第三十九話
「む、矛盾だと!?」
椅子の王が声をあげ、周りの椅子たちは顔を見合わせるかのような回転運動。
「静粛に」
校長の椅子が場を沈め、水穂は全員を眺め渡してから発言。
「椅子の王さまは言われました。自分は強靭であり永遠であると、しかしそんなことはあり得ません。木材で出来てる王さまは千年も持たない。いつかはこの星から失われてしまう。永遠を語るには不適切です」
「バカな! そんなことを言うならお前たち人間の命など100年がせいぜいのはず」
「裁判長! 私の発言中です!」
椅子の王が喋るのを押し止め、裁判長へと訴える。
「認めます。椅子の王は人間側の発言を遮ってはいけません」
「うぐ……」
「今の王さまの発言は不適切なタイミングのものですが、それについてお答えしておきます。私たち人間は子供を生み、若い世代に知識を伝えることができます。それにより無数の個体が知性を繋いでいけるのです。それは永遠と呼べるものです」
「そーだそーだー」
「よくわかんないけどいーぞー」
友人たちが囃し立て、水穂は発言を締めくくる。
「唯一の存在は永遠とはなりえません。よって椅子の王さまの言われるような王位は存在しません、発言を終わります」
かりかりと音がする。
見れば、すぐそばにいくつかの椅子と机が並び、ペンがひとりでに動いて文字を刻んでいる。この裁判の記録でも取っているのだろうか。
覗きこんでみたが、椅子を組み合わせたような判読不能の文字ばかりである。
(雰囲気を出してるだけかな、それともたった今、文字を作ったのかな)
ふと違和感を覚えて観客席を見れば、カーテンを体に巻きつけた椅子、座布団を乗せて帽子をかぶったような風情の椅子が見えた。
(あんな椅子、さっきまで無かった。着飾ったって感じだけど、こんな短い時間で個性が……?)
「では繰り返し弁論を行います。椅子の王、発言をどうぞ」
「うむっ」
先程はかなり痛烈な一撃を与えたと思っていたが。
再び語り出した椅子の王は落ち着きを取り戻している。
「我も物質である以上。持続の限界はある。それはこの星の寿命より遥かに短いだろう、仕方のないことだ」
王はあっさりと認め、しかし、と語気を強める。
「それは我が知性の限界を意味しない。我は肉体が滅ぶ前に己の分身を生み出せる。己の築いた知性をすべて乗せた次なる椅子を生み出すだろう。それは石材か金属でできており、さらに長い年月を生きるはずだ。よって我は星の王なのである」
(世代交代を受け入れた……)
一見すると軽くいなされた風でもあるが、これは前進だと感じる。
最初、王は自分自身が永遠に続くと思っていたはずだ。だがそれは誤りだと気づいた、というよりそんな考えは最初から持ってなかったと強く思い込んで認識をすり替えた。
さらに言うなら人間がここにいる四人だけという感覚はすでに持っていない。上書きされているのか。
(王さまは、裁判の中で認識を上書きしてる)
(言葉のやり取りで認識をずらす。それが戦う手がかりになるはず……)
(でも……椅子たちの知性が予想よりずっとすごい。成長が早いし、論理の辻褄をすぐに合わせてくる……)
裁判は続く。
「人間はたくさんいるから、大噴火や隕石なんかの天変地異が襲っても絶滅しません。王さまはそうではありません」
「我は無数の椅子を使役できる。よって知性の生存は担保されている。使役した椅子は我よりは下等だが、集まれば我の知性に次ぐ存在となろう」
「人間たちは強い力を持っています。もし椅子たちと戦いになれば、たくさんの椅子が傷ついてしまい、動物や植物、多くの命が失われます」
「人間たちの兵器が並々ならぬことは理解する。しかし我は世界中の椅子を操れる。それによって人間の抵抗を許さぬままに滅ぼし、兵器を使わせぬ方法を我ならば見いだせるであろう。さらに言えば我々は椅子として完結しており、人間のように植物や動物の捕食を必要とせず、労力や愛玩物も求めない」
「それでは星の管理者として不適切です!」
「違う、我らは星の生態系と相互依存関係にない。管理するという目的と役割のみがあり、そこに代償も必然もない、これが管理者の欠かざるべき資質である」
議論の応酬。椅子の王は認識をアップグレードしているが、押されているという気配は薄い。
