第二十四話「異常な祝勝会」
「それでは、愛夏さんの勝利を祝って──」
ミットがグラスを掲げる。それに呼応するように周りもコップを掲げた。
「「かんぱい!」」
何か吹っ切れたような表情をしている桜が次いで返事をする。
二人してこちらを向き私の返事を求めるが、空気を読まない私は敢えて無視をして話題を振った。
「別にここまで豪華にしなくてもよかったんじゃない?」
並べられてるのはどれも私の世界で取れる高級料理の数々、決して安易に手に入る物ではない事はすぐにでもわかるほどだった。
「何言ってるんですか愛夏さん!神様に勝ったんですよ!これくらい当然です!いや、愛夏さんがもう神様になってもおかしくないんです!」
いやどう考えてもそれはいいすぎでしょ。そもそも神の地位や権力がどれくらいなのかもわからないし。
「たまたま運良く勝てただけよ」
そう言って私はワインを手に取ると、マナー悪く自分のグラスに注ぎ始める。波の折り返しの様にグラスの中で周り入れられる葡萄の汁からは濃厚な酸味が漂ってくる。やはりワインは別格だ。
私と向かい合って座っているバケモノ男も同じくワインをミットに注いでもらい、グラスを上下左右に揺らす。
「よく言う、最初から勝つつもりでいただろうに」
この男はそこに存在しているだけで全てを見透かされているような感覚になる、常に余裕を崩さないのがきっとその要因だろう。
私はただ虚勢を張ってこの男の興味と言う概念から落ちないように命をかける毎日だ。でも、それは虚勢ではなくきっと本心なのかもしれない。
「あんただって私が勝つと思ってたじゃない」
「当然だ」
私はグラスの先を口につけると掴んでいる腕をゆっくり上げる。同時にバケモノ男も手を付ける。
──甘く美味しい葡萄の水が二人の喉を通ったとき、両手でテーブルを叩く音が聞こえた。
「ちょ、ちょっとまって!」
今朝から一言も喋っていなかった魔王の子が突然大声で静止させた。
「色々ツッコミたいんだけど!と言うかまずなんでここに神話の神がいるの!?遊戯神に勝ったこの人間は何者!?今朝皆がいた玄関の殺戮現場みたいな血は何!?みんななんでこの状況で平然としていられるの!?」
キャンキャンと吠えながら疑問を提示していく魔王の子。まさかとは思うけど何も教えてないのかこの男は。
「と言うかあんたが誰?」
私は心底どうでもよさげに質問で返す。
エントランスで倒れた私はそのまま半年間眠ったままだった。まぁこの半年間と言うのも私の部屋でしか流れていない時間だから他の場所では一瞬なんだろうけど、そのせいか記憶も朧気で目の前の目を見開かせてる子供が誰だったかよく覚えていない。と言うより私あの時ボロボロだったしこの子に興味無かったから別になんでもいいかなーって思ってたはず。
「わ、わたしはレイラ……三代目の現魔王よ」
「ふーん、そう」
やっぱり興味が無かったので私はそのまま無視して食事を始めた。
「ちょ、ちょっと!」
レイラは一瞬呆気に取られた後ハッとして私を呼び止める。まるで私の反応が間違っているかのように怪訝な瞳を向けている。
「ほえー……この世界にも魔王っていたんですね、やっぱり異世界って感じがします!」
桜が料理を口に頬張りながら目を輝かせて反応した。
「この世界?異世界……?何言ってるのこの子。そういえばこの子も人間だよね、なんで私を怖がらないの……じゃなくて!」
再びテーブルを叩き声を荒げる。
「誰か説明してよ!」
レイラはまるで自分だけ別の世界に来たかのように錯乱状態になっている。
私は深いため息を吐いた後、彼女が本当に何もしらないことを悟って目を合わせるのをやめた。
「桜、そこのケサディーア取って」
「はーい」
「無視!?」
無駄な会話を一切せず無視し続ける私と、食べる事にご執心の桜。
レイラは段々と涙目になりながら訴えるが私は食事を優先させた。
「ふむ、俺が一つずつ疑問に答えよう」
そこでようやく口を挟んだバケモノ男がグラスを揺らしながら窓の方へ視線を向ける。
「まずお前の言う神話の神、そこのミットだが。そいつは俺の従者だ」
