第三十七話「影の努力が表面化するとき」
「はぁ……はぁ……っ」
愛夏と桜の激闘が始まってから20分が過ぎた。
息を切らし、膝を着いて今にも倒れそうになっているのは桜だった。
「もう、降参です……っ」
「ここまで出来たら十分ね、後は自分で限界を越えてみなさい」
一方の愛夏は一切息を切らしていない。それどころか汗の一滴も出ていない。
あれほどの激闘を繰り広げながら未だ余裕でいる愛夏にレイラは問い詰める。
「愛夏ちゃんは……本気を、出してたの?」
「1割くらいかしらね」
「冗談でしょ……?」
レイラは愛夏の答えに動揺する。
例え本気を出していなかったとしても1割なんて、そんな出鱈目な回答は虚勢に決まっているとレイラは感じた。
「私と戦っていた時より早く、強かったじゃない……まさかあの時も本気じゃなかったってこと!?」
「"全力"は出したわ、けど私にとって"本気"って言うのは全てを失う覚悟をして力を出し切ることね」
「うそ……嘘よ。あの時の愛夏ちゃんの目は本気だった、本気を出していた!それはただの強がりよ!」
納得できないのか、何度も問い詰めてくるレイラに愛夏は大きくため息を漏らして目の色を変えた。
直後愛夏の周りの空間が揺らぎ、風もまるで空気が止まったかのような威圧感が押し寄せてくる。
「──あんた、私に本気を出させたかったわけ?」
「っ!?」
その言葉を放った瞬間、全身を握り潰されるかのような感覚が二人を襲う。
それは彼女達だけではない、別な部屋にいたバケモノ男やミットも同様に圧迫される感覚に陥る。
愛夏から発せられる気迫は常人のそれではない。心を見透かされたような冷たい瞳と、弱点を握られているかのような胸焼けする感覚。
それはまさに──本気と呼べる殺気の出し方だった。
愛夏がバケモノ男を殺すためだけに費やしてきた本領の全て。どれほど足掻いても届かない頂の先に到達しようとする意志、それこそが愛夏にとっての本気。
レイラはその圧迫感を味わい、一瞬で理解させられてしまった。
──勝てないと。
「もう疲れたから私は寝るわね、後片付けはミットにでもやらせておきなさい」
「あ、お付き合いくださってありがとうございます!」
頭を下げる桜に振り返らず、愛夏は片手を振って去って行った。
この時私は初めてこの屋敷にいる人たちの本当の実力を知った気がする。
創造神ミトロジーを従えるバケモノ男。その男が興味を持つ相手、愛夏。そしてその愛夏が認める人間、桜。
決して横並びではないものの、その実力は魔王と呼ばれ恐れられた私を遥かに上回っていた。
人間を超越した彼女はまだしも、人間の限界を越えていない桜という少女にさえ私の実力は届いていなかった。
生まれ持った才能を過信したつもりはない、だけどこの人達は才能に一切頼っていないんだ。あくまで自分の実力を信じて戦っている。あらゆるものを使って勝ちに行っている。
そんな強い意志を持った人たちと比べたら確かに今の私は劣っている。
──このままじゃダメだよね。 もっと前に進まないと。
◇◇◇
夕暮れ時は夕陽がエントランスをオレンジ色に照らし、夜は月の明かりが射しこむ。
そして朝も眩しい陽の日差しが窓を直射する。いつもの変わり映えしない風景。
ここですることは基本的に自由。食事も毎食出され、お風呂もいつでも入れるように大浴場が用意されている。ついでにお菓子や紅茶もあり沢山の本も置いてあり、まるで夢の様な世界だ。
だけど私達屋敷の住民、バケモノ男の傘下に入っている者はみな外へ出る事が出来ない。
語弊を招く言い方かもしれない、正確には"私の実力では外に出ることが出来ない"ということだ。
この屋敷から外へ出るには玄関口の大きな扉があり、それを開けることでしか外へのルートは開けない。
別に外に出たいというわけじゃない。けどもしこのまま一生外へ出られなかったら、私達はバケモノ男に飽きられ土の養分にでもされてしまう。……と桜さんは言っていた。
扉は強力な結界で抑えつけてあり、この世界に存在する最上位の解除魔法で開ける事が出来るらしい。
しかし先日、愛夏ちゃんは自らの力のみでその扉をこじ開けた。いや、切り伏せたと言った方が妥当なのかもしれない。
つまりある一定以上の負荷が掛かれば物理攻撃でも開けられるということ。
少し単純な考え方かもしれないけど、桜さんは魔法が使えない。だから愛夏ちゃんがやったように自らの力のみでその扉をこじ開けることを第一目標に毎日鍛錬に励んでいる。
