第三十九話「天災が世界に舞い降りた日」
──朝だ。
窓から差し込む健康的な日差しで目が覚める。
生と死を繰り返して悶えながら起床するいつもとは違い、久しぶりのちゃんとした起床が出来た。
ここに来てから苦痛を感じずに起きたのは二度目、一度目はあの神話生物……ナイアに殺された時だ。
厳密には殺されたように感じた、が正解なのかもしれない。
「幻覚、幻……いや違う。あれは幻なんかじゃない」
確かに私の剣はナイアの首を捕えた。そして斬った。だけど次の瞬間には自分の首が落ちていた。
そして目が覚めると傷一つなかった。
どうみても幻覚の類を疑うべきだろう、魔法があるこの世界ならそのくらいあっても不思議じゃない。
でもそれは不可能なはずなのだ。
何故なら私は相手の魔法を封じる魔法が使える。厳密には対象一人の魔法が私に干渉している場合、もしくは干渉しようとした瞬間消滅すると言った魔法だ。バケモノ男が言うには《干渉魔法》というものらしい。遊戯神トリック・スターとの戦いのあと一人で何度も試していた。
私はナイアと戦闘になったその瞬間からずっとその干渉魔法を発動していた。あの時はまだ慣れてなくて、即時に発動させると20秒も持たないからすぐ決着しに行ったけど、少なくとも私の魔法は発動されていたはずなのだ。
私の魔法が発動されているのだからナイアが魔法を使えるはずがない。
つまり、あの時私は幻覚になっていなかったはず。なのに……。
「あ、おはようございます!」
顎に手を当て考えながら廊下を歩いていると、丁度部屋から出てきた桜と鉢合わせる。
「おはよう桜、先日の怪我はもういいの?」
「はい!この程度戦場に比べればへっちゃらです! ところでどちらへ?」
「ちょっと図書館にね」
「ついて行っても?」
「構わないわ」
そのまま朝食も取らず私と桜は図書館へと足を進めた。
途中でいつものようにげっそりした顔で掃除をしているミットに挨拶を交わし、何やら揉めているバケモノ男とレイラの傍をスルーする。
「そういえば昨日の夕方頃に膨大な魔力を感じたわね。あれはレイラのものだと思うけど、まさか戦ったの?」
「ええ、まあ。模擬戦を挑まれたので軽く」
「そう。結果は……聞くまでもないわね」
桜はまるで赤子の手をひねるような、負担にすらなっていない表情をしていた。私もレイラと戦ったからその気持ちは分かる。
確かに彼女は強かった、魔王と言う名に相応しい実力を兼ね備えていた。
だけど、それだけだった。
彼女の攻撃には勝利への欲望がない、攻撃をすることによって勝利が得られるのだと勘違いをしている。
──危機感がない。
それに標的を相手に定め過ぎている。私も桜も戦いの中では常に自分自身と戦い続け、より上を目指そうとしている。上を目指す過程で相手に勝っている。そうしなければその戦いでそれ以上成長することがないからだ。
「模擬戦とはいえ魔王に競り勝ったというのは本来の私なら喜ぶべきものなんでしょうけど、何故か全く実感と成長が感じられませんでした。……愛夏さんの途方もなく上を目指す気持ちが少しだけ分かった気がします」
小さなため息と共に落ち込んでいる。
桜は遊戯神との一戦以来、バケモノ男に相談しながらずっと一人で修行をしていたのを知っている。修行の全容は私も知らないけど、恐らく相当過酷で血の滲むような努力を積み重ねてきた事だけは分かる。
それほど彼女の一撃は重く、強かったから。
「着いたわよ」
屋敷の最も端にある扉を開けると、そこにはあまりにも巨大な図書館が広がっていた。
図書館とは名ばかり。本を格納している棚は宙に浮き、外壁は無音で回転している。まさにそこは"魔法図書館"とでもいった方がいいくらい逸脱した空間だった。
「ここが図書館ですか……見るからに屋敷より大きい気がするのですが……」
「空間を捻じ曲げているんでしょうね、何でもありだからって何でもしすぎ」
「あはは……同感です」
中に入り読みたい書物の内容や一文を真ん中の魔法球体に書き記すと、周りの本棚の動きが変化し数冊の本が私の手元へと運ばれてくる。
ミットの話によればこの図書館自体も意思を持った巨大な魔物らしい。
桜も手慣れたもので、驚きもせずに私の真似をして同様に目的の本を呼び寄せていた。
──それから幾ばくか。適当なテーブルに腰を下ろして珈琲を嗜む。片手で零さないように本を読み漁り、一区切りついたところで背を伸ばし休憩。そして再び本を読み漁る。
私達は時間を忘れ、書物の渦へと身を投じていた。
「……やっぱり。この世界には魔法以外の特殊な概念は存在しない。全ての原点は魔力に繋がり、魔力が生み出すありとあらゆる現象は魔法と呼ばれる」
魔法大原則の書物を読み漁ったが、結論は私の予想と一致していた。
遊戯神が使っていた超音波のような反則技は魔法の分類には含まれない、だが私の干渉魔法は通じた。恐らく場に異変が生じれば私の干渉魔法は通用し、その場にて生じた異変を正常へと戻そうとする。
つまり、ナイアが見せたあの光景が仮に魔法ではない幻だったとしても、私の干渉魔法は効いているはずなのだ。
「なら逆に、私の干渉魔法がそこまで万能じゃなかったってことなのかしら」
しかし、それはそれで引っかかる点がいくつもある。
この干渉魔法を遊戯神との戦いで初めて見せた時バケモノ男は確かに驚いていた。彼が驚く程度の魔法が幻覚一つ打ち消せないほど安い魔法なわけがない。
とすると、やはりあれは幻覚じゃない?