◇◇◇
『本来、神話生物達は対立をしていた。人間に害をなす者、利用する者、地上に降りてこない者など様々な理由で。しかし、ある時を境に彼等は団結を始めた。
それは彼等の"生みの親"が帰ってきたからだ。名は神話の神と呼ばれる創造神、ミトロジー。
……はっきり言おう。あれは形を持たない本物の神そのものだ、不変で不条理の集合体そのものだ。
そう。私は見てしまったのだ、奴の力の片鱗を。あれは化物、人類が勝てる相手ではない。今まで様々な怪物を見てきたが、あれは比にならないんだ。
私がその事態に気づいた時には、既に大陸一つが消滅していた。
信じてくれ、この戦争を終わらせたのは合衆国でも共和国でもないんだ。奴が片腕を振り下ろした瞬間、地平線まで海が割れた。見たんだよ、この世の終わりを……。
もうだれにも止められない、世界はこのまま終焉へ進むだろう。それまでに我々は何か対策を取らなけばならない。
……神の使者なんて名目を建てながら奔放していた彼女も、ついに敵になるのか。いや、きっと君はこの状況すらも楽しんでいるんだろう──混沌の使者Nyarlatho・tep。
それでも私はこの記述を後世に受け継ぎ、何としてでもシャルロット家の存続に繋げなければならない。それこそが世界の、我々に残された最後の砦だ。』
──昔読んだ異界の古い書物には、確かそう書いてあった。
魔王として数百年生きてきて、様々な世界の序列をこの目で見てきた。
だからこそ私には分かる。遊戯神という存在の恐ろしさ、私ですら敵わない神話生物達を幾多も創造してきた創造神の偉大さ。世界の頂点に君臨する存在達の圧倒的な風格が。
この書物では大陸を吹き飛ばした創造神の話が書かれている。まるで掃除でもするかのように世界を消し飛ばす力を持っている。
当然だ、創造神は神の中でも最上位に座する存在。世界の人類を支配する私程度の弱者では目を合わせる事すら出来ない存在だ。
……なのに。
「そこのミットだが、そいつは俺の従者だ」
屋敷主と思われる男は軽々しい口調でそう言う。
その言葉に、周りは一切驚いた反応を示さない。まるで当然の答えの様に聞き流して食事を楽しんでいる。
「……嘘、だよね?冗談、だよね?」
遊戯神を破った人間の少女ですら信じられない事実だというのに、その遊戯神より遥かに地位が高い創造神を従者にしているなんて何かの冗談にしか聞こえない。
「ふむ。おいミット、靴を舐めろ」
「え……?」
途端に発せられたその言葉に全身が凍り付く。
「仰せのままに」
「え?え?え?」
続けて返してきた言葉に気が動転する。そして屋敷主の言葉にさも当然のように反応し、靴を舐めようとしている神話の神を必死に止める。
「ちょ、ちょっとまって!待ってって!」
「それ好きね」
今まで黙って食事をしていた愛夏と言う少女が鼻で笑いワインを口に含む。
いやいや、この子もなんでこの状況で平然としていられるの!?
「ふむ。信じて貰えないようなのでな、これが一番手っ取り早いと思ったまでだ」
その言葉に神話の神も納得したのか、ゆっくり立ち上がると私の方へと向き直り口を開く。
「主人は私より遥かに立場が上です。主人にとって私は石ころのような存在であり、気が向けば蹴られ池に落とされる運命と同義な存在です」
神という天上の存在からとんでもない自虐を砲弾されてしまう。
私はこの屋敷主が世界を統べるほどの果てしない強さを持っている、という噂を聞いてここまで訪ねてきたけど、まさか神を従えるほどだったなんて……未だに信じられない。
あまりに衝撃の事実に「ほえー」とだらしなく口を開けていると、愛夏が可哀想な目でこちらを見つめながらこう言った。
「と言うかあんたが来たときミットが一人でエントランスの掃除してたんだから少なくとも従者って気づくでしょ。それにさっきだってワインをコイツに注いでたんだし」
その時はあまりの出来事に失神してました、──なんて言えない!
「……あぁ、思い出した。そういえばあんた立ったまま気絶してたわね」
見事に心を抉られ、今にも涙が出そうになった。




