第三話
「ここが初見滝神社です。祭神は竜で、このあたりは昔は洪水が多かったんですけど、弘法大師様が長良川の竜神に頼んで、竜神様は息子をここまで放り投げて川の流れを整えさせたって伝説があって」
「投げなくていいと思うんだけど……」
水穂のガイドは縄文時代から始まり、室町時代頃まで遡っての村の縁起、神社とその祭神について、戦時中の防空壕跡やら防火林の整備やらまで幅広い。丸暗記ではなく草苅記者の反応を見ながら丁寧に説明している。
木立の下を歩く一瞬、木漏れ日のレースに覆われた少女が鮮烈な印象に思えて、思わずシャッターを切りたくなる。
水穂は白いワンピースに大きな麦わら帽子という姿になって、家の外に出たためか少し軽快な印象が宿っている。まだ少し他人行儀というか、躾の良いふるまいが見えるが、この子は本来はとても活動的な子なのではないか、という気がした。
草苅記者はメモを取りながら聞いていたが、やがて説明に割って入る。
「うーん、大体わかったんだけど、なんというか普遍的というか、ありふれてる感じで……。弘法大師が出てくるところなんか特にそうだし……あの人って全国の津々浦々に出てくるから、岩を運んだだの、草を魚に変えただの」
「たぶん、当時の霊能者とかお坊さまの手柄をぜんぶ弘法大師様の話にしてるんです」
「あ、そのへんは受け入れてるのね」
「じゃあ集会所の横にある石碑でも……あれはかなり古いものなんです」
「そういうのじゃなくて、そう、例のUFO騒ぎについて聞きたいんだけど」
「それは私たちもよく分かんなくて」
先週のことである。遠く隣県の天体観測マニアが、この村のあたりに落ちていく光を見たという。それはSNSに落ちた小銭のような呟きであり、草苅記者が目にしたのはまったくの偶然である。
「それに、このあたりってUFO騒ぎはすごく多いんです」
それもその通りだった。この村の周辺30キロほどの範囲にはいくつかの村が点在しているが、とかくUFO関連の噂は多い。
かの昭和のオカルトブームのとき、オカルト雑誌編集部に寄せられる「UFOの写真」は週に千枚を越えたと言うが、この周辺では今もブームが続いているようだ。もっとも、ひなびた村がUFO騒ぎで村おこし、などという話も掃いて捨てるほどあるが。
実のところ草苅記者も聞き飽きてるレベルの話である。場所によって河童だったりツチノコだったり、高速道路を時速200キロで走る老婆だったり様々であるが、何かが特別多く目撃される場所、というのはあるものだ。
「じゃあ、村に伝わる怪談とか妖怪の話なんか無いかなあ、そういうのって観光に結びついたりするから、水穂ちゃんの家なら何か知ってるんじゃない?」
「怪談は聞いたことないです」
意外にもばっさりと切り捨てられた。ガイドを務める家といっても、こちらの喜びそうな話を積極的に提供してくれる、というわけでは無いらしい。
「そうかあ……」
移動は自転車である。草苅記者にも自転車が貸し出され、それで村のあちこちを回っていた。それなりに立派なオフロード仕様で、手入れもされている。料金は一日乗り放題で600円だった。
天狗が運んだという天狗岩、修験者が村に落ちるはずだった落雷を杉に飛ばしたと言われる神鳴杉などを回り、水穂の解説を聞きながらメモを取り、写真に納めていく。
順調なようにも見えるが、どことなく観光案内のパンフレットでも作っている気分になるのは、かなり最初の方からだった。
「さっきの落雷跡がある杉はなかなか絵になったけど、今度のはまた杉?」
「はい、これは弘法大師様が植えたと言われる大師杉です」
杉がかぶっている上にまた弘法大師か、とは言わなかった。
それは村外れの古い祠のそばにあり、確かに見上げるような立派な杉である。
「うーん、大師杉ってのもぶっちゃけ日本中にあるのよね……まあ立派な杉だし、写真は撮っておくかな」
光量に合わせて絞りを入れつつ、杉の全景が入るように仰ぎ見る姿勢でシャッターを切る。遠い山並みを背景に、なかなか見事な構図にはなったな、と思うそのとき。
「……あれ? 向こうの山に何かあるの?」
山の頂上付近、白く平たい建物が見える。遠目にはペットボトルの蓋のように見えた。
「あれはタツガシラ電波観測所です」
「え?」
すぐに漢字が変換されず、聞き返すともつかない声が漏れる。
「電波観測所……?」
「昔、偉い人が作ったらしいですよ、宇宙からの電波を探る望遠鏡とか」
「! それ、もしかしてSETIってやつじゃないの!?」
SETIとはSearch for Extra-Terrestrial Intelligence、(地球外知的生命体探索)という言葉の頭文字であり、その名の通り宇宙人を探索するプロジェクトの総称である。
古くは1960年代のオズマ計画に始まり、現在も数は少ないながら世界中で行われている。惑星があるとされる星系に大型のアンテナを向け、有意な電磁波やレーザー光を探しているという。
