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ロリ剣士  作者: 依依恋恋
魔王来襲編
32/51

第三十二話「這い寄る混沌、ナイアーラトテップ」

 

 天空の彼方。小さな空の孤島で少年が1人黄昏る。

 いくつもの見飽きた星たちが人間へと姿を変え、自分に向かって挑んでくる。そんな風景を想像しながら一つ、ため息をついた。


「あれー?元気ないねー」


 予兆なく突然背後から声が掛けられる。それは自身の見た目や雰囲気に合わない、活気的な声色で発せられる非常に幼稚な声。

 人が決して立ち入る事の出来ない領域であるここに来られるものは限られる。人を超越した人外か、神か。それとも──。


「……なんのようだ、僕は今独りで居たいんだ」


 憂鬱に浸っていた和やかな流れを断ち切る空気の読まなさに、僕は怒気を混ぜた声で返事をした。


「あははそうなんだー。もしかして負けた?」


 無垢なる子供の様な声で僕を的確に煽ってくる。その表情もまた子供の様だ、振り返る必要もない。

 彼女を客観的に捉えればまさに僕と同じ性格、態度、そして強さ。どれをとっても自分に似て非なる所から会うたびに苛立ちが募る。

 容姿端麗、変幻自在、神出鬼没で自由奔放。それでいて頭が回る最悪の相手だ。

 空が反射する光が振り向かない僕の目の前で彼女を映し出す。銀色の髪に幼い体格に相もそろってセーラー服。その美しすぎる容姿を除けばどこでもいる人間の学生。

 本当にただの学生なら、僕はこんなに気分を害することはなかった。──ましてや人間なら。


「僕は何の用だと聞いているんだ這い寄る混沌。いや、神話の使者(ナイアーラトテップ)

「別に用なんてないよー、ただキミが負けるなんて面白い事も起きるんだなーって思っただけ~」


 神である僕が負けるなんて普通に考えれば一大事だ。それも僕の土俵である"遊び"で負けたのだから。もしこの事が人間達に知れ渡れば世界中大騒ぎだろう。

 だけど僕はこの勝敗を認めざるを得ない。稀代のトリックスターとして、自分が愛夏と言う人間に劣っていたのは確かだったからだ。


「ふん、戦っていないお前には分からないだろ。あの人間がどれだけ強いのかを」

「あははは。その言葉、愛夏ちゃんと戦う前のキミにそっくりそのまま返すよー」


 心の底から笑い、隠しもしない本音を垂れ流す彼女に僕は聞こえる音で舌打ちをする。

 コイツと同じ実力を持つ僕が負けたというのに、コイツは未だに余裕を崩さない。あの超越神とはまた別の、上からわざと見下ろしてるかのような自信に満ち溢れた余裕。本当にイライラする。


「そんなに僕を馬鹿にするならお前も戦ってみると良い、その醜い顔の奥にある化けの皮も剥がれるかもしれないしな」


 皮肉を込めて言い返した僕に、ナイアの表情は変わらない。


「そんな結果が見えてる勝負に挑むなんてつまらないこと私はしないよー」


 そう言って宙を舞いながら僕の前まで降りてくるナイア。着地したようなとどまり方をみせるがナイアの足元には何もない、下は地上まで一直線だ。


「はっ、どうせ自分が絶対に勝てるとか思ってるんだろう。実際にやってもない癖に結果ばかり言うなんてとんだ愚か者だ。僕には君が勝負から逃げてる言い訳にしか聞こえないな」

「あはははは、負け犬の遠吠えみたい」

「……なんだと?」


 一番嫌いな奴から最後に聞いたその言葉を再度、彼女の口から紡ぎ合わせて出される。

 率直なその言葉は僕の中で呻き掻きむしり、拳に力が入る。僕は明らかな敵意を向けて彼女をにらみ返した。

 だが彼女はそんな僕を見てニヤリ嗤うと笑顔でこう言った。


「──負け犬って言ったんだよ♪」

「このッ……!」


 手元から巨大な斧を取り出し、ナイアに向かって本気で切りつける。

 負け犬だと?この僕が?一度も僕に勝ったことがないくせにいつもいつも気取った余裕を見せて、イライラするんだよ。

 先手を取った僕の攻撃は空を切り瞬く間に彼女の首を狙い定める。だが切りつける直前、目の前にいたはずのナイアが消えある人間が現れた。

 以前なら誰だろうと躊躇いなく振り下ろしていた腕が硬直する。


「……っ!」


 銀色の長い髪、修羅を駆け抜けてきた赤い目。その深淵に潜む狂気の意志。僕にとって今一番見たくない存在。

 その姿を見ただけで腕が震え、後ずさる。神であり、不死身でもある僕が身を引いた。自分自身でも信じられない出来事だった。


「あはははは、やっぱりトラウマなんだー」


 そう言うと目の前にいた人間がフッと消え、再びナイアが現れる。


「……幻覚か、ふざけるのもいい加減にしろ!」


 神格を持つ僕に初歩的な状態魔法である幻覚を浴びせるなんて不可能だ、だがナイアは違う。彼女も僕と同じ神の存在なのだ。だがその実力は恐らく僕と同じかそれ以下だろう、まともに戦えば僕が勝つに決まっている。


