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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第九章 カスタネットと孤独の宇宙
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エピローグ・1



「水穂、この折り紙」

「うん……」


いくつかの折り目が弱い皺となって残っている。そのことに物悲しさを覚える。


「あのお父さんは折り紙だったんだよ。不思議で奇妙だけど本当のこと。そして本物のお父さんは……」


世界のどこかにいるのだろうか。

いるとしても、とても遠いところだろう。


一生かけても辿り着けないほど遠い、距離以上に隔たりのある場所だと感じる。


ブレーキ音が響く。

ふと視線を上げると自転車ががしゃんと倒された瞬間だった。草苅記者が足をもつれさせながら駆けてくる。


「水穂ちゃん、大丈夫!?」

「うわ、草苅さんどうして起きられたの? 3時間は眠ってるはずなのに」

「椅子から落ちた拍子に花が潰れたのよ。心配したわよ、なんかここに来るまでの道とかボロボロになってるし、飛行機の残骸も落ちてるし妙な男たちが寝てたし」

「そうね、とりあえずその処理を考えないと」


枯滝瑛子が袖をまくる。頭の切り替えが早いのは瑛子の優秀な部分だが、しかしREVOLVEが機能していない状態でどのように処理すれば良いのだろうか。REVOLVEは政府とのパイプも持っているが、協力を仰ぐとしてもどの省庁にどう呼びかけるべきか。いきなり巨大な荷物をいくつも背負った気分である。


「ええっと草苅さん、ここから煙はあまり見えないけど、飛行機の残骸は燃えてないわよね?」

「燃えてなかったですよ。なんかプラモが散らばったみたいになってた」

「落ちた瞬間の爆発炎上は凄まじかった、残り火がないってことは枯滝路が消火したんでしょうね。とりあえず大火災だけは心配ないけど……はあ、やっと日常に戻れそうとは言っても、とんでもない大仕事になりそう……」


「ううん、違うよお母さん」


水穂が言う。彼女は真上を向いている。


「何が大丈夫なの?」

「お母さん、黙っててごめん。もう日常は戻ってこないかも知れない」

「え?」


空には幾筋かの黒煙。

それが吸い込まれるかに見える蒼穹の天蓋。


そこに、影が。

天の直上に浮かぶ円。それはだんだんと大きさを増す。

円盤は少し急いでいるようにも見えた。来るのを拒んでいた何かが取り除かれたような。


「あれって……まさか新しい流れの者、こんなときに……!」

「違うよ。あれは出会い」


水穂の言葉が、瑛子の中で反響する。


「出会い……?」

「そう決めたんだよ。私はもう何もごまかしたりしない。やりすごしたりしない。困難なことにも誠実に立ち向かうって。私が決めたから世界もそう決める。世界の最小単位は自分。何もかも自分から始まるの」

「水穂……あなたが何を言っているのか」

「あれはこの地球の、最初の出会い」


円は拡大を続ける。空の1割、3割。

やがて8割以上を埋め、根乃己の上に傘のようにかぶさる。


黒現くろうつつさん。大切なお客様だよ」









――地球の皆さま、ごきげんよう。


――我々は銀河系を遥かに離れた場所。数億光年の彼方よりやってきました。


――この地球には我々の求める器物があり、それを持ち帰りたいと思っています。


――我々のホームページにて概要を記しております、その器物に応じて、我々は正当なる対価を……。



カスタネットの店内にてテレビが語っている。一日に何度か放送されている彼らの広報映像だという。

彼らは80以上の言語を用いて、ほぼ全世界に呼びかけているようだ。


「水穂、これ2番の部屋に」

「はーい」


枯滝路がカスタネットを訪れ、さまざまな衝突が起きた事件より三週間。


世界は大きく揺れていた。


突如として天の川銀河の外から来た来訪者。彼らは大国の国家元首などとは会合を持たず、ただ世界中の民間放送局に広報映像の放送を求め。こうしてテレビで流している。交流の次の段階は一ヶ月ほど先になると告げていた。


彼らが仏門の僧侶の姿をしていたこと。一つの町ほどもある大型宇宙船のこと。そして彼らが特殊な力を持つ器物。すなわち異常存在を求めていたことなど、世界中の街角で、酒場で、井戸のそばで話の種になっている。


