第四話「神に立ち向かう意志」
「……だれ?」
見た目は20歳くらいの女性だろうか、長い黒髪が風に揺れる。
黒髪の女性は私に近づくと上から見下しながら挑発する。
「人間風情に名乗る名はないな」
人間風情、それほどこの世界では人間と言う種族は底辺の存在なのだろう。
自分が非力という事くらいこのバケモノ男とやり合っていたらわかる。
「そう」
だから私はあえて興味なさげな返事を返す。
上から見下される事なんて慣れているから。
「ふむ。こいつはミトロジー、『ミット』と呼ばれることが多いな。見た目は人間だがれっきとした魔物だ。それと普段はアホな性格で何もないところで転ぶようなマヌケだぞ」
「ちょ」
「……へぇ」
ミットが赤面しながらこっちのを見ていたので小物を見るように真顔で反応してあげた。
「あぁぁああせっかくの私の威厳がああああ!」
すると先程までの強者感が消え、深淵を見たかのような瞳で地面に這いつくばるミット。
このメイドもしかして相当頭弱いんじゃ。
「あと見た目によらずかなり頭がおかしいぞ」
思考にハモリを感じてバケモノ男を睨む私、流石に心まで読めるわけはないか。
だけどこっちの方は大変なことになってる。何が大変かって、──地面に這いつくばりながら吐血してる。
「もうやめてぇ……ゲボォ」
何がそんなにショックなのかはわからないが、相当落ち込んでいる。と言うか瀕死寸前のダメージを受けてる。
本人が言った通りさっきまでの威厳が微塵もない。
「……なんでそんなに落ち込んでるのよ」
流石に敵対的な人物じゃないと思った私は声をかける。
「……私はここに住んでいるのですが。ここには人が、いや生物が全く来ないんですよ……。だから私の威厳を広めることもできなくて、せっかくあなたを私の事を崇拝する第一人者にするつもりだったのに……」
なるほど、頭おかしい。
「崇拝って何よそれ、神でもないのに」
「……」
私はあほらしいとミットを一瞥してその場を去ろうとした。
しかしバケモノ男にそれを止められる。
「まぁまて、修行が出来なくて困ってるんだろう?」
「……?そうだけど」
バケモノ男を殺すためにバケモノ男の屋敷で修行する。と言うのもおかしなことだけど、実際今は力の足りなさに伸び悩んでいる。一人でしていてもこの男の言う通り自分より強い相手と戦う時に勝ち目がない。せめて組手でもしてくれる相手がいれば。
「ならばミットに胸を貸してもらうと良い、そうすれば修行にも困らないだろう」
男は解決したかのような表情で言う。
「え、こいつが?強そうには見えないけど」
「ミットは強いぞ、まぁ夕食まで遊んでるといい。無事に立って居られたらお前の食える飯を用意しておこう」
立って居られたらって、例え死んでも復活するのに何を言ってるんだろうか。
「ちょ、ちょっと、私の意志は!」
「ミット、拒否権はない」
「はうぁ~!」
後は任せたと言わんばかりにその場から消えるバケモノ男。
そして間の抜けるような声で壁に野垂れかかるミット、本当にこんなやつが強いのだろうか。
「はぁ……まぁ良いでしょう。あなた、名前は?」
「愛夏よ」
私は剣を抜くと我流の構えで警戒を始める。そう、例え相手が弱くても油断は禁物。弱者が強者に勝てない道理などないのだから。
「では愛夏さん、──降参するときは『降参』と、言ってくださいね?」
「──ッ!?」
そう言った途端。突如辺りの空気が、空間そのものが幻のように変わった。
ミットの背後に見た事もない怪物の影が一瞬浮かび上がる。
バケモノ男から学んだ。これは、この気配は殺意。だけど、──尋常じゃない!
