゃない、なら誰かを指名してる。貴方の罰、殺す、償う。貴方は誰、人名、布石、いや意味はブラフの可能性がある。なら文章、意図、開示、暗号……。Votre punition、poena tibi、ううん、これはまだロルフォンを通してない。なら中心地点のトルコ? senin cezan……死人? 違う、二進数、シーザー暗号。違う、トルコは通過点でロルフォンに向かうからこれはトルコ語じゃない。どこの国の言葉。自国、敵国、存在する国じゃないとしたら? 過去、既に消えた国、神国アルトの教典……法王国、ローマ法王国、ローマ字。貴方を殺す、残されたのは罰……cezan──そういうことか」
ぶつぶつと独り言を呟くこと30秒、厳重に作られたはずの暗号は少女によっていとも簡単に解明された。
「アン、『セザンコード』だよ。その中にあるはず」
『見つけたわ! パスワードは161……ってこれ三桁じゃない!』
「ファスト、パスワードは161だよ。120桁はブラフね」
『──キタキタキタァ! ふぅうううッ! こりゃあ豊作だなァ!』
『喜んでないでさっさと箱に詰めろ。隊長、残り時間1分切りました』
「了解だよシス。──ミル、準備は出来た?」
『出来てるにゃ~ん♪ ようやくあのクソったれの国が潰れるところを見れると思うとドキドキが止まらないにゃ~♪』
複数の無線機を同時に操って流れるように指示を下す少女。
それはただ目前の石に詰まっていただけで、その後の道は整備済みと言える程のスムーズな流れだった。
『あったあった。──ほぉ、これは……似たような音声の副産物までついてきやがる。こりゃあ神国どころか共和国まで……っと。隊長、もういいぜ』
最後に聞こえてきたその声に少女は小さく口角を上げ、全ての工程を完了させた証明として最後の指揮を下した。
「じゃあIL04ケーブルを切断して10分間だけクラッキング、帝国軍が宮殿を爆撃する映像と共に全世界にプロパガンダして、──チェックメイト」
『『『了解』』』
そう言い終えると少女は持っていた無線機をその場に放り投げ足で踏みつぶした。
そしてまるで軽い仕事でも終わらせたかのように首を鳴らす。
「お待たせ。戦争終わったよ」
一瞬冗談か何かだと思ってしまった。大国を巡る巨大な戦争が少女の手によって今この瞬間終わるなんて、現実味が無さすぎて受け入れることが出来なかった。
しかしその現実は私の持っていた小さな無線機からすぐに答えが提示された。
『──これを聞く全兵に告ぐ。敵国の降伏宣言受諾を確認、これにて全作戦終了だ。生存者は速やかに負傷者の手当てに向かい、作戦区域内の物資を回収しつつ帰還せよ。繰り返す──』
長きに渡った戦争のひとつが、自分の目の前で終わりを迎えたのだ。




