第三十話「起床と新たな一日」
陽の日差しが瞼を照らす目覚めの良い朝。そんなものは激痛と言う悪夢の前に消え去っていく。
「ッ……!?おぶっ、おえぇえ……ッ」
意識の覚醒と共に大量の血を吐き出す。何日も食事を取っていないせいで胃の中には何も入っておらず、あらゆる血管が悲鳴をあげてブチブチと切れる感じがする。先日のレイラとの戦いで限界以上の力を出した反動が返ってきたのだろう。
寝ながらに死んでおり、起きてもなお激痛は続く。人間と言う身でありながら人間以上の力を引き出して戦う代償は大きいものだ。
「あがっ……う……ぇえ……」
鼻からも血が垂れ続け、頭もガンガンと鈍器で殴られたような痛みに襲われる。屋敷に来てからのほとんどはこういった目覚めの仕方だ。今となっては恒例と言わんばかりにその起床は日常となっていた。
まぁ当然耐えられるはずもないわけで。何時間もかけて数回の死を繰り返したのち、ようやく体が追い付きまともに歩けるようになった。
「起きたか」
血まみれになった服を着替え、部屋を出ようとした辺りでバケモノ男が扉を開けて顔を出してきた。
「何よ」
そっけない返事を返すが特に不機嫌と言うわけではない、元からこういう脱力した喋り方だ。先日は熱くなって口数も多くなったけど、普段は必要最低限の返答しかしない。
対しバケモノ男も普段通りで重力を無視した様子。それにしてもわざわざ部屋まで来るとは、朝食だろうか。いや、朝食で呼びに来るならミットを寄越すはず。それにあれからかなり時間が経ったし、もう昼食の時間かもしれない。
そんな些細な事を考えているとバケモノ男は全く予想外の答えをしてきた。
「外、どうだ?」
「は?」
外、ってどういうこと?と一瞬真顔になる。簡潔すぎて何を言っているのか分からない。
「外に出てみたらどうだと言っている」
「何故?」
外ってことは屋敷の外だろうか。そう言えばこの屋敷に囚われてから一度も外に出たことがない、と言うより出られなかった。
最初は窓ガラスを割って出ようとしたけど、窓を割ってもその外側にある見えない壁に阻まれて出られない。唯一の出入り口であるエントランス中央の玄関も固く閉ざされていて、いくら攻撃を与え続けてもびくともしなかった。外から入った時は普通の扉だったのに内からは出られない、まさに牢獄そのものだ。
だから今バケモノ男が言っている言葉がよくわからなかった。
「ふむ、お前は自分の実力を測れない程馬鹿ではないだろう」
「……ええ」
「なら問題ない」
本当に簡潔にまとめられた喋り方で会話が進む。なるほど、今の私の力ならエントランス中央にある玄関の扉を開けることが出来ると、そう言いたいわけね。
正直外に出たところで何か目的があるわけでもないし。出ることに意味があるのか、出た先に何かがあるのかは分からない。この男が一体何を伝えたいのかはまだ理解は出来ていないけど、意味も無く命令はしないのはよくわかっているつもりだ。
私は軽く頷くと、部屋を出てそのまま真っすぐエントランスへと歩いて行った。
「あ、おはようございます愛夏さん」
廊下を通り過ぎていると部屋から出てきた桜が笑顔で挨拶をしてきた。同じ足並みをそろえて私の隣に並ぶ。
「おはよう、最近部屋で見かけないと思ったら自分の部屋貰ったのね」
「はい。バケモノ男に頭が破裂するまで地面に叩きつけて土下座していたら面白いと言われて、なんとか借りる事が出来ました」
「そ、そう……」
なんだか哀れと言うか、逆に尊敬できるというか。本当にプライドを捨てて命を求めた人って感じだ。でもこういう人ほど将来化けるのだろう。
私は遊戯神との戦い以降、桜が影でこっそり修行しているのを見たことがある。きっと彼女は彼女なりに死ぬ気で努力しているのだろう。そしてその上でこの満面の笑顔、流石だ。
「ところでどちらへ?食事ですか?」
「いいえ、玄関よ」
その返しに桜は疑問を浮かべ、はてなマークを頭の上に出して斜め上を見上げる。
「外ではなく、玄関ですか?」
「目的は外だけど、玄関があるでしょ」
目的は外、と言う言葉を聞いてすぐに意味がわかったらしい桜は両手でポンと叩く。
「あ~、なるほどです」
実際問題桜も外に出られなければこの屋敷に囚われたままだ。彼女は不死身でもなければ不老でもない。ましてや魔王でもなければ神でもない、ただの人間だ。そんな彼女が外に出られるのはいつの日になるのか、それは私の知ったことではないが彼女自身にとっては大きな問題だろう。
玄関の扉を壊しに行くと知った桜は、まるで目的を変えるかのようにそのまま私の後をついてきた。少しでも扉に対する情報を得たいのだろう。私は何も言わずエントランスまで歩く。
「ふーん♪ふーん♪」
エントランス中央に置いてあるテーブルを拭きながら鼻歌を歌うメイド、ミットだ。そういえば先程の桜との会話で聞いた話だけど。ミットは私とレイラの戦いで半壊したこの屋敷を一人で立て直して掃除したらしく、かなり青ざめた顔をしながらやっていたそうな……。
今の彼女の顔を見ると大分復活したようだけど、私は口元をニヤリとさせてミットに喋りかけた。
「──私今からここで大暴れするから」
その言葉を聞いたミットが一瞬で凍り付き固まる。
「……はっ?……う……」
目からカタカタと音が聞こえるかのように酷く痙攣し、楽しそうに紡いでいた鼻歌は消息を絶つように消え失せていく。
「……あぁああっ!」
そして瓦礫が崩れ去るかのように頭を抱え嘆き叫ぶミット。可哀想に、せっかく掃除したエントランスをまた散らかしてしまう。だけどこれはバケモノ男の命令だから仕方ないわね、私に非はない。
自分の胸で自己完結し、満足した表情で玄関へと向かった。
「うわぁ……」
普段口には出さない桜もこの時ばかりは鬼畜の所業に思わず声を口に出す。相手は神と言う次元が違う存在のはずなのに笑顔でいじめる私をみてドン引きしていた。
神とは言えミットはアホだからね。