ミットは足を一切動かさず滑るように私の間合いに入ると、ただ私を見つめる。
そう、ただ見つめるだけ。
「私に見られてまだ生きているとは上等です」
なに、これ……息が苦しい──。なにもされてないのに、ただ見られているだけで、直視されているだけで……。殺気が私の全身を貫いているかのような、剣先が緩んで意識が遠のいてくる。
一瞬で悟った。この女、ただの魔物じゃない──!
「あん、た……なにもの……」
「私は神話の創造主ミトロジー。数多の魔物の頂点に君臨する神話生物達をこの手で創り上げた存在であり、この世界を統べる──"神"です」
そういってミットは青ざめる私を殺気で抑えつけると、ゆっくりと右手を翳す。
殺気のせいで完全に無防備な状態、こんな状態でそんなものをくらったら──。
「安心してください。星が砕ける程度の力です、見事痛覚が残るまで生き長らえてみせなさい」
一瞬見えた吐き気を催す魔物の姿。それは本来持っているミット自身の本質。
そこから見えない速さで襲い掛かって来た破壊的殴打は、反応する間もなく私の顔を一瞬で貫いた。
その余波は屋敷の外まで響き渡り、各地方では稀にみる大地震が起きたと後に噂される事となる。
──そして、そこから先はまさに地獄だった。死んだ、なんてどうでもいいと思えるほど恐ろしい物だった。
当然跡形もなく消し飛んだ私はいつもの部屋のベッドへとリスポーンして、無事復活を遂げていた。
──と思っていたらまた死んだ。
戦いが起きた正面玄関から部屋まで500メートル以上あるというのに一瞬で、しかも私の部屋だけを特定して襲い掛かってきたのだ。
死んで、生き返って、またすぐ死ぬ。降参なんて言える時間は残っていない。
傍から見たら虐待というのすら生温い光景、一方的な攻撃。
やがて感覚が残る程度には死ぬまでの時間が長くなっている事に気づく。それは私の耐久力が増えた事であり、痛覚を感じる時間が伸びたと言う事だ。
そうか……。あの時バケモノ男が言っていたことが今になって分かった。
最後まで立って居られたら、か。もう半分横たわった状態で応戦している。そう、応戦。たった数秒の、永遠の。
まだ一度もベッドから立ち上がっていないのに、全身が痙攣して体に力が入らなくなってくる。それはあのバケモノ男とは比べ物にならないほどの強さの証明だ。
……この世界の神、か。まさに納得せざるおえない程逸脱した力だ。
痛い、痛い。辛い、苦しい。もう生き返っても口から泡が噴き出るほどの精神状態だった。
永遠と続く激痛、死んでも死んでも解放されない苦痛。心から死にたいと、不死身になったことを後悔した。
そして後悔した私がいることに、少し驚愕した。
だって私は──。未だこんなにも余裕なのだから。
◇◇◇
「……!」
数時間止まることなく死体殴りをしていたミットが突如手を止める。
「……ふふ、ぶ、ごぷッゲホッゲホッ……ふふふ……」
無傷なのに大量に吐血する愛夏は無理矢理笑いながら腰を上げた。
しかし、既に言う事を聞かない体は自身の意志に反して崩れ落ちる。
それでも動き、ベッドから立ち上がる。何度も転びながら、何度も血を吐きながら、歪む視界に映るミットに迫ろうとする。
「ごぷっ、おぇぇ……ゲホッ、ふふふッ、フフフッ……」
その気迫にミットは後ずさっていた。
目の前にいるのは踏めば死ぬ下等生物。自分より遥か下に位置する存在であり、万が一の事があっても自分に傷をつけることすら出来ない存在のはず。
そんな弱小種族である人間を相手に、何故自分は足を下げているのか?何故この少女は笑っているのか?
