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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第七章 喪失筐体と土用の粋人
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第四十四話



画面が明滅する。


そう思った瞬間、空が広がるような感覚。


星空が見える。無限の深みを感じる立体的な星空、そこに将棋盤のような網目模様が刻まれ、ドット絵で描かれた5台の戦闘機が浮かぶ。


「これは……移動ではない、感覚の上書き……?」


枯滝瑛子は周りを見る。ゲーム機はまだ残っているが、壁が消滅して根乃己の田畑が見える。応援に来ているはずのREVOLVE職員の車も見えている。


彼らも瑛子がいることは把握しているだろう。瑛子はハンドサインを出し、その場で待機を命じる。


上空で戦闘が始まる。


5台の戦闘機が散解、それぞれ敵機とのドッグファイトに入っていた。マス目を飛車のように動きつつ向きを変え、前後左右に弾を撃つ。絶妙な操作により紙一重で回避するさまは、何かしらの機械構造を思わせる。


がが、という音。


黒尽くめの筐体、POLYBIUSⅡの左右からキーボードが飛び出している。レーテの体内から光の線が飛び出してキーに触れていた。自己を分解してキーボードに干渉しているのか。


続けざまにフットペダルが4つ、丸形ハンドルが1つ、さらにレーテ側の画面がタッチパネルに変わっている。レーテの銀細工のような指がそこを這う。


「筐体が変形している。5台の戦闘機を操るために……?」


上空を見る。戦域には時おり小惑星が飛来、それを破壊すると中から機械のパーツのようなものが現れ、戦闘機が触れると少し強化されるようだ。


レーテは画面全体を回ってアイテムを集め、ドラシエラ7/4世は画面右端に固まっている。

どうやら機体同士が接触していると性能が上がるらしい。固まった敵側の機体は弾数が増え、また防御力も高いようだ。レーテの弾を受けても破壊に至らない。


「……いいわ、追い込んでる。アイテムを集め続ければ、やがてレーテくんの総火力が相手の装甲を上回るはず……」


と、瑛子の眼が妙なものを見つける。

よく見れば敵機の固まってるあたりがぼんやりと光って見える、その向こうに何か、月のような光が。


「あれは……惑星?」


その時、マス目が敵機を中心に拡大する。将棋盤を二つ、斜めに繋げたような形状に。


「エリアの拡大だ。同時に惑星を爆破、デブリによって宙域の航行にペナルティを課す」


そして5台の敵機は新たに拡張されたエリアに移動。そこにはいくつかの惑星があり、敵機のそれぞれが惑星に取り付く。すでに盤面はかなりの広さになっているが、瑛子にはすべての範囲が同時に見えている。脳内に盤面の状況が流れ込んでくる。


