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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第五章 折り紙細工とオルバースの銃
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第二十八話


「え、電話……?」


かかってきたのは草苅記者のスマホである。一瞬、草苅はそれが自分から出てる音だと分からなかった。

それというのも、着信音を聞くこと自体が久しぶりだったからだ。根乃己では電磁波が届かず、携帯電話は常に圏外となる。


「えっと、もしもし」

『草苅さん、そこに水穂いる?』


瑛子の声である。草苅は少女の方をちらりと見て答える。


「はい、います」

『作戦は打ち切り。あなたは水穂を連れて日吉町にいて。根乃己には戻ってこないように。この通話を水穂にも聞こえるようにして』


言われるまま、通話をオープンにしてテーブルの上にスマホを置く。


「お母さん、どうしたの」

『agoleに侵入者があったの。大量の異常存在が持ち出された。そのせいで、世界全体が異常の側に傾斜してる』


ぴり、と、水穂の背中に緊張が走る。


「そんな……あそこは行くことも難しいって」

『そう、真贋境界の向こう側にある町。あそこにある物は外部から見ると「嘘」になる。町の存在も嘘なら、住人も建物も、保存されているものも嘘。お話としてインターネットミームだけが残り、それがあの町の結界を強固にしてる、そんな町よ』


草苅記者がおずおずと手を上げながら割って入る。


「あの、ゼンゼンわかんないんですが」

『agoleってのはアメリカにある町、根乃己と同じようなシステムを持っているの。アニメとかにあるでしょ、妖怪だけが住む町とか、超能力者だけが生活する町とか、そういうものよ。人によっては想像の掃き溜め、牢の中の砂場、黒歴史ノートとか好き勝手に呼ぶけど』

「そんなのあるんですか?」


草苅記者は、なぜか瑛子に対しては少し敬語になる。


『あるとも言えるし、ないとも言える。まあ細かいことは省くけど、世界にはそういう町が3つあるの。日本の根乃己、イギリスのアーグルトン、そしてアメリカのagoleね』


そのレクチャーは実のところ草苅記者も受けたことがあるのだが、瑛子はそれを指摘するのも面倒だというように淡々と語る。


水穂は少し様子がおかしいと気づいていた。

自分達の周りに誰がいるのかもわからない状況で、このようなオープン通話を行っている。


つまり、事態はすでにREVOLVEが行われることが前提になっている。この会話が日本中の人間に知れ渡ろうとも、REVOLVEを行えば問題ないという判断か。破壊されたもの、知れ渡った情報、すべて次の地球・・・・に移ればリセットされると。


草苅記者が問いを投げる。


「えっと、襲われたと言いますと、前に言ってた黒鉾ヘイボウですか?」

『まだ分析中だけど、たぶん違う。その犯人はagoleに侵入し、「Mrファイア・ホーネットの銃砲じゅうほう店」を襲ったの。そして異常存在を入手した。黒鉾ヘイボウはそんなことはしない。異常存在はすべてその場で破壊するし、別の目的のために利用したりもしない』

「ミス……何です?」

『agoleの中にある、あらゆる「銃」に関する異常存在を扱うお店。その店自体も異常存在であり、REVOLVEも米軍も手出しできない不可侵存在なの。米国はこれを、逆に銃にまつわる異常存在を封印するために利用したのよ。そのお店は銃にまつわる異常存在を扱うと同時に、引き取ってもくれるのね。ちなみに言うならagoleにもREVOLVEの職員がいるけど、その銃砲店から銃を買うのはタブーになってるわ』


草苅はメモを取りつつ話を聞いている。REVOLVEが行われるならそのようなメモに記された異常存在の記録も消えてしまうが、水穂は何も言わない。


「ふむふむ、そこから何かを持ち出された、ということですね?」

『そう、そのお店の周りには2万個の対人地雷があり、6人の狙撃手が見張ってたにも関わらず入店され、大量の銃器が購入されていたの。世界の尋常性というものが傾くほどの異常存在が持ち出された』

