第二十二話「第三代目魔王・レイラ」
「うっ、うっぐ……へっぐ……うぅ……」
こんな辺境の地で泣いている人種がいるのは奇妙な発見だ。先程説明した通りここには滅多に人が来ない。邪神とも呼ばれる魔物が住み着く森にわざわざ入って泣いているとは、随分と面白い光景だ。
「おい」
「きゃあっ?!」
話しかけると少女は驚きすぐさまその場から後ろに飛んで臨戦態勢を取る。
反応の速さだけ見れば戦闘経験はまずまずと言ったところか。だが体中傷だらけ、森の魔物にやられたのだろう。生きていただけでも奇跡だ。
俺は目の前で震える少女の考えている事を心情把握で全て見抜き、その上で質問をした。
「一体こんな場所に何の用だ、素性も含めて一言一句全て伝えろ。お前は聡明か愚昧か判断される立場だと理解した上で話せ」
どこまでも簡略に、ただ判断できる材料のみを与えてそう伝える。
少女は一瞬呆けた様な顔をした後、険しい顔つきに戻り警戒をしながら沈黙を続ける。
俺は考える奴が嫌いだ、思考を灯した後に出る言葉に真意は含まれない。最も、今の俺には言葉の真偽など無意味に等しいのだが。
「……名前はレイラ、種族は魔族で三代目の魔王をやっているわ……。要件は……この大森林の奥底にある巨大な屋敷に神より強い男が住んでいると聞いてやってきたの……。私どうしても強くなりたくて、……でも道中の魔物に襲われて何も出来て無くて……」
俺との実力差に気づいたのか、それとも逃げられない事に気づいたのか。何もかもを諦めた様な目をしたレイラは魚の様に死んだ目でそう答えた。
愛夏も目は死んでいるが完全に真逆だ、コイツは諦めている。生き長らえる事や昇り積めることを全て捨てている、それでいて他人頼り。
「そうか」
適当な返事を返して背を向ける。
コイツはっきりいってゴミだ。俺はゴミに構うほど酔狂ではない。
呆れた俺はレイラをそのまま放置して屋敷へと足を向ける。土に還ればミットの養分くらいにはなるだろう。
しかし、その場を立ち去ろうとした俺の足を止めるに相応しい言葉が返ってきた。
「……死にたくない」
レイラはそう呟いた。俺を敵だと思っているのか、それとも心情の本心か願望か。どちらにせよ気分の良くなる返答ではなかった。
だが、その時の俺は悪趣味に走った。来る時が来るまで気ままに行動していたが、恐らく愛夏を基準に置き過ぎていたのだろう。
「ふむ、唐突だが自己紹介をしよう。俺はこの近くに存在する屋敷の持ち主だ。恐らくお前の用事がある人物だろう」
「えっ……!」
レイラは顔をあげて俺をまじまじと見渡す。
「再度質問を重複しよう、お前は何が目的だ?」
俺は全てを知っていながら、レイラに再度問いかける。
「強く……強くなりたい!もう誰にも虐められないくらいに、大切なものを何も失わないために!私を鍛えてください!お願い、お願いします!」
杞憂が通ると思いきや楽観が振ってきたようだ。最初は野垂れ死にでもさせようかと思ったが、気が変わった。一つ、こいつは愛夏の栄養剤にでもなってもらうとしよう。
全く、俺も過保護なものだ。
「……そうか、ならばついてこい」
俺はそう言ってレイラに背を向けるとゆっくり歩きだした。
レイラは魔物を警戒しながらついてきているが俺の周りには魔物は寄り付かない、野生の危機感は優秀らしい。
だが、俺は屋敷までもう少しで着くというあたりで足が止まった。
「……?」
レイラが不思議そうに首を傾げる。
「……いや、何でもない」
今屋敷で起こっている遊戯神とのゲームで、少々の驚愕をしてしまったようだ。
愛夏、いつの間にそんな魔法を覚えてたんだ。……いや、愛夏なら出来て当然か。
まさかもう干渉魔法を使えるようになるとは思わなかった。干渉魔法はこの世界でも最上級魔法に位置する魔導士の目指すべき真骨頂だ。それをいともたやすく生み出すとはさすがに恐れ入った。
愛夏が勝つことは初めからわかっていたが、まさかこんな派手なやり方で勝ちにいくとは想定していなかった。いつも俺の想像を越える演出を魅せてくれる、本当に大したものだ。
