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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
外伝 第一章 雨降りキネマと太陽メガホン
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外伝・第二話



「うちらと友達にならない?」


夏祭りの日だった。三人とも浴衣を着て、小学校の校庭にいた。二時間も続いた盆踊りは終わり、やぐらから和太鼓が下ろされるのを眺めていた。


「友達?」


水穂は1周だけ輪に入っただけだが、晴南と美雨はずっと踊り続けていた。大きな振り付けはないのに、2人とも湯気が出るほど汗をかいている。


「そう、三人でチーム作ろうよ。うちらって体力担当とサブカル担当でしょ。あと一人欲しかったところなの」

「水穂いい感じだからね。文学少女で正統派美少女。うちらのリーダーになれるよ」

「いきなりリーダーとか言われてもなあ」


この頃、すでに水穂は異常存在と関わっていた。母が属するのがそれに対応する組織であることも。そして失踪している父親の能力も。


「私なんかと付き合わない方がいいよ」

「そうそれ!」


びしり、と指をさされる。


「その近づきがたいオーラ! うちらに欠けてるのはその感じ!」

「人を寄せ付けないけど人を引き付ける感じ! 闇の生徒会長とかが持ってるやつ」

「よくわかんない」


屋台も解体され、提灯の火が消されていく。祭りに集まっていた人々も、三々五々散っていく、そんな残熱の時間。


「私たちってねえ、水穂のその正統派な感じが欲しいんだよねえ」


腕を組まれる。二人はじっとりと汗ばんでいて、腕越しでも分かるほど強く脈を打っている。


「自分一人で生きていけるって感じの強さ、誰にも頼らないって感じが欲しいの」

「主人公体質ってやつかなあ、水穂そういうの持ってるよ。私たち学びたいの。今より完璧になりたいの」

「……無頼ってこと? それを求めるのに、私と友達になるってなんだか矛盾してるような……」

「うちら子供だからね」


晴南ははにかんで笑う。


「誰かを頼れるのは今のうちだよ。だから水穂もそうしなよ」

「そうそう、水穂もうちらに学びなさい。サブカルなら教えられるから、筋トレは晴南にね」

「むしろ水穂はちょっと心配でもあるよ。本当に今のままの、お人形みたいな姿で大人になるんじゃないかって」

「そうそう、新人賞で「丁寧ですが小さくまとまりすぎています」って言われる感じ」

「全然わかんない……」


思えばこの頃から、水穂は振り回されてばかりな気がする。


あるいは振り回してばかりだろうか。


未完成で、未成熟で、未知数な三人。


知恵の輪が複雑怪奇に結びつくように、三人の繋がりは一言では形容しきれない。


友情だけは。


それだけは、確かにあると信じたかった。







「というかアレ、どうやって登んの?」


映画館の真下まで歩いてきて晴南が言う。映画館は青空にぽっかりと浮かび、稲穂の上にくろぐろとした影を落としている。


「すごいねえ、あれが異常存在なんだね。ほんとにあるんだあ」


星海からの来訪者が集めているという異常存在。それはにわかに全世界規模で捜索された。


むろん、そのほとんどは偽物である。


ある者は由緒正しい日本刀を、ある者は宝石に怪談話を添えて、ある者は自分の娘が描いたという不気味な絵を。


彼らの指定した場所、世界に360ほど作られた窓口へ持っていくも、ほとんどは買い取りを拒否されている。対応する職員は彼らの仲間なのかそれとも雇われただけの地球人なのか。質問したり撮影したり、いくつかの方法で真偽を判定しているらしい。


だが確かに、彼らが購入する品もあるという。


少なくとも「本物」は実在する。


この世界は、我々が知っていたカタチとは違う。


それだけは、全地球規模の認識として共有されつつあった。


「うーん、この散らばってる看板がヒントっぽいんだよねえ」


晴南は土がむき出しになった田にひょいと降りて、落ちている看板に近づく。


「ちょっと晴南ちゃん、危ないよ」

「大丈夫大丈夫、これただの板の看板だよ。というか手描きだこれ、塗りムラあるよ」

「看板アートだねえ。昔は映画の看板って映画館が職人を雇って描いてたんだよね」


美雨も土手にかがみ込んでまじまじと見ている。二人ともスマホは持っていない。根乃己の電磁波特区は先日解かれたばかりであり、スマホを持っている村民はまだまだ少ない。


「うーん、上から落ちてきたのかな?」

「違うよ、それなら表裏がバラバラになるはず。これは全部表になってる。しかも重なってるものがないからね」


二人は何やら推理を始めている。水穂は浮いている映画館を観察していた。


「……黒現くろうつつさん。あなたの力で即座に回収することはできませんか?」

「水穂どの、まず一つ前提を共有しておきましょう」


雲水は網代笠を頭から外し、背中に背負う姿となって言う。


「我々が異常存在と言われる器物を求めるのは、それを我々の通貨とするためです。我々は、あなたがたから見れば万能に近いほど色々なことができますが、それでも通貨は必要なのです。金銭というより物々交換のための器物。トークンとでも言うべきでしょうか」