「こんなルールが……。卑怯よ、レーテくんは初めてこれに触るのに……」

「瑛子様、ご安心ください」


レーテが告げる。落ち着き払った声には冷たさすら感じる。


「そのルールはすでに把握しております。このゲームは盤面展開によってルールすら追加されていく。それは画面に表示されております」


レーテ側の筐体を覗き込む。しかし画面が異様に細かく、文字もほとんど読めない。砂嵐のような世界でレーテは操作を続ける。


「ルールを把握することもこの遊戯の高等なるが証左。演算機械よ。この程度もついてこられぬ知性がこの星の支配者なのか」

「知性を測る物差しは無数にあります」

「ふん」


ドラシエラ7/4世はどのように操作しているのか。瑛子がそっと移動して見てみれば、彼は3つのボタンと一本のレバーだけで操作している。

上空では戦域が拡大している。惑星には資源を採取する機械が置かれ、戦闘機を修理するドックステーションも、新たに造船に取り掛かる工場も作られている。


「まるでストラテジーゲーム……。どうやってこの操作を」

「このレバーはいくらでも進化する。今は感応範囲が12万チャンネルほどだ。どのような操作も可能。ボタンも似たようなものだな」


敵側の基地から船が飛び出す。それはもはや戦闘機ではなく戦闘艦。無数の砲門から質量弾が打ち出されてレーテの惑星を襲う。


「レーテくん! 相手は勝負を決めに来てる! 防御を」

「違います、瑛子様」


レーテは攻撃されてる惑星を放棄。人員を船に乗せて離脱させ、戦線を後退させる。


「このゲーム、将棋で言うならばまだ3、4手目というところです」

「な……」

「ほう、演算機械の分際で未来を予見するか。別に今ここで終わらせても良いのだぞ」

「ドラシエラ様。このゲームの本質とは複雑化の極限と、その先・・・ですね」

「は、生意気なことだ。よかろう」


レーテにそれ以上喋らせない、という気配を乗せ、麗人は重々しく言う。


「久々に我が腕前を見せてやろうぞ」


そして世界は拡大していく。

盤面は拡大しさらに層状になり、何百枚もの盤面が重なり合って見える。平面が立体に、そして高密度の時間が流れる。


そこにあるのは無数の星、複数の社会圏。そして相反する2つの理念。

エネルギーを得るため恒星系が開発され、人材を得るため地球型惑星に植民、そして建造される攻撃型衛星の数々。


船が進化する。高度な研究施設が生まれ、惑星の輪と見まごうばかりの工場ステーションも。

戦闘艦の全長は50キロを超えつつある。経過した時間は、もはや数万年か。


港を離れる数千の艦隊。敵を討たんとして戦い、多くは虚無の宇宙に散っていく。


「ぐうっ……」


瑛子にもその全てが・・・・・見える・・・


人間に受容できる限界の情報量のみだが、それは限界一杯の情報を常に流され続けるということ。脳がレンジで熱されるような負荷がある。

きしむ頭蓋の中で、戦況をなんとか意識する。


「膠着状態……どちらも組織の規模が大きくなりすぎてる。これを削り合うのに何百年かかるの……」


人員にすれば双方とも500億人を超えている。互いに後方に支配圏を伸ばし、次々と星のリソースを最前線に送り込んでいる。それは二本の腕のよう。銀河のうねりに合わせて支配圏までもが渦を巻く。


「……ま、まさか、この数の人員をすべて操作してるというの」


レーテの周囲には数千枚のキーボードが出ている。それは本来あった店の範囲を出て、根乃己の空に広がりつつある。


そして、先端の一部が破られる。


「む……」

ほころびが出たな演算機械。迎撃衛星の稼働が遅れたぞ」


レーテは破られた部分に艦隊を集めんとする。しかし破られた部分から高速艇が戦線の背後に回る。背後を突かれた船が瞬時に蒸発し、大量の施設が蹴散らされる。


「レーテくん……」


(いくらレーテくんでも演算能力の限界はあるはず。流れの者フォーリナーの能力が上だとすると押し切られる)


(でも、いくらなんでも理不尽すぎる強さ……。レーテくんの能力を一人で超えるというの)


その時、はっと気づくことがある。


ドラシエラ7/4世、彼は本当に一人で戦っているのか?


(そう、あの支配能力。あれなら手駒を増やせる。この複雑さを増していくゲームにおいて協力させることも)


(例えば、どこかでゲームユーザーを万単位で手駒にして手伝わせる……)


(いえ、何か違う。そもそも恒常性結界を超えて協力者を作れるとは考えにくいし……)


(結界を……)


「……! レーテくん、上空よ! 根乃己の空に何かいないか探して!」

「承知しました」


レーテが自己の一部を空に伸ばす。その間、船団は一箇所に固まって敵の猛攻に耐えんとする。


「見つけました。上空6万から8万キロにかけて無数の船が。生命体反応はありません。おそらくは演算機械」

「今さらだな」


敵は一度軍を引き、内政に専念する構えを見せる。研究施設をさらに充実させ、船を世代交代させていく。


「活動において演算機のサポートを得ることなど、この星の知的存在ですら行っているだろう」

「そうです。そして演算素子の集合体たる私も似たようなもの、あなたを責める謂れなどあるはずもない」


レーテは崩壊した軍を再編させている。補修ドックに多くの船を送り込んでいるが、瑛子の直感としては次世代の船を開発すべきかと思われた。

レーテの操作能力の限界だろうか。これ以上軍を拡大できないのか、そう推測する。


「……レーテくん、根乃己のサブコンピュータをそちらに回してもいいわ、足しにできる?」

「よろしいのですか」


レーテはこちらを見ずに言う。振り向く余裕もないのかと思われた。


「あくまでサブだけよ。根乃己のシステムにはいくつかの軽微な異常存在を組み込んである。サブでもその演算能力は全世界のスパコンの総数に匹敵する。コードは7249……」


27桁のマスターコードは暗記している。瞬間。遠くで街灯がまたたくように思えた。共用溝を流れる電圧が揺らいだのだ。


「受け取りました。これで私の演算能力は格段に向上いたしました」

「もう遅い」


はっと、瑛子の意識が引き付けられる。


それは敵の造船ドックを離れた黒い機体。ごく小型の、しかし内部に高密度のエネルギーを秘めた戦闘機である。短距離ワープを繰り返して戦端に迫り、レーテ側のワープジャミングを受けて戦陣の真正面に出現する。


「あの船は……」

「最終戦局用無限艦隊蹂躙戦闘機【ゴア・モラベック】」


麗人はレバーとボタンから手を離し、静かな落ち着きとともに言う。



「その機を落とすことは、不可能だ」


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