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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第一章 カスタネットと幸運の龍
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第九話


村を見下ろす高台にて、ホールケーキのような平たい円柱型の建物がある。


廃墟となった天体観測所にて、歩を進めるのは枯滝瑛子である。

ホールに人影はなく、タイル状の床石が敷き詰められた広間になっていた。そこにあるのは船の支柱ほどの大きさがある柱と、それに支えられる反射望遠鏡。その根元まで進んで、耳のそばにて車の電子キーをかるく押す。


途端に床が沈み込む。反射望遠鏡ごと床が昇降機となり沈降していくのだ。機械独特の駆動音が遠く響くが、特に揺れもせず、瑛子も眉ひとつ動かさない。


やがて下方から光が広がる。まず目に入るのは壁面を埋め尽くすモニター群。そして大量に並んだコンソールと、そこで立ち働く白衣の人員。

もし、ある一定以上の年齢の者がこの場所を見たなら、この光景に懐かしさを覚えるか、あるいはただ単にあきれて眼を丸くするだろう。

この場所はかつて1969年、月面に到達した宇宙飛行士たちを見守ったジョンソン宇宙センター。すなわちアポロ・ミッション・コントロール・センターの設備を彷彿とさせたからだ。

なぜそれを模倣しているのか、作った国には管制室というものの発想が貧困だったためか、あるいはこの施設がどの国の管轄下にあるのかを暗に示そうとしているのか。

瑛子の脇から人影が出てきて、彼女に白衣とタブレット端末を手渡す。

瑛子がある程度進むと、前方のマルチモニターの中央が暗転し、ある形象を写し出す。

それはロゴマークのようだった。中央には明らかに太陽を表すと思われる、波のように散乱光(コロナ)の吹き上がる円。そしてその周囲を数珠のような、無数の円の連続が取り巻いている図形である。

瑛子が口を開く。


流れの者(フォーリナー)は追尾できてる?」

「0.4AU(約六千万キロメートル)ほどで観測不可能になりました。北天方向、こぐま座方面に飛び去ったと思われます」


職員たちはみな、流暢な日本語を話すが、わずかに英語なまりのある者が多い。職員たちは誰もが若く、才能のある人材に見えた。事実そうなのだろう。

管制室もこざっぱりとしており、紙の資料などは見当たらない。アームストロングを迎えた頃と違うことは他にもある、当時は部屋中を満たしていた煙草の煙が一切ないことだ。

モニターには村のあらゆる場所が映し出されている。室内を除けば見えない場所は無いと言っていい。何人かの職員はせわしなくモニターを切り替え、何かを見張っているように見えた。


「他の組織の干渉は?」

「見当たりません」

「でも察知はされてるわよね、今回のは目立つやつだったし」

「はい、流れの者(フォーリナー)が「(ドラゴン)」と呼称していた存在は世界各地で観測されておりますが、すでにREVOLVE(リヴォルブ)の承認は降りております」


瑛子は眉をしかめる。苦々しいことだ。あのシステムに頼らなければ情報管制ひとつできないとは。


「……枯滝水穂は、枯滝路と連絡を取ったわよね」

「はい」


職員らしき金髪の若い男は、やや慎重な態度で肯定する。


「5分17秒、ミズホ・カレダキ所有の衛星電話より暗号化通信が行われました。その後、22時39分から2分47秒、再度通話がなされております。これは一般通信ではなく、ミチ・カレダキよりの通話要請と推測されます」