「はい」

「つまり、異常存在とは我々でも生み出せないもの。我々の把握する世界観の外側にある事象なのです。ですので、あれは我々にも理解できない。部分的に理解できたとしても、それを完全に把握することはできない。そのように付き合うべきものであり、そうでなければ価値がないのです」

「分かります……これまではREVOLVEの力で排除してきたけど、もうそれはできない。人間の力だけで排除するか、永遠に付き合っていかないと」

「我々が回収するのは、少なくとも我々を害せるほどの脅威ではなく、異常性を保ったまま保持できると確信できた時のみです。映画館は比較的大きなものですが、我々にとって大きさや重さは障害とはなりません」


つまり、ある程度は異常存在を把握しなければ引き渡すことはできない。そう理解する。


「根乃己では、異常存在が建物の場合は中に入らなければならないと言われてます。そして、内部に入る方法は必ずあるとか」

「なるほど、お友達のお二人が何か見つけるかも知れませんね」

「あんまり、あの二人に危険なことさせたくないけれど……」


看板で階段が出来ていた。


「うわっ……何それ」


看板が宙に浮いて階段となっている。すでに大量の看板が集められて、美雨が一枚ずつ見て何かを確かめている。


「ああ水穂、わかったよ。これ実在の映画だから古い順に並べるんだよ。置いていくと階段になるみたい」

「よーっし! これがラスト!」

「その映画は1989年のやつだね。下から15段目」

「分かった! じゃあ一気に作っちゃうよ」


10枚ほどの看板を肩に背負い、階段をずんずん登っていく。それなりに大きな板材だが晴南には何ほどでもないようだ。見えない金具でもあるのか、置かれる看板が次々と固定されていく。


「できた!」


最後の一枚を置くやいなや、開いていた入り口に飛び込んでしまった。


「ちょっと晴南!」

「水穂、あたしらも行こ」


腕を引いて階段を登る。水穂は腕を引かれながらも周囲を見る。映画館はかなり目立つはずだが、周囲に人がいない、民家の窓からこちらを見ている気配もない。


(……すでに隔離されてる? まずいなあ、閉じ込めるタイプかもしれない。折り紙の残弾いくつあったっけ……)


空気が澄んでいる。


内部に入った途端、飛行機でも入りそうなほどの広いロビーが出現する。大理石の床と円柱型の柱。天井付近には赤い布飾りが渡してある。

タッチパネル式の券売機が片側にずらりと並び、反対側には自販機が並んでいる。ジュースだけではなくポップコーンやホットドッグの自販機も。


造られたばかりのような清潔な気配。無菌室か、あるいは深度1000メートルにある人跡未踏の地下空間か。根乃己の空気すら、この場所に比べれば人の世の汚れに満ちているのか、そんな考えが頭をよぎる。


「映画館、なのかな……外観よりずっと広い、空間をいじれるタイプだとすると高位の異常なのかな」

「空間の圧縮と拡張は我々も可能ですが、我々の知る方法とはまるで違うようですね」

「晴南ー、どこー?」


美雨が奥へと進む。くせ毛のあるロングの髪が空気を含んで広がる。深い青のジャケットと紺のスカートが落ち着いた空気に自然に馴染む。


「こっちー! 奥になんかあるよー!」


通路から半身だけ見せるのは晴南。ベリーショートの髪はサイドを刈り上げて上はやや厚め。やはりくせのある毛質は自然なカーブで頭頂部に広がる。赤いパーカーにはピンクや黄を散らした刺繍があり、白のハーフパンツと併せて活動的な空気が全身を満たしている。


「なになにー? 何があるのー?」

「なんか模型がいっぱいあるー! メガホンとかもー!」


最後に入ってきた黒い影。黒現がそっと声を投げる。


「水穂どの、追いかけないのですか」

「うん……追いかけるよ、でも、どうもあの二人が選ばれたみたい。あまり私が前に出ても良くないの」

「根乃己には、怪異と付き合う独特のルールがあるようですね」


両手をそっと合わせ、仏法について語るように言う。


「奇妙なことです。法則も知れず、理解も及ばず、脅威であるはずの異常存在。しかしそれは根乃己では救いでもある。怪異と触れ合って人々は癒しを得ることもあれば、危難を遠ざけることもある」

