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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第五章 折り紙細工とオルバースの銃
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第三十五話



「呪殺……そんなことが?」


あまりにもオカルトめいた響きに困惑する。


すると周囲に変化が起こる。天がにわかにかき曇り、遠雷が響いてくる。


「……REVOLVEリヴォルブが始まります」

「え、マジ? あの雷で町が砕けるやつ?」


枯滝路かれだきみちは手の中に緑の紙を出し、それを揉みほぐすように動かすと、先程の緑色のドームが出現する。


「終わるまでこの中にいましょう。その瞬間はほとんど認識できませんが、死と再生を経験するのは避けたいでしょう?」

「……REVOLVEって何なんですか?」


草苅は水穂の方に駆け寄り、その体を抱えあげて戻ってくる。


「瑛子さんから何か聞いてますか」

「……理想的なファーストコンタクトを選ぶためのシステム、って聞いてます」


雷が密度を増している。緑の結界の中では眩しさもなく、音もかなり減衰しているが、森の木々が打ち倒され、大地までが裂けていることが分かる。


「そうです、ですが地球は吟味するどころか、異常を飼いならそうとしている」


枯滝路の足元には男の死体。己と同じ顔をしている人物の顔に手をあて、その眼を閉じさせる。


「呪い、これもまたファーストコンタクトと言えます。このような異常を少数が独占し、世界を変えることを拒んでいる」

「少数が……?」

「そうです。だから私は」


ひときわ大きな雷が落ち、大地が泡を吹くように砕け、そして灼熱の溶岩が吹き上がり。


「世界の敵となったのです」











水田を渡る風は水の涼しさを宿し、泥と草の混ざった臭いに鼻がひくつく。

縁側でゼリーを食べるのは草苅記者、その横にはワイシャツにパンツスーツ姿の瑛子がいる。


「今回の件、最初からすべて仕組まれていたように思う」

「そうなんですか?」


自家製だというゼリーは苺の味であり、底にはドライフルーツが沈んでいる。草苅記者は木の匙をくわえて問い返す。


「でも最初に被害にあったのってagoleなんでしょ? あのラザロって人が根乃己を攻めようとして、agoleからいくつか銃を持ち出したとか」

「そもそもそれがおかしい。agoleがそんなことを許すものかしら。わざと脱走させ、根乃己を襲わせたと見るべきよ。もちろん、いつでもラザロを処分できる保険は仕掛けておいた」


あの現象。首に巻き付いた蛇の入れ墨。

枯滝路はそれを呪殺と表現したが、REVOLVEとしてはもちろん異常存在の一種と認識している。agoleに問い合わせても関知してないとの回答しかなく、原理も、仕掛けた人間もいっさい不明の異常現象。

agoleの言い分としては、あの瞬間にようやくREVOLVEのシステムが復旧、オルバース宇宙の現象が収まったのを見て、急ぎそれを行ったとのことだ。

全世界規模で起きていたオルバース宇宙の影響も、人々の記憶も生命もすべて回復した。

だが、胸の中のもやもやした感情だけは消えない。


(agoleは何を考えているの)


それは口に出さない。


(今回の件が仕組まれたことなら、いったい何をしようとしたの? 枯滝路を殺すつもりだった? 彼は唯一無二の世界の切り札。拘束はしても始末なんて……)


「草苅さん」

「はい」

「あの呪殺の瞬間は私たちもほとんどモニターできなかったの。何か……表現が難しいんだけど、何か特別なことが起きなかった?」

「報告書にまとめた通りですよ」


二日かけて書き上げた報告書は37ページにも及んだ。内容がどこかの神話のような荒唐無稽さであったが、会話も含めてすべて書き記した。


唯一、水穂の出した黒い弓を除いては。


(……あれ何だったのかしら)


折り紙で作ったように見えたが、草苅も極限状態であったために断言はできない。水穂はオルバース宇宙でのことをほとんど覚えておらず、またタツガシラ観測所もモニターできていなかった。


(……見間違いよね)


