第十六話「拷問」
人間など愚かな生物だ。それは神になっても変わらない、人間という体の神に過ぎない。
物事を上から見続けきた私でも、それが聡明か愚昧かの判断くらいは出来るつもりだ。
だからこそ目の前で愚行を続ける神は非常に醜かった。
やはり元が人間であればこんなものかと、再認識するいい機会だと思った。
だから、だからこそ。私はその倫理を崩させた対比する人間を羨むのだ。醜い神に果敢に挑む異質な人間。この人間は今までとは何かが違う。
この試合でその何かを掴めそうな気がして、私は観戦を続けている。
傍らでその様子を主人も楽しそうに観戦している。
──私が帰宅してから1時間が経とうとしていた。
当初は何事かと驚いたが、どうやら愛夏と遊戯神が互いの目的を賭けて勝負をしている様子だった。
最初に主人から状況の説明を聞いた時は寒気がした。それは喜びから来る悪寒なのかもしれないが、私にとって大きな経験の一つが再度この場にて起ころうとしているのだから。
未だに愛夏は血塗れで肉片を爆散させている。あれからもずっと負け続けて死を繰り返している様子だった。
その後も遊戯神の圧倒的攻勢が続く。
一方的な虐殺とも思える光景、だが局面は愛夏の優勢だった。
「ムカつくムカつく!何だその無表情、巫山戯るな!」
肉体と精神の対比した遊戯神は纏まらない知恵と感情をぶつける。
「じゃ……次も2~6ね、──……はい」
「────」
結果は1。
「僕の勝ちだ!殺す!何度でも殺す!」
荒れ狂うように斧を持ち愛夏の首を切り裂く。
一瞬にして散りばめられる肉の残骸。それは絶命を意味するに等しい。
しかし数十秒経てばまたエントランスに戻ってくる愛夏。
「な、なんなんだよお前はッ!!」
「今、度は……ゲホッ、ゲホッ……1ね……」
「────」
結果は5。
「いい加減に降参しろッ!君は痛くないのかい、……そうか、本当は痛覚を感じない類の魔法を使用しているんだろ!」
流石に疑心を抱いたのか、愛夏が痛覚無効を使用しているか使用されていると勘違いし始めた。
当然、そんなわけが無い。
「見てわかるだろう、愛夏は人間と同等の痛みを負っている。その焦点すら合ってない目を見れば一目瞭然だ」
主人の擁護も入り舌打ちををする遊戯神。事実愛夏は盲目に虚空を眺めている。
主人が愛夏に掛けた不死の魔法は状態異常を全て消し去り、クリアな状態で復活出来る世界最上位の干渉魔法だ。例え視力を失ったとしても、生まれつき肉体に何らかの不備がある人間だとしても全て元に戻す。
人間と言う存在の、差異のない状態へと戻す。それが主人の使用している魔法。
だがそれはあくまで肉体のみに作用するものであり、精神状態を治す事は不可能なのだ。
そして精神は、時に意図せず自分すらをも殺す諸刃となる。
「──2、から……6……ね……」
「────」
片手をボードに掛けて自分の体を支えるような体勢を取る愛夏。
無傷にも関わらず寒気を感じたのか、もう片手で自分の体を抑え始める。顔は真っ青だ。
流石に限界が近いのだろう、目が虚ろになり明後日の方向を向いている、このままではいずれ精神崩壊を起こす危険性がある。
手で探るようにサイコロを掴み、それを宙に投げる。
もはや自分が投げたサイコロの目など見えないのだろう。
フラフラと立ち上がり、遊戯神の方へと向かう。
──まるで結果は当然と分かっているかのように。
生憎か、当然か。結果は1。
愛夏の連敗が続く。これからも続くだろう、永遠に。
「──」
ついに喋らなくなった愛夏を前に遊戯神は苛つきを抑えながら苦笑いする。
「……そ、そろそろ降参の意と認めていいんじゃないかなぁ?君、このまま続けたって永遠と死に続けるだけだよ?それとも、まだ自分が勝てると思ってるのかな。諦めた方がいいよ、──僕は絶対に負けない」
何故絶対に勝てると確信できるのか、敢えて肝心な所を言わずその意志だけ伝える。
だが進言通り遊戯神は絶対に勝つのだろう、私は戦ったことは無いが解る。遊びに関して彼に勝てる者はいない。彼は絶対に勝つ。いや、勝ってきた。
例え永劫の時間の中遊び続けようと、彼は飽きることなく疲れることなく勝ちに結び続ける。
だからこそ神の地にまで足を着けられたのだ。
「はやく……次のゲームをっ──」
途切れた言葉と共に、愛夏の心臓付近に穴が空く。
