第十話「今日は世界の誕生日」【特別編】
俺には妹がいた。
周りの連中からは指一本で神を屠るバケモノ等とわざわざ臭く呼ばれているが、俺だって最初は普通の一般人だった。いや、そもそも人間だった。
どこにでもいる普通の家庭、普通の家族、普通の兄妹。
物心つくまで分け隔てなく育った俺達兄妹は、まだ兄妹と言うものを自覚していない歳だった。
妹は気づけばいつも俺の散らかしたおもちゃを一人で片付けている。
まだやんちゃだった俺でも、それが子供にとっては屈辱的行為である事を自覚していた。
今度、埋め合わせをしよう。子供ながらにそう決断した。
「ケーキ!」
珍しく妹が張り切っている。
親が用事でいない日は妹の誕生日、テーブルに置かれたケーキは子供用のデコレーションケーキ。
量は普通の物の3分の1程度で、俺達二人で半分にして食べるためのものだろう。
妹の反応を見て確信する。そうか、甘いものが好きなのか。
俺は簡易的な包丁でケーキを2つに分けた。俺の分と妹の分。──だけど分けたケーキは明らかに等分できていなかった。
片方は小さい方の倍はある。切っている時妹はずっとみていたのだから、どっちが多くてどっちが少ないかなんてすぐわかるほどだった。
そして俺は量の多い方を自分の皿に移そうとする。そう、わざと。
当時の俺はやんちゃだ、自分のケーキだけ量を多くしようとするのが普通の考えだ。
だから小さいケーキを手に取ったら妹に不審がられる。
俺は待ったのだ。どんな言葉でもいい、「ちょっと、そっちのケーキの方が大きいじゃん」と一言添えてくれれば、俺は仕方ないなと不貞腐れながらも妹に大きい方のケーキをあげれる。
妹の誕生日なのだ、普段大人しい妹でもそのくらいの発言が出来ることくらいわかってるはず。いや、そもそもこの状況からみて明らかに俺のいたずらが過ぎている。他の兄妹でもよくこういう事が起きるのは知っているはずだ、だからそれを逆手にとって大きいケーキを妹に分け与えるつもりだった。
俺は待った、これが俺のおもちゃをいつも片づけてくれる埋め合わせだと。
──だが妹は小さいケーキを取って「ありがとう」と一言笑顔を添えて言うと、嬉しそうに食べ始めた。
◇◇◇
「……何よ」
いつものように修行してる私を邪魔するようにさっきからじっと見ているバケモノ男。
私はいい加減うざったくなりバケモノ男にガンを飛ばす。
この男いつも変な行動をしているけど、今日は更に変だ。
「いや、少し昔の事を思い出してな」
「だからってなんで私を見てるのよ」
「今日も可愛いと思ってな」
「ぶっ殺すわよ」
「やってみてからいいたまえ」
そして真相を聞けぬままいつもの会話に逆戻り、この男は本当に話を逸らすのが得意なようだ。
「時に愛夏よ、今日は8月16日だぞ」
「へー、この世界にも西暦ってあるのね」
どうでもいいような顔をして独りでに修行を再開する。
「この世界の人口の1割は人間が占めているからな、それも地球の人間たちだ。転生したか飛ばされたか攫われたか、いずれにしろここ数百年でかなり多くなってきたな」
私以外にもこの世界に人間が来ていることはわかっていた。けれどひ弱な人類種に文化を築けるほどの権利があるとも思えない、よほど強い人がいるかそもそも人が多いかだろう。
けれど1割って言ってたし、そんなに多くないのかな。
「因みにこの世界の人間ってどのくらいいるの?」
「ふむ、80憶人程度だ」
それで1割ってこの世界広すぎない……?
