第十九話「勝利への布石」
殺伐とした空気が漂う中、緊迫と風圧によって歪んでいたエントランスに振動を与える。
「──次の一回で勝つわ」
音々は風に乗って緩やかに全員の聴覚を通り抜ける。
それはあまりに突拍子もない言葉だった。
動く足には力が入っておらず、表情もどこかおかしい。まるで自分に残された意志だけで動かしているかのようにも思える。
そして愛夏はその勝利と思わしき宣言を、遊戯神ではなくバケモノ男に向けて放つ。
「……は?」
何を言ってるのかわからない遊戯神は呆けた返事を返すのみ。
「やってみろ、最後まで見てやる」
一方のバケモノ男は愛夏を真っすぐ見ながらそう返事をする。
二人の間で飛び交うのは"親愛"なる殺意の交差。
愛夏は再び席に着く。ありったけの深い深呼吸をした後に、力なく首を垂れて笑みを浮かべる。
それが何を意味するのか、果たして意味を持つのか。周りは今の愛夏が何を考えているのか皆目見当がつかない。だが、それでもこの場にいる者は皆一つだけ確かに理解できていることがあった。
──次の一回は、確実に大きな一手になる。
◇◇◇
長らく私の奇行を見続けてきた遊戯神は肩を落とし憐みの目で見下す。
「……は、はははっ!ふざけているのかい?なんの真似か知らないけど、そんな狂人のフリで僕に畏怖を与えようと思っているのならあまりに見当違いだ。賽を振るのは君で、僕は何もしていないんだからね」
呆けた様な面でそう答える。よくもまぁこんなに堂々としらばっくれられる。私が何百回サイコロを振っても当たらないのは、意図的に彼が干渉しているに他ならない。
そしてそれを証明することも防ぐことも不可能、勝利を確信して当然の判断だ。
「例え僕が魔法で何らかのイカサマをしていようと、それを証明できなければ反則と断定出来ない。いや、僕はそもそもイカサマなんてしていないんだけどね」
その言葉でようやく桜も気が付き始める。
「(まさか……っ!)」
思えば最初から簡単な出来レース。
ここは魔法が使えて当然の世界なのだから、勝負に置いて使用されるのは当然の事である。そして魔法は派手なものが多く痕跡も残りやすい、恐らく遊戯神の使用している魔法はそこまで痕跡が残らないものなのだろう。いや、神だからこそ扱えるその神域の魔法は痕跡どころか証拠すら残らないはずだ。
そして遊戯神はこの魔法を使用するにあたってのルール違反を犯していない。目に見える魔法や物理的抵抗、罠を仕掛ける等は当然反則となる。なるのだが、彼は一つだけ自分が許容される範囲の行動を最初のルールの時に言ったのだ。
それはルール説明の項目6.『同じくディーラーである遊戯神も手出し不可、"ただし喋る事は可"』と。
そう、彼は勝負中に喋る事だけが許されている。それはつまり喋る事自体が魔法だった場合許容範囲になると言う事だ。
イカサマをしていない、それはある意味嘘ではないのだろう。バレたところでルール違反にならないのだから。
だから私達は彼が、遊戯神が魔法を使ってイカサマをしていると踏んだ。
……だけど、それは全くの勘違いだった。その発想がいけなかったんだ。
「そうね。私はあんたがずっとイカサマをしていると思っていた。イカサマをしているのだから抜け穴は見つかる、対処できる。と、そう思っていたわ。だけどそれが間違いだった」
私も桜もその線をずっと疑っていた、ずっとそう考えていた。
遊戯神が放っているであろうイカサマ魔法の対処法を、その魔法の抜け道を常に模索していた。
だけど、これだけ勝負を繰り返していれば当然気づく。
──遊戯神は、魔法なんて使っていないのだ。
「あんたは私が賽子を振る時に必ず超音波らしき言葉を呟くわ。それがどんな常識外れの効果を持っているのかわからないけど、それを聞いた後はまるで別の感覚に囚われたかのように外れる。だからその超音波が恐らく魔法なのだと、そう思っていたのよ」
それは喋る権利だけ与えられた遊戯神が、そのルールから反しない形で取れる最善の抵抗。それが魔法だというのなら、それを咎めればいいだけの話。
そしてあの時、遊戯神の昔話をしていた時にバケモノ男は言っていた。"どの目が出るかは分からないが結果は分かっていた"と。
だけどこうも言っていた。──"遊戯神に勝つ可能性も当然あった"と。
「僕は今まで何千年と生きてきたけどね、生まれてこの方イカサマなんて一度もしたことがない。君達が勝手にイカサマだと勘違いして僕の意図に気づけないまま死んでいくだけだ。イカサマをして勝つ遊びなんて面白くもなんともない。僕は自分が敗北する可能性が残った盤上でこそ、勝ちを捥ぎ取るのが好きなんだ。だからイカサマなんて小汚いマネはしないさ」
侮った、視野が狭かった。
今まで死に続けたのは、きっと遊戯神の意図に気づけなかった愚かな自分への代償なのだろう。
