第二十六話「復讐の理由」
レイラが来てから2ヵ月が経ったある日、彼女もこの屋敷に馴染んで来た頃だろう。
エントランスの中央、バケモノ男が離れた位置で椅子に座り紅茶を嗜んでいる。その横、少し離れた階段の上では桜が真剣な眼差しでこちらを見ている。
明らかに緊張感溢れる空気の中、切っては私と向かい合ってるレイラが口を開く。
「……本気で戦う気なの?」
「まぁあいつが戦えって言うからね」
こんな状況になった理由は簡単。いつも通り修行に明け暮れていた私にバケモノ男が間もなく突然現れて、急にレイラと戦うよう言ってきたからだ。
修行相手として戦ってみろ、と。ミットと同じくだりで指示されたので、その意図はともかく勝負は受けることにした。
ミットの時とは違い、今度は相手を舐めずに戦うつもりだ。
「愛夏ちゃんは確か、妹さんを殺したあの人に復讐するのが目的なんでしょ?なのにどうして従ってるの?」
既に臨戦態勢に入っている私とは対照的に、あまり好戦的ではなさそうなレイラが何やら不思議な疑問を吹っかけてきた。
「……?どうしてって、あいつを殺すためだけど?」
「い、いや意味が分からないんだけど。憎い相手なんだよね……?」
一体何を言ってるのかがわからない。私は困り顔で首をかしげる。
「憎いから何?私はあの男を倒すためなら何でもする、ただそれだけよ。それが勝利に繋がるというのなら、例え復讐する相手にだろうと教えは乞うし従うわ。何ならこの身が滅んでも傷みものにされても構わない」
「い、いくら何でもそれはおかしいよ……!」
これは説教なのだろうか?私は何故この子に叱られているのだろう?
同じ世界の倫理観の違いか、魔王様とは考えが違うのか。どちらにしろ私には呆れた会話でしかない。
「そう、おかしくて何がいけないのかしら。私はそれが自分にとっての生きる道標なの」
私はきっぱりと会話の断絶を試みる。正直意味ある会話に思えない、語るだけ無駄。こういう輩は過去にも沢山いた。私を理解する者はたった一人しか現れなかったけど。
だが、レイラは意図せずか私の核心を突く部分を抉ってきた。
「だからってそこまで身を投げ出さなくても……妹さんもきっとそんなことは望んでないよ?」
その言葉に私の眉が一瞬力む。
「……レイラ」
低めの声でそう呼ぶ。一番言われたくない言葉を紡がれた、今までの努力を全部水の泡と化す最悪の言葉。無くした自分の心を再び掘り返されてる気分に陥り酷く不快になる。
私の事を何も知らない癖に私の妹について語るなんて冗談じゃない。
「私はね、妹の為に復讐してるわけじゃない。妹の望んだ事をしたいわけじゃないの。あの子が死んだ瞬間にあの子の姉はいなくなった、今の私に自分の妹の意思を継ぐ生き方なんてする資格がないわ」
本心の言葉をぶつける。これは私が望んだこと、私が望んだ未来。綺麗事でやっているはずがない。
私に人の心が残っていたとするならば、それは妹が生きていた頃の私だ。
今の自分に人の心が残っていたならば、私は遊戯神に勝つことなど出来なかった。バケモノ男を見つけることも出来なかった。強くなることも出来なかった。不老になることも出来なかった。未練を残したまま虚しく人としての死を迎えていただろう。
「だからこれは私の復讐。私がしたいからやってるの、意味なんてない。それが私の生きる意義のすべて。もうそれ以外のことは全部忘れたわ」
「そんな……さ、最低だよ!せめて妹さんの分まで立派に育つだけでも出来なかったの!?」
私の冷静な口調とは裏腹に叱るような荒い口調で差し迫るレイラ。
まるで正論、まるで常識人。私と同じ人生を歩んできて同じ言葉を言えたのなら、それは私から見た狂人に等しい言葉だ。
他人に当事者の価値観は分からない。妹が死んだ、悲しいね。妹の分まで立派に生きようね。……そんな言葉じゃ済まされない。私にとって妹の死は世界が滅ぶことより重要な問題だ。
戦争中の最前線。周りで多くの人が死んでいるというのに、"お腹が空いたから"という理由でアイスを求めて戦線を放棄したとんでもない人が居ることを私は知っている。
だけど、今思えばその人はその人にとって一番最適解な選択をしたのだから何一つ間違っていない。いくら人の為に尽くしても、自分が満足しなきゃ生きてる意味すらない。人は人の為の傀儡じゃないんだから。
「……はぁ」
私はレイラの在り来たり過ぎる反応に大きくため息をついた。
彼女は彼女なりの意義があって言っているのだろう、だけどそれは私には関係のないことだ。
無理やり自分の意思を認めさせるなんて、真逆の思考を持つ私からしたらただの煽りでしかない。それを無神経にも人の妹を知ったかのように話されれば怒りが立つ。
そしてその怒りは腕に伝わり、流れるように腰へ移動する。
「私はね、この世で最も嫌いなものがあるの」
「え……?」
その動きで察したのはバケモノ男と桜のみ。私は腰を落とし体勢を低くめる。瞬時に足に力を入れ、頭をゆっくりと下げる。
そして右手が剣の柄に触れようとした時、ようやくレイラが気づいた。
「──常識よ」




