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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第四章 小倉トーストと嘘の檻
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第二十五話



しばらくの後


「えーっと、小倉トーストってのは名古屋市の(さかえ)にあった、とある喫茶店が発祥なんだよね」


喋りながらでないと接客できないのはどうもそういう気性らしく、オーブントースターを覗きこんで焼き具合を確認しながら大貫が語る。


「確か大正10年ごろとか聞いたな。バタートーストを提供してたら、お客さんがそれをぜんざいに浸して食べてたとか、それで最初から小倉餡を塗ったトーストを提供したわけだけど」


買いものといっても角切り食パン、有塩バター、袋入り小倉餡のみである。大貫はそれは人格レベルの気遣いと言うべきか、頼まれもしないまま新しくサラダを作り、ゆで玉子とコーヒーを用意して名古屋のモーニング風に仕立てる。


「あんパンの発祥が明治7年、全国への普及が明治30年ごろだから、大正10年に小倉トーストの誕生となるとそこそこタイムラグがあるよね、そのぐらい画期的というか斬新な発想というか、ブレイクスルーというか、おまちどおさま」

「うわあ、これは美味しそうですなあ」


テーブルに運ぶ、トーストが顔が火照るほどの熱気を放ち、斜めに盛られたそれに小倉餡が、その上を黄色の濃いバターがゆっくりと滑るかに見える。


「ええと、厚めのトーストを半分に切ったものを三枚、プレーン、小倉餡、ジャムで仕上げました。お好みで蜂蜜と追加のバターもどうぞ」

「ええと、ではこの……」


中野ことピチピチシャツ中野はためらいがちに水穂を見る。


「これあの、食べたら頭パリーンてなりませんか」

「どの時点で頭が割れちゃうのか調べないと駄目でしょ。まずトーストとあんこを別々に食べてみて」

「この子けっこうウムを言わさないタイプ……」


ぶつぶつ言いながらも言われた通りにする。ディレクターも背後で注視し、カメラマンもハンディカムを構えつつ、そばで撮影を続けていた。


「サラダと……コーヒーも、うん、特に何も……」

「一つ一つは問題ないね、じゃあ次、小倉トーストを食べる真似だけして、いつもと同じように番組の流れやってみて」

「は、はあ……」


中野はそれはやはりタレントならではというべきか、強くまばたきをしてスイッチを入れると、満面の笑顔になってトーストを手に取る真似をする。


「うわっ! これはおいしそー! 見えますか皆さん、あんこがこーんなにたっぷり! バターの香りでっもーお腹鳴りっぱなし! さっそく頂いてみましょー! ぱくっ、うん! これはすごーい! あんこのボリュームに負けてないトーストの味わい! これぞ名古屋パウワー!」


はたと止まって、自信なげに周囲を見回す。


「ど、どうでしょ」

「うーん、別におかしいところ無いなあ……」

「そういう冷静な感想ちょっと傷つくんですが……」


中野がぼやく。


「私たち、どうも自然なりアクションできなくなってる気がして……」

「ああ、だからさっき私の食べるのじっと見てたの?」

「そうなんです。アンドロメダにある母星にいた頃は楽でした、演技なんかしないでよかったし……」


「水穂さん、少しよろしいですか」


背後からレーテが呼ばわる。水穂にしか聞こえない程度の声だったので、少し身構えつつ問い返す。


「どうしたの?」

背後の方の(・・・・・)内圧がわずかに高まってます」

「え、そうなの?」

「はい、彼らが保護球と呼ぶものは硝子質の物質であり、熱可塑性があります。必要なときには高熱を加えてその部分を柔らかくしているようですが、硬化している間は全体の膨張率を計測することで内圧を測ることができます」