その疑問がミットの焦燥感を更に煽り立てる。
──果たして、目の前にいる少女は本当に人間なのだろうか、と。
「あんた、が……げほっ……神様、だろうと、バケモノ……だろうと、どうでもいい……!ただ、私はここで歩みをやめるわけにはいかない……!」
愛夏から膨大な剣気が溢れだす。
最初に対面したときに感じた敵意。その時点で彼女は本気だった、明らかに全力で応対していた。だからこそ、その程度だと思っていた。
自分を下したあの男が、こんな弱小種族である人間を生かしておくなんて何かの間違いだと思った。人間なんてすぐ壊れる、玩具にすらなれない。その程度の矮小な存在。
……そう、思っていた。
「決めたのよ……あの時に。どこまでも強くなる、あの男を殺すまでは何でもする、何にでも耐える。例え死んでも、狂っても、絶望しても、この体が動かなくなったとしてもッ、私は……"私"は!!絶対に負けないッ!」
◇◇◇
肉が張り体中が痙攣しているのを無理矢理動かし、剣を抜く。バキバキと全身の骨が折れる音が響くが、それでも無視するように私は力を入れる。
痛い、痛い──! 自分が自分じゃなくなるくらいの激痛だ。
だけど、それでも私は力を緩めない。
対して異常な危機感を感じたミットは殺気で私を抑えつけようとする。それを私は跳ねのけるように一歩、また一歩と足を動かす。
「なっ。何故なぜ動ける……いったい何者なんだお前は……」
丁寧語を喋らなくなり、目に見るような焦りを募らせるミット。
それでも私は一切歩みを止めない。計り知れないほどの驚異的な殺気を向けるミットを正面から目をそらさず捉える。
「知っているでしょう……。私は人間、あなた達の言う最弱矮小な下等生物よ。だけどね……例え誰にも理解されなくても、理解しなくても。たった一人の大切な妹の敵を討つためだけに生きてる、──わがままなお姉ちゃんでもあるのよッ!!」
最後の力を振り絞り攻撃を仕掛ける。
真っすぐな、真率一刀の一撃。誰にも破られない意志の開闢。
私は残された全ての力を剣に込め、ミットへと切りかかった。
「はぁああああッッ!」
「くっ……!」
だが剣を振りかざす瞬間。ミットが一瞬でその速度を上回る強烈な殴打を放ち、私の顔面を殴り飛ばした。
入っていた力が、全身の力が抜ける感覚がする。
……あぁ、私はまた死んだのね。最後に一矢報いたかった、一撃をお見舞いしたかった。やっぱり今の私じゃ神には到底及ばないか……。
そう意識が途切れるまで、最後の最後までその剣を振り切る意志を示したまま。
──私はまた、深い眠りについた。
◇◇◇
満足したような顔をして眠る愛夏を見て現実を疑う。
そう、確かに私はこの人間を殺した。彼女が攻撃する前に、殴り殺した。そして間違いなく死んだ。
決して攻撃を通せる状況じゃなかった。
なのに──。
「……ッ」
私は後ろに広がる光景をみて青ざめる。神である私が、だ。
この部屋から先は屋敷などではなく、砂埃が起こるほどの完全な平野と化していた。
屋敷は完全に消え去り森は壊滅、直線に居た魔物は全て一刀両断されていた。
この惨劇を引き起こしたのは誰か。私か?違う。そこに眠っている小柄な体格をした小娘、それも人間がやったものだ。
あの時確かにこの小娘は死んだ、私もそう確信していた。だがこの人間は死んでも尚剣を振った、振り下ろした。
力の限り、肉体でも精神でもない。自らの意志だけで。
私はその時ようやく理解した。
あの男が何故こんな人間である小娘を生かしておくのか、何故神である私との試合を薦めたのか。今はそれが少しだけ理解出来た。
果てしなく強い、それはいつしかこの世界の化物とも渡り合えるような潜在能力を秘めている。
もし私がさっきの攻撃をまともに食らっていたら、無傷で耐えれただろうか。
──それは右腕に流れる血を見れば問うまでもなかった。
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