「ゲームじゃない!遊びだって言ってるだろ!」
最後の生命活動か、愛夏は反射的に口から血溜まりを吐き出すと膝を着くことなく頭から倒れ落ちる。
その死を見ても尚、遊戯神は怒りの募った形相で死体と化した愛夏を罵倒する。
次のゲーム、その言葉はまだ続けると言っているに等しい。
絶対に降参しない意思を見せつけられ感情の起伏が激しくなる遊戯神。
だが彼は遊びに人生を捧げた者だ、誰よりもその真理を見出してる。例えそれが自分の上手くいく流れではなかったとしても、永遠に続いたとしても。彼が遊びを辞めることは絶対に有り得ない。
そして同時に否が応でも自ら降参はしないのが彼のポリシーだ、伊達に神を名乗ってはいない。
やがて陽の当たっていたエントランスに暗闇が灯り光が消えていく。普段いる食卓の間と違いエントランスには時計の音は響かない。
穏やかに流れる空気の中、感覚に取り残された時間が進み続ける。
──幾許経ったのだろう。生物が四人もいながら物音1つしない、永久を築き上げるが如く静寂がエントランスに訪れる。
愛夏は未だに戻ってこない。
「──いくらなんでも遅いよ。もしかして僕が怖くなって遊びを放棄したのかな?それとももう死んだとか!……どの道プレイヤーが勝負の席に着かないということは棄権と見なしていいって事だよね?」
反する声は挙がらない。
だが主人の魔法は絶対だ、この世の理を捨てでも絶対を保証される程に。その境地にいる者が掛けている魔法なのだから愛夏が死ぬ事は有り得ない。
しかし愛夏がエントランスに戻ってこないのも事実。このままでは本当に彼女が負けになってしまう。
──などと考えてる『人間』はいるのだろう。
数秒か、数分か、感覚的には数時間か。
誰もが息のみをする静寂の世界に遊戯神が最後の宣言を下そうとしていた。
「それじゃあこの遊びは僕の──」
風の流れが変わる。
それは虫を一匹たりとも寄せ付けない屋敷の窓から流れる事を許された、唯一の象徴。
新しくも穏やかな旋風に巻かれ、幼い足音がエントランスへ向けて響き渡り始める。
「おくれて……ごめんなさいね……」
細い声でそう告げる愛夏、その目は痙攣を起こし、口元には唾液と混じった血が付いているのが分かる。
「──チッ……」
その帰りを歓迎しない者は言わずもがな、当然の反応だ。
「ふむ。もう死にそうだが、死ぬなら振ってから死ぬべきたな」
主人から追い討ちとも思える言葉が放たれる。
しかし愛夏は気にする様子もなくサイコロを手に取る。
「──に、から……ろ……」
「────」
今にも消えそうな声で力なくサイコロを振る。
重力に従って地面に落ち、転がる様はまるで愛夏の杞憂を求めてるかのように。
結果は1だった。
「……は、はは」
まさに豪運、まさに奇跡。天文学的確率で勝ち続ける遊戯神。
だが、この世界に運なんて物が果たしてあるのだろうか。
片隅で愛夏を見ながら絶望の顔に染まっている桜という人間、同時に愛夏がその枯れた笑い声を出した。
その反応を見た遊戯神が斧をしまうと小さなナイフを取り出す。
「──こういうのはあまりやりたくなかったけど、僕だって暇じゃない。……もうこの遊びは終わりにしよう」
斧をしまい、懐から取り出したナイフを逆手に持つと愛夏の目の前まで歩み出した遊戯神。
やがて自分よりほんの少しだけ背の高い愛夏を手中に捉えると、軽く跳躍し逆手に持ったナイフを思いっきり振り上げる。
それは躊躇いなど微塵もない、肉や魚を切り刻む料理人と同じ目の色。同じ存在。
愛夏も嫌な予感がしたのか、体に力を入れるもピクリとも動かない。
「──こっちの方が手っ取り早く済むだろ?」
斧を振り回すよりはるか弱い力で、敢えて力を弱めているその小さな手で振り下ろされる無邪気な凶器。
間隔なくナイフの切っ先が愛夏の虚ろな目に向かって飛んでいく。避ける事も儘ならないままその一瞬の視覚と言う恐怖が襲いかかる。
そして自らの役目を果たすべく鋭利な刃を研ぎ澄ましたナイフは、止まることなく身を握らせた主の力に沿って振り下ろされた。
「ひっ……」
桜の絶句に近い悲鳴と共に、ナイフは愛夏の壊れた瞳を貫いた。
「っあがッ……あ、ア、あああ"ぁ"あ"あ"あ"ッ……」
次に聞こえたのはナイフが深々と右目に突き刺さり、全身痙攣を起こしている愛夏の唸り声だった。




