第二十七話「魔法の王」
地面を思いっきり蹴り、音速の速さでレイラの顔面めがけて斬りかかる。その一切に温情なんて含まれない。私にとって戦えという事は殺せと同義だ、ほんの少しでも油断したらこっちがやられる。それが私に取っての常識だから。
私の斬りかかりは彼女の想像よりずっと速く、受け身になる前に捉えた。だが最初の感触はガラスを叩き割ったような感触だった。
緑色の破片が辺りに飛び散る。これはバリア、もしくは結界と言うものだろうか。魔王なのだからそんなものがあっても不思議ではない。だけど、お互い何も知らないのだから種を明かされる前に仕留めるのが先だ。
「うっ、ぐっ……ッ!」
結界が壊され素手で私の剣を受け止めているレイラ。その表情は辛そうだが素手で受け止められているのは心外だ。力のぶつかる先が震えだす。
「この世界じゃ魔物なんてごろごろいて当然だろうけど、私のいた世界にはそんな生物はいなかった」
レイラは私の剣先を掴んでいるため距離を取ることができない、また私も腕の力で押しているためその場から動くことが出来ない。一発で仕留めるつもりだったのにお互いに動けない状態に陥ってしまう。
ただ、余裕があったのは私の方だった。
「命の削り合いは常に人間同士で争われる世界。この世界に比べればとんでもなく平和でしょうけど、それが私達の世界では常識だったのよ」
悠長にも私は鍔迫り合いをしている最中に会話を続ける。
レイラも私の言葉を聞き入ろうとしているが私は力は一切緩めない、緩めるはずがない。殺意に満ちた目でレイラを睨む。
「……でもね、その常識に現を抜かしていたせいであの子は殺されたのよ」
もう何千年も後悔した、何千年も発狂した。この目から流れるはずだった涙は、とうの昔に枯れてしまうほど流している。
今の私はそんな様々な想いを越えて存在している。それを否定する者など誰であろうと居てはいけない、その言葉をぶつけられるのは死んだ妹本人くらいだ。
「突然やって来た見たこともないバケモノが私の家を、家族を襲って何もかもめちゃくちゃにした。あまりに一瞬だった。……私が平凡な世界に住んでいるだなんて常識に囚われたせいで、全てを失ったのよ」
「そ、それは……ッ……──うぐっ……!」
一瞬力を緩めたレイラを見逃さず、私は剣に力を入れ思いっきり切り裂く反動を利用して後ろに飛び退いた。
「こんな不条理、一体誰が予想できるの?私の妹はどうしたら助かったの?……そんな答え、聞くまでもないわよね」
私は再び剣を低く構える。対してレイラはバランスを崩しており態勢を立て直せていない。
「だから私はその時捨てたのよ、常識という甘い主観を」
私は剣の切っ先を横に向け、自身の目と同じ高さに翳すと勢いよく押し込んだ。
予備動作無しの真空刃。振動を無視した真空の刃がレイラの喉元を狙って光速で撃たれる。私が何百年にも掛けて身に着けた技の一つだ。風の少ない屋内だからこそ可能な剣技。その威力は鋼鉄すら捌き、物音一つ立てずに相手の首を飛ばす。
光速で向かってくる透明なその刃に、果たしてレイラは対応できるのだろうか。いいや、無理だ。直感がそう伝える。
向かっていった刃はそのままレイラの首元を貫通し、奥の花瓶を真っ二つに割った。
数秒遅れて私の周りから風圧が巻き起こる。やはり真空刃とはいえ体まで光速で動くには至らず、反動で凄まじい風圧が私を起点に巻き起こる。いくら威力が強いとは言え、こんな大きな反動を持ってしまっては煙幕代わりになってしまう。もし相手が生きていたらかなり大きなデメリットだ、いつかは無反動でこの技を打てるようになりたい。
私は勝利を確信してバケモノ男の方を向くが、その表情は変わっていない。
──まさか。
「……愛夏ちゃんの言いたいことはわかったわ。そこまで言うのなら、私も本気でいかせてもらから!」
煙幕の中から凄まじい速さとともに飛び出してきたレイラ。その頭上には二本の角が生えており、目は赤く小さな魔法陣が描かれていた。
ちょうど煙の死角になっていた左辺から物凄い速さで突撃してくるレイラ。それに対し私は気づくのが一歩遅れてしまい、レイラの魔力が籠った重い一撃を顔面に浴びせられてしまう。
「ぐッ!?」
顎の関節があらぬ方向へ折れ曲がる痛さ。首の骨が完全に外れ、廊下の壁まで飛ばされる。そしてそのまま破壊する勢いで壁に衝突した。
「ぐあ"……ぁ"……っ」
痛い、痛い、痛い。慣れたはずの痛覚は重く鈍重に響き渡る。
壁が崩れ瓦礫に埋もれている私に対して、レイラは容赦なく詠唱を始めた。
不協和音のような低い音とともに両手を交差させ、天に翳すと燃えるように5つの巨大な火の玉がレイラの周りに出現する。
「五重奏爆炎弾!」
ドロドロと重く溶ける程の熱さを発している火の玉を、レイラは躊躇することなく私に向けて解き放つ。
浮遊していた火の玉は、レイラの一声と共に自ら意識を持つ弾丸のような速さで飛び出す。そして瓦礫の奥で項垂れている私の元まで一直線に向かっていき、ぶつかる直前で大爆発を起こした。
強大な轟音と共に、屋敷中が地震のように大きく揺れる。
「──ッ"!!」
なんとか防ごうと両手をクロスさせるもほとんど意味はない。物理に特化した剣術しか扱えない私にとって魔法を防ぐなんて出来るはずもなく、その爆撃を一身に浴びてしまった。
「あ"が、ッ……ぇ、ぅ"……」
瓦礫が崩れ落ち、頭にぶつかったことでようやく意識を取り戻す。遊戯神との闘いでかなり屈強になっているせいか、瀕死の状態でなんとか耐えたようだ。
しかしもう死の寸前、全身が悲鳴をあげているのが分かる。あれほど油断はしないと決めたのに慢心が勝ってしまった。子供と言えどこの世界の魔王だ、弱いはずがない。
「はぁああ……ッ!」
レイラは続けて右手に魔力を込める。本質的に眠っていたレイラ本人の膨大な魔力が拳に向かって流れていき、一つの結界を作り上げていた。
そして正面に自身の目に映る魔法陣と同様の、大きな紋章が出現した。
「これで終わりよ、──魔氷牢獄ッ!!」