私本当にこの世界じゃ下位も下位、最下位もいいところじゃない。
微妙な感情に顔を歪ませながら私は剣を空振りする。
その行為を始めたとこをみるとバケモノ男は人差し指を立てながら自慢気に話し始める。
「そうそう、話がずれてしまったな。今日は8月16──」
「汗かいたわねー!バケモノ男、お風呂入ってくるから絶対入って来ないでね!」
わざとらしくその場を逃れようとするが、バケモノ男は察してくれない。
「それはいいが今日は──」
「着替えどこに置いたかなー!忘れちゃったなー!」
「着替えはそこにあるぞ、ところで今日は」
「じゃあ行ってきまーす!」
正面突破成功。なんて素晴らしいんだろう私。バケモノ男を相手にここまで白を切れたのは私くらいだろう。
私はうんうんと頷きながら服を脱ぎ、全裸でお風呂の扉を開けた。
「……」
「やあ、ところできょ」
扉を閉めた。
「今日はお風呂より温泉に入りたい気分だなー」
私は高速で着替えると、結界で絶対に生身一人しか入る事の出来ない専用の温泉に向かった。
浴室で服を脱ぎ全裸になり、バスタオルを巻いて温泉専用のゲートを潜る。
潜ったらバスタオルが消滅していた、やはり生身じゃないとダメらしい。
やっとのことで一人しか入れない専用の温泉の扉を開けた。
「……」
「やぁ、とこ」
扉を閉め。──ようとしたが無理矢理こじ開けられた。
と言うか扉が吹っ飛んだ、比喩じゃない。
完全に裸の状態で鉢合わせをしてしまった。いやどうみても意図的に鉢合わせしたのだから私はどこから突っ込んでいいのやら、もうわけがわからなくなった。
そもそもここは結界で一人しか入れないんじゃなかったの……って、この屋敷自体を所有している男に言っても無意味か。
私はジト目になりながら大きくため息をつく。
「セクシャルハラスメントって知ってるかしら?」
「この屋敷に法はないぞ」
「……この屋敷にまともな人間はいないの?」
「人間はいないがまともとは俺の事か?」
「……もういいわよ、聞いた私が馬鹿だったわ」
飽きれた私はバケモノ男を無視して温泉に浸かる。
ここの温泉は何重にも除去魔法がかけられていて、入る前にわざわざ体や頭を洗わなくても全身浸かれば様々な効能や美肌効果などの効力を得られる。正直しょぼいけど、そんな小さなことに全力を費やしてきた馬鹿がミットらしいところだ。
実際、彼女にかかればこのくらいのことは朝飯前なのだろう。以前私がちょっと提案したら物凄い形相で作り始めた。
「はぁ……あったかくて疲れが取れるわね」
「それは良かった、ところで今日は8月16日なんだが」
「さて、そろそろ戻って修行しないと」
「ふむ。まぁお前が答えるまで寝ている時も永遠と問いかけ続けるから構わんが」
え、なにそれこわい。
常に余裕でいるバケモノ男に私は歩みを止めると、また温泉に浸かり体を丸めた。それは降参の意志を示すものだ。
……そろそろ潮時かな。覚悟を決めないと。
一呼吸し全身に力を入れると、突如バケモノ男の余裕の表情が一変した。
私は目を鋭くしバケモノ男を威圧すると低い声で質問する。
「あんた、最初に私の事は何も知らないって言ってたわよね?──どうして今日が、8月16日が私の誕生日だって知ってるの?」
温泉の淀んだ空気が一気に変わる。黒く、殺意の重い霧。
「私、この世界に来てから自分の素性は極力口にしてないわ。なのにもしあんたが最初から私の誕生日を知っていたのなら、……私に関する他の事も知ってるはずよね」
凝縮された殺意の塊が丸くなっている私の周りに収縮される。
もし、最初から知っていて妹を喰ったのなら。私がここに来ると予想してまで余興に楽しんでいたのなら、絶対に許せない。
勝てる勝てないじゃない、
──この男は今、ここで殺すべきだ。
「ふむ、どうやら地雷を踏んだか」
その言葉をきっかけに私達の戦いの火蓋は切られた。
私が放った殺意の矛先がバケモノ男に向けられ、それを瞬時に感じ取ったバケモノ男は私の方をみて警戒心を高める。
そしてその後ろ、バケモノ男の背後を完全武装した私が切りかかる。
だがバケモノ男は素早く振り向き、私の全力で振り下ろした剣を指でつまむようにして止めた
「ふむ、温泉の湯気を利用した残像か。そして殺気の使い方も上手くなったものだ。これくらい出来るならもう屋敷周りの子犬達は倒せるんじゃないか?」
馬鹿にしてッ……!どうしてその体制からノーモーションで防げるの!?
