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話声

作者: 庄垣彬
掲載日:2009/04/10


プロローグ


ガヤガヤ、ガヤガヤ


「は〜い、静かにして」


教室に男子教師が入ってくる。


「はい、委員長」


「起立、礼、着席」


いつものように授業が始まる


ここは、市内の小学校の5年生の教室。


いつも、賑やかで元気のいい生徒が多い。


このクラスの担任は二十七歳の男の教師、谷村隆、教師になって五年になる。


隆が教師になって以来、忙しい日々が続いている。


授業の準備、授業、生徒の成績の整理、テストなどの添削、それから親御さんとのコミュニケ―ション、そのほかに色んな書類の提出など、休む暇がない位の状態がずっと続いていた。


そんな状態のため、やめて行った教師も少なくはない


  (1)


ある日、いつものように授業が終わり生徒達が全員帰った後、職員室で教師達が残務をこなしていた。


隆もいつものように自分のデスクに座り仕事に集中している。


ふと、気がつくと、辺りは静かになっていて残っているのは、隆ともう一人の年配の教師だけだった。


その教師もすでに帰る用意をして席を立って、隆に近づいてきて


「お疲れさん、まだするのかい」


「明日は休みなんで、もう少しだけして帰ります」


「じゃあ、戸締り、よろしく」そう言って年配の教師も帰って行った。


時計を見ると午後8時半を指している


それから、一時間ほど仕事をして


「今日は、この位にしておくか」


隆は片づけをして、戸締りをして、職員室のカギを持って、警備室に行ってみる。


近年、学校に不審者や危険な事が増えてきているため、常駐の警備員を配置する事になっている。


職員室は校舎の入口を入ってすぐにあり、警備室は一番奥にあって昔の用務員室を使っている。


隆は職員室を出て警備室に向かう。


暗い廊下の奥に警備員室の明かりがやけに明るく見えた。


部屋の前まで来てノックをすると初老の警備員が出てきた。


「遅くなってすみません、もう帰りますから、これ鍵です」


「ごくろうさまです。はい、確かに」


ちょっと頼りなさそうだが優しい警備員に鍵を渡し出口の方に向かい職員室の前までくると


ガヤガヤ、ガヤガヤ


どこかで人の話す声が、小さいけれど聞こえたような気がした。


ガヤガヤ、ガヤガヤ


「僕が最後のはずなのに。まだ、人がいるのかな?」


興味半分で声の聞こえる場所を探ってみる事にしてみる。


ガヤガヤ、ガヤガヤ


どうも二階から聞こえてくるみたいだ。


隆は職員室のすぐ脇の階段で二階に上がって行く


ガヤガヤ、ガヤガヤ


二階に上がると月明かりで照らされている廊下、電気の点いている部屋はどこにもない。


「どこの部屋?」


心臓の鼓動が少し早くなってきた。


ガヤガヤ、ガヤガヤ


廊下の奥、ちょうど警備員の居る部屋の上の部屋、近づいてみると声は徐々に大きく聞こえてきた。


鼓動がいちだんと早くなる


ガヤガヤ、ガヤガヤ、ガヤガヤ、ガヤガヤ


暗い廊下、聞こえてくる声であろう音、隆はだんだん恐怖を感じ始めてきていたが、何か確かめないと、そんな思いで近づいて行く。


思わず胸に手を当てる、手のひらに心臓があるかのように鼓動を感じていた。


声の聞こえる教室の前、中の見えるガラス窓からそっと中を覗いてみると。


暗い教室の中には人影も何もなく、ただ暗闇だけがそこにはある。


そして、声も、物音すら聞こえてこなかった。


「なんだったんだろう、風のいたずら?それとも幻聴?」


仕方なくもと来た廊下を戻る事にした。


校舎の出口までくると警備員が立っていて校舎から出て行こうとしていた。


「ああ、すみません」


「まだいらしたんですか」


「ちょっと、忘れものを」