「全く、世界の頂点でいい気になってる他の神々にも見せてやりたいものだな」
「神……?」
神妙な顔つきでこちらを見てくるレイラを無視して歩みを進める。
途中からは愛夏と遊戯神との勝負が気になり意識がそっちに持っていかれていたが、気づけば屋敷の前まで来ていた。
……と言うか久々に地面を歩いたせいでなんか気色悪いな、やっぱり上を歩くに限る。
そして屋敷の正面玄関までレイラを連れてきた俺は、振り返り人差し指を立たせた。
「良く聞け。この先に待っているのは永遠に等しい苦痛と一握りの希望の確立だ。お前は強くなりたいと言ったな。当然、ただで強くなれるとは思っていないだろう。俺に教えを乞う以上、俺のやり方で強くなってもらう。そしてお前がどんなに強い意志を持っているかは知らんが、これだけは忠告だけしておく。──この先は地獄だ。覚悟を持つのは当然、自分が壊れる事も想定に入れた上で中に入れ」
正直俺はこの少女に興味の一つも抱いてはいない。興味を抱いている者の為になるから連れてきたのだ。
だが実際、無関心とは裏腹だ。この先どんな未来が待ち受けどう変わっていくのか、それは非常に楽しみにしていると言っていい。
結果だけがわかる人生を送ってきても何一つ面白くはない、知らないからこそ楽しめる未来がある。
だから俺は一歩引いて観戦する。それを見ているのが一番楽しいと思える。
これも第四の壁との隣接した付き合いというものだろう。
「わかったわ」
レイラは小さな手で押すように扉を開ける。期待が込められた目だ。夢、希望。きっとそんな感情を抱いているのだろう。扉を開けるその瞬間まで彼女は希望を抱いていた。
だが、それらは目の前に広がる光景を目にして一瞬で消え去った。
◇◇◇
私は希望に満ちた目で扉を開ける。ついに私が強くなれる日が来るのだと、心より喜んでいた。
どんな辛い修行にも耐える、絶望の日々からのし上がる為にはなんでもする。そう決意したあの日からずっと自分の覚悟を強く抱いていた。
本気になればきっと何でも乗り越えられる、常識だって破ってみせる。そんな淡い感情を抱いていた。
──だがそれは幻想だった、何もかもが甘かった。違う、そもそもそんな考えを今まで抱いていた私が馬鹿だった。
心がガラスのように粉々に崩れ去る音が聞こえる。
「──私の勝ちよ、遊戯神トリック・スター」
……その現場を見て、私は生まれて初めて絶句をした。
見たところ人間だと思わしき少女が膝に手を着き勝利を宣言している。
それだけなら良かった、それだけならまだ状況を理解できる。
でもその少女には大量の血が付着していて、いや、違う……。この玄関……エントランス全体が真っ赤に染めあがっている。
人の血の量をはるかに超えて、周りにいる幾人かの者にも血が付着していた。私にも漂うその血生臭い匂いが痛みを伴うほど鼻を直通する。
そしてその人間の少女に対し、地面に手を着いて後悔と敗北に駆られている少年を見て再度目を見開く。
私の記憶の知る限り、彼は遊びで天地をひっくり返す伝説の神。遊戯の神その者だ。
会ったことはないけど、千里眼で何度か見たことがある。間違いない、地上に降りてきてはあらゆる蛮族に遊びを挑み無限に勝ち続ける遊戯の天才。魔王の私なんかとは比べ物にならない地位に座する存在だ。
そんな彼が膝をついて人間相手に首を垂れてるなど言語道断、あり得ない光景だった。
目がつる勢いで異常な光景を目の当たりにした私は、さらに異常な光景を見る。
上を向けば、先程私の隣にいたはずの屋敷主の男が天井で逆さまに浮いている。いや、立っている……。再度横に振り返るが、私の隣にはやはり全く同じ見た目の屋敷主がいる、相当高度な幻術魔法でも使わない限り不可能な体現だ。
そしてその男の隣にいるのは……あれは、まさか……神話の、神……。
扉を開けた私は、その数秒間で見た全ての光景に絶句以外取る行動が出来なかった。そしてもう、理解の及ぶ境地でないことを悟った。




