第二十一話「四の壁を感じる者」
突然だが自己紹介をしよう。俺の名前は──いや、名前なんて大したものは持っていない。周りからは超越神やら干渉神やらと呼ばれているが、所詮は通称名だ。そもそも俺は自分を神と定義したことが無い。
同じ屋敷に住んでいるミットからは主人、つい最近俺を殺しにきた愛夏からはバケモノ男と呼ばれている。後者は正直皮肉と単純さが相まって俺も多少は気に入っているというのが現状だ。まぁつまるところ好きに呼んでくれて構わない。
さて、俺は今屋敷の外を散歩している。普段は外に出ないが、今日は気晴らしだ。
屋敷の外は基本的に大森林となっており、そこら中に魔物がいる。
「クシャァア"ア"……」
植物に触手がついたようなあまりにも形容しがたい生物を躊躇いもなく踏みつぶし、散歩を続ける。
この森に生息する魔物は単なる魔物ではない。神話生物、それもミットが生み出したものだ。
魔物の命の権限はミットにあり、その主人である俺がどう扱おうと自由である。
昔は国の師団や旅路の英雄たちが調査目的でこの森に訪れていたが、全員この森の魔物に食われて死んでいった。
よく街に買い出しへと出かけるミットから聞いた噂だが、この森は"邪神の住む森"と言われているらしい。元々はただの無法地帯だったのに、随分と危険視されたものだ。
まぁこんな森に屋敷を建てたのも、ただ静寂を望んでいたという単純な理由に過ぎない。
魔物以外は誰も住みつかず、誰かが森に入ればその魔物に食される。俺としては静かな日々が楽しめて非常に心地よい場所だ。
それに今まではやることもなく屋敷に籠って時を待つだけの生涯だったが、最近愛夏という非常に興味深い少女が襲ってきた。それから大分にぎやかになったものだ。
暇に飢えていた森の神話生物達も最近では愛夏の余波を何度か喰らっていて随分活気付いている。そろそろ愛夏をこの森へと出しても良い頃合いだろう。
「ん?」
突然脳内にノイズが走り、俺は屋敷の方へと視線を移す。
『──次の一回で勝つわ』
反響するように脳内に響いたその声に思わず口角が上がる。もう一人の自分が見ている光景と現在の俺がリンクして同じ視覚情報を共有しているのだが、どうやらエントランスにいる俺の感情に変化があったらしい。
それはまさに闘争を求める嬉々の変化、嬉しい報告だろう。
今愛夏は遊戯神と遊んでいる最中だ。そしてその決着がどうやら今決まるらしい。
遊戯では無敗を記録し続けた伝説の神を相手に一体どう勝つのか、俺としても非常に気になる。
──恐らく観衆もピークを迎えてる頃だろう。
ふと感じた答えに深いため息を吐く。
そう。今までは本当に退屈な日常だった。
まるで動かない時の流れにいるかのような、幻の存在に浸っていた。
生きているのか死んでいるのかすら分からない。いや、もしかしたらその自然体こそ自分達の本来あるべき姿なのかもしれない。
だが、それは終わった。愛夏という少女がこの屋敷に訪れたことによって。
霞んでいた物語は動き出した、太古の針は進められた。
これは俺の推測だが、世界はその瞬間に初めて息を吹き込まれたのだろう。
「第四の壁。俺もまた、エンターテインメントにおける傀儡の一匹というわけか」
何もない空を見上げながら然るべき存在へと意を示す。
推測の根拠は愛夏が来てから視線を感じ始めたことだろう。それも不特定多数の、様々な意思を持った人々の視線。
もしこの世界が何者かの意思によって動かされている世界だと仮定するのなら、恐らくそれは今まで長く繰り返していた必然との断絶に他ならない。
「本当に退屈しないな。愛夏も、お前達も」
──さて、ある程度の紹介も済んだところで随分と話が脱線してしまったようだ。実は今、俺の前で奇妙な事が起こっている。
「うっ、うっぐ……へっぐ……うぅ……」
先程誰もいない大森林とか言ってたが前言撤回。何やら目の前で泣いている少女がいるのだが。