「今から校門を閉めに行くところなんで、一緒に行きましょう」


「すみあせん」


隆と警備員は校舎を出て校庭を歩いていた。


隆は先ほどの事が気になり校舎の方に振り向き、さっきの教室辺りを見る


「ううん?」


一瞬だけど何かが見えた気がした。


警備員が隆の行動を見て


「どうされました」


「いや、何も」


そして、隆は学校を出て家路にむかった。


携帯電話が鳴り出す、友達からの酒の誘いだ。


明日は休みなんで、お酒のお誘いに乗る事にした。


飲み屋について友達とたわいのない話をして盛り上がる、仕事の愚痴、上司の悪口、思いで話、そして


「そう言えば、さっき不思議な事があったよ」


隆が切り出す


「誰もいないはずの教室で人の声がしたような」


「何それ、もしかして学校の怪談?」


「分からないけど、気のせいかも知れないのだけれど・・・」


「でも、夜の学校ってなんか気持ち悪いよね」


「まあね、なれたら大丈夫って思っていたけど、今日みたいな事があったらやっぱ・・・」


「帰り道に学校があるけど、夜なんか真っ暗で気持ち悪いよな」


「ああ、うちの学校は警備員がいるけど、どんな気持ちで警備してるのかな」


「警備員っているの、夜も」


「ああ、最近物騒だろ、だから。初老の人なんだけど、夜は怖くないのかな」


そんな話をして夜中に友達と別れる。


  (2)


週が明け、また新しい一週間が始まろうとしていた。


いつものように授業をして、いつものように仕事をこなしていく。


水曜日、午前の授業を終え昼休憩。


備品のチェックをしようと校舎と離れている倉庫に行く。


埃っぽい倉庫の中、電気を点けてチェック用紙に物を見ながらチェックしていると。


ガヤガヤ、ガヤガヤ


あの時の声


ガヤガヤ、ガヤガヤ


何所から、倉庫の中、それとも外


隆は困惑している、昼のこの時間


ガヤガヤ、ガヤガヤ


声は倉庫の中、奥の方から聞こえてくる。


「なに、どこから」


心臓の鼓動が速くなってきているのを隆は感じていた。


隆は倉庫の奥に目を向ける。

蛍光灯が点いているから明るい、奥に進んで行く。


鼓動がいちだんと早くなってくる。


「また、どうして」


そう思い、手を胸にあて鼓動を抑えるようにし気持ちを落ちつけようとする。


そう広くない倉庫、備品の棚がびっしりと置いてあり、それを縫うように奥へ。


カタッ


何かの音がした、それとは別に相変わらず声がしている。


心臓は張り裂けそうに鼓動を打ち続ける。


倉庫の奥に着き左右を確認するが何もない、声もしなくなった。


「なんだ、いったい」


カタッ、カタッ


ガタガタガタガタ


急に備品の乗っている棚が隆の方に倒れてきて隆は下敷きになった。


棚に体を挟まれ動かない、そして顔も挟まれているため首すら動かせない。


「だれか、だれか、助けて」


大声で叫んで助けを呼ぶ


幾つかの棚が折り重なっている、備品が沢山隆に向かって落ちてきて床に散乱していた。


そして、少し離れた所に彫刻刀とコンパスが棚が倒れた事で箱から出ていて刃先を隆の方に向けてすべり落ちてきそうになっている。


「助けて、誰かたすけて」


必死になって叫んでみても誰も来てくれる気配がない。


力いっぱい棚を押そうともがいていると、彫刻刀とコンパスは勢いよく隆に向かって落ちてきた。


目の前にきた、刃の先端がはっきり見えた。


「はぁはぁはぁ」


隆は床に座っていた。


恐怖のあまり力が出て顔が動く位に棚が動いて寸での所でよける事が出来、そして体も動かせるようになった。


隆が倉庫から這い出そうとしている時にようやく何人か人が集まってきた。


そして、倉庫から出ようとした時


「ふふふ、もう少しだったのに」


耳もとで聞こえ、隆は倉庫の中を見る。


奥は、暗い、その中に一瞬白い影が見えたような気がした。


  (3)