――彼らは美術品に価値を見出す平和な人々である。


――彼らは大型宇宙船で地球人を威圧してきた侵略者である。


どれほど議論を繰り返しても終わることはなく、ある場所では人同士が争っている場合ではないと手をつなぎ、ある場所では混乱と不安のあまりテロも起きる。


ネット上でも議論は引きも切らず、彼らの科学力、組織形態、異常存在とは何か、あるいは本当に宇宙人なのかという点も議論が繰り返される。


――彼らは異常存在を通貨として求めている。


そのような書き込みが仮にあったとしても、ナイアガラの滝のようなトラフィックに飲まれ、ネットの闇へと消えていったことだろう。


「水穂ちゃん、外の掃除終わったわよ」


ばたばたと、膝丈のデニムに開襟シャツという姿で現れるのは草苅。


「草苅さん、コーヒーが切れてるから「ブラジル」に受け取りに行って。さっき電話で焙煎を頼んどいたから」

「オッケー、レンタルサイクル使わせてもらうわね」

「コーヒー飲んできちゃ駄目だよ?」

「わかってるってば」


そこで瑛子が台所から呼びかける。


「草苅さん、ブラジルまで自転車なら往復28分ほどよ。40分を超えたら分単位でお給料削るからね」

「うっ……だ、大丈夫ですよ」

「コーヒー飲んできたらすぐ分かるからね? 呼気から血中のカフェイン濃度を測る機械を開発しといたから」

「うう……信用がかけらもない」


草苅真未は役場での勤務をやめ、カスタネットの従業員となっていた。

レーテに比べれば不安の残る仕事ぶりだが、お客への愛想はいいし、意外な改善点に気づいたりもする。

何よりも母は草苅に接するときに生き生きとしてる気がする。人を鍛えることに喜びを見出すタイプだろうか。


「はあ残念……根乃己神社のため池に寄ろうと思ってたのに」

「ため池? 何かあるの?」


問う水穂に、草苅はここだけの話と前置きして答える。


「特ダネの気配なのよ。身長2メートルあるカッパが出たんだって」

「なにそれ怖っ……」

「怖くないわよ、遭遇した子……小学2年生らしいけど、スネを蹴飛ばしたら悲鳴を上げて逃げたんだって」

「その子の度胸すごいね」


草苅はエプロンやら掃除道具やらを片付け、外のレンタルサイクル置き場へ向かう。


水穂はちらと店内を見る。夏休みも終わった土曜の朝、店内に人は少ない。みんなネットカフェどころではないのだろうか。


母は受付近くの厨房にいる、カウンターにお客が来れば気づくだろうと考え、外へ。


玄関を出るとき、靴箱の上にちらと目をやる。

そこには竹のカゴに入れられた小物。

りんごの形をした小さなコマや、ビーズで編まれた花などに混ざって。青く小さな折り鶴がひっそりと翼を休めていた。


「草苅さん」


呼び止める、草苅は夏の間に見事に日焼けしていて、割と自堕落な生活をしているイメージなのに体型が崩れない。母もそうだが、根乃己にいるのに都会らしさを失わないのは凄いと思う。


「どしたの水穂ちゃん」

「ブラジルなら私が送るよ。40分あるんでしょ。ちょっとだけ付き合って」

「店番はいいの?」

「今はサービスを絞ってるから、基本的にはお母さんだけでも大丈夫。もう電磁波特区でもないし、何かあったら電話くれると思う」


カスタネットは深夜営業をやめていた。


二階の個室は3部屋から2部屋に減らし、漫画の月替りコーナーなどもやめている。有料で枯滝家の食卓に相伴しょうばんできるサービスも見合わせている。


従業員の二人、枯滝竜興とレーテがいないからだ。


「和倉寺にいるお爺ちゃんに会いに行こうと思うの。一緒に来て」

「しょうがないわね。じゃあ頼むわよ」


水穂はポケットから折り紙を抜き出し、それを手で揉みしだくような仕草。


河原端かわばた燕台えんだい折り」


折り紙が細い鎖となり、水穂と草苅を囲むように動いて、そして一瞬の意識の喪失。


気づけばそこは板張りの間。

目の前には僧服を着た恰幅のいい人物と、それと碁盤をはさんで向かい合う小柄な老人。


「来たか」


振り向く顔は、枯滝竜興。


水穂の祖父は、この3週間ほどでだいぶ年齢を重ねたように思われる。

その鋭い目つきと思索にふけるような気配は相変わらずだが、ぎらぎらと放散される凄味はない。殺気とか威圧とか思えるものが消えているように思えた。


「お爺ちゃん、メール見たよ、レーテのこと」

「ついてこい」


老人は立ち上がり、和尚の方はまだ碁盤を見つめている。


「ううむ……タッちゃんここんとこの石ちょっと待ってくれんか」

「待たん、戻ってくるまでに考えとけ」

「厳しいのう」


竜興老人は、和倉寺へと身を隠していた。


騒動のあと、黒鉾ヘイボウという組織はいちおうの解散となった。

創設者であり指導者である人物が日本人であったことは広く知られたが、それが具体的に誰だったのか、根乃己の居住者かどうかなどは伝わっていない。

祖父のスパイ行為は本来なら糾弾されて然るべきである。現在はREVOLVEが機能していないため、処分は下されていない。瑛子などはさばさばとしたもので。


「組織が判断することだから私は別に」


とのことである。


とはいえ、黒鉾ヘイボウは世界中の裏社会が関わっていた組織である。用心のためもあり竜興老人は身を隠すことになった。


カスタネットからも枯滝の家からも遠ざかり、この寺を尋ねる友人と碁を打つだけの日々だという。水穂はそのような祖父を見たことがなかった。彼はいつもコンピュータや漫画に囲まれていたから。


