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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第七章 喪失筐体と土用の粋人
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第四十五話



「【ゴア・モラベック】……? 見た限りは普通の戦闘機。あれ一機で戦局を変えるほどの性能があるというの」


瑛子は盤面全体を見ようとする。双方とも開発が進み、銀河を二分するほどの戦力が生まれている。とても戦闘機一機でどうにかなるとは思えない。


「……でもこれはゲーム、膠着を防ぐためにとんでもない性能のユニットが設定されてる……ってところかしら」

「迎撃させていただきます」


レーテの操作で無数の戦闘艦が殺到。星を砕くほどの超出力レーザー、亜光速で迫る誘導ミサイル、小型のブラックホール等々が一点に集まる。


そのとき、連鎖的に起こる小爆発。盤面の外周部を光が埋める。銀河の外縁にあった基地が破壊されたのだ。


「……? なに今の、レーテくんの基地がやられた」


よく見れば敵側の基地からも火の手が上がっている。黒マントの粋人はもはや動くことはない。何かしらオート操作でも設定しているのか、被害にあった基地は廃棄され、更地にしてから新しく建造している。


「レーテくん、何が起きたの」

「奇妙です。あの戦闘機の受けたダメージが無関係のオブジェクトに流れました。そのようなユニットについてのルールは見ておりません」

「見ていない……それはもしかして、何らかの裏技、いえ、内部数値を書き換えるチート行為じゃないの」

「違うな」


ドラシエラ7/4世はつまらない質問に答えるときのように、気だるさを前に出して言う。


「この筐体ではプログラムを超越した事象が起こる。理解できぬならば筐体に物理干渉してみるがいい」


レーテは言葉を返さずに応じる。その左手に火花が走り、筐体の画面が明滅。直後、レーテ側の機体が一気に増える。


「このような手段は勝負の興を削ぐかと思いますが、よろしいのですか」

「演算機械が興を語るな。滑稽というより苛立たしい。案山子に味を語られるシェフの心地だ」


レーテの出した機体の数値が見える。あらゆるステータスが最大。さらに延焼や放射能汚染などのバッドステータスを無効化、そのバッドステータスには「撃墜」すらも含まれる。


だが。


【ゴア・モラベック】の一撃、その先端から放たれる黒い弾丸が機体をかすめるとき、そのすべてがシャボン玉のように破裂。爆炎と閃光が描画される。


「……なぜ」

「【ゴア・モラベック】は迎撃不可能であり、その弾丸は防御不可能。ゲーム内の数値データなど意味を持たん」

「レーテくん! 手を止めないで! 今はこちらの全滅を防ぐのよ!」


瑛子の叫びに呼応してレーテが動き、自陣が活性化する。未開拓の惑星に船を出し、辺境の地にも工場を作り、そして本拠地を何重ものバリアで覆う。


「……分かってきたわ、あれはつまり、ゲーム内に存在する異常存在」


ゲームに関する異常存在ならいくつか知見もある。ブログラムしているはずのない敵が現れる、謎の場所に迷い込んで不思議なメッセージを見る、そんな話の延長線上の事だろう。


「レーテくん、相手が作れるならこちらも作れるはず。造船を活発化させるのよ。一定確率であの機体が現れるのだとすれば、条件を変えつつ船を作りまくって」

「了解しました」


そしてそれらしい船が現れる。辺境の造船所にて生まれた真紅の戦闘機。攻撃した場所が座標ごと消し飛び空白になる。


「無駄なこと、我は無限のリソースを用いて検証したが、【ゴア・モラベック】以上の機体が出現したことは一度もない」


光と同じ物質で構成された船。ブラックホールを盾にして飛ぶ船。無数に自分の複製を作り続ける船。それらも一瞬で撃ち落とされていく。


「ぐっ……レーテくん、こちらも【ゴア・モラベック】を」

「試みております。ですが成果ありません。あの機体は「自分の同型機が存在する」という事象を拒絶するようです」


まさに完全無欠か、と瑛子が奥歯を噛みしめる。

レーテの勢力自体は広がっている。彼の操作速度はたしかに上がっているようだ。黒の戦闘機に潰されるそばから新たな基地を建造していく。


「このまま逃げ切れる?」

「いえ、無理です。ゲームの終了条件は最初のまま変わらず、5つの機体の破壊です。それは両軍の精神的シンボルたるコアユニット。どこかの基地に隠しておりますが、アトランダムに攻撃を受ければいつかは全滅します」

