第四十話「凡人の逸脱」
愛夏さんと図書館での本漁りを終え、その日は読書に時間を費やした。
途中不自然な行動をしていた愛夏さんだったが、恐らく先の敵を見据えた勘付きなのだろう。少なくとも今の私では、その思考の全てを読み取る実力が備わっていない。
遊戯神に打ち勝ち、魔王を倒し、それでも成長を続けようとする彼女の貪欲さは真似るべきものだ。
今こうして隣に座って本を読んでいるその姿でさえ全力を尽くしている。 知識というありふれた情報に一切の妥協を示さず貫いている。
そんな姿勢を続けているからこそ、私の尊敬の対象なのかもしれない。
「……桜、ひとつ聞きたいんだけどいいかしら」
「なんでしょう?」
珍しくも愛夏さんの方から私へと話しかけてきた。
というのも、洞察力や推察に長けた彼女は普段何かを"弱者"に問うことはない。問いかけるのは常に"強者"が相手の時だ。
「どうしてあんたの目は未だに光を失っていないの?」
投げかけられた質問はあまりに抽象的なものだった。
しかし、私はその質問の意図をすぐに察する。
「光っているように見えますか」
「ええ、とっても。乗り越えたんでしょう?アイツの鍛錬を。だから気になってね」
「……気づいていたんですか?」
「当然ね」
視線は本に向けたまま知ってて当然のように返してくる。
やはり愛夏さんにはバレていた、私が今まで行ってきた修行の内容を。エントランスにただ立ち続けていた意味を。
レイラさんは気づいている様子はなかったし、ミットさんも知ってか知らずか掃除に集中していた。
でも、愛夏さんは全てを知っていて私の修行が終わるまで声をかけてこなかったのだろう。
「私が答える前に、いつから気づいていたか聞いてもいいですか?」
「簡単な話、先日あんたと剣を交えた時に分かったのよ。──ついに人間をやめたんだなって」
愛夏さんは魔法で自動的に出される紅茶を飲みながら、持っている本を机に置いた。
「剣筋は全て私の心を捉えていたし、攻撃は全て急所を狙っていた。でも実戦に置いて全ての攻撃を急所とするのは不可能よ。それが出来るのはよほどの達人か、実力の全てを出し切っていない者ね。桜、あんたは間違いなく後者。実力を隠しているからこそ、その加減した攻撃は全て急所を狙えていたのよ」
あの戦闘でそこまで理解できるのかと私は驚いた表情を浮かべた。
実は愛夏さんの扱う武器は私とは微妙に差異がある。
軍刀よりの太刀を扱う私とは違って、愛夏さんは打刀のようにしならせた剣だ。
その違いが戦闘に置いてどう響いてくるのか、それも含めて私は愛夏さんとの試合を望んだ。
「思えば降参した時のあの息切れもそうね。あれは疲労による息切れなんかじゃない、本当はその先の戦いが出来る。でもそれをしなかったのは、それ以上私との戦いで得られる物がなかったから。そして観客が多いあの場所で本気を見せたくはなかったから。と言ったところかしらね」
全て見抜いているかのように私の本質を突いてくる。
それでもどこか、自分を認めてくれたという嬉しさの方が大きかった。
「……その通りです。やはり愛夏さんに下手な隠し事は出来ませんね」
「それでも全ては知らないし、気になる疑問は埋められていないけどね」
早く答えが聞きたいといった表情で私の目を見る。
愛夏さんの目はまるで死んだような、光を灯していない赤い瞳。逆に私はその目で未だ消えない闘志を抱き続ける愛夏さんの意思の強さも気になる。
でも今は愛夏さんの質問に答えよう。
「……愛夏さんは、全てを投げ捨ててでも強さを求めましたよね。でも、私は全てを投げ捨てたくないから強さを求めたんです。その過程の違いが私と愛夏さんの違いなのかもしれません」
「なら聞かせて欲しいわ、その違いの核心を。あんたがここまで強くなっても、未だ光を失っていないその過程とやらを」
私は左指を軽く鳴らすと図書館の中心部にある魔法陣が発動し、それによって目の前に沢山のお茶菓子が出現した。
愛夏さんもそれに合わせるように図書館の魔法を使ってティーカップに紅茶を注ぐ。
「あんたもこの屋敷に毒されてきたわね」
「手慣れてきたと言ってくださいよもう。……少し長いですよ?」
「いいわ。ちょうど本を読み終わって暇していたところなのよ」
勉強後のお茶会の様な感じでティータイムの準備が整う。
私は紅茶を少し呑み込んで、この屋敷に来てからの私自身の回想を思い浮かべようと遠方へと目をやる。
──すると同時に何者かが図書館へ入ってくる足音が聞こえてきた。
「そ、その話! 私にも聞かせてもらえない、かな……」
勢いよく入って来たのは魔王の子レイラさんだった。
レイラさんは私を見るなり深々と頭を下げて謝罪する。
「先日は、その、ごめん……! 私の我儘であんな自分勝手で恥ずかしい戦いしちゃって……。でもお願いっ! 私、どうしても強くなりたいの!」
「いえ、別に気にしていないので大丈夫ですよ。私の雑談でよければいつでもお聞かせします」
「ありがとう……!」
涙目で喜ぶレイラさんはそのまま愛夏さんの隣へと座り、テーブルに置かれていたクッキーをつまんで食べる。
準備が整った事を確認した私は一呼吸おいて咳払いをし、これまでの出来事を回想のように辿って行った。
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そう、それは愛夏さんが遊戯神に打ち勝ってから1か月後のこと。
レイラさんが段々とこの屋敷になじみ始めていた頃だ。
そんな中、私はエントランスの中心に立ちある男に頭を下げていた。
「……私を強くしてください」
頭を下げて乞う相手は、絶対にそれを承諾しない。畏怖と天上の象徴。
一歩間違えれば殺される、間違えて無くても気分次第で殺される。決して無駄に関わってはいけない相手。
そんな怪物を前に、私は一歩も引かずに頼み込んだ。
誰よりも真剣な瞳で。──"バケモノ男"にその言葉を伝えた。
「──面白い。いいだろう」
これが私にとって地獄と希望の始まりだった。




