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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第七章 喪失筐体と土用の粋人
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第四十三話





「ええ、端緒はこの燃焼平面の宇宙観、完全は一つもなく公理は交錯と偽典。宇宙の不完全性とは鈍角的な変化と再定義、あるいは糊化こかし溶着することであり空漠たることの数列的瑕疵かしが……」


「映画の町には物語が何千万と収蔵されていて、それは交配して繁殖しているのです。ポスター路地は過去にも未来にも存在しない映画のポスターで埋まっていて、雨の代わりにコーラが、雪の代わりにポップコーンが降るので町の人は掃除に追われていて……」


「この太茅祭たぢさい折りはきっとレーテくんにも理解していただけます。まず表層の祝賛と酸化雰囲気の収斂、分散する雷のつづりは渦巻き構造、これは手のひらに吸い付かせるように……」


「レーテくん、私はあなたの力になれるかも知れませんが満足が得られるかは分からない。それは荊冠けいかんに似て語り尽くせず、主体的世界というものが懊悩で満たされた回廊でありそこは酩酊への下り坂となり……レーテくん? レーテくんもういいのですか?」





「……侵略的なインヴェイシブ流れの者フォーリナー


ほとんど聴こえない声で呟き、瑛子は背後の二人を意識する。


(どうする。レーテくんでこいつを排除できるかしら。でも流れの者フォーリナーは底が知れない、迂闊に手は出せない)


「ほほう、地球を支配しに来たんですか」


そっと一歩を踏み出すのは草苅記者、その声音にはっきりと喜の感情がにじんでいたので、枯滝瑛子は噛み潰された苦虫の顔になる。


「支配する、という言い方は適切ではない。我の見通すすべては我が掌中の珠と同義である」

「なるほどなるほど、それで地球を支配してどうされるんです? 税金を取るとか美女をさらっていくとか」

「文化的リソースを我が糧とする。我の興を満たすことにお前たちのあらゆる資源が注ぎ込まれる」

「おおー、全人類ドレイ化ですか! あのちなみに宇宙船とかってどこに」


ドラシエラ7/4世が草苅に視線を投げる。

びし、とゴム板で何かを打ちすえるような音がして、草苅の顔面から首筋にかけて複数の黒線が貼り付き。その瞬間、草苅の眼が焦点を失い、片膝をついて待機の構えに。


「我に無用の問いを投げるな」

「……!」


(これは、瞬間的な洗脳と隷属、言ってることがユーモアやブラフでないなら、かなり高位の存在……)


相手が高位の存在である場合、警戒すべき可能性は二つ。

一つはその存在がREVOLVEを超越するかどうか。

もう一つは、REVOLVEが完了するより早く地球を更地にできる存在かどうか、となる。


根乃己のシステムにより引き起こされる天変地異の眺め、それにこの人物が反応し、敵対行動と見なして反撃される可能性。わずかに数十秒の攻防ではあるが、けして無視はできない。


(……可能性としては確かに極小、でも……)


agoleは真贋領域の結界で、アーグルトンはまた別の結界で守られており、根乃己を含めて三つを短時間で落とすことは現実的ではない。

だがやはり、態度は慎重にならざるを得ない。


「……ドラシエラ7/4世、恐れながら質問をお許しください」

「許可しよう」

「地球人は……地球の文明を代表するホモサピエンスは、全個体でそれぞれ別の意思を持って行動しています。その全員を支配するのは困難なことと愚考します。あなたにはそれが可能なのでしょうか」

「造作もない。この星の現在の人口は76億7428万1935人、およそ一秒に2.7人増えているようだな。我の精神支配なら120秒ほどで全員の器を満たせる」

「120秒……」


(REVOLVEが完了するのにギリギリかしら……。でも、こいつの精神支配を受けて、米軍基地のブースターが起動できるかどうか……。そもそも、こいつの言う支配を)


「拒否したならどうなるのですか」


瑛子がはっと振り向く。


今の言葉は自分ではない。背後にいた銀髪の美青年、レーテが発したものか。

だがその声音がいつもより重く感じられた。その眼は物静かに細められながら、目の前の麗人に向けられ、そこには相手と目線を合わせ、対等に構えようとする気配がある。


「断る?」


しゅん、と空気を切り裂いて何かが飛び、レーテの顔に線が貼り付く。太マジックで書くような線が縦横無尽に。


「レーテくん!」

「ふむ、演算機械のたぐいか」


ドラシエラ7/4世が髭を撫で付け、興味を引かれたように口の端を上げる。


「この星の文明レベルの産物とは思えんが」

「皮膚組織から浸潤し、ニューロンに干渉する分子機械のようですね。ですが、私の精神機構は全身に分散しています。汚染された部分を離断してフォーマットし、タイムスケジュールに沿ったバックアップを適応すれば問題ありません」


