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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第九章 カスタネットと孤独の宇宙
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第五十九話






「狙うべきポイントはここじゃ」


地図に打たれる指。皺の寄った枯滝竜興の指が一点を示す。


「東側からカスタネットへ向かう一本道。この周囲に狙撃手を配置してみちを狙う」


空から星が消えて百時間あまり。


現在までに根乃己の住人の半数は退去させられていた。ある者は旅行に招待され、ある者は不発弾の撤去が必要と説明して。

そしてあるいは、かなり強引に。


黒鉾ヘイボウの関係者はすでにかなりの数が入り込んでいる。すべてが平和的にとは言えなかったが、カスタネット周辺の無人化は完了していた。


「うむ、武器は調達できとるよ。大陸からの密輸品が多いが、ワンオフの特注品もたんまりあるぞ」

「しかしのう、タッちゃんなら分かっとるとは思うが、銃が路くんに効くとは思えんぞ」


マルミミ、コユビ、ムシメの三人は疑問の視線を向ける。枯滝竜興は重々しい信念のこもった視線を返す。


「分かっておる。銃は足止めに過ぎん。ムシメ、異常存在はどのぐらい集まった」

「74個じゃ。凶兆の天秤イソロピアが使えんので曖昧じゃが、超常存在シグナルレッドも3つ4つあるじゃろ」

「指示された場所に集めとるが、何するんじゃ?」

「ここに運ばせておる」


各自のモニターに表示されるのは神奈川県の某所の地図。とある重工業コンビナートのようだ。


黒鉾ヘイボウを作っておる」

「? なんじゃって?」

「先日の国会図書館の件を思い出せ。猟犬ハウンドという存在がおるじゃろ。都市伝説的には「ばぐいぬ」とも言う」

「ああ、ネットワークを徘徊する攻撃型ウイルスじゃろ?」

「あれはわしが作った」


ムシメの眼鏡がずり落ちる。


「な、なんじゃと?」

「開発コードは闇奴沼矛アメノヌボコという。コンピュータウイルスには異常特性を持つものがいくつかあるが、わしはそれを練り合わせて徘徊型ウイルスに仕上げた」

「異常プログラム? 『街6せ』とか『Early early close++++』とかのことかい、解析はおろか展開すら不可能じゃろ」

「Entombedアルゴリズムを利用して束ねた」

「ほおー、さすがタッちゃん、ぜんぜんわからんが」


Entombedとは1982年、Atari2600用に開発されたゲームソフトである。


自動生成される迷路を歩いてゾンビを回避するというゲームだが、128バイトのRAMしかないこのソフトが、どのように迷路を自動生成しているのかは現代でも分かっていない。プログラムの挙動が解析できないのだ。


枯滝竜興はそのアルゴリズムを複数の異常プログラムの橋渡しに利用した、と主張している。他の三人は感心したようにうなずく。


「それでまさか、そいつは実在の異常存在にも応用できるのか」

「できる。これほどの数で試したことはないがな」


竜興はそこで話を切り替えるように、マルミミに水を向ける。


「agoleとアーグルトンに動きはあるか。星が消えた異常についてはどう受け止めておる」

「何もないな。宮内庁もバチカンも沈黙しておる。何も気づいておらんかのようじゃ」

「わしも調べたが、agoleの真贋境界線、アーグルトンの妖精の輪フェアリーズリング。どちらも消えておるように見えるのう。タッちゃんの予想通り、全世界規模の事態のようじゃ」