「うん……REVOLVEはそういう考え方は持ってなかったみたい。でもお父さんはそう言ってた。異常存在は望まれて現れることもある。必要とされることもある。だから誠実に向き合うべきだって」


父親。枯滝かれだきみち


その人物について思うとき、水穂は少し憂鬱になる。

数十億人に一人の異能。異常存在を排除できる人間。人類の切り札。放浪癖のある変人。長年にわたり根乃己を離れ、REVOLVEと敵対していた人物。


そして。そのすべてが偽りだった人物。


水穂は頭を振る。いま考えるべきことではない。


「二人ともー、見るのはいいけど不用意に触らないでね」


奥へ向かう。ホール状の空間にはいくつか横穴があり、奥には直線的な通路。そして複数の扉が並んでいる。


一つの部屋にはカメラがあった。どれもビデオカメラのようだが、手持ち式の8ミリから8K撮影が可能な高級品まで、進化の歴史を語るかのようだ。


別の部屋は模型である。家やビルのミニチュアが長大な棚に並んでいる。人形もあらゆる大きさと職業のものがある。


また別の部屋は衣装部屋のようだ。大量のドレスやスーツ。警察官や消防士の制服。鎧や迷彩服もある。カツラも大量にあった。


どの部屋も奥の壁が見えない。おそろしく広いと察せられた。うかつに歩き回ると、入口を見つけられなくて迷いそうだ。


晴南と美雨はがちゃがちゃと扉を開けながら進んでいる。


「映画撮影の設備っぽいね」

「そうだねえ。現像所もあるし、動画机もあったよ。アニメも作れるみたい」

「スタジオめっちゃ広かったね。あの緑の布ってクロマキーってやつだよね」


「二人とも自由にやってるなあ……」


水穂も通路を進む。


「水穂どの。あのお二人はなかなか活発な方ですね」

「そうだよ。体力派とサブカル派って違いはあるけど、いつも色々なことに興味を示すの。REVOLVEがあった頃は、たくさんの異常存在に巻き込まれてた」

「なるほど、しかし……」


疑問の声に、立ち止まって振り向く。


「どうしたの?」

「……失礼ながら、拙僧はあの二人の個性を意識しておりませんでした。水穂どのが目立つからでしょうか。ご学友の二人、という十把一絡げな理解をしていたのです」

「そう……まあ黒現さんたちとは人種、でいいのかな、それも違うだろうし」

「今はお二人の個性がはっきりと見えます。そこに奇妙な感覚がある。なぜあれほど特徴的なのに、私はそれを見ていなかったのか。私の不覚というなられまでなのですが」

「……」


最奥の部屋。重厚な扉の脇に「支配人室」と書かれている。二人はためらうことなく開けた。


中には、がらんどうの印象。


やはり白一色の部屋であり、床も壁も大理石でできている。神殿のような、というよりピラミッドの玄室げんしつのような、という比喩が浮かぶ。


中央には高さ1メートルほどの台座。そこには鉢植えがある。三つに裂けた大きな鋸葉のこぎりば。葉の表面のまだら模様。プラタナスである。街路樹に使われるほど大きくなる樹だが、これは手で持てるほどのサイズである。盆栽だろうか。


「ようこそ、お客人」


その鉢植えから声がする。企業の重役のような、壮年男性の落ち着いた声だ。


「うわ、なになに? 隠しマイク?」

「いや違うよ晴南、これマジにプラタナスが喋ってるよ、そういう感じする」


「私は知性を獲得したプラタナスの一株ひとかぶです。悠久の時間の中であらゆる思索を行い、時間と空間の本質を理解し、部分的な干渉を可能としました」


水穂は、背後でじっと観察している。

この異変は脅威だろうか、それとも救いだろうか。


なぜ二人が選ばれたのか、二人に何をさせようと言うのか。


そして、どのような結末を迎えるのか。


「私は、人間の皆様に映画を撮っていただきたいのです。そのための道具も設備もすべて用意してあります」

「映画? 別にいいけど」

「どんな映画がいいの?」

「はい、それは」


プラタナスの鉢植えは微動だにしない。透明な空気の空気の中で声だけが響く。


「この私を、主役とした映画です」



それは無理だと思ったが、ツッコミは控えた。


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