「そんなに怒らないでよー、惨めな気持ちにならない?」


 ナイアは片目を閉じながら人差し指を立て、口元に当てる。その魅惑塗れる姿に今の僕は最大の怒りをもって反射する。


「黙れ!傍観者の分際で僕の何が分かる!」

「わかるよ、何もかもわかる。だからキミはつまらない」

「……なんだと?」

「私は私の予想を越える行動を取る人間が一番見ていて愉しい。私の古びた思考を新鮮な感覚で上書きしてくれるから。逆に何もかもが自分の予想通りに行くなんて至極つまらない事だと思わない?って言っても常人にはわからないか、あはははは」


 僕以上に子供のような笑顔で笑うナイア。


「……僕が、常人だと……?」


 常識を破り続けてきたからこそのトリック・スター、それが僕の存在意義だ。それを知った上でこいつは僕を常人呼ばわりしたのか?この僕を……ッ!

 だが、ナイアはそんな僕の怒りの矛先を幾度向けられようと全く動じない。


「もう終わったんだよ、君の時代は」

「さっきから御託ばかり並べやがって……そのうるさい口を封じてやる!」


 僕は先ほどとは比べ物にならない程の強化魔法で構成された斧を生成し、本気でナイアに向かい合う。力勝負では間違いなく僕のほうが上なはずだ、こんな傍観者に負けるはずがない。

 今度は幻覚など仕掛ける暇もない速さで仕留めてやる。

 だが、ナイアは自身の喉元にその刃を突きつけられても表情一つ変えない。

 そして笑った。


「あはははは、ほんっとにつまらない。──もう飽きたよ、帰るね」


 ナイアは僕から目をそらして地上へと目を向ける。

 あれだけ馬鹿にしておいて、今度は逃げるだと……?

 ふざけるのもいい加減にしろ。絶対に殺す、今ここで殺してやるッ。


「この僕から逃げられると思うなッ!」


 さっきとは違い時間が逆行する程の速さでナイアの元まで飛び、斧を振り下ろす。

 あまりの一瞬の出来事に当然ナイアは躱すことも出来ずに留まっている。視線すら僕を追えていない。今度こそその愚かな思考と共に朽ち果てろ。


「死ねッ!」


 一切緩めることなく力の限り斧を振り下ろす。ついにこの手で殺すことが出来た。やっぱり僕は強い、強かったんだ。

 絶対的な切断力を誇るこの切っ先がナイアの喉元まで届こうとしていた。

 だが直後。全身から力が抜け、自分の意思とは全く関係ない方向に視線が向く。同時に一瞬、ナイアの憂いな表情が映った気がする。


「は……?」


 今……何が……っ……?

 視界がぐるんと一回転し、意識がフラッシュを浴びたように暗転する。

 気づけば自分の首は体と離れており、切断された跡だけが残っていた。あの一瞬で何が起きたのかがわからない、何で殺されたのかもわからなかった。

 ナイアは一切動いていない、視線も僕が斬りかかる前のところを向いたままだ。本当に一瞬の出来事で魔法の使用も出来ないはず、一体何が起こっているんだ。

 しかしそんな言葉をつぶやく事すら出来ずに僕の頭は宙を舞う。ナイアが僕の視線と合った時には既に意識が朦朧とし、その目の意味すら理解出来なかった。


「やっぱりつまらなかったね」


 すぐさま再生して反撃に転じようとするが、体が何かに引っ張られて戻らない。いや、押し返されている。まるで同じ磁力で引き離そうとしているかのような。

 不死身の効力によって強制的に意識が回復するも、頭と体と切り離されて再び首から血が噴き出続ける。熱い、痛い、痛すぎる。不死身になってからもこんな痛み一度も負った事がない。

 そんな僕の苦痛に歪む光景を嘲笑うように見下しながら悪魔は言う。


「私は沢山の異名を持つけど、──トリックスターなんてのもいいかもね?」


 ナイアは死体となった僕に向けてそう吐き捨てると、身を投げるように地上へと降り立っていった。


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