第十五話「変化と兆候」
確かにこの手で殺したはずの少女が今、目の前に無傷で立っている。
そう驚いたのはこの場にてただ一人、遊戯神だけだった。
「……どうして生きているんだい?」
過去に私の復活を目の当たりにしている桜はそこまで大きな驚きは見せていないものの、遊戯神は引きつった表情と共に私の復活に異を唱える。
反して私はこの状況に少々呆れていた。全知全能の象徴を持つ神が、人間の状態1つ測れないのはいくらなんでも乏し過ぎる。
バケモノ男やミットは神と言われても違和感のない程の風格や実力を保っていた。ミットは普段間抜けだけど真面目になると一変する。バケモノ男に関しては何もかもお見通しと言わんばかりの理不尽な存在だ。
──だけど今目の前にいる神は、この二人と比べるとあまりにも格下だった。
異常な人達と毎日死と隣合わせな生活を送っていたせいなのか、遊びの神が現れた程度の驚きなんてこの屋敷に住んでる人にとっては皆無に等しい。
神とは絶対的な存在として君臨してこその神。表情を崩し動揺を見せるなんてあまりに不格好だ。
「あぁ、言い忘れていたわね。──私不死身なのよ、ついでに不老でもあるけどね」
私は呆れた表情でそう伝える。
しかし遊戯神はそれでも取り乱す一方だった。
「不死身!?君は不死身になりたくて不死の塔へ行きたいんじゃなかったのか!」
ボードを両手で叩き明らかに憤怒を示している遊戯神、バケモノ男はそれを見て滑稽だとばかりにニヤついている。
「ええ、そうよ。確かに今の私は不死身だけど、外に出たら生身の人間に戻るわ」
その言葉通り、私は外に出たらか弱い人間へと逆戻りだ。私が不死身でいられるのはあくまで屋敷の中でのみ。
「は?外に出たらだって……?」
そう、それはつまりこの屋敷が原因であると明確にしている。ここまで言えば流石の遊戯神も気がついた様子だ。
するとその矛先が再度バケモノ男へと向けられる。
「まさか……お前の仕業か超越神ッ!!」
まるで射殺すような目線でバケモノ男を睨みつける。
私を不死身にしたのは紛れもないバケモノ男。そして遊戯神もこの男がそれくらいのことは可能に出来るということを知っているのだろう。だからこそ怒気を隠す気がない、凄まじい程の殺意を向けている。
今にも二人の場外戦が始まりそうな予感だ。
「こんなの……こんなの反則だぞ!」
遊戯神から菫色の歪んだオーラが放たれる。姿は子供のままだが、その体に纏っている妖気のような禍々しいオーラが触れる地面を軋ませる。
桜に至っては状況についていけず今にも口から泡が噴き出そうだ。
遊戯神の怒りは最もだ。確かにこんなやり方は反則だと思う、まず負けないのだから勝ち筋しか残されていないわけだし。
だけど私は。いや、この屋敷にいる人達は全員まだ1度もルールを破っていない。遊戯神を含め、私達はお互いの合意を取って始めたゲームから何一つ変化はもたらしてないのだ。
蝙蝠のように逆さまになっていたバケモノ男は体勢を立て直して宙に浮くと、ゴミを見るような視線で遊戯神を見下ろした。
「反則?一体何処に反則だと言える要素があるんだ?俺はこの勝負が始まってから何もしていない。俺が愛夏を不死身にしたのは数ヶ月も前の事だ。お前が勝手にただの『人間』だと勘違いして『不死身』である愛夏に挑んだに過ぎない。そうだろう?」
そう、遊戯神は私をただの人間だと思い込んで勝負を挑んだだけ。ただでさえこちらに勝負を断る拒否権はないのだから、これはどう考えても遊戯神の自業自得なのだ。
遊戯神はこのまま反則と言い続け、それを理由にこゲームから身を引く手はある。しかしバケモノ男がいる前でそれはプライドが許さなかったのか、遊戯神は独りでに葛藤を始めた。