不思議な折り紙は枯滝路だけの技であり、彼を除いてこの世の誰も習得できなかったという。

たとえ肉親でも使えない。それは何度も聞かされていることだ。


「それで、みちさんですけど」


空になったゼリー容器を傍らに置く。


「ほんとに帰ってくるんですね」

「そうね」


瑛子はあまり感情を見せまいとするように、素っ気なく言う。


「彼から申し出があったの。しばらく根乃己を中心に活動する、REVOLVEに協力させてほしいって」

「拘束するんじゃなかったんですか」

「敵対すればよ。味方になるならそれでいいの」

(なんか適当だなあ)


色々と事情があるのは分かる。根乃己の敵は異常存在だけではないようだ。今は枯滝路を味方につけておくべき、そういう判断があるのだろう。

だがやはり、瑛子は枯滝路と戦うつもりがないのではないか、と感じる。


「旦那さんのことって愛してます?」

「べつに」


べつに、がどこか不自然な響きにも思えたが。

自分は芸能記者ではないのだから、あまり下世話なことは聞くまい、と草苅は珍しく自分を戒めた。


「そういえば水穂ちゃんどうしたんです?」

「学校に決まってるでしょ。今日は終業式だって言ってたわね」

「学校行ってたんですね」

「あなた私の家を何だと思ってるの?」







「レーテくんは宇宙から来たのでしたね」

「はい」


夏草の揺れる丘の上。

山道を数十分歩いてたどり着くのは古い炭焼き小屋。その前の広くなった空間にたどり着く。

一人は白いシャツと薄手のチノパン。緑色のエプロンをつけた美青年。

もう一人はやや体つきが太いものの、整った顔と言える人物。根乃己の夏には似合わない黒スーツを着ている。


「私に何か相談したいとか」

「はい。ですが今日は、そちらの御用事を優先してください」


黒スーツの人物、枯滝路は何枚かの折り紙を片手で揉みほぐす。それは風船のように膨れて、まず頭部、胴体、左右の腕に、腰と両足、いくつかの風船を並べて人の形を作る。


また別の折り紙を作る。三角形に折ったいわゆる紙鉄砲。枯滝路は紙の隙間に円筒形のものを入れ、人形の上でパンと鳴らす。


そして紙で作られた人形は。

のっそりと身を起こして、声を発する。


「よう、お前か」


それは奥薪分校にいた男。『ワンダラー』ラザロの声だった。分校にいたときとは違い、南部訛りの混ざった英語になっている。


「おや、なんだ、体が紙じゃないか」

「あなたは死にました。今のあなたは、残されていた止まらざる心臓マイティハートの銃弾から生み出した仮の生命です」

「そうか、弾丸が効果を発揮しなかった覚えがあるな」

「はい、銃弾はREVOLVEによる破壊の瞬間、心臓から抜き出しました」


紙人形の声には動揺のかけらもない。己の死もあっさりと受け入れ、紙風船の顔を揺らして笑う。


「はっ、なるほどな。ミチ・カレダキは異常存在を集めてると聞いていたが、それはつまり、見てきた異常存在を折り紙の技術として取り込める」

「全てではありません。止まらざる心臓マイティハートも再現はできていない。残された弾丸を利用しただけです」

「俺に何をしたんだ。なぜ弾丸が作動しなかった」

「おそらくは、あなたに仕掛けられた高位の異常存在」


死体に刻まれていた、蛇の入れ墨の話をする。


「下位の異常を打ち消し、強制的に死を与えるような仕掛け。あなたはそれを埋め込まれていた」

「なるほど、どうりで急に警備が緩んだと思ったよ。俺は泳がされていたわけか」

「誰かに命令されたわけではないのですか」

「違う。すべては俺の意思だ。操られていた、などと思わせてくれるな」


レーテはといえば、背後でじっとそれを聞いている。彼の気配は夏草の一本より乏しく、紙人形となったラザロも気にする様子はない。


「何を求めていたのですか」

「家族だ」


紙人形となった体には躊躇や葛藤が薄いのか、言葉はするりと出てくる。


「REVOLVEに捕まった時、お前といくらか話をしただろう。日本に家族がいること。娘がいることをな。俺は知りたかった。REVOLVEの誰もが恐れる怪物。世界を変えるほどの異常存在の家族とはどんな連中か、と」