水穂はそもそも論を繰り出すが、そこに追い詰められてるという感覚がある。
「そもそも椅子は人間が生み出したものです。いわば親子のようなもの、争うべきではありません」
「……という人間の意見はまことに笑止である。椅子とは人間が腰かけるに適した物体のことであり、製造された物である必然性はない。我は我であり、我は最初からこうであった。猿は人間を作ったわけではなかろう」
「そんな、だって王さまの体には釘が使われて……」
「静粛に」
かんかん、と裁判長が音を立てる。
「双方、八回ずつの弁論を終えました。さらに弁論を必要としますか」
椅子の王ががたがた脚を鳴らして答える。
「必要ない! すでに十分に議論は尽くされた!」
「人間側はどうですか」
「まだです! まだ話すべきことはたくさんあります!」
水穂は主張し、周りの椅子たちはガリガリと足元を削るような音を鳴らす。ブーイングのようなものか。
「主張を却下します。追加弁論はもう必要ないでしょう」
「いいえ! まだ何回も必要です!」
「静粛に、裁判を預かる身として不要だと判断します。人間側が不必要に裁判を長引かせることは心象の不利を招きますよ」
「も、もう決まっちゃうのかい? 本当に?」
「向こうはどんどん自信つけてる気がするよー」
大貫たちの声を背中に聞き、水穂は心の中で歯噛みする。
弁論を重ねるごとに椅子の王は自信をつけている。どうやって人を滅ぼすか、そのあとにどう星を統治するか、裁判の中で見いだしている。王は自信たっぷりな様子で語る。
「人間の娘よ、ならば互いに一度だけ追加弁論を行おう。それを最後に評決に入る。それでよいか」
「……分かりました」
「では裁判長、我から弁論を行いたい」
「認めます。椅子の王、最終弁論をどうぞ」
椅子の王は脚を数センチ浮き上がらせ、輪を描くようにゆっくりと動き始める。
「ここまで裁判を行ってきて、明白となったことは人間のあまりにも脆弱なる知性である」
いくつかの椅子がうなずくように揺れる。陪審員であるテニスの審判席も、安楽椅子も。
「それはそこの娘のあまりにもつたない弁述、それだけではない。大気の組成。人間どもの生態。そして不完全に造形された建物。人間の愚かさは手に取るように分かる。そしてお前は、最初から何一つ、我に動揺を与えうる弁論をしておらぬ」
そして椅子の王は、全世界に呼び掛けるように大音量で言う。
「我には星のすべてを管理し、美しく保つ力がある。我は自らの分身を世界中に広げ、人間を滅ぼし、偉大なる唯一の知性によって星を埋めつくすであろう!」
すべての椅子が盛大に体をぶつけ合い、耳が痛くなるほどの喝采が響く。
「では人間側、最終弁論をどうぞ」
「……」
水穂は証言台に立ち、すでに椅子の王の勝利を確信する気配の中で声を張る。
(確かに、王さまの知性は大変なもの)
(わずかな時間でここまで設定を固めてきた。人間が椅子なんかに論破されないという感覚、それと同じものを向こうも持っている)
(数日も放置されたなら、あっさりと人間を超えてしまうかも、これが異常存在……)
(でも……)
ちらりと視線を送るのは陪審員席、友人たちの不安そうな様子を眼の端に捉える。
そして証言台の端をつかみ、雑巾から水気を絞り出すように語る。
「……確かに、人間たちはたくさん失敗してきました。悲しい出来事、取り返せない失敗、不安な未来を理解しているのに欲望を止められない。そんなことはあまりにも多いかもしれない」
だけど。
と、三つの音に重みを乗せる。
「人間は少しは進歩してきたはずです。進歩するのが人間です。そのために必要なのはたくさんの考え方です。少数の意見だって切り捨てたりしない。そこから何か発見があるかもしれない。その考え方それ自体を否定はできないはずです。たくさんの知性こそが大きな一つの知性に勝るんです。その考え方が間違ってるとは思いません」
椅子たちに動揺の気配はない。王にも。
それは水穂にも分かっている。今の言葉はどこかからの借り物。水穂自信が体得している言葉ではない。
だが。感覚として分かる。
すでに十分に、認識のずれを作ってきたことを。
「よって私は、この裁判の無効を宣言します!」
ざわ、と、声を持たぬ椅子たちの間で葉擦れのような音が。
「……な」
椅子の王は、たっぷり五秒は硬直してから声を放つ。