竜興の手元にデータが送られてくる。世界はいつも通りに平和であり、常日頃のように混乱している。異常存在など最初から無かったかのようだ。


「星にまつわる情報が根こそぎ消えつつある。わしらはまだ覚えておるが、そのうち忘れてしまうかも知れん」

「歴史も改変されつつある。この現象は一体なんじゃ? 異常存在の消滅と関係しとるのか?」

「……」


竜興老人は考えに沈み、そして腹に力を入れて言う。


「分かった。それはもういい。関係各所の監視を打ち切ってこっちを手伝え。根乃己に兵員を集めるぞ」

「タッちゃん。星の異常はもしかして路くんの仕業か?」

「知らん。わしらはそんなことを考えずとも良い」


え、と三人が目を丸くする。


「タッちゃん、しかし」

「誰が何を画策しとるのか、どのような意図でどんな理屈の事象を仕掛けたのか、考えると殺意がにぶる」


キーボードを叩く音が甲高く響く。根乃己の地下から竜興の指示が各所に飛ぶ。


「わしらはただ刃を研ぎ、ただ一人にそれをぶつければええ。それが最優先であり必要条件じゃ、間違いない」

「ううむ……」


武器の手配、戦力の招集、そして異常存在を一つの鉾とすること。


どれ一つとっても手抜かりはなく、付き合うほどに枯滝竜興の本気の程を実感せざるを得ない。



――本当にやるのか。



その言葉が三人の脳裏に浮かばぬはずはないが、誰も言葉にはしない。ただひたすら手を動かす。


盆地である根乃己に、一人の老人の殺意が満たされようとしている。


あるいは、満ちていたものが溢れ出そうと――。





「やっぱり誰もいない」


純喫茶「ブラジル」

その屋上に登って、天体望遠鏡を水平に構えるのは枯滝水穂である。足場が悪いので友人の晴南が腰を支え、美雨は天体望遠鏡を支えている。


「ほんと? 八畑やはたのおじいちゃんいないの?」

「うん、菱田さんも水元さんもいない。カスタネットに近い家はみんな無人みたい。他にも人のいない家がすごく多い」


家出中の水穂はカスタネットに近づきにくいため、望遠鏡で様子を伺っていた。ブラジルの店内にディスプレイされていたものだ。


妙な男たちが入り込んでいるのも分かっている。彼らは仰々しい黒スーツを着込み、カスタネットを遠巻きにする位置にテントを張っていた。山の上にもいくつかテントが見える。


屋根を降りてブラジルの駐車スペースへ。

なぜかビキニ上にデニムのホットパンツという姿の草苅記者がいた。誰かに作らせたフルーツジュースを脇に置いてビーチチェアに寝そべっている。


「水穂だいじょぶ? なんだかフラフラしてるけど」

「疲れ水穂だね、これはあんまりレアじゃない」

「あんまり寝てなくて……あとで仮眠しとく」


草苅記者は身を起こす。この気丈そうな少女もやはり気が張り詰めているのか、と何となく思った。


黒ずくめの男たちがいると聞くと、興奮気味に声を高くする。


「それ黒ずくめの男たちメン・イン・ブラックじゃないの!? 政府関係者よ!」

「そうは見えないなあ……なんだか顔が怖いし、テントのそばで水浴びしてる人いたけど、背中にタトゥーあったし」

「タトゥーで特殊な力を得てるエージェントよ。そういうマンガ見たことあるわ」

「その可能性もないとは言わないけど、普通に裏社会の人と考えたほうがいいんじゃ……」


水穂は顎に指をあてる。裏社会と聞いて思い出すのは黒鉾ヘイボウだ。


結界が消えたことを察して攻め込んで来たのか。しかし、だとすると静かすぎる気もする。廃墟になったとはいえタツガシラに行っている気配もない。何かするというより、何かを待ってるように見えた。そのように説明する。


黒鉾ヘイボウ? ああ異常存在を破壊するのが信条って連中ね。瑛子さんから説明受けてるわ」

異常存在シグナルイエローが消えても超常存在シグナルレッドは残ってる。それを消しに来たのかも」

「…………」


草苅は、この割と暇だったのでこんがりと褐色に焼いていた元雑誌記者は、そこでぽんと手を打つ。


「ああ、そういえば竜興さんって黒鉾ヘイボウのスパイよ」

「え?」


ぽつねんと感情のこもらない「え?」を返し、さらに十数秒後。


「えっ!!?」

「うわびっくりした」


水穂らしからぬ声量に少したじろぐ。


「国会図書館の事件のときに聞いたのよ。なんでスパイやってるのかは聞かなかったけど、枯滝路さんのことでわだかまりがあるみたい」

「……お父さんのこと」


それは円空仏の一件でも感じていた。祖父と父は相容れない距離を保っている。


「水穂ちゃんのお父さんかあ、どんな人だっけ?」

「カスタネットで見かけたことないなあ」


晴南と美雨が言う。草苅記者はちょくちょくカスタネットに出入りしているが、水穂の父がいたことは一度もない。


「……戦いになるかも。でも、いくら黒鉾ヘイボウでもお父さんと戦えるかなあ」

「ああ、なんか路さんって人間を攻撃できないらしいわよ。そういう折り紙も折れないって」

「そうなの?」


あれ、と草苅記者は水穂の反応に疑問符を浮かべる。この情報は瑛子へ渡した報告書に書いたはずだ。

水穂には伝えてないのか、と察する。あえて話すことでもないのは分かるが、続けざまに新情報を聞かされた水穂はやや置いていかれた気分だろうな、と思った。


「あのとき水穂ちゃん気絶してたからね。なぜ攻撃できないのかは聞いてない。もう話してないことは無いわよ」

「……お父さん。人を攻撃できないって、何かあったのかなあ」

「そうねえ。まあ防御のほうは完璧だったし、黒鉾ヘイボウって異常存在は使わないんでしょ、どってこと」


――あの時。


(……あ)