自分が出掛けたあとに連絡があったようだ。路から連絡があるのは少し珍しい。その長さなら世間話程度だろうか。


「現在、通話経路を解析していますが、我々の認知していない衛星を経由しており、また暗号強度も極めて高く……」

「人員と演算リソースの無駄ね、止めなさい」

「はい」


そんなに簡単に尻尾を掴ませる人物ではない。彼は刻々と居場所を変え、世界中に張り巡らされた組織の網にも引っ掛からないのだ。

そこは本題ではない、瑛子は例の記者の顔を思い返して言う。


「第一接触者の……確か草苅真未とか言ったわね、日吉町まで送ったけど、ちゃんと帰宅したかしら」

「はい、日吉駅に入るのを確認して追跡を打ちきりました」

「ご苦労様」


では特に懸念もない。世はすべて事もなし、ということか。

瑛子はわずかに脱力して、化粧でも整えに行こうかと元来た方へ振り返る。


そこに草苅真未がいた。


「わああああああああっ!?」


踊るように六歩ほど下がってコンソールに尻餅をつく。他の職員たちも全員気功で押されるように下がったり、あるいはタブレットを取り落とす。


「あ、どーも……」


草苅記者はどこかの世界に召喚された一般人のように、訳がわからないという様子で周囲を見回す。


「あの、瑛子さん、なんでこんなとこに?」

「こっちの台詞よ!!!」


ようやく動揺から立ち直った職員たちが、ぞろぞろと出てきて草苅記者を取り囲む。ポケットに片手を入れて、何かを抜き放つ気配の者もいる。


「な、なになに?」

「あなた! どうやってここに入ったの! 天文台からのルートは電子キーが必要なはず!」

「なんか道に迷っちゃって、山の中を自転車押しながら進んでたらガケに扉がついてて……テンキーがあったから適当に押したら開いたけど」


瑛子は横の職員をぎろりと睨む。


「どういうこと! 加伏(かぶせ)山道の出入り口は生体認証のはずでしょう!」

「そ、そのはずです。あとで出入所ログを確認しますが、光彩認証と手首静脈認証があります。テンキーはあくまで施設が占拠された場合などの非常用で……」

「……16桁のマスターコードを入力すれば開きます。しかし入力ミスをするたびにこちらに警報が上がるはずなので、つまり……」

「一発突破ってこと……!? い、いえ、それ以前に、根乃己(ねのき)の恒常性結界を出て、また戻ってくるはずがないわ! 記憶がなくなったことを確認したはず」

「いや私もよく分かんないんだけど、電車に乗ろうとしたら、レンズがひとつ無くなったのに気づいたのよね。たぶん、送ってもらったとき、窓を開けて外を撮ってるときに落としたんじゃないかと。あわててコンビニでレンタサイクル借りて取りに戻ったら、峠を越えた辺りで急に宇宙人のこと思い出して」

「レンズ落としたら気づきなさいよ! というか撮影しててレンズ落とすってどういう状況よ!」


職員の一人が耳打ちする。


「拘束して、恒常性結界の外に出してしまえばまた忘却するのでは」

「……だめね」


瑛子も目の前の記者に背を向け、声を潜める。


「恒常性結界は何度も通ると効果が薄れてくる。再び入るまでに十分な時間を置くか、REVOLVE(リヴォルブ)の後に再進入したなら問題ないけど、彼女は短い時間で思い出している。村を出ても、何度も出入りしてることは忘れない。それは不自然さとなって脳に疑問を残すはず、また入ってくる公算が高いわ」

「では大深度記憶処理を行いますか、マニュアルは存在しますが」

「今は冷戦時代じゃないのよ。薬剤だって急には手配できない、専門の人間もここにはいないし、準備に数日は……」


「あのー、あなたたち、何なの?」

「……」


草苅記者はまだ状況を掴みかねている。自分たちを目にしてまだ何も察しないとは暢気のんきなものだ。こんな安い映画に出てくるような組織を、という例えが浮かび、瑛子は苦笑する。


「瑛子さん?」

「草苅さん、どうやら龍から天運を授かったというのは本当のようね」


少し冷静になってそう言う。

そう、本来は焦るべきことではない。予定外はいつものこと。急な事態に対応することこそが彼女と、この組織の役割なのだから。


「あなたには選択肢が二つある。一つは薬物と洗脳によって記憶を失うこと。もちろん黒い男たちの使う「ピカッとするやつ」みたいに簡単にはいかない。心身に著しい影響があるし、数年は社会生活に支障をきたす。記憶処理とはつまり「思い出せなくする」とか「無理やり別の記憶を嵌め込む」処理だからよ」

「な、何? 怖いんだけど」

「しかし、正直なところあなたに危害を加えられる気がしない。あなたはもはや異常存在。流れの者フォーリナーに出会う前と後では世界も人も一変する。そして我々は所詮、流れの者(フォーリナー)に対して無力。ごく限られた抗異化因子存在(レジストナー)と呼ばれる人間か、他の流れの者(フォーリナー)の協力がなければ彼らを追い返せないのだから」