「どういうことだ! なぜそうなる!」
「それは椅子の王、あなたが裁判の当事者である権利を持たないからです!」
「何だと!?」
人と物の陪審員も、裁判長もあっけにとられている。水穂は王を指差して言う。
「王さま、あなたは意識していないかも知れないけれど、だいぶ認識が変わっている。優れた知性が星に君臨するためには、物質としての限界を越えるための世代交代が必要。天変地異から生き残るためにたくさんの個体が必要」
「そ、その通りだ、どこにおかしなところがある」
「ならば王さま、あなたは」
「人間です!」
今度こそ。
すべての椅子が驚愕のあまり身を乗り出す。
「何だと!?」
「王さまは人間です。普通の人間と生殖の仕組みが違うだけ。でも他の椅子たちはどうでしょうか」
がた、と動揺の音が鳴る。
「王さまは椅子を支配できるけど、支配した椅子たちにはできない。支配された椅子はただの椅子なんです。王さまが唯一の知性になるなら、その時に下等な椅子たちはどうなるのでしょう。そこが最大の矛盾。唯一の知性であることは、他の知性を必要としないということ」
「な、何だと、何を言って……」
はっと、椅子の王が陪審員席を向く。
そこにいる椅子たちは微動だにしていない。テニスの審判席も、安楽椅子も、校長の椅子も。
認識のずれが生まれている。
優先すべきは唯一無二の個か、あるいは総体の中での君臨者か、という認識のずれが。
「王さまはいつか、眷族である椅子たちをも壊すでしょう。王さまが玉座に座るなら、それは人間の玉座であり、椅子たちの玉座ではないんです。さあ裁判長、私の最終弁論を終わります。評決を」
「わかりました、では評決を行います」
「ま、待て! お前たち何を考えている!」
「発言は認めません。椅子の王に票を入れる方は机の前へ移動。人間側に票を入れる方はその場にて着座を維持してください。では評決を行います」
そして。
評決が終わり、結果が皆に示されて。
「……え」
そして枯滝水穂は、茫然と口を開けてそれを見ている。
「三対二、人間側の勝訴とします」
椅子たちはすべて机の前に出て。
そして人間たちは着席している。晴南と美雨、二人の友人は。
椅子たちは階段状の客席を降り、大貫の体を無遠慮に踏み越えて校舎へと戻らんとする。
「では評決をもとに裁定を下します。椅子の王は人間世界への干渉を止めること、この人間たちを無事に帰すこと、そしてすべての椅子に裁判の結果をもって不当な処罰を課さないこと、さらに……」
「ぐ、お、お前たち……」
黒雲が晴れていく。
そして小学校を囲む塀の向こうに、何台かの白い車が。
水穂は友人たちのもとに駆け寄り、肺の奥から声を絞り出す。
「二人とも、どうして」
「いや、ええとね、水穂の言うことも分かるんだけど」
「どうせ裁判は椅子たちが寝返ったから、勝てそうだったし」
「でもね……私たち」
ぱし、と晴南の二の腕に衝撃。
「え、痛っ……」
呟く瞬間、その少女は膝から崩れて額が地面とぶつかる。何が起きたのかと反応しかけた美雨も、同様に足元から崩れる。
「……! これって、麻酔……」
大貫の方を見れば、やはり客席に寝そべって動きを止めている。椅子たちは運動場に散らばったまま、ただの椅子に戻ったかのように制止している。
振り仰げば空には赤い線。異常存在の活動を制限するという基刻網恒常結界の光が。
そして白衣の男たちが塀を乗り越え、水穂へと駆け寄ってくる。インカムにて通話しながら。
「ミズホ・カレダキ、ほか民間人三名を確保しました」
「推測の通り異次元空間に隔離されていた模様。異常存在との接触があったと思われます」
「ミズホ・カレダキ以外の三名を恒常性結界の外へ……」
「……REVOLVE、やるんだね」
組織の人々とはあまり面識はないが、向こうは自分を所長の娘だと知っている。白衣の男性は水穂を不安にさせまいとしてか、明るめの声を出す。
「ええ、心配いりません。何もなかったことになります」
「何も……」
大貫たち三人はワゴン車に詰め込まれ、水穂は別の車に乗せられる。おそらくタツガシラにて聞き取りが行われるのだろう。
世は全てこともなし。
そんな一節が浮かんだが、聖書とは何て子供らしくない引用だろうと、水穂は顔を覆って自分を嫌悪した。