怪我の治療のため保健室に行く。


白衣を着た女性の先生が治療をし


「怪我はたいした事はないのだけれど、顔色が少し悪いようね、ベッドでしばらく寝て行った方がいいかな」


隆は先生に従いベッドで横になり休む事にした。


「少し、出てくるから、気分がよくなったら戻ってもらっていいですよ」


隆は保健室で一人になった。


白いカーテンで囲われたベッド、上を見れば白い天井、何もかもが白の中、まるで雲の中にいるように。


「いったい、あれはなんだったんだろう。俺の聞いたもの、見たものは」


色々な事が頭の中に巡ってくる


「もしかしたら、この世のものじゃ」


そんな事を考えていたが次第に眠気に襲われ、いつの間にか眠りに落ちていた。


ガヤガヤ、ガヤガヤ


(また、なんなんだ)


ガヤガヤ、ガヤガヤ


(誰、いったい誰だ)


コツ、コツ、ガヤガヤ、コツコツ


足音も一緒に聞こえてくる


シャー


(誰か、カーテンを)


隆の耳もとで吐息が、そして


「次は、ゆっくり休めるようにしてあげるよ」


「はっ!はぁはぁはぁはぁ」


隆は飛び起き、そして辺りを見渡す、白いカーテンはしまったまま、何処にも誰の姿もなかった。


そして汗で体はびっしょり、鼓動は早鐘を打つように早かった。


その日は結局、早退する事になった。


帰る途中でもあの言葉を思い出し、そしてあの騒がしい声も思い出し静かな所に行きたくなる。


アパートに帰り1人でいるとどうしても周りの音が気になりTVの音で紛らわしたりしてもみる。


そして、夜ベッドに入るのが怖く眠る事が出来なくなっていた。


  (4)


次の日、ほとんど寝ることなく学校に出勤、職員室で他の先生と会話をしていても上の空、教室に入ると生徒達の騒がしい声。


何もかもが隆の神経をいたぶり始めた。


それでも、何とかその日の授業を終え、職員室に戻ろうとしていた。


「谷村さん」


その声に振り向くと、そこには初老の警備員が私服で立っていた。


「ああ、こんにちは」


戸惑いながら隆は挨拶をする。


「昨日は大変だったね、怪我は大丈夫かい」


「はい、もう」


「そうか、よかった、そうだ、帰りに警備室によっていってください。いい物をあげるから」


「いい物?なんですか?」


「来た時のお楽しみ」


そう言いい口元に笑みを浮かべて警備室の方に歩いて行く後姿を見送った。


「やさしい人なんだ」


少し心の中が和らいだ感じがした。


時間が過ぎ、仕事を終え、帰る準備をしていると


「谷村君」


教頭が呼びとめ


「昨日、教育委員会に提出しなければいけない資料ができてね。他の者はみんな提出したんだが、君は昨日早く帰っただろう、だから明日の朝までに提出してほしいんだが、できるかね」


「ああ、今日は・・・」


「そうか、仕方無いか」


「わかりました、何とか明日の朝に」


結局仕事をして帰る事になってしまった。


簡単な資料なんだがまとめるのに時間がかかり結局最後に帰る事になってしまった。


帰る用意をして職員室のドアを閉め警備員室に向かう。


廊下の奥、警備員室の明かりだけが点いている。


キュ、キュ、キュ


隆の歩くゴムの靴音だけが廊下に響き不気味な感じがして、明かりまでがやけに遠い気がしていた。


警備室に着く


コン、コン


ドアをノックすると


「谷村さん、遅くまで御苦労さまです」


優しい笑顔で迎えてくれる。


「すみません、遅くなって」


「いやいや、谷村さんはいつも頑張っておられるから」


「あの・・・」


「まあ、入ってください、お茶をいれますね」


そう言って初老の警備員は部屋に隆を招き入れ、簡易コンロにヤカンを置いて火を点けた。


「これ、田舎のお土産でおいしいですよ」


そう言って隆にお土産のお菓子をさしだした。


そして雑談をしばらくしていると。


ビー・ビー・ビー


校内の警報が鳴り出す。


「なんだろう」


隆が言うと


「ああ、また風で何かがセンサーを横切ったのかな、ちょっと見てきますね」


そう言って出て行く為、懐中電灯を持って


「よく、あるんですよ、風の強い日なんか特に、すぐにかえって来ます」


初老の警備員は部屋を出て行った。


  (5)


