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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第六章 椅子の王と人間裁判
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第三十七話



「我らに星の玉座を明け渡すがいい」


椅子の王は言葉を繰り返し、そして遠景が紫色に染まる。


「うわすごい、空がヤバいことになってない?」

「ほんとだ、ナスの煮物みたい」


くろぐろとした曇天が斬新に表現される。

水穂は窓越しに空を見て、左右に視線を渡す。


「これ空間が閉じるタイプのやつだ……。やばいなあ、お母さんが気づいてるかどうか」

「み、水穂ちゃん、他のみんなも気をつけて、妖怪か何かかも」


ようやくただ事ではないと認識できた大貫が、そのへんの木槌を構える。


「すごーい! 妖怪だって」

「ドッキリじゃないのー? テレビのやつだよー」

「き、君たち順応が早すぎじゃない?」


友人二人は物事に動じにくい性格だが、根乃己のシステムの影響もあるのだろうか、と水穂は思う。

記憶から消えてるだけで、これまでも50万本の触手を持つクラゲが天を覆ったり、あらゆる建築物のタテの長さが5倍になったりという異常は起きている。

記憶は消えても脳は我知らず順応しているのでは、とは母親の意見だった。


「人間どもよ、玉座を明け渡せ」


また繰り返す。椅子の王はその場から動いていないが、感情が読めない危うさがある。

晴南と美雨は顔を見合わす。


「玉座って言われてもねえ」

「あるのそんなの? 誰が座ってるんだろ? 首相? 大統領?」

「私たち知りませんよー」


窓を開けてそう声を張る。その返答は椅子の王に届いたようで、巨大な椅子はわずかに身を揺すった。それだけでも杭打ち機で地面を打つような振動がある。


「知らぬはずはない。ここにいる人間はお前たちだけだ」

「? え、どゆこと?」

「人間の世界のこと、人間が知らぬはずはない」

「? はあ?」


戸惑う友人の背中に、水穂がそっと声をかける。


「人間がたくさんいるってことが分かってないみたい……あれたぶん生まれたばかりだよ。持ってる知識が断片的なんだ。私たちを人間の代表というか、人間は私たち四人しかいないと思ってるみたい」

「何それハーレムじゃん」

「変なこと言わないで!」


大貫が悲鳴じみた声をあげる。

水穂はといえば指を噛んで考える。どうやら下等な存在のようだ。流れの者というより、知性を持つ異常物体といったところか。


「でも人間よりは強そう。何とかしないと……」


まだ調子の戻りきらない頭で現状を分析。


(REVOLVEのカメラは小学校の中には無いんだよね。空間が隔絶してるし、気付かれてない可能性が高そう)


(降伏しちゃった方がいいのかな。どうぞ玉座に座ってくださいって)


(でも何が起きるか分からない。うかつに答えたくないな……)


カスタネットのことを考える。並外れてる母と、宇宙からの来訪者である店員。

あるいは根乃己の近くにいるという父のことを。


(……お父さんならこの空間に干渉できる。REVOLVEもこういう現象には慣れてるはず、助けを呼べれば……)


水穂は壁にあるスイッチに触れる。触ってみると木工室の電灯がついた。


「電気は繋がってる……電線が切れてればお母さんが気付くはずだし当然……」

「水穂ちゃん?」

「大貫さん、他のみんなも聞いて。職員室に電話があるはず。それでカスタネットに電話をかければ助けが呼べる」

「カスタネットなのー? 駐在所のほうがよくなーい?」

与島よしまのおじいちゃんじゃ無理だと思う……。とにかく番号を言うからみんなメモって」

「バラバラに逃げるの?」

「うん、でもなるべく建物から出ないで、あの椅子が飛んできて潰されるかもしれない。向こうの窓から出たらすぐ特別教室棟に入って、廊下を走って職員室まで行くの」


そして水穂は、窓から上半身を出して椅子の王に呼び掛ける。


「王さま、ちょっと話し合いたいの、待っててくれませんか」

「なぜ話し合う。玉座を渡す以外の判断などあるはずがない」

「椅子なんだから少し待つぐらいいいでしょ。王さまは急いだりしないものですよ」

「生意気な人間め、王のあり方を説くというか、そのようなこと言われるまでもない」


友人二人がそっと裏の窓から出ていき、大貫も窓枠に引っ掛かりつつ外へ出る。そこから椅子の王に見えないように裏手を回り、特別教室棟に入ったことが何となく伝わる。


「王さまはどこから来たんですか?」

「どこからも来ぬ、我は生まれながら椅子であり、王である」


(……世界観がよく分かんないな。たぶん九十九神みたいなもので、器物に生まれた知性。自分のことを勝手に定義してるみたい)


「王さま、玉座に座ったら、まず何をなされるんですか」

「自明である。旧支配者である人間を一掃し、世界にある知性を我のみとする」


(過激だなあ)


(だいたい、それなら明け渡せなんて言う必要ないじゃない。今すぐ私たちをどうにかしちゃえば……)


(……力づくを嫌ってるのかな?)