だからものを食べたり、呼吸の穴を開けられるわけか、と理解する。


「その内圧が少しずつ高まっています。全員に起きていますが、個人差は多少あります」

「なんでかな……条件とかわかりそう?」

「はい、映像記憶を分析しました。私や水穂さん、大貫氏が視線を送るたびに内圧が高まる傾向があります」

「視線……?」

「しかし、この傾向は最初は存在していませんでした。高まりだしたのは、私が水穂さんの視界を正常に戻してからです」

「視界を……つまり、私に正体が見えてからってことか」

「はい、それ以降、水穂さんが視線を送るたびに内圧が高まっていました。しかも中野氏が倒れてからは、大貫氏の視線にも反応しています」


つまり、水穂や大貫が、彼らを流れの者と認識してから、ということだ。


「正体を理解した上で見られるのが嫌……ってことなのかな? 恥ずかしいとか」

「私には判断できません」


流れの者は千差万別であり、何らかのセオリーに当てはめて考えることはできないが、しかしまったくの無秩序であるはずもない。

異常があるなら必ず何らかの理由がある。それを水穂は考える。


「おいしい、と言った途端に爆発したよね……。もしかして」


と、三つの塔に向き直る。


「ねえ、もしかして、嘘をつくと爆発するとかじゃないの」

「! べ、別に私たち嘘なんて」

「いや、あなたたち、そもそも食べ物の味とか分からないんじゃ……それで「おいしい」ってコメントすることに罪悪感があるとかそういうことじゃないの」

「罪悪感……」


三人は額を突き合わせて話し合う素振りを見せ、そして水穂を盗み見てから言う。


「そうかも知れません……。私たち、長いことこの仕事やってますが、正直なところ体とかはガスですんで、味とか分かってないんです。だから、地球人の皆さんに嘘を言い続けてました。そのことに苦痛を感じていたのかも……」

「はあ……そういうものなんですか。まあ食べ歩き番組なんて大なり小なりでしょうけど」


と大貫。流れについていけずに取り残され気味である。


(……ん?)


ふと、その視界が横に動く。


そこには銀髪の青年、レーテがいた。わずかに目を伏せ、口元をじっと閉じて沈黙を守るかに見える。彼はおそろしく影が薄く、すぐに意識の外に出てしまうが、では、今なぜ視線が彼に向いたのだろう。


そう思いかけたが、黄色シャツの中野が水穂の手を取ったためにまた意識が前に戻る。


「何とかなりませんでしょうか、私たち、この仕事続けていきたいんです」

「うーん、向いてないと思うんだけどな、食べ歩きじゃない番組に出たほうがいいよ」

「でも私達の食レポで喜んでくれる方もいるんです。お店の主人とか、視聴者の方とか、そういう人とのつながりを大事にしていきたくて」


大貫がそこで割って入る。


「味が分からなくても、どんなものに触れたかは分かるんでしょ? 味なんて科学ですから、取り込んだものを分析して味を判断したらいいんですよ、それなら嘘にならない」

「おお、なるほど、それ行ってみましょう」


かんたんに同意して、三人はまた小倉トーストに向き直る。大貫がどこか自信ありげに言う。


「例として言えば、こういうものが「おいしいもの」じゃないかなと」

「分かりました! では分析してみましょう。それでデータを積み重ねていけば……」


その時。

水穂が椅子から立ち上がり、左右を振り向く。


「なにこれ!?」


すべての席に客が座っている。

幽霊のような半透明ながら誰か分かる。タツガシラ観測所に勤めるREVOLVEの職員。カスタネットの瑛子と竜興老人。他に根乃己の役場などに籍を置いている職員もいる。流れの者についての知識のある人々だ。


彼らは半透明ながらも「ブラジル」の店内が見えたようだ。驚いて立ち上がるもの、慌てたように周囲を見回すもの、駆け出すものもいるが、その像は椅子にかぶさったまま動かない。