……そう、みんな頑張ってる。みんな頑張ってるんだ。私だけのうのうとしているわけにはいかない。
「桜さん!」
エントランスの中央で何もせずに、目を閉じたまま棒立ちしている桜さんに声を掛ける。
「はい?」
突然背後から声を掛けたのにも関わらず驚いた様子もなく、自然に振り返えられた。
「よければ私と一戦交えて貰ってもいいかな?」
「それは模擬試合ということですか?」
「え?あ、うん。模擬試合」
不慣れな返事を返すと、桜さんはエントランスの端に置いてあった木刀を手に持った。
「え、なにそれ」
「木刀、ですけど……? 模擬試合ですよね?」
いくら何でも舐めていると思った。先日の私と愛夏ちゃんの戦いを見ていたはず、最後こそは不覚を取って負けたものの瀕死にまで追い詰めた。その私を相手に木刀で勝とうだなんて冗談が過ぎる。
「……いいわ、後悔しないことね!」
私は先手を取るように魔力を増大させ、初手から本気を出した。
「五重奏爆炎弾!」
不協和音を奏でる巨大な火の玉が桜目掛けて飛んでいく。
正直やりすぎたかもと思った。桜さんはまだ人間、愛夏ちゃんのように不死身でもない。例え死んじゃったとしてもバケモノ男が何とかしそうな雰囲気はあるけど、あまり殺傷類の攻撃は控えなきゃ──。
──しかし、その攻撃が彼女に当たることは無かった。
「一度見せた攻撃を再びするということは何らかの意図があるように思えたのですが」
「──っ!?」
そう聞こえた時には既に桜の木刀が私の横腹を直撃している時だった。
私には身を守ってくれる魔法の障壁が自動的に展開されるようになっている、不意打ちを防ぐためだ。
しかし桜の攻撃は重たかった、木刀がしなりを帯びるほどの叩きこみ。私の障壁を破壊するとともに木刀も真っ二つに折れる。
しかし桜は木刀が折れた勢いを利用した追撃で回し蹴りを私の腹部に直撃させた。
「い"ッ──!!?」
骨が軋む音が聞こえ、そのままエントランス階段付近まで飛ばされ花瓶に激突する。
「火は高温であるほど地上と接触した際煙が起きます。初手で使うのは良いかもしれませんが、避けられた場合に相手だけ一方的な煙幕状態になり術者の視界が狭まってしまいます。特に相手が敏捷に長けた相手の場合はそう言った視界を遮る魔法は使わないようにすると良いかもです」
教えを請うたつもりは一切ないのに桜の口からはまるで当然とばかりに理屈が出てくる。
頭に来た私は魔氷牢獄を隔てるように張り、その後方で超巨大な爆炎魔法を唱え始めた。
「……じゃあ避けられないほどの魔法を浴びせてあげるわよ……!!」
屋敷全体がガタガタと揺れ始める。
一度見た魔法は対処できるって? なら誰にも見せたことない本気の魔法で一網打尽にしてあげる!
私の魔法を見て怖気づいたのか、桜が冷や汗をかきながら両手を上げる。
「……え、レイラさんその魔法はちょっと危ないです!」
両手を振りながらやめてと合図する桜を無視して、詠唱を続行する。
このまま終わったら私が桜さんより弱いって証明してるようなもの。ここで一発浴びせないと魔王としてのプライドが許さない!
「聞いてますか!そんな強大な魔法撃たれると防ぎようがないです!エントランスまで崩壊しちゃいますよ!」
桜さんは必死な顔で止めようとするが、私は一向に応じず。ついには巨大魔法の詠唱を完成させる。
数千度に熱した炎の塊がエントランスの二階を突き破って徐々に溶かしていく。全ての魔力を使った乱暴で巨大な火の玉は、私の得意属性である火を満遍なく活かした一撃。
これを喰らって生きていた者は過去に一人もいない、あのバケモノ男でさえ無傷では済まないくらいの威力のはずだ。
「降参、降参しますから!そんな危ない魔法使わないでください!」
「喰らいなさい!! ──終焉の業火ッ!!」
躊躇なしに放った一撃、喰らえばひとたまりもない爆炎の玉。
例え全力で逃げたとしても火傷では済まないダメージを負う、それほどまでにこの技は最強だった。
「そんなものを、そんなものを放っちゃうと──」
しかし、私の表情は一変した。
それは勝利を掴んだ感覚ではない、開けてはいけない蓋を開けてしまった時の様な──緊迫感。
桜は諦めたような表情で手を腰の鞘へと持っていき、刀の鍔を素早く弾いた。
「──はぁ、そうですか。……では"本気"でお相手しましょう」