「残り何機あるの」

「一機です」


血の気が引く。もし相手が勝てばどうなるのか。あの精神攻撃を再度喰らえば。


「……っ! そうだ! あの戦闘機は無視して、相手側のコアユニットをすべて破壊すればいいのよ」

「その勝ち筋は潰すはずです。私がドラシエラ7/4世ならば、一体はあの【ゴア・モラベック】の中に隠します」

「な……」


瑛子は絶句し、異星から来た紳士が肩を揺する。


「その通りだ。事実上、もはやおまえたちに勝ちの目などない」

「あります」


ぴしり、と芯の通った声。急にレーテの声が張りを帯びたことに、黒の粋人は怪訝な顔になる。


「瑛子様、こちらの演算能力が不足しております。根乃己のメインコンピュータへのアクセス権限を」

「え……でも、それは」


その眼を見る。宝石のように青く、どこまでも底がないかのようなレーテの眼。非現実的なほど整った顔立ちに、赤子のような純粋さを見せる口元。その顔を見ていると、彼に対して警戒するとか疑うことがひどく後ろめたいことに思える。


「……。わかったわ。コードは9116……」


言い終わると同時にレーテの体が薄く光る。演算素子の集合体たるレーテの体が、そのすべてのポテンシャルを引き出そうとしているのか。


「レーテくん気をつけて、根乃己のメインコンピュータは文明崩壊カタラクトクラスの異常存在。性能はすごいけどかなりピーキーよ」

「凄まじい演算能力です……これは、私の本体にすら匹敵する……」


盤面が光って見える。あらゆる場所で基地が建造され、億単位の船が毎秒、港を離れているのだ。もしその世界の住人ならば、芸術的なまでに最適化された造船を見ただろうか。


「無駄というのが分からぬか……」

「ドラシエラ7/4世、あなたはこれが正しいあり方だと思うのですか」


問われて、筐体の向こう側から重々しい気配が返る。


「どういう意味だ」

「確かに【ゴア・モラベック】は完全無欠かもしれない。これ以上の進化の形など想像できないほどです。ですが、そのために他のあらゆる存在が無価値なものになっている」


レーテの攻撃が密度を増す。宇宙のあらゆる場所から伸びるレーザーが【ゴア・モラベック】を射抜き、ダメージの受け流しによって膨大な数の施設が破壊される。


「やがて宇宙にはこの機体しかいなくなる。そんな終焉の形に意味などあるのですか。世界のリソースが、たった一つのもののために犠牲になるなど」

「それは我のことを言っているのか」


黒の粋人がレバーに手を伸ばす。戦闘機が勢いを増し、生まれかけていたレーテ側の異常存在を殲滅していく。


「お前も似たようなものではないのか。分かっているぞ、お前は肥大しすぎた演算システムの断片。どこかの宇宙で生まれ、大きくなりすぎた自己を持て余し、自我が分裂してしまった哀れな末端に過ぎん」

「その通りです」


筐体を挟んで互いの気配がぶつかり合う。レーテが何を言わんとしているのか分からず、瑛子は混乱を来たす。


「……こ、……さん」


ふと、その意識が脇にそれる。


声の主を探して視線をさまよわせれば、その人物はわりと近くにいた。膝まずいた姿勢のままの草苅記者だ。体にはマスキングテープのような黒い線がいくつか張り付いている。

彼女はほとんど顔を上げられず、片膝立ちのままで固まっている。


「瑛子、さん、大丈夫……」

「あなたの方こそ大丈夫なのそれ……今は大人しくしてて、あとで医療班に診せるから」

「そうじゃ……ない、顔……」


(顔?)


顔がどうしたというのだろう、あまり違和感はない。


ふと窓ガラスを見る。店内のほうが明るいために己の姿が映っている。少し距離はあるが、己の顔には。


マスキングテープのような、銀色の線が。


「…………?」


その線の意味が、考えられない・・・・・・

それについて違和感を持てない、意味を考えようとすると思考が乱れる。

だが精神戦の訓練を受けている瑛子は、それ自体が症状・・であると判断する。


「これ、は……」


「あなたの言うとおり、私は不完全だった」


レーテの声が聞こえる。


「世界が不完全であるために、単一なる一つになろうとした。その結果としてまた分裂してしまった」


あの透明な気配を持つ宇宙人が、虫も殺さぬような彼が。


「それはおそらく一度ではなく、私達だけでもない。あらゆる知性あるものは何度も何度も失敗している。理想の何かに成ろうとして、成れないことに苦悩する」

「何が言いたい」

「宇宙の欠点など星の数ほどあるのです」


そうだ、なぜ自分は、レーテにメインコンピュータのアクセス権を渡した。

サブもだ。どれだけ彼が信頼できたとしても、瑛子が判断していいことではない。


「誰もがこれが欠点だと言い、それを克服しようとする。出来ないことに絶望し、出来たとしても満たされない。なんと勝手な生きざまでしょう。だから私は決めることにしました。実現可能であり、私にとっての理想たる宇宙のあり方を」

「何だ……【ゴア・モラベック】の挙動が」


黒の戦闘機は停止している。

盤面の解像度が落ちていく。色が失われ、戦闘機はドット絵になり、その形が崩れ――。


「レーテくん! やめて!」

「私は」


そして根乃己を包む、淡い光が。



「あらゆる未来を、喪失させる」


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