「知性って言ってましたね、王さまは知性を大事にしてるんですか?」

「その通り、知性こそ王たる証である。知性こそが我を我とする」

「王さまはどこで勉強されたんですか?」

「王は学ばず、教えず、疑問を持つことはない。ゆえに我は王である」

「……」


椅子の王は興が乗ってきたかのように、演説のような語りになる。


「我は唯一無二にして永遠である。最初と最後を知るものであり、世界と我は等しいのである」


(……何だか、世界観が固まってきてる気がする。私と会話しながら自分で自分の辻褄を合わせてるみたい)


(でも、もうそろそろみんなが職員室に)


「人間よ、もうじき仲間が状況を打開すると思っているな」

「……え」


視界の右に影が。

それは椅子だ。応接用の革張りの椅子。それに大貫と友人たちが座らされ、複数のパイプ椅子がその体を固定している。知恵の輪のようにパイプ同士が絡み合って腰から下に被さり、人間を拘束しているのだ。


「みんな!」

「あの部屋に行こうとしていたな。意図は知らぬが、いや、意図など考えれば自明のことだが、その必要もない。勝手は許さぬ」


見れば、職員室の窓に何かがびっしりと張り付いている。

コンクリート作りの白い校舎の中で、そこだけ鎖で覆われたような光景。その窓と言わず壁と言わず、絡み合ったパイプ椅子で塞がれているのだ。


「どうして……こっちの動きを読んだの? そんな知恵が……」


がたがた、と周囲から音がする。


「! まさか」


振り返ればそこには木工室の椅子。シンプルな四角形の椅子が揺れ動き、床の上で回転するように見える。おかしみに腹を揺するように。


「しまった……他の椅子を操れる。しかも五感まで持ってるっていうの」

「あらゆる椅子は我である。我が手足であり、眼であり耳であり、多いなる知性の一部である」


「やーん! パイプが冷たいー!」

「酔うからー! 揺らさないでよー!」


友人たちは身動きが取れないようだ。

大貫はというとその巨体がソファに収まりきらず、肘掛けの間に尻を乗せる体勢の上から十脚以上のパイプ椅子で縛られている。背もたれ部分が顔を覆ってしまって表情も見えない。


「みんなに乱暴しないで!」

「我の前で勝手に振るまうからだ。さあ決断せよ、玉座を我に明け渡せ」

「……!」


ここで水穂たち全員が殺されたとしても、REVOLVEで再生されるだろう。

これ以上の被害を広めないためには降伏すべきだろうか、と考える。



――それでいいのか。



ぴしり、と脳に走る反抗の電流。体が諦めを拒否している。

安易な方へと流れる意識を、強く自戒するような感情。


「……王さま。なぜ玉座を求めるの。王さまは十分に偉大だし、強い力がある。私たちに認められる必要なんかないじゃない」

「だめだ、お前たちは脆弱ながら知性ある存在である。知性は多くあってはならぬ」

「……? 何、それ」


巨大な椅子の周りに、様々な椅子が集まってきている。ピアノの前にあるような布張りのスツール。用務員室にあった座椅子。下駄箱のそばにある長椅子。さらに各教室からスチールパイプと木の板でできた椅子が。


「我は世界に完全をもたらす」


「お前たちは不完全な知性である。知性を複数の個体が持っている」


「お前たちを否定し、王位を禅譲されることにより我は唯一の知性となる」

「……」


――あるいは宇宙の欠点とは、そのような性質そのものかも知れません。

――意志とは、他の意思を消し去るために生まれる。


――私はそれが恐ろしい。


「……違うよ」


ぎり、と拳を握る。奥歯を強く噛み締めて椅子の王をにらみ、腹に力を入れて声を出す。


「誰も、他の意志を消すために生まれてきたりしない」

「王でないお前がなぜ王を語る」

「分かるよ! 私は空じゃないけど空のことを語れる! 自分ではないことを語れるのが知性でしょ! あなたは生まれたばかりだから分からないだけ。自分を王さまだと思いこんで、王さまであるために一人きりであろうとしてるだけ! それは間違ってる!」

「おのれ、我が王道を否定するか」


周囲に木工室の椅子が集まってくる。どこから来るのか大きめのソファやチェスト、籐家具の椅子にロッキングチェアーまである。村中から集まっているようだ。


それはデモ隊のように木工室を取り囲み、飛び跳ねたり互いに飛び乗ったり、土を蹴立てて威嚇するように見える。


「お前のような矮小な生命など、今すぐ」

「力でどうにかするっていうの。知性で言い負かされたから力づくってこと? それでも王さま?」


それは大変に効果のある言葉だったらしく、椅子の王は3メートルあまりも飛び上がってどかんと地面を打ち付ける。


「おのれ何を言う。この我が知性で人間などに劣るわけがない」

「じゃあ王さま、裁判で決めましょう」

「何」


友人たちは硬直したまま成り行きを見守っている。大貫が中にいると思われるパイプ椅子の集合体は、ずっとぎしぎし鳴っていた。


「裁判を開きます。陪審員は五人。どちらがこの星の玉座に座るにふさわしいか、理屈で戦ってこそ王さまでしょう。まさか逃げないですよね。王さまが逃げるなんてありえません」

「我に逃走などありえぬ!」


どん、と音がして周囲の立ち木が震える。その葉がすべて吹き飛び、椅子の王を中心とした風に薙ぎ散らされ、残った木は縦に何本もの線が入るかに見えて、一瞬で無数の角材に解体される。


それは木工室にも起こった。屋根や壁に火花が上がり、直線が突っ走る。


「やばっ」


水穂は窓のさんを飛び越えて外へ、木工室は無数のパーツに分解されると、重力を失ったようにほぐれて舞い上がり、一瞬で別の形に組み上がっていく。


そして生まれるのは、キャンプファイヤーの篝火のような、あるいは古代のコロセウムのような円形の舞台。数百ものベンチで組まれた円舞台である。


「どのようなことでも受けて立とう。裁判だろうと逃げはせぬ」

「さすが王さま」


水穂は不敵に笑ってみせる。



それは余裕を示す技術的な仕草か、あるいは異常存在をねじ伏せんとする意思か。

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