第二十話「賽を振るのは」
「なッ!?」
「え?」
「……ほう」
私が右手で全力を込めた抜刀斬を、目の前にいる遊戯神に向けて解き放つ。
穏やかに流れていた空気が一変し、突然殺意を向けられた遊戯神は私のあまりの豹変に対処することもできず、その刃をまともに受けてしまう。
豪速に放たれた斬撃は人間の威力を越え、見事遊戯神を直線に一刀両断した。
「愛夏さん……!?」
桜の驚いた声がエントランスに響く。
斬撃が壁を通り過ぎると、遅れてボードが真っ二つに割れ風圧で前方の窓が粉々に弾け割れる。
上部が綺麗に分断し、大量の血が噴出する遊戯神。少年のようなその顔つきに映される表情は驚愕の一点のみだった。
──しかし、時待たずして二つに裂けた遊戯神の体は逆再生でもしているかのように元に戻り始める。
数秒立てば傷一つない元の姿へと戻ってしまった。
「これが本物の不死身ね」
その一連の出来事を私は観察するように見る。
対して無傷となって生還した遊戯神は怒りの念を込めて私を睨みつける。
「……びっくりしたじゃないか。なんのつもりだい?不死身の僕を攻撃しても無駄だよ」
自分を攻撃したことよりもその攻撃をまともに受けてしまった事に対して気分を悪くする遊戯神。だが、あれほど無意識な状態からの攻撃を避けられる者など早々いないだろう。
「あんたが言ったルールに私が攻撃しちゃダメなんて載ってなかったからね。試しにやってみたのよ」
剣を納刀し、再び深呼吸をする。それを見て遊戯神は口角をあげる。
「なるほど、僕を攻撃してその隙に賽子を振ろうって算段だ。でも残念、神を甘く見過ぎだ。僕は例えこの口が裂けても勝つことが出来るんだからね」
両手を曲げてやれやれと首を横に振る遊戯神。
「そうでしょうね。口が動かなければ場の掌握を封じれるというのなら、口にガムテープでも貼り付けて容易に勝てるわ」
恐らく目隠しをしてその間に賽子を振ってもバレるだろう。彼の掌握は恐らく意志の内側から本能的に発揮されている、まさに偶然による必然の確立だ。
「本当に人間をやめてるわね」
「当然だ、僕は神だよ。まぁ元は人間なんだけど」
余裕綽々、そろそろお腹が空いたと独り言のように呟く遊戯神。私は目を閉じて動かないままだ。
「そろそろ終わりにしないか?君も次の一回で勝つなんて言ったんだ。君が狂人のように死を克服したのは理解したよ。だけど僕はそれでも負けない、永遠に続けたいのか、すぐに終わらせたいのかはっきりしなよ」
流石の遊戯神も飽きれからか、吹き飛ばされて散らかった椅子に座り私を見つめる。
……見て、その余裕が意図せず崩れていく自分に激しく驚愕する。
何度も驚かされてばかりだったが、今回のは何かが違うと。
「そうね、……もう、終わりにしましょうか」
そう呟き、私は人形のようにぶら下がる自分の腕に力を入れる。
……何度も何度も入れ替わっていた辺りの空気が、一つの形へと変わり始める。
緩やかに、段々と強く。エントランスに旋風が巻き起こる。
ついさっきも感じたこの光景。エントランスに流れる風は自然の法則に従っているはずなのに、誰も魔法を唱えていないはずなのに、激しいほどの風が吹き荒れる。
「なんだこれは……魔法か?まさか君がやっているのか!?」
私は答えない、目を瞑ったまま意識を集中させる。
巻き起こる風はやがて私を中心に集いだし、一つの手に宿る。明らかに私が生み出した力だ。
絶対的な勝利を確信しているはずの遊戯神は、その魔法に込められた特質を感じ取り焦りを募らせる。
「ま、待て!」
「プレイヤーである私が起こす行動は止められない。それはさっき確認したわよね」
「っ……!」
私はその手でサイコロに触れようとする。
それを見た遊戯神がすかさず口を開く。
「────」
だが途中で、その超音波は掻き消された。
「────ッ!?」
遊戯神の放った超音波は、私に届く前に謎の透明な障壁によって完全に無効化された。あり得ない光景を目に遊戯神は慌てふためく。
「どうなってるんだ……!?場が支配できないっ!それは魔法じゃないのか!?」
慌てて何度も場を掌握しようと口ずさむものの、流れる風は遊戯神の方へと一向に向かわない。
喋る事しか許されていない遊戯神には、それ以上の対処的行動はとれない。
そして自身でもわかるほど、私の行動は理解の範疇を外れようとしていた。
「これは魔法よ。──あんたのその賽の目を自由に操れる……いえ、この場すべてを掌握する天性的な能力を封じるための魔法」