黒線がぴしりとひび割れ、無数の切片となって落ちる。それはレーテの服や床に触れる瞬間、湯気のように消えた。


「ドラシエラ7/4世、強がるのは止めるべきです」

「……ほう? 我が虚勢を誇ると言うか」

「貴方は先ほど、そちらの筐体は別の人物から勝ち得たものだと言われた。なぜ有無を言わせず奪わなかったのですか。それはきっと、この宇宙に貴方の支配を受け入れない存在がいるから。そして、貴方は勝負にて何かを勝ち取ることに価値を見いだす粋人すいじんであるから」

「ふむ」

「レーテくん……?」


瑛子はいぶかしんで彼を見る。彼の礼儀正しい物腰は変わっていない。だがその言葉に慇懃無礼な、挑発的なものが見え隠れしている。あえて見せているかのようだ。

言葉を受け、夜会服の麗人が応じる。


「その推測は正しい。我の精神支配とは揺れ動く未成熟な精神に干渉し、我に都合のいい方向へ誘導するものだ。つまり、少しでも我に隷属したいと考える心があれば、それを増幅して支配する」


麗人の眼が瑛子を見る。

瞬間、飛来する黒の線。瑛子の右目から右頬にかけて縦に貼り付く。


「うっ……!」


一瞬、強烈に頭をかき回される感覚。藁の束を脳に突っ込まれるような不快感。

そして顔から黒が剥がれ落ちる。


「はっ、あ、うう……!」

「我に従う意思のない者までは操れぬ。この女の場合は、意思の強さを称賛すべきか」

「それでは、地球人類の支配など」

「大した問題ではない。全人類の九割以上は我に従うだろう。そうなれば残りの人類もやがて我に従うより無くなる」


頭がきしむように痛むが、瑛子はドラシエラ7/4世の言葉の実現性を痛感する。今の一撃、瑛子の素の強さもあるだろうが、REVOLVEにて精神戦の訓練を受けていなければどうなっていたか。


レーテが直線的な口調で言う。


「そうでしょうか。人類の歴史とは支配の歴史。ごく少数の知性が残りの大多数を支配する。それが常態です」

「何が言いたい」

「この星は……」


レーテは一瞬、言葉を探すように空白を置き、そしてうずくまっていた瑛子を示す。


「こちらの方が支配しております。私はそれに従う騎士」

「は……!?」


瑛子は何かとんでもない聞き間違いをしたのかと眼を見開く。まだ頭痛が残っており、かすむ視界で銀髪の青年が語る。


「よって、この星の支配はお譲りできません。どうしてもと言うならば、勝負で雌雄を決するべきかと。あなたはそうやって星の海を渡ってきたのでしょう?」

「ふむ、よかろう」


マントを翻し、夜会服の粋人は「POLYBIUSⅡ」へと向かう。


「あの筐体で勝負といこう。あれこそは至上の精神にふさわしき遊戯」

「分かりました」


瑛子は力の入らない足で立ち上がり、レーテのそばに行く。


「れ……レーテくん。なぜ急に、勝負なんか……」

「それが最善と分析いたしました。大丈夫です。あれは己の言葉を撤回しない性格と思われます。勝てば問題なく解決するでしょう」

「……どうしたのレーテくん。何か様子が変よ。普段のあなたと違う。感情が安定してないなら、あなたに任せるわけにはいかない」


レーテは一瞬、眼の奥に悲しみの影がよぎったように見えた。

これ以上もないほど美しく、動揺や困惑、あらゆる卑俗な感情から無縁のように見える彼だったが、その眼はじっと瑛子にそそがれ、何か複雑な、言葉にできぬものを抱えるかに見えた。


「大丈夫です。私はきわめて冷静です。きっとこの事態にも、問題なく対処できるでしょう」

「……」


すでに店外にいくつもの車の気配がある。REVOLVEの職員が応援に来ているのだ。

ポケットには非常用の携帯端末もある。電波特区である根乃己でも、問題なくタツガシラと連絡が取れる。


強引にREVOLVEを行うべきか。

あるいは職員を武装させて踏み込ませるべきか。


(急襲……でもいくら何でも、それは危険すぎる)


その考えが浮かんだことに瑛子自身も驚く。

あまりにも無体。それで解決できる相手とは到底思えない。


そこまで検討するべきと考えたのか。

それほど、今のレーテに不安を覚えるのか。


「反対側の席につくがいい」


麗人の指定する「POLYBIUSⅡ」。その黒い背中合わせの筐体が、何かしら不吉なものにも思える。


「互いに5機の戦闘機を操り、相手側の戦闘機を全滅させれば勝ちだ」

「細かなルールを記したものなどはありますか」

「必要ない。序盤は触っていれば分かる。そしてこのゲームがどのように変化していくのか、それは我にも分からぬ。誰にも見通せぬ知の極限なのだよ」

「……分かりました」

「これを使え」


麗人、ドラシエラ7/4世が手渡すのは、なんと100円硬貨である。


銀色に光るそれを一度じっと見つめ。

投入の瞬間、レーテはわずかに笑ったように見えた。


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