脳に去来する回想。

草苅記者はなるべく表情を変えまいとして、しかしできておらずに不気味な顔になりながら思い出す。


あの時、枯滝路はオルバースの銃によって追い詰められていた。

敵対していた相手は遠隔の呪殺という手段によって死亡したが、その直前。


(……水穂ちゃん、何かやろうとしてた。折り紙で、小さな弓みたいなものを作って……)


それも告げておくべきだろうか。

しかし草苅記者もあの時は生死の境目だった。やや日数が経っている記憶であるし、見間違いの可能性も大いにある。そう言い訳をしつつ黙っている。


「じゃあレーテとお爺ちゃん、協力するのかも」

「そうなるの?」


晴南が首をかしげて言う。「ブラジル」で合宿を初めて何日目かだが、気のせいか晴南と美雨は頬がふっくらしてきた気がする。大貫の料理を日に5回食べてるからだろう。


黒鉾ヘイボウの人たち、カスタネットを守るみたいに配置されてる。たぶん水田に伸びてる一本道で衝突する。レーテと意思の疎通があるかは分からない。めいめい勝手に動いてるだけかも」


そこまで聞いて、草苅記者は少し憂鬱そうな顔になる。


「人さまの家のこととはいえ……仲良くやれないの? 話し合いとかで」

「お父さんは……」


父が、誰かと話し合いの席を持つ。

わだかまりを解消し、互いに歩み寄って関係を改善する。


そのようなイメージが遠い。


父はまるでカスタネットに迫る猛獣のように思える。水田に伸びる一本道はタワーディフェンスゲームの舞台のようだ。


「お父さんは強すぎるの」


おそらく、向こうからはレーテと祖父が猛獣に見えている。会話は成立せず、理不尽な感情をぶつけてくる猛獣なのか。


父と話し合いなど不可能であり、相互理解はあまりにも遠い。築ける関係性はやたらと攻撃的なものになる。


それが存在の格差なのか。

人と虫の関係性なのか。


「あの折り紙の技は深すぎて、大きすぎる。絶対に誰にも理解できないし、誰もお父さんを放置できない。だから対立しか残らない。悲しいことだけど……」

「じゃあ根乃己に来るのやめてって言ったら? 衛星電話で」

「カスタネットに置いてきちゃった……。それに星が消える異常、お父さんは放っておけないはず……」


脇で見ていた晴南が、そこまで聞いたところで言葉をはさむ。


「でも裏社会の人たち出てきたなら、もう何もできないというか、さすがに危ないから止めるよ水穂」

「ううん……」


水穂はうなだれて、そして友人たちの方を見る。


「しょうがないね、ここから見張るだけにしよう」

「うん、それがいい。私と美雨が付き合うからさ」

「トランプやろーよ。お絵描きでもいいよ」


三人は連れ立って「ブラジル」へと入っていく。今日も合宿は続くようだ。店舗の換気口からは炊事の煙が漏れており、そろそろ昼食かと感じる。


「……」


草苅記者は、三人の後ろ姿を奇妙な目で見る。


「物分かりが良すぎない……?」


枯滝水穂、彼女は意外と活動的な子だと感じている。大人を出し抜くことも辞さないし、かなり荒っぽい打開策も選んできた。


「それにこの数日。水穂ちゃんは何をやってたの?」


カスタネットから家出していただけ。そうは思えない。


「……折り紙の技、絶対に誰にも理解できないし、誰もお父さんを放置できない、か」


水穂の言葉を繰り返す。

少しわざとらしいと感じる。そもそも理解・・できないか・・・・・どうか・・・誰にも分からないはずだ。あの技が枯滝路にしかできないと印象づけるような言葉に思える。


「水穂ちゃん、寝不足だって言ってたわね……」


気が張り詰めてるからだろうか。それとも、夜中に起きている必要があるからか。


だとすれば、夜に一人で何をしているのか。


「……それに一番おかしいのは、水穂ちゃんのお父さんよ。近くにいるんでしょ。なんですぐに来ないの? もう五日目なのに……」


まるで、こちらの準備が整うのを待つかのよう。

すべてに片をつけようとしてるのは、向こうも同じなのか。


すべての思惑、すべての計画、すべての人生を飲み込んで。


翌日の午前八時。


根乃己の町に踏み込む、一人の男が。



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― 新着の感想 ―
[一言] ひしひしとクライマックスの訪れを感じますね~~~!レテ君が異常存在と一緒にみんなの記憶を奪っていくのは名前のとおりってことなんでしょうか
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