正確には、その空間のあらゆる異常を無にする魔法。遊戯神の行動は場に影響を与えている、魔法とは異なっても超常的な力の作用であることは間違いない。
「そんな、そんな魔法が存在するはずがっ!いや、例え存在していたとしても人間如きのお前に扱えるわけがない!」
遊戯神は怒りに任せて叫ぶ。目の前にいるのは本当に人間なのかと疑いたくなるほどに、何度も叫ぶ。
彼の本質は遊戯に置いての絶対的勝利。それは相手の心情を完全に把握し、操ることでもある。いや、相手だけではない。その周りにいる全ての人物、物体、流れる空気すらも自分のものにする。
彼は場に流れている空気を自分というひとつの存在を使ってそれらを操り、運命を変えていたのだ。
だが、今彼の能力は否定されようとしている。私が彼を否定し、この瞬間に上回ろうとしている。
それはこの場にいる全ての異を消し、正常を是し、摂理を取り込むもの。
私は成長を決して怠らない。それは例え戦いの最中であったとしても、死にながらだったとしても。
あいつに復讐するためなら、例え神だろうと越えるまでだ。
◇◇◇
私は目の前で起きている異常事態をただただ目に焼き付けるように見ていた。
「主人……これは予想出来ましたか?」
「ククク、愚問だ。予想できるわけがない」
主人ですら予測できないこの状況、一体誰が予想出来ると言うのか。
遊戯神の方はめっぽう取り乱し、今までにないほどの焦燥感を示す。
「あんた元は人間だったんでしょう?でも今は神じゃない。それは人間の可能性次第では神にもなる事が出来るって証明じゃない」
「だからって簡単に神の領域に辿り着けるわけないだろうっ!」
口数が多くなる両者。だがそのやり取りはいつもよりも早く感じ、現状下で起こっている愛夏の謎の魔法に目が行きつくばかりだ。
私ですら初めて見る魔法、そんな魔法が存在していたのかもわからない。主人ならわかるのかもしれないだろうが、そもそも一番の疑問点は愛夏が魔法を使えていると言う事。そんな所今まで一度も見てこなかった。今日初めて見たのだ。
「冗談じゃない……!これは神域、神と同列にならぶ領域の能力だ!それを容易く封じられるわけがない!僕は神なんだぞッ!」
震える手で賽子に手を伸ばし、冷静な瞳で握る。
それを必死に阻止しようにもできない遊戯神は、大声でバケモノ男を睨みつけた。
「超越神、お前のせいだろ!?お前が反則を犯して力を分け与えたんだろう!何とか言ったらどうなんだ!?おいッ!聞いているのか!!」
発狂する遊戯神。過去に初めて負けたトラウマが彼の中で渦巻き始める。
遊戯神が初めて敗北した相手──それは私の隣にいる人物、超越神と呼ばれるバケモノ男その人だ。
そして今、その主人に復讐を果たそうとしている愛夏という人間に再び敗着しようとしている。
それこそ偶然など関与しない、必然の出来事なのかもしれない。
対する主人は主人で表情一つ変えていない。遊戯神の言葉など完全に無視だ。ただじっと愛夏を見つめている。
「さぁ、操れるものなら操ってみなさい。この風はただの風じゃない。あんたと私は今この瞬間、絶対的な壁によって隔離された。……今のあんたに私の意思を曲げる事は出来ない」
再度右手を翳すと辺り一面が嵐に飲まれる。有り余る勢いで発せられた風はエントランス中の窓ガラスを割り、テーブルや本棚をも巻き込みめちゃくちゃに荒らす。
そして風の中心に示された魔証紋を見れば、確かに遊戯神の能力を封じ込める結界系の干渉魔法に相違無かった。
「私がこの世界に来て初めて覚えた魔法……いいえ、初めて作り出した魔法よ」
それはこの世界で初めて生まれ、初めて使用した魔法だったのだ。恐らく主人にも使った事のない、今初めて見た魔法。
この魔法によって二人の流れは完全に分断され、一つの場へと変化をもたらす。
天地をひっくり返すほどの魔力を保有する遊戯神ですら、その強大すぎる結界魔法に腰を抜かして倒れこんでいる。
主人もこの事実に驚愕を禁じ得なかったのか、愛夏に向けてついに口が動いた。
「俺はずっとお前の修行の相手をしていたが、今まで魔法を使える素振りはなかったぞ。そんな強大な干渉魔法一体いつ覚えた?」
愛夏はその言葉を聞いて最大の喜びを噛み締めるように胸を高鳴らせた。ついにこの男に一杯食わせることが出来たのだと、嬉々として振り返る。
神すら察知出来ない愛夏と言う人間の本領、それに気づいたのは既に手が下される直前だ。
愛夏は振り返ると誰よりも悪く、いい笑顔でこう答えた。