なら他の状態異常を発生させる魔法ってことに──。
『────……』
「……!!」
突然として悪寒が全身を燻り、身の毛がよだつほどの"歪み"が辺りを一変させた。
どんなに離れていても心臓を鷲掴みされているような感覚に陥る、ナイアのような不気味さに似たこの感覚。
それは私にしか分からない感覚、その存在が地に足を着けるだけで一変させる恐怖。
他に誰もいない図書館で一人席を立ち、窓の外を眺める私に桜が声をかけた。
「どうしたんですか?」
その言葉を無視して、私は全身から流れ出る汗を感じ声を震わせた。
「いつかは来ると思っていたけど、まさかこんなにも早かったなんて、ね……」
「……?」
跳ね上がる心臓の鼓動と明らかな動揺を見せる私に桜は怪訝な表情を向ける。
そうよね、そうだったわ。そして彼女はどんな状況でもそれを成してきた。私がこの世界に来る前から、ずっと。私が学ぶべき相手として、師を乞う相手として数えきれないくらいの事を教えてもらってきた。
だからこそこの世界に来る事が出来た。だからこそバケモノ男を見つける事が出来た。
全て見据えているあの目に、それでも人間と名乗ったあの彼女が。──ついにこの世界に足を踏み入れたんだ。
「……」
ゆっくりと瞳を閉じて、そして深く息を吐く。
遊戯神に勝った時の私は何を捨てたのか、今私に足りないものは何なのか。
それをようやく思い出した。
『私はこの世界が嫌いだからさ~。"常識"なんてものに従いたくはないんだよね』
そう、そうよ。それは私が一番嫌いな言葉、彼女に最も共感を抱けた部分。
本に書いてある言葉が正しいなんて、誰が決めたのよ。
この世界には魔法だけしか存在しない。──なんてことはない。
常識になんて──従う必要がない。
私の力は私が一番よく知っている。私の干渉魔法は対象の"異常"を封じること。
だったらナイアが私に放った幻覚は魔法じゃない。もしくは魔法に干渉しない特殊な技法。
いいや、違う。もっと単純。もっと明快。
あの時感じた痛みは本物だった。私の首は確かに切り落とされていたんだ。
だったら──。
「ようやく前に進みそうな気がしてきたわ」
「愛夏さんの独り言に私はついていけないのですが……」
上を向いて納得した表情を見せる私を困惑した表情で桜は見つめていた。
◇◇◇
愛夏の屋敷から約数千キロほど離れた地で、その足音は小さく震撼した。
「た、たすけ──」
その言葉は最後まで紡がれず、ぐしゃりと人の手によって頭ごと胴体を切り離される。
他の者も同様。生きることはおろか、全身の骨をあられもない方向へと曲げられ、吐き気を催すほどの血の腐臭をまき散らして死を遂げていた。
そう、辺りに広がっているのはまさに血の海。
異世界人と、そう呼称されるこの世界の住民が山のように積み重なっている。まさに地獄のような光景。
そんな血の海を更に踏みつぶすように歩き出したその少女は、白金の軍服に赤い血を滴らせニヤリと周囲を一瞥する。
「なるほど、ここが異世界か~」
「中佐、その言葉は少々遅いかと……」
死体の山には見向きもしない二人は、まるで遠足にでも来たかのように嬉々として青空を見上げていた。