そもそも遊戯神がイカサマをしていたのなら、バケモノ男やミットが反応くらいするだろう。
それをしないということはこの勝負は正当な方法で行われているということ。私が負け続けているのは必然で、その敗着の原因も私にあるということだ。
敗着の理由を遊戯神に押し付けている段階で、私に勝利は有り得なかった。
「君達はいつも僕を非常識だと訴える。イカサマをしてなければこんなことにはなるはずがないと、そう信じようとする。だけど現実は残酷だね、僕は白だ。ルールを破ることはしないし、君達の言うイカサマに該当する行為など一切していない。だからその上で改めて宣言しよう。……僕は絶対に負けない」
絶対的な自信を持ってそう答える遊戯神。桜も勝負の根底を全て理解し、勝てないと項垂れる。
ここまで言えばもうわかるだろう。
遊戯神の本当の力は──"場の完全な掌握"だ。
賽子を投げる私の意図を、行動を、その起こすアクションの全てを彼は自在に操っている。
それもたった一瞬の、超音波という声のみによって。
「実際。あんたの超音波が聞こえる前に振っても、耳を塞いで振っても効果はなかった。壁に穴を開けるほどの威力で投げた事もあった、だけど全部ダメだったわ。あんたが操っているのは私だけじゃない、この場に流れるありとあらゆる現象全てを掌握して、自分のものにしている」
超音波に魔法の気配はない。超音波が特殊な能力によって起こされているわけでもない。
──ただ単純にこの世に流れるありとあらゆる変数を知り、乱数を把握し、それらを自在に操って不確定要素を限りなく0にする。そのために極限まで突き詰めた最短の行動が超音波。
つまり、遊戯神はわざわざ超音波なんか使わなくても、流れを自在に操ることは可能なのだ。
「勝負に置いて重要なことは勝つ確率でも仕込みをすることでもない。……駆け引きだ。僕はその駆け引きを深部まで突き詰めて場の流れを変えている。つまり場の流れが僕の物である以上、君が何をどうあがこうと賽子の目は変わらない。君は自分の意思で振っていると思っていたようだけど、全ては僕の手の平、支配下で投げていたに過ぎないんだよ」
遊戯神は滑稽だと言わんばかりに嘲笑った表情で周りを見下す。
ふざけている。デタラメすぎる。……そう思うのはきっと私だけじゃないだろう。
だけど、私が挑んでいるのはただの人間じゃない。遊戯神だ。全ては常識外で起こりうることなのだと納得するしかない。
私は右手に力を入れる。先程から身体が言う事を効かないのを無理矢理押しのけている。
「それでも私は考えたわ。考えた……死に続けながら、ずっと」
掌を丸めると異様な怪奇音で節が鳴る。生き返ってから間もないのに既に身体が壊れ始めている証拠だ。
「でも答えは見つからなかった、その超音波に弱点は無かった。そもそも魔法ですらないのだから、弱点なんてものが存在しているはずもないしね……」
私は力なくそう答える。その声は弱音で、諦めのため息が入り混じっていた。
桜は再び涙を流す、今度こそ終わりだと。
「当然だ。よく頑張ってたみたいだけど、初めから穴のない壁に抜け道を探そうとしても見つかるわけがないんだよ。そもそもこの勝負に確率なんてものは介入していない。もっとも、この世界に確率なんてものが存在すると思ってる奴等は一生僕の域には届かないだろうけどね」
反対に遊戯神は邪悪な笑みを浮かべ己が勝利を再び確信し始めた。
サイコロを振って目が出る確率は6等分される、だがそれはあくまで誰の手も触れない正当で対等な状況だった場合だ。そこに誰かの手が加われば好きな目を出すことだって可能になる。
振る勢いや回転数、風向きと風速。様々な条件下の元、出る目は決まっているのだ。
そして遊戯神はそれらを意図的に出すような場の流れを作っている。あくまで振るのは遊戯神ではなくプレイヤーだと、そうすることで自らの失態は自らの責任だと自覚させている。
これはどうあがいても攻略できるわけがない。どんな強固な意志を貫いて振ったとしても遊戯神の意図する結果へと繋がってしまう。不可能に近いゲームだ。
「……でもね、一つだけ答えが見つかったのよ」
私は小さな声で呟く。
それは遊戯神に対してでも、このゲームに対してでもない。たった一人の男へ向けて。
完全に八方塞がりだった。勝利は見えなかった。
──ついっさきまでは。
「へぇ?どんな答えだい?」
余裕の表情で返事をする遊戯神。それに対し私はゆっくり、もう一度大きく深呼吸をする。
諦めの一呼吸と解釈する桜、疑心に埋もれるミット。──そして唯一勝利を確信し続けてきたバケモノ男。
各自の思考が入り混じる中、その時は訪れる。
戦況は今、変わった。
「……神は賽を振らないこと」
私は腰に下げていた剣を素早く引き抜き、目の前のボードごと遊戯神を一刀両断した。