1人残された隆は部屋を見渡す。


簡易のキッチン、備品の置いてある棚が1つ、そして隆の座っているテーブルセットが1つ、雑然とした部屋だ。


奥に一段高くなって座敷があり、仮眠や休憩に使っているようで、電気は消されているが蒲団が敷いてある。


その向こうの窓が風でガタガタと音を立てていた。


時間が過ぎ


「遅いな、何かあったのかなぁ」


心配になってきて警備室に入り口に行き廊下を見てみるが、非常灯が点いているだけで誰もいない。


部屋の中に戻り、警報のランプを見てみると


パッ!


赤い警報のランプがタイミングよく消えた。


「もう、戻ってくるかな?」


そう言ってタバコに火をつけようとした時、お湯が沸いていて、ヤカンからお湯が噴き出しているのに気が点き、火を止めようとコンロに近づこうとした時


パッ


電燈が突然消え、部屋の中が真っ暗になり。


ガヤガヤガヤ、ガヤガヤガヤ


声が聞こえてきた。


鼓動が速くなってきた。


ガヤガヤガヤ、ガヤガヤガヤ


「やめて、やめてくれ」


隆はパニックになり頭を抱え込みうずくまる。


コンロはわき出すお湯で火が消えガスの噴き出す音がしている。


ガヤガヤガヤ、ガヤガヤガヤ


声が一段と大きくなり始め


「誰なんだ、やめてくれ」


鼓動がいちだんと早くなる。


隆は奥の座敷に逃げるように上がって行って窓を開けようとするが、どうにも開ける事が出来ない。


ガヤガヤガヤ、ガヤガヤガヤ


窓に背をつけ、部屋の入口を凝視する。


「ちくしょう、だれなんだ」


どこからか聞こえてくる、どこか分からない、部屋は暗闇に包まれている。


心臓が悲鳴を上げるように鼓動が速くなり、隆は気持ちが悪くなる。


「やめろ〜やめろ〜」


隆は気が変になりそうになり、ヒステリックに叫び、そして辺りを見ようと


シュッ・ボッ


ライターの火をつけた、その時


ドカ〜〜ン


隆の目の前が一瞬明るくなったと思ったら、体は窓を突き破り外に投げ出された。


隆は地面にたたきつけられ、飛び散ったガラスが体のあちこちにナイフのように突き刺さる。


そして、動く事の出来ない体に、最後のガラスが隆の喉を引き裂くように落ちてきて


グサッ


鈍い音を立てて地面に刺さった。


「うぅぅぅぅ」


喉のあたりからおびただしい血が流れ出し、隆の体は痙攣している。


(どうして、どうして)


声を出す事も体を動かす事も出来ない。


ザッザッザッ、ガヤガヤガヤ


何かが隆の動かない体に近づいてくる。


そして、目の端に白い服、初老の男、その横に数人の子供が向かってきた。


「ふふふ、ふふふ」


初老の男が笑っている、隆を見下ろして笑っている。


隆を取り囲むように並ぶ子供たちは無表情で隆を見つめている。


「ふふふ、これで、休めることができるね。ゆっくりお休み」


初老の老人が隆を覗き込み、笑顔で言った


意識がだんだん遠のいて行く


子供達も隆を覗き込み


「あはは、えへへ」


かすかに口元に笑みを浮かべ始めた。


薄れゆく意識の中、それが隆の最後に見た光景になってしまった。

                      

                      End


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