「こ、これは」

「お客様を用意いたしました。根乃己全体で光粒子に干渉し、それぞれの居場所からこの場所まで周囲の光学環境を引っ張っています。蜃気楼と同じ原理です」

「レーテ!」


水穂が鋭く叫ぶ。銀髪の美青年は静かに佇みながらも、水穂の声に耳を貸さずに言う。


「さあ、トーストを食してください。そして「おいしい」と言うのでしょう?」

「レーテ何してるの! どうしたの!?」

「う、うぐ……」


異変は球体の三体ともに起こった。その体がわずかに震えだし、球体同士が触れ合ってカチカチと鳴る。


「や、やめてくれ、こんな、視線……」

「視線、視線がどうしたのです。問題ありませんよ。これらの方々にはあなた方は人間に見えています。タレントの中野さんのことを知っている方も多いでしょう。いつものようにものを食べて朗らかに笑えばいいのです」


その中野はトーストを持ったまま固まっている。そこにレーテが無言の視線を投げると、中野の手がわずかに動き出す。すると中野は自分の手から逃げるように顔を背ける。


「や、やめ」

「あなた方の発言で真実があるとするなら、内圧の高まるその原因がわからないという点だけでしょう。先程の苦しみようは演技の可能性は低いと判断します。しかし深層心理の底では分かっている、それはすなわち嘘です。水穂さんの推測と同じですが少し違う、あなた方は嘘の罪悪感ではなく、嘘を見破られていると感じることに耐えられない」


レーテが中野の腕を動かしている。そう気づいた水穂はレーテに迫り、その胸をどんどんと叩く。


「レーテ! やめなさい! 勝手なことはしないって約束でしょう!」

「あなた方は脆弱なのです。きっと、あなた方の星には嘘もなく、疑念もなかった。あなた方は感情の揺れが色彩や内圧といった存在そのもののあり方で現れるからです。保護球もなく、ガス状の生命が自由に入り乱れるあなた方の星はさぞ平和だったでしょう。しかしこの星に居着き、嘘というものに触れるに連れ、だんだんとそれを学習していった。そして気づいたのです。自分たちの嘘を地球人が見抜いていると。あなた方が耐えられなかったのはそのこと自体です。すなわちヒエラルキーの逆転。あなた方は常に騙す側でありたかった。見ている側に愛想笑いなどして欲しくなかった。それが優位性を保持すると認識されるからです」

「や、やめ」


ぱく、と中野の口にトーストが入る。


「さあ、味はいかがです。堂々と偽れるのでしょう? あなた方が身に着けたかったのはそれです。己を虚々実々の彼方に起きたかったのです。だから芝居がかったマネをした」


「お――」


中野が、口を開かんとし。他の二体も硬直したまま目を見開く。


「おい、し……」


瞬間。


すべての球体が、一撃のもとに割れ。

爆散するかに思われた瞬間。その三体を包み込むような大きな球体が出現する。だがよく見ればそれは物質としての球体ではなく、乳白色のガスが球の範囲から出られない状態だった。


「粒子の全てを捕捉しました。球体に収束、密度を保って掌握。地球圏外に放擲されたならば、REVOLVEによって異なる世界線の宇宙へと弾き出されることでしょう」

「れ……レーテ」


水穂が額に汗を浮かべる。このような彼は見たことがない。

レーテの目尻に、力を込めるような皺が見える。この鉄面皮の宇宙人ですらも相当の集中を要することを行っているのか。

その目の前でガス球は小さくなり、ボウリング球から野球の硬球ほどに、さらにピンポン玉サイズまで小さくなって白い塊となり。ある瞬間。上空に向けて吹き飛ばされる。それは純喫茶ブラジルの屋根を突き破り、瞬時に音速を越え、雲を突き抜けて空の彼方へ――。


「排除完了しました。後は、REVOLVE、を……」


レーテが膝からくずおれると同時に、店の外に多数の車が停まる気配。

白衣を着た集団が店になだれ込んできたのは、レーテが目を閉じて数秒後のことだった。





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