「尋常性?」

『ドラゴンやペガサスを飼ってる動物園があったとして、そこから一匹持ち出されたならまだ幻獣でしょ。でも何十匹も持ち出されると普通の動物になって世界に認知される』

「大変ですね」


話のスケールが大きいのか小さいのかもよく分からない。草苅の返答はどこか気の抜けたものになってしまう。

水穂はそれは正常なことだと感じる。草苅記者にはこの話の現実味が伝わっていない。agoleで起こったことはすべて嘘になるのだから。


草苅記者は首をひねる。


「ええと、それが根乃己に何か関係あるのでしょうか?」

『……』


水穂はついと首をそらし、トイレのほうへと歩み去る。

草苅は不思議そうにその背中を眺めて、スマホに声をかける。


「あの、なんか水穂ちゃんトイレに行きました」

『察しのいい子だからよ。世界の最重要施設とも言えるagoleに侵入できる手段は、人物はそう多くないの』


瑛子はどことなく重たげな口調で、舌と歯をこすり合わせるような苦々しさを乗せて言う。


『米国は、その犯人を枯滝路かれだきみちと見ている』

「あれまあ……」


世界で唯一、流れの者を追い返せる人間。そして枯滝水穂の父親。

そう聞いてはいるが、一度も会ったことのない人間の話だけに、まだ実感はない。


『枯滝路はREVOLVEに敵対しているからね。だからagoleに侵入し、武器を手に入れたのだと推測されてる。agoleの防衛網を掻い潜るのも可能でしょうし』

みちさんって何がしたいんです?」

『断定はできないけど、おそらく恒常性結界を破壊して、世界にファーストコンタクトを……』


一瞬の間。

そして音のない舌打ちの気配。そのような話をしてる場合ではない、という空気が流れる。


『とにかく草苅さん、あなたは水穂を保護して日吉町にいて。駅前にビジネスホテルがあるわ。何なら根乃己から可能な限り離れてもいい。根乃己はこれから厳戒態勢になるの。すべての道が封鎖されるし、山にも対人兵器が配置される。枯滝路かどうかに関わらず、捕捉した人物への攻撃許可が出てるの』


瑛子はいつも枯滝路をフルネームで呼ぶ。そこに何らかのぎくしゃくした関係性を感じなくもなかったが、さすがにそこには触れなかった。


「わかりました。領収書は」

『万事あとで処理するから、いいわね、絶対に根乃己に帰ってこないで』


そこで草苅記者は、水穂の入ったトイレの方を見て言う。


「……あの、水穂ちゃんのお父さんなんでしょ? そんな悪い人じゃないんじゃないですか?」

『枯滝路の力を知らないからそんなことが言えるのよ。あれは理解を超えた異常。現実世界より遥かに大きい数学世界との架け橋。彼の力が人類に向いたら、世界がどうなるか』


そのように言うが、草苅の顔に納得は生まれない。一人の人間がそこまで警戒されるというのが信じられなかった。

彼について語る時、REVOLVEの人々の態度はいつも固い。

それは肉体的な超人や、超能力者への怯えとも違う。その存在について言い表すことの困難さ、暗闇や虚無について語るような手がかりのなさを感じる。


「そのみちさんを捕まえたら、どうするんですか?」

『枯滝路の能力は能動的な技術・・のようなもの・・・・・・。つまり生物としての活動能力を大幅に減衰させれば能力は使えなくなる。薬剤によって異常性を封印できる可能性は指摘されてるわ。その状態に置いて幽閉することになるわね』

「……」

『草苅さん。私たちだって本意じゃないの。でも仕方のないこと。私たちは人類すべての命運を背負っている』


そのように発言するが、その強い言葉にどことなく白々しい、言い訳がましい響きも感じる。


『とにかくあなたは水穂を保護していて、いいわね』

「……わかりました」


通話は終わる。

草苅は珍しく、目尻を吊り上げて怒りを見せていた。

それは事態を把握しきれないもどかしさのためもあったが、草苅という人物がまだ常識的な、日本人らしい感性の持ち主だったためでもある。


「薬剤で幽閉って……。裁判とかナシでそんなことすんの? あなたの夫でしょ?」


ようやく、水穂の様子がおかしかった理由が分かった。

枯滝路が根乃己に来る、それは一触即発の危機なのだ。

その人物は米国によほど危険視されてると感じる。自分の父親がそのように扱われ、母親からも狙われているとなれば、心中はいかばかりか。


「かわいそうに……私がなんとかしないと。そうだ、ホテルに連れてく前にゲーム機とソフト10本ぐらい買ってあげよう。どうせREVOLVEの払いになるし」


払いになるわけがない、と誰も突っ込む人間はいなかった。


草苅記者は喫茶店のトイレに向かう。


「水穂ちゃん、もうお話終わったわよ、私と一緒にホテルに……」


ドアを開ける。中には小便器と洗面台、そして奥側に個室がある。そのドアは防犯のためか、高さ2メートルあたりで切れて、天井との間に隙間があった。


「……水穂ちゃん?」


扉をノックするが、反応はない。


はっと気づき、ドアの上に手をかけて、小便器に片足を乗せて懸垂。

隙間から中を覗けば、誰もいない個室トイレと、ネジが外されて開け放たれた小窓。


草苅記者は大慌てでとって返し、レジ前に五千円札を叩きつけて店を出た。


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