竜興老人は寺の外へ出て、しばらく歩いて崖に穿たれた洞窟へ。

鉄製の扉で封印されており、竜興は3つの鍵を使って開ける。


その奥に、銀髪の青年がいた。


「レーテ」


洞窟は透明な壁で仕切られている。よく見れば奥側の半分は四方の壁も、床も天井も同じような素材が敷き詰められていた。空気の粒子すら通さないアクリルの壁である。


銀髪の青年、レーテはあぐらをかいた姿勢であり、だらりと両腕を下げ、重力に従う意志を示すように背を曲げている。


「起き上がったのは12時間ほど前じゃ。じゃが何も話さんし、こちらからの呼びかけにも反応は示さん。ついでに言うなら飯も食わん」


透明な壁の前にノートPCがあり、竜興老人は何かのログを確認している。


「センサーによれば体から何の電波も熱も出ておらん、水人形のように室温と等しい」

「レーテの作っていた「まゆ」はどうなったの」


水穂が問い、竜興老人はPCの画面を見せる。


「霧雨会からの報告じゃ。レーテが太陽系を・・・・包んでいた繭は消滅。我々から記憶を奪っていた演算素子も活動を止めておる。繭はばらばらになり、やがて太陽へと「落ちて」いくと思われる」

「? 竜興さん、それよく分からないんだけど、星に関係する本とか小物も消えてたでしょ? それもレーテくんが?」

「仮説なら立てられる。我ら全員の脳に干渉し、星という言葉や、星の形をしたモノを認識できなくしたとかな。じゃがタツガシラが廃墟化しておることや、異常存在を含めた根乃己の防御システムが消えておることは説明がつかんな。レーテの力は超常存在シグナルレッドに届いておった。科学では説明できぬ方法で消したのかも知れん」

「ふーむなるほど」


とりあえず大げさにうなずいて見せる。


「そういえば竜興さん、レーテのその繭ってどうやって浮いてたの?」


草苅の疑問に、竜興老人は指同士をカギ型に組み合わせる動作をした。


「簡単じゃ。演算素子同士が手を繋いでいたのよ。がっちりと組み合えば自重で落ちたりせん。太陽系を包み込む球体。冥王星軌道のさらに外側を覆うような規模じゃ」

「なるほど……でもそれだとものすごい数の素子が要るような……」

「おおよそじゃが、50じょう個ほどの演算素子を複製しよったな。それでも総重量にすれば8兆トンほどしかない、煙のように薄く軽い膜じゃ」


レーテがアクリルの中に拘束されているのは、他の何でもない、彼が罪人であるからだ。


どのような考えがあったとしても、太陽系を覆うほどの遮光幕を作り、全人類の記憶と記録に干渉した。

彼が再びそのような行動を起こさないとは言い切れず、どれほどの力を持っているのか誰にも分からないのだ。拘束しておくしかない。


その彼が騒動のあと、ずっと反応を示さないのはもどかしい事態だった。


「50穰っていくつですか?」

「50穰は50穰じゃろ。5.0かける10の29穰じゃ。例えばじゃがモル数が6.0かける10の23乗個、オセロにおける盤面の展開パターンは6.8かける10の29乗、52枚のトランプを一列に並べる組み合わせは8.0かける10の67乗ほどじゃ」

「なんでわかりやすく言えないんですか?」

「わしが悪いのか……??」


「レーテ……」


水穂はアクリルに手をあて、銀髪の青年を見つめる。

その彼は何らかの意志で黙っているとか、病気だとか不調だとかには見えなかった。


ありていに言えば今の彼はモノのようだった。


体に熱もなく、電気信号の流れもない。ただ人の形をして、そこにあるだけのモノ。


何もかも変化していくと感じる。


枯滝水穂は折り紙の技を持つようになり。


枯滝瑛子はREVOLVEの所長という立場を失い。


枯滝竜興はこの寺にて身を隠す境遇となって。


レーテは何らの意志も示さないモノとなった。


そして枯滝路は。


世界が、激動し、変わらんとしている中にあって。

枯滝家もまた変わっていた。


前とは何もかも違う、新しいカタチに変わろうとしていた。


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