瑛子は手のひらを開いて草苅記者に向け、小指を折り、ついで薬指を折る。


「私としてはもう一つを推薦するわ。その前に、そろそろREVOLVE(リヴォルブ)が始まる。見ていくといいでしょう。さあみんな、準備よろしく」


それは草苅記者に対して精神的優位に立ちたいという意味もあったのだろうか。瑛子は胸をそらしつつ大股で歩き、管制室の中央に立つ。その床には先程と同じ、太陽を数珠が取り囲むような紋章があった。

インカムをつけた職員が次々と報告を上げる。


「ケープカナベラル、沖縄、アル・ウデイド、準備完了です」

「ジブラルタル、エスカン・ビレッジ、キャンプ・アリフジャン、増波および同期よし」

「ノーフォーク、パールハーバー、横須賀、ナポリ増波および同期よし、十分出力を40%オーバー」

「最終承認はマニュアルにてお願いします」


「――輝かしき出会いのために」


瑛子が静かに言い、職員たちが口の中でそれを繰り返す。日本語の者もいれば、英語やフランス語もいる。そこにはしかし、大がかりなことに臨む尊大な様子、手続きのカタルシスというものはない。どことなく形式ばった儀式、後ろめたさが産み出す言い訳のように思えた。


そしてモニター群が輝き出す。村のあちこちに突如として落雷が生まれている。それは正確には落雷ではなく、地中の自由電子が収束され、放散されている様子である。


「なっ、何が始まるの!?」

「草苅さん、地球の公転距離がどのぐらいか知ってるかしら」

「え?」

「およそ9億4200万キロ、この距離を365日と6時間で一周する。地球の直径が12,742キロだから、公転軌道にずらりと並べると73,928個並ぶことになる。隣の地球(・・・・)との時差は約七分、つまり「七分後の世界」ってことね、洒落が効いてるでしょ」

「ちょっと! 建物が砕けてる(・・・・)!」

「73,928個、それが地球の残機ってことよ、絶望的に少ない(・・・・・・・)。でも我々は繰り返すしかない、この無謀なギャンブルを、いつか素晴らしき出会いがあると信じて!」


モニターは光量を増す。

そして地下150メートルにあるこの施設にも、破滅的な地震が襲う。

それは一瞬のことに思えた。壁と天井が砕け、亀裂から雷撃の手が伸びて生物に食らいつき、瞬時にその身を砕き、数万度のプラズマが形あるすべてを破壊して。













「……それで」


食卓には朝食が並んでいる。

筍とチコリのお味噌汁に、炒りゴマを載せた大根の炊き込みご飯、ときどき赤いものが混ざっているのはホースラディッシュだろうか。

おかずはミート、ポテト、クリームのコロッケ三種盛り。タレは丸大豆醤油もあれば、醤油にワインビネガーとさらし玉ねぎを合わせたものもある。肉の風味が強いミートコロッケをさっぱりと食べさせる工夫だった。


「なんでまだいるの、この人……」


だんだん遠慮のなくなってきた様子の水穂が、眼を平たくして言う。


「いやあ、カスタネットのご飯おいしいわね。食べにかよってこようかな、下宿が近くで見つかるといいんだけど」


もくもくとミートコロッケだけを食べる草苅記者の隣で、澄まし顔の瑛子が言う。


「草苅さん、こちらで転職するんですって。役場が職員募集してたから紹介してあげようと思って。ミニコミ誌の編集もやってるから丁度いいわね」

「私もまだここで取材したいからねえ。うちの編集長に電話したら「ああそう」って簡単に辞められたし」

「お母さん、いいのそれで、一般の人は巻き込まないはずでしょ」

「固いこと言わないでよ水穂ちゃん、そっちのレーテくんも宇宙人なんでしょ、取材させてよね」

「ご遠慮いたしたいのですが」

「まあいいからいいから、脱いでとまでは言わないから、あ、でも水着ぐらいはOKだったりする? レーテくん何着ても似合いそうよね、腹筋割れてる?」

「草苅さん! 村の外には記録は持ち出せないよ!」

「いいのよ別に、世界の真実に迫れるのよ、第三種接近遭遇なのよ、ピュリッツァー賞なんかよりずっと価値があるわ」


「おぬしら! 朝飯は静かに食わんか!」


竜興老人がどんと座卓を叩き、丸っこいクリームコロッケが、畳の上まで転がった。



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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、この試みを地球側が自発的にやっているのだとしたら、なにか目的があるということか。あるいは、流れ者の危険から逃れるための出会いを待っているのか。
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