「そんなの決まってるじゃない。……──今よ」
ついに常識を超えた一言が放たれ、一同は固まった。
それはあの主人でさえ目を見開き驚愕するほどの事実。練習もせず魔法が使えるようになる人間ですら極稀だと言うのに。結界の、それも主人と並ぶ程の階級である干渉魔法をこの短時間で覚えたと言うのだ。信じられる範囲じゃない、もはや人間ですらない。
遊戯神も目を揺らがせながら強く訴える。
「く、狂ってる……!」
まるでバケモノでも見るような目で愛夏を見る。
「勝つためならなんだってしてやるわ」
即答で返事を返され身を退く遊戯神。
光を失った赤い瞳を輝かせ、地に塗れた銀色の髪を靡かせ。少女は一歩、前に歩き出す。
血に塗れた賽子を掴み、完全な一手を轟かせる。
己の考えるあり方から逸脱した方法で、かつ合理的で非常識な誰もが考える事の出来るあり得ない一手を。
──そんな矛盾を重ね続けたような方法を使う勇気と意志が、今の彼女にはあるのだろう。
腕を振り上げ、堂々と宣言をする。遊戯神は声を上げるが、もう届くことはない。
「クソクソクソ!クソがぁああ"あ"ッ!!」
全員は思想する。ついに愛夏が対等な状態でサイコロを振れると、だがその確率は6分の5。絶対に勝てると決まったわけじゃない、2から6が出る事を祈るしかない。
だが愛夏はバケモノ男を一瞥すると、こう宣言した。
「──"1"っ!」
その声は屋敷の外へまで轟いた。
「はぁっ!?」
「1だと!?」
「……はは」
驚く二人に続いて、私は乾いた声を漏らす。しかし、隣で腕を組む主人の表情を見ればもう驚く要素が無くなってしまった。
やっと確率の勝負が出来ると思ったこの局面でまさかの1、それが当たる確率は当然6分の1だ。選択する意味がわからない。わざわざ不利な方を選ぶメリットがない、せっかく作ったチャンスを博打に投げうつようなものだ。
……だが、それでも尚彼女の意志は変わらない。変わるはずもない。
絶対的な勝利はいつしか遊戯神より愛夏の方が確信をものにしていた。きっとあの時にはもう、決着をつけるための全ての段取りが整っていたのだろう。
風が止まり、投げられた賽子はエントランスの空中で運命を回す。
全員の視線がそこに集まる中、愛夏はそんな賽子から興味なさげに視線を外すと遊戯神の方へと向き直る。
「あんたの言う通り、この一連の勝負に確率なんてものは介入しなかった。……それは私にとっても同じ。自分で動かし、自分で決める」
赤い一目を軸に下に落下していくただの賽子。絶対的存在を持つ彼らに見られ、尋常じゃない程の重みを背負う小さな六面体。
愛夏は遊戯神の目を見て話す。賽子は未だ転がる、観衆はどちらに目を置けばいいのかわからない。
いや……その時にはもう。勝負は決まっていたに違いない。
◇◇◇
ようやく彼女と目があったのはこの勝負が始まって以来だろうか。だからこそ僕は今まで気づくことが出来なかったのかもしれない。慢心に身を委ねてしまっていたのかもしれない。
その少女の瞳に映ったのは初めから僕なんかじゃない。死地を潜り抜けてきた修羅の精神と、これからまた死地へ向かおうとしている希望の瞳。
「神様でも運命でも、ましてや確率でもない。──賽を振るのは"私"なのだから」
あぁ、そうか。……彼女は違ったんだ。僕とは違う、絶望こそが自分にとっての希望の活路だと思っている。そしてそれは口先だけじゃない、しっかりと実現できる力を持っている。
もう何度目か。赤い絨毯に落ち、何度も跳ねていく賽子。
未だに僕はどの目が出るのかわからない。いや、彼女以外全員わからないだろう。でもその結果は確信している。
目の前の少女が、──確かに未来を見ているのだから。
「……降参だよ」
静寂に響いていた賽子の転がる音は消え、次に発した言葉は降参の一言だった。
エントランスの玄関の扉が開く。薄暗いこの場所に晴れやかな外の光が射し込み、賽子をまぶしく照らす。
反射される六面体は赤い丸の模様。上を向き、自らの出した結末を揺るぎないものとするかのように。高く、高く。ただ真上を向く。
……間違いない、"1"だった。
「──私の勝ちよ、遊戯神トリック・スター」
この時、この瞬間をもって。愛夏と言う一人の少女の伝説が始まった。
少しでも続きが気になると思いましたらブックマーク、評価宜しくお願いします!!
皆様の評価が作者の餌となり、続きを書く意志となります。
↓広告の下に★型のポイントを入れられる場所があります!