「それにしても一番驚いたのはお前が剣を持っていることだ、この温泉は生身じゃないと入れないはずだが」
普通に服着て入ってるあんたに言われたくないわよ。
「さっきあんたの姿が消えた時にミットに頼んで丁度この時間に結界を一時的に解いてもらうように頼んだのよッ、……温泉に入るのに裸は嫌だって言ったら普通に承諾してくれたわ……ッ!」
剣を押しながらバケモノ男の喉元に突き立てようとするが全然動かない。
「ふむ、お前は最初からこの温泉に来るつもりでいたのか。俺をここまで誘導して出し抜くとは、やはり素晴らしいな、感心したぞ」
「ならさっさとその腕の力を弱めなさいッ!」
「そういわれてもまだ1割も入れてないんだがな……」
あまりに絶望的な力差、やっぱり正面からこのバケモノに勝つのは無理なのだろうか。
「……それに、一つ勘違いしているぞ」
バケモノ男は指で私の剣を薙ぎ払うと、今度は人差し指から火を立てて空中に絵を描き始めた。
小さな炎からたくさんの森や水が生まれる絵が描かれ、まるで世界を作っているかのような物語が湯気と共に形作って行く。
「今日8月16日はこの世界の誕生日だ。お前がこの世界の事について学んでいたから知っているかと思ったんだが。なんだ、そんな勘違いしていたのか」
「え……?」
空気が一変する。私はぽかんと小さな口を開ける。
え、あれ?……もしかして私──。とんでもない勘違いを……。
ぽっかり空いた穴に壮絶な波が押し寄せてくる。
「まぁお前も誕生日なら丁度いい。ケーキを買ってきたんだ、好きだろう?お前の誕生日も含めて今日は豪華にしてある。さっさとその物騒な物は仕舞って食卓に向かうぞ。……ん?どうした?」
バケモノ男は完全にうずくまって今にも泣きそうな私を天井から見下ろす。
……物凄い勘違いしてた恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!もう誰にも会いたくない!死にたい!
……よし、死のう。
勢いのまま剣を抜き自分の喉元につきたてる。
「ふむ、ケーキにイチゴシロップでもかけるつもりか?」
私が不死身なのを知っているバケモノ男は、無慈悲にも無感情に私が一番傷つく煽りを乗せてくる。
ついに限界になった私は、突き立てている剣で喉元を切り裂こうとした。
だが次の瞬間、──剣が消滅した。ついでに服も。
『これ以上結界を閉じていると屋敷に影響が出るので通常通りに戻しておきましたよ~』
どこからともなく聞こえるミットの声。本当に最悪なタイミングだった。
「何がしたいんだお前」
「うるさいぃ!もう出てってよぉ……」
羞恥に勘違いに負け試合にと信じられない程の辱めを受けた私は、その後目が腫れるほど泣き続け、やがて温泉の湯に倒れ伏せて無事窒息で死亡した。
◇◇◇
「あれ、この世界のケーキっていいましたからどんな汚物が出てくるのかと思いましたけど……」
「いたって普通のケーキね、美味しそうだわ」
桜の隣に座り、食卓のテーブルに出された少し大きめのケーキを前にそんな感想を述べる。
私はあれから部屋で夜になるまで自殺を繰り返したらなんとか正常に戻った。食卓に私を誘う時に部屋を訪れた桜が、血まみれのベッドと私をみて気絶しそうになったのは言うまでもない。
「人間が作ったものだからな、味も保証しよう。ほらミットも遠慮せず食べていいんだぞ」
その作った人間が作った後どうなったのかは詮索しないでおこう。ある程度予想できるし。
そして既にケーキを食べ始めている私と桜を前に、ミットは姿勢一つ崩さず冷静な顔立ちをしている。
「私は主人より先に食すわけには参りません、気にしていないので私は全然」
「食え」
「はうぁ~!」
犬のように自分に盛ってあるケーキを頬張るミット。
うん、馬鹿なのだろうかこの子は。
「それにしても私のだけやけに多いわね、こんなに食べていいのかしら」
「たまたまだ、適当に等分したらそうなっただけだ」
それは等分とはいわないんじゃ……。
まぁなんにせよ甘いものが大好きな私にとっては嬉しい限りだけどね。
懐かしい味を思い出しながらケーキを口に運ぶ。
「ん~おいし!」
この世界に来てからまともな食事はしてこなかったし、その分本当に美味しい。
結局バケモノ男は私のこと何にも知らなかったし、万事解決ね。
──そう、解決。
……あれ、何か。何か忘れてるような。
バケモノ男は私の事なにも知らなかったよね、そうだよね。でも何か、違和感が……。
食器を重ねる私にふと呟くバケモノ男。
「美味しかったか?ケーキ」
その言葉で私は思い出した、その違和感の正体を。
「……ええ」
外見にそぐわない屋敷の中は和やかな雰囲気で包まれている。その中で私だけ一人の男を睨んでいた。
「誕生日おめでとう、……愛夏」
歴史に歳を刻んだこの世界は今日も変わらず、一日を終えようとしている。それは確かにここにいる私が感じたものだ。
──そういえばこの世界は、誰が何のために作ったのだろうか。




