第二十三話「勝利と祝勝へ」
「私の勝ちよ、遊戯神トリック・スター」
私は神に向かってそう言った。人間の私が神を打ち負かすなんてまるでおとぎ話のようだ。
けれど、これは現実。両手を地面に着いてただただ絨毯を見つめている遊戯神、きっとその顔は私の見るべきものじゃないのだろう。
「……あ……ぁ…………あ……」
勝負に夢中で気づかなかったが、どうやらエントランス中央の玄関の扉が開いている。
そこにいたのは小さな女の子。見た目は私と同じくらいだろうか、黒フードを被りボロボロの傷跡を見ると、少なくとも良い人生を送っている子じゃないことは一目でわかった。
だけど、私はそんなことよりもその隣にいる男に目を向ける。
「……やっぱり、分身も出来るのね」
ボロボロ少女の隣にいたのはバケモノ男。ついさっきまで私と遊戯神の勝負を観戦していたはずの男が玄関から現れた。最初は瞬間移動の類かと思ったけど、上を見上げれば当然別のバケモノ男がいる。
「ふむ、意識は隔離されても問題ないからな」
またとんでもない事を聞いた。それが本当なら複数人、いや。この男なら100人は分身体を作れるのだろう。そもそも意識が隔離されても問題ないと言う事は、分身と言うより全く別の自分を作れると言う事だ。
もうこの男は何でもありなのではないのか、知れば知るほど気の遠くなる存在にイラつきが増える。
「それで、さっきから固まってるその子は?」
一応聞くべきが迷った末に、まぁこの男が連れてくるのなら何かしらの理由があると思い隣にいるボロボロ少女について問いかける。
「ふむ。さっき散歩してたら俺の庭にいたのでな、拾ってきた。どうやら現代の魔王らしい」
「そう」
特に興味のある内容ではなかったので一言の返事で済ませる。
「そんなことより、倒せたわよ。ちゃんと一回で」
私は子供のように自慢した、当然それはただ自慢するためではない。私がこいつに迫るほどの人物であると、飽きられない程の存在であると示すため。
元々この男は弱者に興味を持たない、そして興味無き者はすぐに排除する主義だ。
それに私は今でもこいつに命を握られている、勿論今の私では絶対に敵わない。だからこそ今はただ強くなって、そして──必ず殺す。これはそのための意思表示だ。
バケモノ男も当然そんなことは知っているだろう。知っているからこそ私に期待を持っている。
「うむ、見事だったぞ。今宵は祝勝だな」
「祝勝……?」
バケモノ男は満足気に頷くとそう返す。
祝勝なんて言ってるけど、それには当然街から材料を買ってこなきゃいけない。だけどこの屋敷から街まではかなり遠く、今からミットをおつかいに行かせても半日はかかる距離だ。
「……あ」
私は少し考えた後、はっとして自分が今考えたことがあまりに的外れな事に気が付く。勝負の影響で頭が回らないのだろうか。
そう言えば遊戯神との勝負を始めようとしていた時、ちょうどよくミットは買い出しから帰ってきていた。
……そう、遊戯神と私との勝負が始まる前に。
きっとその買い出しを頼んだのはバケモノ男だろう。この男は私が遊戯神と勝負を始めるのを知っていて、そして私がその勝負に勝つと確信していたから買い出しを頼んだ。あの時にはもう私の勝利を確信していたということだ。
あまりにふざけた推理だけど、この男ならあり得る。あり得てしまうのだ。
「……はぁ。それで、祝勝って何をするの。もしかして血の水で乾杯でもするのかしら」
私は私の血で真っ赤に染まったエントランスを見渡す。今気づいたけどこれは中々にグロい、そして全部自分の血だと思うと吐き気までこみ上げてくる。
そんな私を見て察したバケモノ男が指を鳴らすと辺り一面に白いウェーブが流れ、元の綺麗なエントランスに戻っていた。
「そんな事はしないぞ、こいつも今日からここに住まわせるからな。それも兼ねて豪華にするつもりだ」
そう言って半ば失神気味に固まっている魔王の子の背中を叩く。
すると「はっ……!?」と我に返り、再びぷるぷると震え出した。なんか小動物みたいで可愛いわね。
「僕……僕は……もう……」
そして私の目の前では同じくぷるぷると震えて、涙を流している遊戯神がいた。
それを見たバケモノ男はゴミを見るような顔つきで遊戯神の方へと近づき──。
「あん?まだいたのか、負け犬はさっさと犬小屋に戻れ」
そう言って軽く片足を後ろに上げ、その後目にもとまらぬ強靭な力で遊戯神を蹴り飛ばした。
たったひと蹴りで屋敷を突き抜け、一直線に天高く飛んでいくのが見える。バケモノ男の蹴りは余波すら発生させず、全ての力を一点に集中した完璧とも言える攻撃の一種だった。
あれは間違いなく即死するレベルの蹴り。それを見て魔王の子が再び失神した。
「……あれは間違いなく死んだわね」
「不死身だからいいだろ」
遊戯神の事などどうでもよさげなバケモノ男。これが上位に立つ者の特権なのだろうか。
ミットも全てが終わったことを確認すると、ゆっくりと降りてきてエントランスの掃除を始めた。バケモノ男なら先程みたく一瞬で元に戻せるのだろうが、きっとこれが主従関係と言うものなのだろう。聞くだけ野暮ね。
私も勝負が終わり気が抜けたのか、途端に全身に激痛が走り再び咳き込み始めた。
「けほっけほっ……!?悪いわね、ちょっと、無理、みた、い……」
これはまずい、死ぬ。息、が、出来、ない。
「ふむ、そうか。じゃあ気が済むまで死んで来い、先に食事を用意して待ってる」
まるで挨拶を交わすように死んでこいと言うバケモノ男。価値観が狂い始めたのはやっぱりこの男のせいだ。本当に最悪、本当に。
でも、今回ばかりはそれも労いの言葉なのかもしれないわね。
私は神に勝利したと言う満足感とやりきった燃焼感に捕らわれながら、全身の力をゆっくりと抜いて、目を閉じた。