「もう動いてませんよ、バブルがはじけて潰れたらしいです」
「あっそ……」
それもまたよくある話である。どこの田舎も景気の良い時期にいろいろ作ろうとしたが、作ったものに維持費がかかると誰も考えなかったかのように、片っ端から廃墟になっていった。
ふと背後を振り向く。銀髪の青年、レーテはずっとついてきている。何も話さないが、こちらを見守っているらしきことは分かった。水穂のお守り役だろうか。
草苅記者はまた山の上に視線を伸ばす。
「でもロマンある話よね。実はまだ観測所が動いてて、ひそかに宇宙人とコミュニケーションを取る基地になってるとか? ねえ、あそこまで行きたいんだけど」
「道は封鎖されちゃってますね。それに倒木とかがあって危ないので」
「封鎖なら乗り越えられないことはないでしょ? もし絶対に通れないほどのバリケードなら、それはそれで不気味な感じがあって絵になりそうだし、ねえ、案内してよ」
「だめです、お爺ちゃんに怒られるし」
「そう言わないで、お小遣いあげちゃうから」
「申し訳ありません」
硬質な声。すいと二人の間に割って入るのは銀髪の青年、レーテである。音もなくいつの間に歩み寄ったのだろうか。
「水穂さんがお困りです、どうかご遠慮ください」
「ううん……」
記者の立場としてはもう少し粘りたいところだったが、案内してもらっている身でこれ以上揉めるのも嫌だった。夕飯もカスタネットで食べることになるだろうから、という判断もある。
そしてふと気づけば、日がだいぶ傾いてきている、もう少しで夕刻の赤焼けが村に覆い被さることだろう。影は長くなり、やがて夜の領域へと帰る。今までは気づかなかった虫の声が、ひそやかに聞こえだす。
「はあ……じゃあ今日はここまでかな」
まさか実際に宇宙人やら妖怪に遭遇できると思っていたわけではない。しかし成果としてはあまりに乏しかった。案内を子供に任せたのは失敗だったか、とひそかに思う。
「夕飯も食べられるのかな? それと宿泊はできる?」
「宿泊はできませんけど、離れは24時間営業です、ブランケットの貸し出しもやってます」
こういう答え方はさすが心得ている、と感心する。旅館業法との兼ね合いで、ネットカフェは「宿泊できる」と言ってはいけないらしい。寝具などの用意も法の隙間を縫って行われているとか。
「夕飯なら18時までに申し込んでもらえれば大丈夫です」
「あと一時間ぐらいか、じゃあ帰りましょうか」
「はい」
またも自転車をからからと漕いで、田圃に挟まれた道を行く。村人とは何人かとすれ違ったが、農作業に精を出す壮年の男、学生服をかっちりと着込んだ高校生の集団、そういうものもありふれている。東京から隔絶するほどの田舎ではないのだろうか。
「うーん、他にオカルトっぽい場所ってないのかな、明日には帰るし、何かこれって絵が欲しいんだけど」
「何もありませんよ、ここは普通の村ですから」
道が少し細く、砂利の多い場所に差し掛かる、自転車ががたがたと揺れる。
「それにしても土の道が多い村……あ、そういえば、ここって電線が見当たらないんだけど」
「はい、地中化されてますよ、電線も光ファイバーも地下20メートルの専用溝を走ってます。ほとんどの家は電磁シールドもされてます。電磁波ゼロの村づくり、という村の方針です」
「電磁シールド? 電磁波ゼロ? ふーん?」
一部のオーディオマニアは、家電やPCから流れ出る電磁波がアンプに影響すると主張し、それら全てを専用のシートで覆ってしまうという。
まあ電磁波の健康被害が騒がれた時代もあったし、そういう村もあるのだろうか、と何となく思う。
ふと、ブレーキをかける。
先頭の水穂が止まったのだ。いきなりサドルから降りてスタンドを下ろしている。
「ん、どうしたの」
「水穂さん、こちらへ」
最後尾にいたレーテが自分を追い抜き、水穂に駆け寄る。彼がわずかでも走ったのは初めて見た。
「……どうして、レーテ、どうしよう、お爺ちゃんに連絡できないかな、それとも引き返そうか」
「水穂さん、無理です、あれは見てしまったらもうコンタクトしている。逃げるのは危険です」
「でも今はお客さんがいるよ、巻き込めない」
その目はかなり明白に動揺の色を浮かべ、レーテは彼女の肩に手を置いて落ち着かせている。二人は何か早口で話しているようだ。
「どしたの二人とも、何かあるの?」
草苅記者が水穂を追い抜いて前に出る。一瞬、水穂は草苅記者の裾に手を伸ばしかけたが、熱いものに触れるかのようにさっと引っ込める。
そこには、西の果てに伸びる土色の道。
そして中国の仙人のような、だぶだぶの衣服らしきものを身につけた小柄な人物。その手には棒高跳びのような長い長い棒が握られ、それは後方にがらんと放られて道を横断している。
そしてその先端には、袋のような網。あれは虫取り網だろうか、と思う。
そして背後の水穂が、緊張をはらんだ声で呟いた。
「流れの者……」