勝負は続ける様子だが明らかに私に分がある。ルール上屋敷の中でゲームが行われる限り私は死ぬことは無い。いや死ぬけど、少なくとも私の存在が消え去ることは無い。そしてこのゲームは屋敷の中でやると事前のルールで確認済み。当然ルールの変更は不可能。
──この勝負は始まった時点で、私は勝つか引き分けるかに絞られていたのだ。
「クソッ!クソクソクソッ!!これじゃあ僕に勝ち目がないじゃないか!」
遊戯神は荒れ狂うようにボードに拳を叩きつける。
まるで子供に帰った様なその行動に、バケモノ男は煽りを込めた満面の笑みを浮かべている。私が言うのもなんだけどこの男は本当に性格が悪いと思う。
──だが次の瞬間。遊戯神は何かを閃いたような表情し、再び不気味な雰囲気を漂わせた。
「不死身……何度も死ぬ……そうか。これがある、はは、あはははっ!」
目まぐるしく展開が変わる。
ゲーム開始前よりもはるかに嬉々を取り戻した遊戯神は私の方を見ると明らかに敵意を向けて、引き裂けるような笑顔をする。
「君……死ぬって言っても痛覚は残るんだよね?」
唐突な質問に私は何も考えず早々と答える。
「そうね、死ぬほど痛いわ。あと生き返ったあとも痛い、出来れば死にたくないわね」
「そうか、あは、はははっ、あははははッ!」
遊戯神は堪らない笑いを吐き出し、私を蔑む。
「僕はこの遊びに負けるつもりはないし、君だって不死身なのだから負けない。だからこうしよう、先に降参を認めた方が負けだ。そして君が降参し負けを認めた場合は存在自体消し去ってもらう。二度と生き返ることのないように、屋敷の外で処刑する。勿論その代わり僕も負けた時はおまけで何か言う事を聞こうじゃないか!」
「ええ、それでいいわ」
その言葉を聞いた私はなんの質問も疑問も返さず、即座に返事のみする。
ここで拒否しても駆け引きが長引くだけ、遊戯神なんて名乗っている神の土俵で思考を使うなんて愚の骨頂だ。
間を置かない返事に遊戯神は再度驚くが、それでも自分が勝つと信じて疑わない顔をしている。
ルールは変更不可だったけど、お互い勝負がつかないのなら着くように変えなければならない。それは勝負の世界では当然の摂理だ。
だけどこの時、遊戯神はこの勝負を引き分けにする方法もあったのだ。そもそもこの勝負は1回限りを前提に組まれたものなのだからこんな耐久を競うものでは本来無いはず。
それを理由に引き分けを講じて互に新たな勝負をする権利だってあったはずなのだ。
それを捨てたということは余程このルールで勝てる算段があるのだろう。
「言ったね!じゃあ早速始めよう!僕は絶対に負けない、君は痛みを感じながら何度も死ぬ、──何度目で気が狂うのか楽しみだよ」
ルールが決まるとわざとらしく自分の意図を言いたい放題言いながら煽る遊戯神。
ああ、そういうやり方か。
不死身なのを逆手にとって何度も何度も痛めつけるのは拷問の一種として有名だ。
いくら不死身でも痛覚まで消すのは不可能、と言うより痛覚を消したら感覚の殆どが無くなり日常生活まで支障が出る。
遊戯神のやり方は単純、私の気が狂うまで殺し続けるだけ。
そして自ら死を願う私を想像しているのだろう。
……私はバケモノ男を一瞥する、遊戯神は釣られない。
両名がボード前の席につき、再び勝負が始まろうとしていた。これから永遠とも思えるほどの死の連鎖が始まるのだろう。
私が勝つには運だけじゃ多分ダメ、恐らく遊戯神が何かしている。何も証拠はないけど、少なくとも確率で勝ちに行くのは無謀だ。遊戯神の言った通り気が狂うまでに手掛かりを見つけないとね。
私はそんな意気込みを見せながら賽子を掴もうとしたその時。目の前の玄関正面の扉が大きく開かれ、元気のいい声がエントランスへと響いた。
「はうぁ~!ただいまです!」
──幸か不幸か、空気を読まない天然バカが帰ってきた。