「……それだけのために、オルバースの銃を持ち出したのですか」

「お前を殺せる手段があるとすればそれだけだ。オルバースの銃があれば、俺はお前と同等の異常となれる」

「……なぜそこまで。あなたはさほど悪質な能力者ではなかった。金銭的被害も1万ドルを超えておらず、一度知り合いを買って妻としたときも、すぐに別れている」

「自分の意のままになる人間というものに耐えられなかった。本来、俺はその程度の人間だ。だがREVOLVEにいて、実験の手伝いをさせられ、さまざまな異常に触れるうちに俺は変わっていった。心が荒廃していったのだよ」

「荒廃とは」

「異常存在の神秘性。世界を変えられる力。この人間の世界というものがどれほど風前の灯か、あやういバランスの上に成り立っているか、知れば知るほど足元がぐらつく。不安でたまらなくなる。世界が変わる不安ではない。世界がそれを見逃し続けていることへの不安だ。お前のことだよ、ミチ・カレダキ」

「……」

「世界を滅ぼせるほどの異能があるなら、なぜ滅ぼさない・・・・・・・。なぜ人間の世界にいようとする。家族がいるからか? 俺はそれが知りたかった。人間を超えているお前が人間の世界にいる理由、それを手に入れれば俺も、この不安を忘れられるのかと」


そこで紙人形は動きを止め、やや気だるい空気を出して弛緩する。その手足の紙風船はしぼみ、皺がより始めている。


「下らないな、俺に恨み言を言わせるために生き返らせたのか」

「そんなことは……」

「ミチ・カレダキ。REVOLVEは腐っている。それは分かっているだろう」

「はい」


静かに、しかし間髪入れず答える。


「REVOLVEは間違っている。だからいずれは壊します」

「期待せずに待っているとしよう。冥界とやらでな」


路はパンと手を叩き、瞬間、すべての紙風船が消え失せる。


「……ラザロの襲撃は計画的なものかと思いましたが、彼は何も知らなかった。いったい何が起こっているのでしょうね。agoleと根乃己にもはっきりと対立が、あるいは断絶が生まれつつある……」

みち様、終了いたしましたか」

「ええ、もう銃弾はありませんが、一応言うなればこんなことはこれっきりにしましょう。死者を起こすなど、やはりやるべきではないと感じました」

「いえ、今のは」


レーテはあらぬ方を向き、鳥に言うように声を出す。


「腹話術です。糸により紙人形を操演、それによる一人二役。完全な作りごとと言うより、ラザロ氏の人格に成りきり、その思考をトレースするためのアプローチと推測されます」


長めの間。


「…………え?」


きょとんと、この超然とした印象だった枯滝路が眼を点にする。


「いえ、今のは死者の魂を……」

「ありえません。非科学的です」

「……あなたは原子レベルの観測ができると聞いてますが、いま私は糸なんか……」

「現在、私は人間レベルの観測器しか使用しておりませんが、先ほどの推測は妥当と考えます」


非科学的とかありえないとか、まさか宇宙人に言われるとは思ってなかったのか、枯滝路は困惑を見せたものの、ややあって肩をすくめる。


「レーテくんは、もしかして気難かしい方ですか?」

「私は気難しくはありません」


ぷいと振り返り、根乃己へと降りる道を下っていく。


「用がお済みなら帰りましょう」

「ええと、レーテくん、私に相談があるんでしょう?」

「そのうちお話しいたします」

「何か怒ってます?」

「いいえ、ただ水穂さんが危険な目にあったと聞いているので。憤りを態度で示しています」

「え、そこ……?」

「今朝もずっとふさぎ込んでました。あなたのせいです」

「そんな」


流れの者と、それを迎え撃つ人類の切り札。

上手く行く方がおかしいと言えばおかしい二人は連れだって歩き。



そして根乃己に夏が来る。



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[一言] 折り紙が折れなくなったのはやはり……?未来に不安の残るこの感じ、楽しみですねえ
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