第三十一話「ついに屋敷から出る」
扉の前に立ち、剣を抜く。
「一方的な戦いってのはあまり好きじゃないんだけどね」
今回倒すべき相手は"扉"。攻撃もしてこなければ動きもしない、ただの的。それをただこじ開けるだけの作業だ。
──最も、開けられるか甚だ疑問なのだけれど。
「あ、開けましょうか?」
私の様子を見て本気なのだと悟ったミットが青ざめた表情で寄ってきた。
手伝ってくれる気持ちは嬉しいけど、私は基本私自身の手で道を切り開きたいタイプだ。今までもそうしてきた名残がある。
「気持ちだけ受け取っておくわ」
「そ、そうですか……」
せっかく掃除した部屋が荒れて欲しくないのだろう、かなりがっかりした表情で立ち去って行った。
実際ミットなら片手で押すだけで簡単に開けられるはず。けれどいつかは私も彼女を越えなければならない、扉一つで屈していたら大恥もいいところだ。
「愛夏、ちゃん……」
その様子をエントランス左側の二階から見下ろしているレイラ。落ち込んでいる様子はないが悲壮感が少し漂う。
バケモノ男は視界の範囲にはいないけれど気配はする、きっと透明にでもなって見ているのだろう。
「すー……」
私は扉の前に立ち、剣を構える。相手が攻撃してこないのであれば全力で叩き切るのみ。
ゆっくりと目を瞑り、普段敵対する時には絶対にやらない下段の構えを取って更に大きく後ろに先を伸ばす。
限界、限界と心に声を響かせながら風船に空気を入れるように力を加えていく。
「はー……」
端的に息を吐き、全身の力を剣だけに集中させる。深く、深く吐き捨て。そしてゆっくりと目を開いた。
──ここだ。
「……──ッ!」
振り上げた剣の振動と共に扉の周りから風圧が巻き荒れる。
エントランスに逆風が吹き荒れ、ミットが掃除したあらゆるものが風に流され吹き飛んでいく。
放たれた斬撃は扉へ向けて真っ直ぐに直撃し、その反動で更に爆発したような轟音が響き渡った。
……だが、目の前の扉は傷一つ付かず一切の変化を見せていないまま私の前へと立ち塞がった。
一見破ることが出来たと思えたその一撃は、たかが扉と言う物体一つに阻まれていると認識されてしまう。
「……」
先程まで視線を感じたバケモノ男の気配が薄っすらと無くなっていくのがわかる。
私は鞘を投げ捨て、先程と同じように下段に剣を構えると独り言のように呟いた。
「──今の数百倍の力で切りつけたら壊れるかしら」
その言葉でバケモノ男の消えかかった気配が止まった気がした。
驚いたのは彼だけでは無く。桜やレイラ、そして陰で見ていたミットさえもその言葉に怪訝を抱く。
軸を固めて大きくゆっくりとかざす。私の中には既に扉が真っ二つに壊れるイメージしか浮かんでこない。
それはいかにして過信か、慢心かを嘲笑うものがいるだろう。だけどこれだけは言わせてほしい。今の私がもしそのいずれかの余裕を抱いているのだとしたら、それは大きな間違いだ。
「……──」
ゆっくりと、ゆっくりと、限界まで息を吐いて周りの音を完全に消沈させる。
ありったけの力と、己の身すら顧みない圧倒的な暴力の渦。それらを全て──。
「……──一通」
──爆進。
「はぁあああああッッ!!」
咆哮と共に足元からクレーターの様な後を残し、一瞬でその場から消え去る。そして扉に向かって物凄い勢いで飛翔する。
目前に迫る扉を前に、私は己の飛翔した体を大きく捻じって剣を振り上げた。
次に聞こえたのは頭が割れるほどの轟音。建物が崩壊するかのような音が鳴り響き、桜とレイラは反射的に耳を塞ぐ。
その剣は一方的な押し込みを体現し、エントランスには一切の余波が返ってこない。
ただ一方的に、力の許す限りあらゆるものを前へとぶつけさせたデタラメな一撃。それは返ってくる風さえも向きを変えて反転させるごり押しの剣技。
各々が唖然とする光景は終わる事が無く。私の前へ立ち塞がるようにあった扉は斜めに空間が空かれており、見事真っ二つに割れていた。
「……流石です」
背後から桜の褒め称える声が聞こえる。
私の剣も真っ二つに折れてしまい、いつもより軽くなっているのを感じる。
これほどまでに力をぶつけないと壊れない扉なんてこの世に存在していい物なのか。
というのも、元々この扉は魔法によって固定された結界のようなものらしい。本来解除魔法を使って開けるのが正法であり、物理で壊すなんて異常な方法を取ったのは恐らく私だけだろう。
だが、その強固に閉ざされていた扉は文字通り先程の数百倍の力で切りつけられなんとか壊すことに成功した。
「愛夏ちゃん……血が……!」
レイラの一声によって唖然としていた者達は一気に現実へと引き戻される。
集まった視線の先には、右手が間接付近まで無くなっており大量に血が噴き出ている私。風圧によって両目を失明し、片足も反動で負傷してしまった。
いくら相手が攻撃してこないとはいえ、自身の攻撃に負荷を掛け過ぎてしまっては本末転倒だろう。
周りが見えなくなった私は辺りの気配を探り、片足を引きずりながら桜の元へと歩いて行く。
「桜、借りるわよ」
「あ、どうぞ」
そう言って私は桜が常時持参している剣を貰うと、すぐさま逆手に持ち替えて首元に当てる。
「愛夏ちゃん……!?」
このまま死ぬまで耐えると言うのも修行の一環としては悪くないけど、出血多量で死ぬのは遊戯神と戦った時に散々体験した。今はもう違う目的もあるし敢えてやる事でもないだろう。
そう思った私は一番手っ取り早く死ぬために左手を捻らせるように力を入れ、即座に自分の首を切断した。
◇◇◇
「……はぁ」
気が付けばベッドの上、見慣れた部屋。私は一連の流れを思い出しながらふと溜め息をつく。
修行しては死に、敵と戦っては死ぬ。そうして成長していく自分を客観的にみると虚しさが湧いてくる。まるで作業の様に続けていく機械の様だ。もしかしたら自分はきっと他者から見ても哀れな存在に見えるのかもしれない。
郷に入っては郷に従え、死んでもいいのならそれを最大限に活かす考え方を私は取っているだけ。
それでもたまに、自分の歩む道が間違っているのではないかと思い起こすときがある。
「はぁ……」
またも溜め息。考えるだけ馬鹿らしくなった私は勢いよく起き上がり、そのままエントランスへと駆け出した。
廊下を走る途中で感じたいつもの気配に挨拶をしながら、新たな旅路へと活路を見出す。
「夜までには帰るわ」
「あぁ」
他愛もないそのやり取りはどこか懐かしい感じがした。




